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単発もの

[学園小話1-完]


まずは脅迫者の存在を、知らせるところから始めた。
画像データの入ったSDを、東峰会長のメールボックスに入れる。
それだけ。まだ、交渉はしない。
二人の関係を知っている第三者の存在を、匂わせるだけでよかった。
ゾクゾクした。愉しかった。
あの東峰雅人が狼狽してる姿を想像するだけで、宙に浮かびそうなほど舞い上がった。
だから油断してた、とは言わない。
すべては俺の無知が招いた結果で、何事もリスクありきという図式を理解しきっていなかったがゆえだ。

高橋に誘われて、やつの部屋を訪ねたのは、日常の延長でしかなかった。
友人のところに遊びにいき、伊藤が扉を開けて、奥の部屋に高橋が待っている。
いつもどおり。
いつもの日常。
急転直下で非日常へと転じたのは、奥の部屋で待っていたのが、高橋だけではないと知ったときだった。
待ち構えていた東峰雅人と葛西裕輔の姿に、すべて終わったと悟った。

馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ。
車には高橋も同乗してたのに、そのことをすっかりと見落としていた。
山があれば木があるように、佐藤の傍に高橋が居るのが自然すぎて、まるで背景の一つのように捉えていたのだ。
高橋と東峰雅人を繋げられなかった俺のミス。

このとき俺は、素直に謝罪し、処分を受け入れるつもりでいた。
下手すりゃ退学だが、自業自得だ。
だが俺の想定したもっとも重い罰は、彼らの世界には存在すらしていなかった。

高橋は笑っていた。いや、哂っていた。
女受けする面で、冷ややかに哂っていたんだ。
対して東峰雅人と葛西裕輔は、不気味なほど静かだった。
一番怒っていい人物が冷静であったことが、逆に俺の恐怖心を煽った。

主導権は、高橋が握っていた。
やつは、まずは佐藤と会長の関係に気付き、証拠まで握った俺を褒め称えた。
そして、こう訊いてきたのだ。

『知ってから随分経つのに、なんで黙ってたの?』、と。

愕然とした。
とうにこいつらは、知っていた。
知っていて、俺を野放しにしてたんだ。

『どうせなら、墓まで持ってけばよかったのに』

ああ、そのとおりだな。
後悔先に立たずとは、このことだよ。

『浜田君はすごいねー、カッコいいねー。東峰を脅すなんて、常人なら考えもしないよ。俺は断然浜田君の味方だ。普通ならね』

『え……?』

『どうしてこれを選んじゃったかなー。もっと他になかったの、脅す材料』

『た、高橋…?』

『よりにもよってそれを選ぶとか、これじゃあ味方はできないね。いや、むしろ敵だ。浜田君は俺の敵』

『け、消す。データは処分する。ハードにあるやつも、消すから、』

写真は、一枚しか撮っていない。
データは携帯とパソコンに残ってるが、消すなんて簡単な作業だし、なんだったら、ハードごとぶち壊してくれたらいい。
携帯も、この場で壊す。
この件は誰にも話してないし、これから先も黙ってるから、だから、

『だから……許してくれ』

仮にも報道に携わる者が、何を言ってるのかだって?
確かに、命をかけることに誇りを持てる奴は、いるだろう。
だがそれは、心のどこかで実際の死を想定してないからじゃないだろうか。

いざ死を前にして、神に祈るやつが多くいる。
それは、現実から乖離する手段であり、置かれた立場から逃げ出すための行為でしかないんだ。
神に祈り、誰かを想い、走馬灯を懐かしみ、現実を呪い悲鳴を上げ、命乞いをする。
その間、脳内麻薬はバンバン溢れ、一種陶酔感にも似た感覚に陥ること間違いなしだろう。
それら全部が、恐怖からの逃避だ。

だけどな本当の恐怖ってのは、そんなんじゃないんだ。
想像しろ。いや、想像できまい。
俺の脳は、停止した。
走馬灯なんか見えやしない。
酔いたくとも何も出さない役立たずの脳は、すべてを現実として捉えろと命じてくる。
何の計算もできなかった。
相手さえ違えば、いくらでも切り抜けられるはずが、どんな脅しも通じないと理解したのだ。

こいつらならやる。平然とやり遂げる。
不思議と、殺されるとは思わなかった。
こいつらは、俺を消滅させるつもりでいるんだ。
俺と関わるすべてのものを、消すつもりなんだ。
それが現実であると突き付けられ、狂うことも逃避すらも許されない恐怖に震えた。
殺されるほうがマシだった。
矛盾している。
していない。
消滅と死は、同じではないか。
違う、同じではない。
断じて違う。
死だ。死を。罰すると言うなら、せめて死を与えてくれ――



