■青葉狂荘曲(コンチェルト)■-腐男子による前奏-
食後は気が利く平凡らしく、全員のお皿を運ぶつもりでいた。
でもルカさんも保さんも、僕よりも早く席を立ち自分の分は自分で片付けていた。
慣れてるんだろうし、これは致し方ない。
「洗い物は、僕がします」
「いいよー、食洗機あるし」
「え、そうなんですか」
「うん、ボロイけど、そういうのはあるの」
「もう、ボロイとか。一応、僕は大家の身内ですよ」
「ヤバ、直ちゃんには内緒ね」
おどけた調子で唇の前に人差し指を立てるルカさんに、クラクラした。
イケメンはどんなポーズもはまるけど、これはあまりにも小悪魔的魅力に溢れすぎている。
完全に、僕を悩殺する気だな!
「腹も膨れたところで、ちーちゃんの部屋に案内しよっか」
「は、はい、お願いします」
そういえば、僕はいまだ自分の部屋を知らなかった。
「届いた荷物は、俺と直ちゃんで運んどいたから」
「えええ、あ、ありがとうございます」
僕の荷物は、前もって宅急便で送っていた。
僅かな手荷物もうっとうしくて、ほとんどダンボールに詰めちゃったけど、まさか王子様に運ばせちゃったとは……。
「制服も届いてるよ。クローゼットに入れといたから」
「重ね重ね、ありがとうございます」
制服と聞き、気分が高揚した。
中学の制服は学ランだったけど、高校ではブレザーになる。
シャツにネクタイって、すごくBLチックで憧れてたんだよね。
「直ちゃんは一階でー、俺たちは二階ねー」
ルカさんに着いて階段を上がると、そこにはたくさんのドアが並んでいた。
「ここが、俺の部屋でー」
そう言って、ルカさんが一番手前のドアを指差す。
「ここが、タモッちゃんねー」
今度は、隣りのドア。
「一番奥がサカモッちゃんで、ちーちゃんの部屋は、ここ」
ここ、と保さんの隣りを指差され、内心ガックリした。
ルカさんの隣りが良かったな……。
「これが、鍵ね」
「鍵が、あるんですか」
古くさいから、そんなものないと思ってた。
「一応ね。あんま意味ないけど」
「意味ないんですか?」
「うん、俺もタモッちゃんも、めったにかけないからねー」
渡された鍵を使ってドアを開けば、真っ先に大量のダンボール箱が目に入る。
あれらを運ばせちゃったなんて、改めて申し訳なく感じた。
でもルカさんて、イケメンなだけじゃなく、すごく親切なんだな。
室内には他にもベッドと机、本棚とクローゼットが完備されていた。
床はフローリングで広さは8畳といったところ。
もともと住んでいた家は3LDKの普通のマンションで、僕の部屋は一番狭い5畳だった。
それを考えたら、叔父さんの下宿のほうが段違いに広い。
そのうえ、フローリングの質感もクローゼットも格段に良くて、同居人のことも併せたら、まるで極楽にでも来たような心地だ。
「やべ。もうこんな時間かよ」
ルカさんが、携帯を取り出し呟いた。
「どうかしましたか?」
「これから、面接があんだよねー」
「バイトのですか?」
「うん」
「僕は大丈夫なので、早く行ってください」
「ごめんねー」
「いえいえ」
「後のことはタモッちゃんから聞いてよ。帰ったら、一緒にスーパー行こう。金預かってるし」
「はい、わかりました」
「それじゃ、あとでねー」
「はい、いってらっしゃい」
と声をかけたら、すかさず「いってきます」と返ってくる。
まるで恋人同士のようなやり取りに、自然と頬が熱くなった。
これが毎日続くのかぁ……いいなぁ、幸せだなぁ、なんか夫婦みたい。
そんな幸福の余韻は、長くは続かなかった。
肘のあたりをクイクイ引っ張られ、その反動のまま振り向いた先で、保さんが待っていたから。
どうしよう、いや、どうしたんだ?
あんた、喋れないんでしょ。
そういうことへの偏見はなくても、率先してコミュニケーションは取らないよ。
だって手話とか無理だし。あ、筆談ならいけるのか。
仮にも大学生ってことは、筆記試験パスしたってことだもんね。
面倒くさいなと思いつつ、相手する覚悟を決めたとき、
「ダンボール、開ける?」
保さんの口パクに合わせ、どこからともなく届いた声に反応が遅れた。
「カッター、使う?」
またもや、保さんの口パクと合致した声が聞こえてくる。
声優様の美声には程遠く、なんの特徴もなければ抑揚もなく、限りなく棒読みに近い声音は、アニメだったら、聞いてるほうが居た堪れなくなるレベルのものだった。
「飯島くん?」
またもや……いや、違う。これは間違いなく、保さんの声だ。
なんてこった。
保さんは紛うことなきコミュ障で、僕が勝手に喋れない人認定してただけだった!
