単発もの
[学園小話1-2]
都合よく扱われてるようだが、谷君が気にしてないからどうでもいい。
だいたい谷君のほうから近付いてるわけだし、どうされても自己責任だよな。
自己責任……うーん、いい言葉だ。
谷君が高橋との接触を図ったのは、一条静との関連性を解きたい衝動に駆られたからだった。
要は、一条静という美しきケモノが、高橋みたいなガサツな人間に懐いたことに、納得がいかなかったというわけだ。
そこからの行動は、さすが勢いだけで突っ走れる10代のお子チャマだと感心する。
なんせ、高橋に直に問い質すという、愚行に走ったんだからな。
本当に、馬鹿としか言いようがない。
だがまぁ、どういった気まぐれか、高橋が谷君を認めちまったのは、それ以上に馬鹿だと言えるけどね。
これは俺の憶測だが、一条静の親衛隊というのが大きかったんじゃないだろうか。
繊細な男の機微をそこそこ捉え、さらなる理解に勤めようとし、見守りたいと願う健気さが高橋を懐柔した。
絶対に認めないが、高橋は一条静をそこそこ大切だと思っている。
それは、愛とか恋には遠く及ばず、肉欲とは無縁で、親が子を想うものとも似て非なる感情。
どうにもこうにも説明しようのないもので、高橋は一条を庇護する相手と認識してるっぽいのだ。
だからこそ、一条が大切にするものを、高橋もまた無下に壊せないでいる。
馬鹿だよね、愚かだね、高橋君ともあろう者が、とんでもない失態だよね。
そうだ、失態だ。
高橋とは思えないほどの、ミスなんだ。
だから俺は、こう想定する。
高橋の感情は、作為のもと植えつけられたものじゃないかってね。
罪悪感でもいい、優越感でもいい、それこそ憎悪でもよくて、とにかく、一片でも高橋に抱かせれば、それでよかったんじゃないだろうか。
そうなるように、誰かに仕向けられたんじゃないかってね。
現に高橋は、一条のことなんか完全に忘れていた。
それこそ、僅かな同情心すら持ちあわせていなかったんだ。
それが去年の渡辺の件から一転、今や飼い主ともいうべき位置に甘んじてるときた。
あの頃何があったかは、もちろん俺の知るところ。
高橋のお仲間が動いたことから、なにもかも、全部、全部ね。
そうなると、変化の裏に、佐藤の影がちらつくのは自然だった。
だが、あいつが高橋相手に、特別な策を弄するとは思えない。
佐藤は、そういうタイプじゃないはずだ。
じゃあ、何があったのか。
たぶん、佐藤が何か言ったんだ。
どうということはない一言を、高橋に告げた。
たったそれだけのことが、高橋の内に些細な何かを呼びこんで、一条静を背負う嵌めに陥ったと考えたら、十分説明がつくじゃないか。
なんて、どうでもいいことをツラツラ考えてた俺に、谷君がにこやかに話しかけてくる。
「先輩先輩、カフェオレとカフェラテ、どっちにします?」
「どっちも同じじゃん」
「全然違いますよ」
フランス語とイタリア語の違いとしか思えないが。
「じゃあ、カフェオレで」
「はい、どうぞ」
差し出された缶を受け取り、ひとまず人心地つける。
あれから場所を移し校庭へと来たわけだが、ついでとばかりに谷君を誘ったのは俺だった。
今日は図書当番じゃないと言うから、健気な子犬に缶ジュースくらいご馳走したくなったんだ。
「谷君はさ、書記様が好きなんだよね」
「はい、お慕いしています」
「そかそか。じゃあ、高橋のことは?」
「高橋先輩?」
「どう思ってる?」
「どうって……後輩に奢らせる先輩なんて、有り得ないと思ってます」
拳を握り力説する姿から、本気具合が伝わってきた。
相当腹に据えかねてるな。
「いいねー。君のそういうところ、やっぱ好きだわ」
「恐いもの知らずなんですよね、僕……」
「高橋にでも言われた?」
「はい、しょっちゅう言われます。あと、他の先輩にも。えっと、かん、」
「神田?」
「そうです、神田先輩。あと、えっと、」
「人見とか」
「そうそう、人見先輩。あの人、英語すっごいですよね」
「そりゃ、英語が母国語だしね」
「お父さんは、日本人なんですよね」
「そう、あれでもハーフなんだよ。残念な部類だけど」
「そんなこと言っちゃ、失礼ですよ」
とか言いつつ、谷君は遠慮なく笑っていた。
恐いもの知らず、か。
高橋の友人たちが、こぞって助言でもしてるのだろうか。
恐れを知らないのは、ある意味羨ましいことだし、それは時として武器にもなり得る。
だけど、このまま高橋と関わらせるのは、どうなんだろ?