「園芸部行ってきまーす」

そう言って部室を飛び出したのは、この春入部したばかりの一年生部員だった。
そういえば、園芸部の取材があるんだっけ。
青いバラを植えるとかで、特集記事を掲載する予定だったな。

我が校のニュースなんて、そんなもんだ。
練習試合に勝ちました。全国大会出場おめでとう。
平和だね。
平和だよ。
殺伐した日々なんか、いらないんだよ。

闇と遭遇した日、俺はこの世から消滅するはずだった。
なのにどうしたことか、高橋は恐れ慄く俺に対し、突然これまで通りの高橋昭として振舞ったのだ。
意地の悪い笑みを浮かべ、軽口を叩きながら、熱いコーヒーを差し出す。
いったいどういうつもりかと、尋ねるのは容易い。
だが、そんな勇気があるはずなく、俺は無言でコーヒーを飲み干した。

その後はご覧の通り、自ら進んで生徒会の下請けに甘んじている。
そのまま昼行灯を気取るつもりが、学園の情報屋を勧めたのは高橋だった。
「才能を活かしたら」と言って。
僅かながらも俺を買ってるんだと思うと、自尊心が擽られた。

こんな商売をしてると、道を逸れかける生徒をたまに見かける。
そんな奴らをさり気なく軌道修正させるのも、俺の役目になっていた。
だけど、どうしたって逸れる奴は、逸れるんだ。
そういうときは、放っておく。
そこまで面倒見てやる義理はないし、そういう奴らは大抵暗闇に魅せられた奴らだから。
いわば、手遅れ。
下手に手を出して、またもや闇落ちなんて御免だからな。



ようやく一人の時間を満喫できる時間。
俺は寮の自室で、高橋からの報酬を確認していた。
いつだって金のない男からの支払いは、俺の欲するブツと決まっている。
今回も例に漏れず添付ファイルで届いたブツを、躊躇なく開いた。

「ぐはあっ、寝顔! けしからん、実にけしからん!」

添付されていたのは画像データ、いやゆる写真だ。
そこには、うたた寝する一条静の姿があった。
休日昼の自室といったところか。

恥ずかしながら、俺は美形が大好物なのだ。
御船先輩や鳥山先輩といった可愛い系は言うに及ばず、役員たちのようなイケメン面もどうしようもなく大好き。
だが、断じてホモではない。
抱きたいとか抱かれたいとか、そんな俗物的なものではないと断言しておく。

綺麗な顔が純粋に好きなだけ。
それは、女子が人形に夢中になるような感覚、いや、最近ならフィギュアに嵌るような感覚かな。
綺麗な顔を眺めているだけで幸福になれる。
むしろ、眺める以外はしたくない。
交流を持ったり親しくなったりなんて、論外だ。

今思えば、役員に固着したのも、全員が全員ともに綺麗な容姿をしてたせいだろう。
特に、東峰雅人。
なんだよ、あれは。
あんなの、反則だろうが。
あんたのせいで、俺の人生狂いかけたんだぞ。

「書記、マジ天使」

一条静の寝姿には、ある種の凶悪さが滲み出ていた。
でかい図体を小さく丸めてるだけならまだしも、毛布をギュウと抱き締めるとか、俺に死ねって言ってるのか!

この恥ずかしい趣味を知ってる奴は、ほとんどいない。
さすがに友人たちには知られているが、あいつらは総じて口が堅いからばれる心配はなかった。
こんなのがばれたら、俺のイメージがた落ちどころか、快適な学園生活が危ぶまれる。

「会計も欲しいよなー」

高橋の幅広い交友関係のおかげで、コレクションは増える一方。
俺自身、新聞部という肩書きで広報用のスナップは入手できるが、高橋とは質が違いすぎる。
あいつはほとんどの美形と関わりがあるばかりか、プライベートが撮れる立場にあるもんな。

「これだから、高橋は切れない……」

高橋が俺を見逃した理由は、今もって分からないまま。
あいつのことだ、そのほうが愉しそうとでも踏んだんだろうが、ただ救ってやったと思われるのは不本意だった。
あいつの退屈の虫を少なからず癒してるのはこの俺で、俺もまた優越感が満たされる。
そこにギブアンドテイクの図式を成立させれば、これほど愉快な関係もないだろう。

「よし、マスかいて寝よ」

一日の締めくくりは、高校生男子らしく一人エッチといく。
ちなみに、おかずは熟女だ。
いいか、熟女だぞ。
それはもう熟れきった美女が、おかずなんだぞ。
間違っても、綺麗な顔の男なんかで抜かないからな!
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