「あ、ああ、すみません。えっと、なんでしたっけ?」
「ダンボール……」
「ああ、カッター。カッターですよね。はい、使います。あ、でも、僕、そういうの持ってなくて」
「そこに、あるから」
そこ、とは、机の上のことだった。
見てみると、標準的なカッターがポツンと置かれている。
もちろん、僕が持ち込んだ物じゃない。
「用意しててくれたんですか。ありがとうございます」
「日向君が」
日向君とは、ルカさんのことだ。
ルカさんは『タモッちゃん』と親しげに呼ぶのに、保さんは『日向君』呼びなのか。
さすがはコミュ障。
「そうですか、ルカさんが」
「うん」
先に準備してるなんて、気が利くレベルじゃない。
顔と性格と頭だけでもすごいのに、こういったさり気無い気遣いまでできるなんて、ルカさんはハイパー王子様、いや、キングだよキング。
ありがたくカッターを使わせていただき、さっそく一つ目の箱を開けた。
中身は衣服で、ハンガーごと詰めていたから、そのままクローゼットに吊っていく。
前の部屋のものよりスペースがあるから、余裕で全部入っちゃうね。
鼻歌混じりにドンドン箱を開け、中身はさっさと片付ける。
これが終われば、戻ってきたルカさんとデートだ。
「あ、あの」
「フンフ、」
鼻歌を途中で止め、ついでに手も止めて、声の発生源――保さんに視線を移した。
つか、あなた、まだいたんですか。
「手伝うよ」
「大丈夫です。服と本なので、すぐ終わります」
「でも……」
困った様子でキョロキョロする姿は、間違いなく挙動不審だ。
コミュ障なりにがんばって声を掛けたが、あえなく却下されどうしていいか分からないってところか。
「それじゃ、空いたダンボール潰してもらえますか?」
「う、うん」
あからさまにホッとしダンボールを潰しにかかる保さんに、こちらこそがホッとした。
下手に扱って、僕が虐めてると思われたら堪らないや。
「あ、あのね、お風呂は11時で」
「はい?」
突然何を言い出すんだ、この人は。
「あの、お風呂」
「お風呂?」
「うん、お風呂、夜は11時までで、朝は7時半から……」
「ああ、そういうことですか。……えええ、好きな時間に入れないんですか」
「うん、音が、うるさいからって」
「そっか、そうですよね」
言われてみれば、当然かもしれない。
しょせんここは下宿で、アパートやマンションとは違うんだもの。
そういえば、この部屋のどこにも、風呂に続くような扉が付いてないけど。
「あの、もしかしてお風呂って、共同ですか?」
「うん、トイレも」
なんだってー!
風呂だけじゃなく、トイレまで共同!?
んな馬鹿なと、荷解き途中で、大急ぎでトイレを確認しに行った。
僕にとっては、食事なんかよりこっちのほうが死活問題だ。
恐る恐る覗いたトイレは、想像以上に綺麗だった。
最悪和式トイレを想定してたけど、とんでもない、ちゃんとウォシュレットの付いた洋式トイレだったよ。
広さは十二分で、完全リフォーム済みって感じがする。
ついでに一階のトイレも確認したが、二階のものとほぼ同じだった。
つまり、どっちも綺麗で、広い。
さらなるついでにバスルームを見に行ったら、こちらも昭和の面影など欠片も残っていない立派なものだった。
広さは二人くらいなら余裕で入れるほどで、シャワーコックが二つも付いていた。
建物自体はボロイというよりも、レトロ感溢れる外観ではあった。
でも、やっぱり古くさいし昭和っぽいと思う点が多々ある。
それでも、必要性の高いところは、ちゃんとリフォームされ現代風に造りかえてるとか、なんともチグハグな感じがした。
叔父さんがしたのか、はたまた先代がしたのかまでは分からないが、どちらにしろ、お金の使い方を間違えてるみたいだ。
だってさ、もう閉めるつもりなんだよ。つうかさ、ほぼ開店休業状態なんだよ。
それなのに中身はキチンとされてるとか、なんか変だよね。
なにはともあれ、トイレにしても風呂にしても、実家のものより数段よかった。
しかも、しかーも、これらが共同ってことは、ルカさんと一緒に入浴する可能性があるってことなんだよね。
なにそれ、なにそれ、どんな神イベントだよ。
たとえ一緒に入れなくても、ルカさんが使用した後のお湯に浸かることもある。
その逆も、然りだ。
トイレだって……あ、僕が使用した後のトイレを、ルカさんが使用する可能性もあるんだよね。
やばい。ウン○した後は、臭いが消えるまで出れないじゃないか。
ルカさんの後だったら……イケメンはウン○しないから!