何度か言葉を交わしたが、いくら話そうとも悪意も毒もない谷君が、高橋を怒らせるとは思えなかった。
なんだかんだで空気は読めるし、どう転んでも微笑ましい談笑になっちまうのは、友人にはもってこいのスキルだ。
現に谷君は、友達が多い。
単なる先輩後輩としてなら、どうということはないか。
下手に恐がらせるのも、やっかいだしな。
ああ、でも……。
「高橋の傍は、居心地いいでしょ」
「は……?」
「惚れちゃ、駄目だよ」
「はぁ!?」
「泣くのは谷君だからね。惚れるなら、野添あたりにしときな」
「野添先輩……?」
谷君は考える素振りを見せた後、ウエッとばかりに舌を出しよろめいた。
いったいナニを想像したのやら。
「ないです。有り得ません」
「それは高橋が? それとも野添?」
「どっちもです」
「あっそ、ならいいんだ。忘れて」
「忘れます。速攻で忘れます。セコイうえに好色漢とか、絶対に有り得ない」
「好色? 野添が?」
「違いますよ。高橋先輩です」
あらら、高橋の下半身事情を知ってるのか。
隠してはいないが、こういうタイプに知られるとは、高橋にしては珍しいな。
「まぁ、あんなんでも男ですし、それはそれでいいんですが」
「ですが?」
「ですが、やはり許せないとも思うんです」
「許せないって、おいおい、まさか、」
ヤキモチじゃないだろうな……。
「いやらしいことをするには、お金がかかるんですよ。交通費とかいろいろ」
「うん、まぁ、そうだね」
「そんなお金があるなら、コーヒーは自分で買うとか、たまには僕に奢るとかすべきなんです!」
「プッ、アハハハ」
「ど、どうして笑うんです?」
「いやー、やっぱ面白いわ。当分は天然最強説を推すよ」
「はい?」
「いや、いいのいいの。さて、そろそろ部室に行くかな」
「あ、あの、先輩」
「ん、なに?」
「あの、この前言ってたのって、どういう意味なんですか?」
「この前?」
「怖いって言ってたでしょ。あれってどういう意味かと思って。先輩は誰が怖いんですか?」
「ああ、あのときのか……」
無邪気ってのは、いいものだね。
恐れ気なく尋ねられる君は、本当に純粋だよ。
「代わりに、いろいろと教えてあげたでしょ」
「そうなんですけど、でも気になっちゃったんで」
「高いよ」
「え、お金取るんですか?」
「言ったでしょ。ギブアンドテイクだって」
「そういえばそうでした。じゃあ、いいです」
こうも、あっさり引くとはね。
思い出したから、ちょっと聞いてみただけって程度か。
その程度で簡単に質問し、尚且つ、同じくらい簡単に取り下げられるなんて、怖いくらい純粋な世界で生きてるコだな。
「君も高橋同様、金欠なのかな」
「そうですよ。それもこれも、どっかの誰かさんのせいです」
「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて。あ、カフェオレ飲んじゃってよ」
「カフェラテです。先輩、ご馳走さまです。ありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
一条を慕う子犬は、白い世界で生きていた。
ムカつく。
なんか、ムカつく。
大部分がそうだってのに。
俺のほうが踏み外してるってのに。
怖い、か。
怖いよ。
怖いな……。
俺は高橋が怖くて、東峰会長のことも恐れてる。
いや、それだけじゃない。
はっきりいって、ここの役員たちに逆らう気概はゼロだ。
風紀に歯向かう気力も、持っていない。
昔はこうじゃなかったよな……。
ふと昔を懐かしみ、クッと頬が上がる。
まだ高校生だってのに、年寄り染みた自分が滑稽だった。
都合よく扱われてるようだが、谷君が気にしてないからどうでもいい。
だいたい谷君のほうから近付いてるわけだし、どうされても自己責任だよな。
自己責任……うーん、いい言葉だ。
谷君が高橋との接触を図ったのは、一条静との関連性を解きたい衝動に駆られたからだった。
要は、一条静という美しきケモノが、高橋みたいなガサツな人間に懐いたことに、納得がいかなかったというわけだ。
