根岸保小夜曲(セレナーデ)
予想に反し、中学生になっても親交は続いた。
門倉君の提案で、お互いの中学の中間にある図書館で、待ち合わせるようになった。
最初の日、私立の制服を着る二人を見て、僕は陶然とした。
学ランの僕とは違い、彼らはネクタイを締めたブレザー姿だった。
それがおそろしく似合ってて、特に日向君は小学校のときよりも、グッと大人っぽくなっている。
門倉君は愛らしさがいや増し、二人並ぶと、まるで一枚の美しい絵画のようで、すごくお似合いだった。
図書館で待ち合わせても、どうしたって会えない日もある。
たとえ二人が来なくても、図書館に通うのは僕の日課だから、なんの問題もなかった。
二人が現れない日は閉館まで過ごし、その後は公園で少し時間を潰してからの帰宅。
夕食ギリギリの帰宅が、伯父一家とのいらぬトラブルを防ぐ最善策だった。
中学以前からの習慣だから、門倉君たちが来なくても苦にならない。
その間、いつも通り勉強してるし、無理して来てもらうほうが申し訳ないくらいだ。
なのに門倉君は、いつでも時間を作ろうとしてくれた。
こんな僕にいつまでも付き合ってくれるなんて、彼はやはり天使なんだ。
二人と会えた日は、せっかくの図書館だからと、だいたい勉強会になる。
僕の学校のほうが進みが遅いから、日向君がいろいろと教えてくれた。
それが嬉しくて、夢中になって勉強した。
門倉君は勉強があまり好きじゃなく、いつも途中で「お腹が空いた」と言い出す。
そうなると日向家に移動し、今度はおやつを食べながらの勉強会だ。
門倉君が不貞腐れはじめたら、ゲームかお喋りをするのが通例だった。
不思議なもので、ほんのちょっと大人びただけで、これまで気にならなかったものが、やけに気になりだした。
それは容姿とかルックスの類で、このところ自分の外見が気になってしょうがないんだ。
僕はお世辞にもカッコいいとか可愛いと言われる顔じゃない。
どちらかというと、不細工かもしれない。
誰に言われたわけでもないけど、少なくとも自分の見た目が、人並み以下である自覚はあった。
対して、あの二人はどうだろう?
小学校の頃から、容姿を絶賛されていた。
中学になりその度合いはますます高まり、日向君は今で言うところの『イケメン』に、門倉君は小学校時代と変わらず『可愛い』を極めてる。
彼らは、もっともっと綺麗になっていくだろう。
まったく異質の美形同士、ますますお似合いになるんだ。
そんな彼らとこれからも付き合っていくなどと、僕なんかには分不相応でしかない。
それを分かっていながらも、彼らが会ってくれてるうちは、僕から離れようとは思わなかった。
彼らとの接点を、失いたくなかったんだ。
いつ捨てられても、忘れられてもいい。
でもそれまでは、細々とした糸でも繋がっていたかった。
僕にしてはすごく諦めが悪いし、悪足掻き以外のなんでもないけどね。
図書館での待ち合わせは、ずっと続いていた。
でも日が経つにつれ、日向君の足は遠のいた。
それはごく自然なことで、彼には他にいくらでも楽しい世界がある。
いつまでも狭い世界に、固執する必要性がないんだ。
それが、成長するってことだろう。
僕だって成長した、門倉君だってどんどん成長している。
それなのに門倉君は、今でも僕を一番の友人として扱ってくれていた。
心苦しいはずなのに、彼の善意に甘え続ける僕は、とてもずるい卑怯者だ。
中学三年の秋、いつものように図書館で勉強する僕の前に、日向君が現れた。
珍しいことに門倉君はおらず、そこにいたのは日向君一人だけ。
そのことを疑問に思うよりも、約一年振りの再会に胸が高鳴った。
日向君は、ますますカッコよくなっていた。
中学生らしい幼さは残ってるけど、身長がすごく伸びてて肩幅も広くなってる。
どっから見ても、素敵な男性だ。
そう、男性だった。
彼の成長は肉体だけじゃなく、精神面こそ『男』としての成長を遂げている。
会わなかった時間、日向君が誰と何をして、どんな経験を積んできたのか、性的な知識に乏しい僕でも安易に察知できるほど、『男』の部分が色濃く匂っていた。
自ら望んでのものか、それとも否応なく身に着いたのか。
どちらにしろ今となっては、自然体ともいえる日向君の『男』の顔は、僕を十二分に動揺させた。
急に視線を合わせてるのが、怖くなった。
でも、それ以上にドキドキして、なぜか体が熱くなってる。
本当は話しかけなくちゃいけない。
久しぶりだねって、声をかけたい。
学校でのこととか、いろいろと話してくれたら、嬉しい。
「根岸、保が入院した」
「……え?」
あんなにドキドキしてたのが、一瞬で鎮まった。
日向君は、門倉君が入院したと言った。
え、それって、どういうこと?