いや、たとえしたって、それはそれで幸せだ……。
でもルカさんも保さんも、僕よりも早く席を立ち自分の分は自分で片付けていた。
慣れてるんだろうし、これは致し方ない。
「洗い物は、僕がします」
「いいよー、食洗機あるし」
「え、そうなんですか」
「うん、ボロイけど、そういうのはあるの」
「もう、ボロイとか。一応、僕は大家の身内ですよ」
「ヤバ、直ちゃんには内緒ね」
おどけた調子で唇の前に人差し指を立てるルカさんに、クラクラした。
イケメンはどんなポーズもはまるけど、これはあまりにも小悪魔的魅力に溢れすぎている。
完全に、僕を悩殺する気だな!
「腹も膨れたところで、ちーちゃんの部屋に案内しよっか」
「は、はい、お願いします」
そういえば、僕はいまだ自分の部屋を知らなかった。
「届いた荷物は、俺と直ちゃんで運んどいたから」
「えええ、あ、ありがとうございます」
僕の荷物は、前もって宅急便で送っていた。
僅かな手荷物もうっとうしくて、ほとんどダンボールに詰めちゃったけど、まさか王子様に運ばせちゃったとは……。
「制服も届いてるよ。クローゼットに入れといたから」
「重ね重ね、ありがとうございます」
制服と聞き、気分が高揚した。
中学の制服は学ランだったけど、高校ではブレザーになる。
シャツにネクタイって、すごくBLチックで憧れてたんだよね。
「直ちゃんは一階でー、俺たちは二階ねー」
ルカさんに着いて階段を上がると、そこにはたくさんのドアが並んでいた。
「ここが、俺の部屋でー」
そう言って、ルカさんが一番手前のドアを指差す。
「ここが、タモッちゃんねー」
今度は、隣りのドア。
「一番奥がサカモッちゃんで、ちーちゃんの部屋は、ここ」
ここ、と保さんの隣りを指差され、内心ガックリした。
ルカさんの隣りが良かったな……。
「これが、鍵ね」
「鍵が、あるんですか」
古くさいから、そんなものないと思ってた。
「一応ね。あんま意味ないけど」
「意味ないんですか?」
「うん、俺もタモッちゃんも、めったにかけないからねー」
渡された鍵を使ってドアを開けば、真っ先に大量のダンボール箱が目に入る。
あれらを運ばせちゃったなんて、改めて申し訳なく感じた。
でもルカさんて、イケメンなだけじゃなく、すごく親切なんだな。
室内には他にもベッドと机、本棚とクローゼットが完備されていた。
床はフローリングで広さは8畳といったところ。
もともと住んでいた家は3LDKの普通のマンションで、僕の部屋は一番狭い5畳だった。
それを考えたら、叔父さんの下宿のほうが段違いに広い。
そのうえ、フローリングの質感もクローゼットも格段に良くて、同居人のことも併せたら、まるで極楽にでも来たような心地だ。
「やべ。もうこんな時間かよ」
ルカさんが、携帯を取り出し呟いた。
「どうかしましたか?」
「これから、面接があんだよねー」
「バイトのですか?」
「うん」
「僕は大丈夫なので、早く行ってください」
「ごめんねー」
「いえいえ」
「後のことはタモッちゃんから聞いてよ。帰ったら、一緒にスーパー行こう。金預かってるし」
「はい、わかりました」
「それじゃ、あとでねー」
「はい、いってらっしゃい」
と声をかけたら、すかさず「いってきます」と返ってくる。
まるで恋人同士のようなやり取りに、自然と頬が熱くなった。
これが毎日続くのかぁ……いいなぁ、幸せだなぁ、なんか夫婦みたい。
そんな幸福の余韻は、長くは続かなかった。
肘のあたりをクイクイ引っ張られ、その反動のまま振り向いた先で、保さんが待っていたから。
どうしよう、いや、どうしたんだ?
あんた、喋れないんでしょ。
そういうことへの偏見はなくても、率先してコミュニケーションは取らないよ。
だって手話とか無理だし。あ、筆談ならいけるのか。
仮にも大学生ってことは、筆記試験パスしたってことだもんね。
面倒くさいなと思いつつ、相手する覚悟を決めたとき、
「ダンボール、開ける?」
保さんの口パクに合わせ、どこからともなく届いた声に反応が遅れた。
「カッター、使う?」
またもや、保さんの口パクと合致した声が聞こえてくる。
声優様の美声には程遠く、なんの特徴もなければ抑揚もなく、限りなく棒読みに近い声音は、アニメだったら、聞いてるほうが居た堪れなくなるレベルのものだった。
「飯島くん?」
またもや……いや、違う。これは間違いなく、保さんの声だ。
なんてこった。
保さんは紛うことなきコミュ障で、僕が勝手に喋れない人認定してただけだった!