そこからの行動は、さすが勢いだけで突っ走れる10代のお子チャマだと感心する。
なんせ、高橋に直に問い質すという、愚行に走ったんだからな。
本当に、馬鹿としか言いようがない。
だがまぁ、どういった気まぐれか、高橋が谷君を認めちまったのは、それ以上に馬鹿だと言えるけどね。
これは俺の憶測だが、一条静の親衛隊というのが大きかったんじゃないだろうか。
繊細な男の機微をそこそこ捉え、さらなる理解に勤めようとし、見守りたいと願う健気さが高橋を懐柔した。
絶対に認めないが、高橋は一条静をそこそこ大切だと思っている。
それは、愛とか恋には遠く及ばず、肉欲とは無縁で、親が子を想うものとも似て非なる感情。
どうにもこうにも説明しようのないもので、高橋は一条を庇護する相手と認識してるっぽいのだ。
だからこそ、一条が大切にするものを、高橋もまた無下に壊せないでいる。
馬鹿だよね、愚かだね、高橋君ともあろう者が、とんでもない失態だよね。
そうだ、失態だ。
高橋とは思えないほどの、ミスなんだ。
だから俺は、こう想定する。
高橋の感情は、作為のもと植えつけられたものじゃないかってね。
罪悪感でもいい、優越感でもいい、それこそ憎悪でもよくて、とにかく、一片でも高橋に抱かせれば、それでよかったんじゃないだろうか。
そうなるように、誰かに仕向けられたんじゃないかってね。
現に高橋は、一条のことなんか完全に忘れていた。
それこそ、僅かな同情心すら持ちあわせていなかったんだ。
それが去年の渡辺の件から一転、今や飼い主ともいうべき位置に甘んじてるときた。
あの頃何があったかは、もちろん俺の知るところ。
高橋のお仲間が動いたことから、なにもかも、全部、全部ね。
そうなると、変化の裏に、佐藤の影がちらつくのは自然だった。
だが、あいつが高橋相手に、特別な策を弄するとは思えない。
佐藤は、そういうタイプじゃないはずだ。
じゃあ、何があったのか。
たぶん、佐藤が何か言ったんだ。
どうということはない一言を、高橋に告げた。
たったそれだけのことが、高橋の内に些細な何かを呼びこんで、一条静を背負う嵌めに陥ったと考えたら、十分説明がつくじゃないか。
なんて、どうでもいいことをツラツラ考えてた俺に、谷君がにこやかに話しかけてくる。
「先輩先輩、カフェオレとカフェラテ、どっちにします?」
「どっちも同じじゃん」
「全然違いますよ」
フランス語とイタリア語の違いとしか思えないが。
「じゃあ、カフェオレで」
「はい、どうぞ」
差し出された缶を受け取り、ひとまず人心地つける。
あれから場所を移し校庭へと来たわけだが、ついでとばかりに谷君を誘ったのは俺だった。
今日は図書当番じゃないと言うから、健気な子犬に缶ジュースくらいご馳走したくなったんだ。
「谷君はさ、書記様が好きなんだよね」
「はい、お慕いしています」
「そかそか。じゃあ、高橋のことは?」
「高橋先輩?」
「どう思ってる?」
「どうって……後輩に奢らせる先輩なんて、有り得ないと思ってます」
拳を握り力説する姿から、本気具合が伝わってきた。
相当腹に据えかねてるな。
「いいねー。君のそういうところ、やっぱ好きだわ」
「恐いもの知らずなんですよね、僕……」
「高橋にでも言われた?」
「はい、しょっちゅう言われます。あと、他の先輩にも。えっと、かん、」
「神田?」
「そうです、神田先輩。あと、えっと、」
「人見とか」
「そうそう、人見先輩。あの人、英語すっごいですよね」
「そりゃ、英語が母国語だしね」
「お父さんは、日本人なんですよね」
「そう、あれでもハーフなんだよ。残念な部類だけど」
「そんなこと言っちゃ、失礼ですよ」
とか言いつつ、谷君は遠慮なく笑っていた。
恐いもの知らず、か。
高橋の友人たちが、こぞって助言でもしてるのだろうか。
恐れを知らないのは、ある意味羨ましいことだし、それは時として武器にもなり得る。
だけど、このまま高橋と関わらせるのは、どうなんだろ?