頭の中は真っ白で、まともに動いてくれない。
指先が冷たくて感覚も全然なくて、だからなのか、小刻みに震えていた。
「安心して。たいしたことないから」
「……え?」
「貧血だって」
「ひ、ひん、け……」
「授業中だったから、救急車呼ばれて大事になっちゃったんだって」
「でも、…にゅ、にゅ、いん、……」
「形だけね。救急車使った手前、即帰宅じゃ病院側もカッコつかないんじゃない?」
日向君を見るかぎり、門倉君に重大な異常はなさそうだった。
入院も形式的なものらしい。
でも、門倉君本人を見るまでは、安心できない。
門倉君に会いたいとお願いしたら、すぐ近くだからこのまま行こうと言われた。
最初から、僕を連れて行くつもりだったらしい。
本当にたいしたことないみたいで、ホッとしたら肩の力が抜けた。
病院は、図書館から徒歩で行けるところだった。
途中コンビニに寄って、門倉君から頼まれたコミックを買う。
日向君が今日発売のコミックを手にし、ついでに雑誌も手に取って、人の悪い笑みを浮かべながらレジに向かう。
表紙に『病院の怪奇特集』と書かれてるのが引っかかるけど、門倉君が頼んだのかもしれないし、黙っとこう。
レジ内には男性店員と女性店員がいて、日向君がレジ前に立つと、女性が男性を押しのけるようにして応対した。
「いらっしゃいませぇ」
とても甘ったるい声だ。
あからさまに、日向君を意識している。
よく見ると、レジ内の男性までもが、熱の篭った視線で日向君を見詰めていた。
店内に居る他のお客さんも、商品なんか全然見てない。
男女問わず、日向君に魅了されてるんだ。
なのに当の日向君は慣れてるのか、まったく意に介していなかった。
「お待たせ」
商品を受け取った日向君が、僕のところにやって来る。
日向君を視線で追っていた女性店員が、クスクス笑って隣りの男性に耳打ちした。
耳打ちされた男性がこちらを見て、同じようにクスクス笑う。
何を言われ、何を笑っているのか、だいたい予想できている。
似たようなことは、昔からあった。
日向君たちと僕とでは不釣合いすぎて、みんなの笑いを誘うんだ。
でもあからさまに比べられたことはなかった。
それは、僕がまだ幼かったせいだろう。
幼いというだけで、世間の目はかなり優しくなるもの。
でもそれも、そろそろ通じない。
年負うごとに、人の目は厳しくなる。
きっとみんな思ってる。
僕みたいな冴えないやつが、どうしてあんな素敵な人と一緒なのかって。
人に寄っては、僕を引き立て役にしてると勘違いするかもしれない。
いや、それはないかな。
僕なんかじゃ、引き立て役にすらならないものね。
鬱々とした気持ちは、誤魔化せない。
それでも一緒に居たい気持ちが勝ってる限り、僕から離れることはないだろう。
昔も今も何も変わらない卑怯者は、比較される辛さよりも、一年振りに日向君の横を歩ける喜びに浸っていた。
門倉君の提案で、お互いの中学の中間にある図書館で、待ち合わせるようになった。
最初の日、私立の制服を着る二人を見て、僕は陶然とした。
学ランの僕とは違い、彼らはネクタイを締めたブレザー姿だった。
それがおそろしく似合ってて、特に日向君は小学校のときよりも、グッと大人っぽくなっている。
門倉君は愛らしさがいや増し、二人並ぶと、まるで一枚の美しい絵画のようで、すごくお似合いだった。
図書館で待ち合わせても、どうしたって会えない日もある。
たとえ二人が来なくても、図書館に通うのは僕の日課だから、なんの問題もなかった。
二人が現れない日は閉館まで過ごし、その後は公園で少し時間を潰してからの帰宅。
夕食ギリギリの帰宅が、伯父一家とのいらぬトラブルを防ぐ最善策だった。
中学以前からの習慣だから、門倉君たちが来なくても苦にならない。