「あ、ああ、すみません。えっと、なんでしたっけ?」
「ダンボール……」
「ああ、カッター。カッターですよね。はい、使います。あ、でも、僕、そういうの持ってなくて」
「そこに、あるから」
そこ、とは、机の上のことだった。
見てみると、標準的なカッターがポツンと置かれている。
もちろん、僕が持ち込んだ物じゃない。
「用意しててくれたんですか。ありがとうございます」
「日向君が」
日向君とは、ルカさんのことだ。
ルカさんは『タモッちゃん』と親しげに呼ぶのに、保さんは『日向君』呼びなのか。
さすがはコミュ障。
「そうですか、ルカさんが」
「うん」
先に準備してるなんて、気が利くレベルじゃない。
顔と性格と頭だけでもすごいのに、こういったさり気無い気遣いまでできるなんて、ルカさんはハイパー王子様、いや、キングだよキング。
ありがたくカッターを使わせていただき、さっそく一つ目の箱を開けた。
中身は衣服で、ハンガーごと詰めていたから、そのままクローゼットに吊っていく。
前の部屋のものよりスペースがあるから、余裕で全部入っちゃうね。
鼻歌混じりにドンドン箱を開け、中身はさっさと片付ける。
これが終われば、戻ってきたルカさんとデートだ。
「あ、あの」
「フンフ、」
鼻歌を途中で止め、ついでに手も止めて、声の発生源――保さんに視線を移した。
つか、あなた、まだいたんですか。
「手伝うよ」
「大丈夫です。服と本なので、すぐ終わります」
「でも……」
困った様子でキョロキョロする姿は、間違いなく挙動不審だ。
コミュ障なりにがんばって声を掛けたが、あえなく却下されどうしていいか分からないってところか。
「それじゃ、空いたダンボール潰してもらえますか?」
「う、うん」
あからさまにホッとしダンボールを潰しにかかる保さんに、こちらこそがホッとした。
下手に扱って、僕が虐めてると思われたら堪らないや。
「あ、あのね、お風呂は11時で」
「はい?」
突然何を言い出すんだ、この人は。
「あの、お風呂」
「お風呂?」
「うん、お風呂、夜は11時までで、朝は7時半から……」
「ああ、そういうことですか。……えええ、好きな時間に入れないんですか」
「うん、音が、うるさいからって」
「そっか、そうですよね」
言われてみれば、当然かもしれない。
しょせんここは下宿で、アパートやマンションとは違うんだもの。
そういえば、この部屋のどこにも、風呂に続くような扉が付いてないけど。
「あの、もしかしてお風呂って、共同ですか?」
「うん、トイレも」
なんだってー!
風呂だけじゃなく、トイレまで共同!?
んな馬鹿なと、荷解き途中で、大急ぎでトイレを確認しに行った。
僕にとっては、食事なんかよりこっちのほうが死活問題だ。
恐る恐る覗いたトイレは、想像以上に綺麗だった。
最悪和式トイレを想定してたけど、とんでもない、ちゃんとウォシュレットの付いた洋式トイレだったよ。
広さは十二分で、完全リフォーム済みって感じがする。
ついでに一階のトイレも確認したが、二階のものとほぼ同じだった。
つまり、どっちも綺麗で、広い。
さらなるついでにバスルームを見に行ったら、こちらも昭和の面影など欠片も残っていない立派なものだった。
広さは二人くらいなら余裕で入れるほどで、シャワーコックが二つも付いていた。
建物自体はボロイというよりも、レトロ感溢れる外観ではあった。
でも、やっぱり古くさいし昭和っぽいと思う点が多々ある。
それでも、必要性の高いところは、ちゃんとリフォームされ現代風に造りかえてるとか、なんともチグハグな感じがした。
叔父さんがしたのか、はたまた先代がしたのかまでは分からないが、どちらにしろ、お金の使い方を間違えてるみたいだ。
だってさ、もう閉めるつもりなんだよ。つうかさ、ほぼ開店休業状態なんだよ。
それなのに中身はキチンとされてるとか、なんか変だよね。
なにはともあれ、トイレにしても風呂にしても、実家のものより数段よかった。
しかも、しかーも、これらが共同ってことは、ルカさんと一緒に入浴する可能性があるってことなんだよね。
なにそれ、なにそれ、どんな神イベントだよ。
たとえ一緒に入れなくても、ルカさんが使用した後のお湯に浸かることもある。
その逆も、然りだ。
トイレだって……あ、僕が使用した後のトイレを、ルカさんが使用する可能性もあるんだよね。
やばい。ウン○した後は、臭いが消えるまで出れないじゃないか。
ルカさんの後だったら……イケメンはウン○しないから!
いや、たとえしたって、それはそれで幸せだ……。