何度か言葉を交わしたが、いくら話そうとも悪意も毒もない谷君が、高橋を怒らせるとは思えなかった。
なんだかんだで空気は読めるし、どう転んでも微笑ましい談笑になっちまうのは、友人にはもってこいのスキルだ。
現に谷君は、友達が多い。
単なる先輩後輩としてなら、どうということはないか。
下手に恐がらせるのも、やっかいだしな。
ああ、でも……。
「高橋の傍は、居心地いいでしょ」
「は……?」
「惚れちゃ、駄目だよ」
「はぁ!?」
「泣くのは谷君だからね。惚れるなら、野添あたりにしときな」
「野添先輩……?」
谷君は考える素振りを見せた後、ウエッとばかりに舌を出しよろめいた。
いったいナニを想像したのやら。
「ないです。有り得ません」
「それは高橋が? それとも野添?」
「どっちもです」
「あっそ、ならいいんだ。忘れて」
「忘れます。速攻で忘れます。セコイうえに好色漢とか、絶対に有り得ない」
「好色? 野添が?」
「違いますよ。高橋先輩です」
あらら、高橋の下半身事情を知ってるのか。
隠してはいないが、こういうタイプに知られるとは、高橋にしては珍しいな。
「まぁ、あんなんでも男ですし、それはそれでいいんですが」
「ですが?」
「ですが、やはり許せないとも思うんです」
「許せないって、おいおい、まさか、」
ヤキモチじゃないだろうな……。
「いやらしいことをするには、お金がかかるんですよ。交通費とかいろいろ」
「うん、まぁ、そうだね」
「そんなお金があるなら、コーヒーは自分で買うとか、たまには僕に奢るとかすべきなんです!」
「プッ、アハハハ」
「ど、どうして笑うんです?」
「いやー、やっぱ面白いわ。当分は天然最強説を推すよ」
「はい?」
「いや、いいのいいの。さて、そろそろ部室に行くかな」
「あ、あの、先輩」
「ん、なに?」
「あの、この前言ってたのって、どういう意味なんですか?」
「この前?」
「怖いって言ってたでしょ。あれってどういう意味かと思って。先輩は誰が怖いんですか?」
「ああ、あのときのか……」
無邪気ってのは、いいものだね。
恐れ気なく尋ねられる君は、本当に純粋だよ。
「代わりに、いろいろと教えてあげたでしょ」
「そうなんですけど、でも気になっちゃったんで」
「高いよ」
「え、お金取るんですか?」
「言ったでしょ。ギブアンドテイクだって」
「そういえばそうでした。じゃあ、いいです」
こうも、あっさり引くとはね。
思い出したから、ちょっと聞いてみただけって程度か。
その程度で簡単に質問し、尚且つ、同じくらい簡単に取り下げられるなんて、怖いくらい純粋な世界で生きてるコだな。
「君も高橋同様、金欠なのかな」
「そうですよ。それもこれも、どっかの誰かさんのせいです」
「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて。あ、カフェオレ飲んじゃってよ」
「カフェラテです。先輩、ご馳走さまです。ありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
一条を慕う子犬は、白い世界で生きていた。
ムカつく。
なんか、ムカつく。
大部分がそうだってのに。
俺のほうが踏み外してるってのに。
怖い、か。
怖いよ。
怖いな……。
俺は高橋が怖くて、東峰会長のことも恐れてる。
いや、それだけじゃない。
はっきりいって、ここの役員たちに逆らう気概はゼロだ。
風紀に歯向かう気力も、持っていない。
昔はこうじゃなかったよな……。
ふと昔を懐かしみ、クッと頬が上がる。
まだ高校生だってのに、年寄り染みた自分が滑稽だった。