その間、いつも通り勉強してるし、無理して来てもらうほうが申し訳ないくらいだ。
なのに門倉君は、いつでも時間を作ろうとしてくれた。
こんな僕にいつまでも付き合ってくれるなんて、彼はやはり天使なんだ。
二人と会えた日は、せっかくの図書館だからと、だいたい勉強会になる。
僕の学校のほうが進みが遅いから、日向君がいろいろと教えてくれた。
それが嬉しくて、夢中になって勉強した。
門倉君は勉強があまり好きじゃなく、いつも途中で「お腹が空いた」と言い出す。
そうなると日向家に移動し、今度はおやつを食べながらの勉強会だ。
門倉君が不貞腐れはじめたら、ゲームかお喋りをするのが通例だった。
不思議なもので、ほんのちょっと大人びただけで、これまで気にならなかったものが、やけに気になりだした。
それは容姿とかルックスの類で、このところ自分の外見が気になってしょうがないんだ。
僕はお世辞にもカッコいいとか可愛いと言われる顔じゃない。
どちらかというと、不細工かもしれない。
誰に言われたわけでもないけど、少なくとも自分の見た目が、人並み以下である自覚はあった。
対して、あの二人はどうだろう?
小学校の頃から、容姿を絶賛されていた。
中学になりその度合いはますます高まり、日向君は今で言うところの『イケメン』に、門倉君は小学校時代と変わらず『可愛い』を極めてる。
彼らは、もっともっと綺麗になっていくだろう。
まったく異質の美形同士、ますますお似合いになるんだ。
そんな彼らとこれからも付き合っていくなどと、僕なんかには分不相応でしかない。
それを分かっていながらも、彼らが会ってくれてるうちは、僕から離れようとは思わなかった。
彼らとの接点を、失いたくなかったんだ。
いつ捨てられても、忘れられてもいい。
でもそれまでは、細々とした糸でも繋がっていたかった。
僕にしてはすごく諦めが悪いし、悪足掻き以外のなんでもないけどね。
図書館での待ち合わせは、ずっと続いていた。
でも日が経つにつれ、日向君の足は遠のいた。
それはごく自然なことで、彼には他にいくらでも楽しい世界がある。
いつまでも狭い世界に、固執する必要性がないんだ。
それが、成長するってことだろう。
僕だって成長した、門倉君だってどんどん成長している。
それなのに門倉君は、今でも僕を一番の友人として扱ってくれていた。
心苦しいはずなのに、彼の善意に甘え続ける僕は、とてもずるい卑怯者だ。
中学三年の秋、いつものように図書館で勉強する僕の前に、日向君が現れた。
珍しいことに門倉君はおらず、そこにいたのは日向君一人だけ。
そのことを疑問に思うよりも、約一年振りの再会に胸が高鳴った。
日向君は、ますますカッコよくなっていた。
中学生らしい幼さは残ってるけど、身長がすごく伸びてて肩幅も広くなってる。
どっから見ても、素敵な男性だ。
そう、男性だった。
彼の成長は肉体だけじゃなく、精神面こそ『男』としての成長を遂げている。
会わなかった時間、日向君が誰と何をして、どんな経験を積んできたのか、性的な知識に乏しい僕でも安易に察知できるほど、『男』の部分が色濃く匂っていた。
自ら望んでのものか、それとも否応なく身に着いたのか。
どちらにしろ今となっては、自然体ともいえる日向君の『男』の顔は、僕を十二分に動揺させた。
急に視線を合わせてるのが、怖くなった。
でも、それ以上にドキドキして、なぜか体が熱くなってる。
本当は話しかけなくちゃいけない。
久しぶりだねって、声をかけたい。
学校でのこととか、いろいろと話してくれたら、嬉しい。
「根岸、保が入院した」
「……え?」
あんなにドキドキしてたのが、一瞬で鎮まった。
日向君は、門倉君が入院したと言った。
え、それって、どういうこと?
頭の中は真っ白で、まともに動いてくれない。
指先が冷たくて感覚も全然なくて、だからなのか、小刻みに震えていた。
「安心して。たいしたことないから」
「……え?」
「貧血だって」
「ひ、ひん、け……」
「授業中だったから、救急車呼ばれて大事になっちゃったんだって」
「でも、…にゅ、にゅ、いん、……」
「形だけね。救急車使った手前、即帰宅じゃ病院側もカッコつかないんじゃない?」
日向君を見るかぎり、門倉君に重大な異常はなさそうだった。
入院も形式的なものらしい。
でも、門倉君本人を見るまでは、安心できない。
門倉君に会いたいとお願いしたら、すぐ近くだからこのまま行こうと言われた。
最初から、僕を連れて行くつもりだったらしい。
本当にたいしたことないみたいで、ホッとしたら肩の力が抜けた。
病院は、図書館から徒歩で行けるところだった。
途中コンビニに寄って、門倉君から頼まれたコミックを買う。
日向君が今日発売のコミックを手にし、ついでに雑誌も手に取って、人の悪い笑みを浮かべながらレジに向かう。
表紙に『病院の怪奇特集』と書かれてるのが引っかかるけど、門倉君が頼んだのかもしれないし、黙っとこう。
レジ内には男性店員と女性店員がいて、日向君がレジ前に立つと、女性が男性を押しのけるようにして応対した。
「いらっしゃいませぇ」
とても甘ったるい声だ。
あからさまに、日向君を意識している。
よく見ると、レジ内の男性までもが、熱の篭った視線で日向君を見詰めていた。
店内に居る他のお客さんも、商品なんか全然見てない。
男女問わず、日向君に魅了されてるんだ。
なのに当の日向君は慣れてるのか、まったく意に介していなかった。
「お待たせ」
商品を受け取った日向君が、僕のところにやって来る。
日向君を視線で追っていた女性店員が、クスクス笑って隣りの男性に耳打ちした。
耳打ちされた男性がこちらを見て、同じようにクスクス笑う。
何を言われ、何を笑っているのか、だいたい予想できている。
似たようなことは、昔からあった。
日向君たちと僕とでは不釣合いすぎて、みんなの笑いを誘うんだ。
でもあからさまに比べられたことはなかった。
それは、僕がまだ幼かったせいだろう。
幼いというだけで、世間の目はかなり優しくなるもの。
でもそれも、そろそろ通じない。
年負うごとに、人の目は厳しくなる。
きっとみんな思ってる。
僕みたいな冴えないやつが、どうしてあんな素敵な人と一緒なのかって。
人に寄っては、僕を引き立て役にしてると勘違いするかもしれない。
いや、それはないかな。
僕なんかじゃ、引き立て役にすらならないものね。
鬱々とした気持ちは、誤魔化せない。
それでも一緒に居たい気持ちが勝ってる限り、僕から離れることはないだろう。
昔も今も何も変わらない卑怯者は、比較される辛さよりも、一年振りに日向君の横を歩ける喜びに浸っていた。