■青葉狂荘曲(コンチェルト)■-腐男子による前奏-
昼食を前にして、違う意味でゴクリと喉が鳴った。
辛うじて原型を留めている、煤だらけの焼き魚。
もやしと黒焦げキャベツいっぱいの、水気たっぷり野菜炒め。
茶碗の中の全粥が、唯一まともそうだった。
だけどこれは、水加減を間違えたで正解か?
ダークマター化した食べ物なんて、二次元にしか存在しないと思っていた。
美少女キャラのみの固有スキルだと、本気で信じていたんだ。
だと言うのに、まさか直接目にする機会に恵まれようとは。
しかも、実食する立場になるとは……さぁ、困ったぞ。
「やっぱ、マズイー? マズイよねー?」
察してくれたのは僕の王子様、もといルカさんだった。
マズイも何もまだ一口も食べてないけど、ピクとも動かない僕を気遣ってくれてるんだ。
「ごめんねー。俺もタモッちゃんも、料理ぜんぜん駄目でさー」
言われなくても、この惨状を見れば明らかだった。
だがしかし、そのようですね、とは言えないし、だからって他の言葉も見つからない。
「直ちゃん入院しちゃって、もうマジ死活問題なのよー」
食事付きの下宿だから、料理はすべて叔父さんだもんね。
僕も何度かご馳走になったけど、叔父さんの腕前はかなりのものだし。
「ちーちゃんが来てくれて、ホント良かったー」
ねぇ、タモッちゃんと、ルカさんがボサボサ髪の男――保さんに声を掛けた。
黙々とダークマターを食していた保さんは、小さく頷くことで同意を示した。
この二人は、僕が料理好きなことを予め知っていたらしい。
確かに僕は、料理が得意だ。
もともとは共働きの両親のために始めたけど、今となっては僕の趣味になっている。
それは身内ならば知ってることで、叔父さんが彼らに伝えていてもおかしくなかった。
そういえば、お待ちかねの甥っ子くんが来たとかなんとか言ってたような。
「叔父さんが入院してから、ルカさんたちで作ってるんですか?」
「うん、そだよ-。米はタモッちゃん担当ー」
「へぇ……」
いまどきの炊飯器で、何をどうやったら水加減を間違えられるんだろう?
逆に、教えてほしいくらいだよ。
「弁当でもいいんだけどさー、冷蔵庫のもの早く使わないとやばいとか直ちゃんが言うからー」
なるほど。
ここの冷蔵庫は、かなりの大きさがある。
買い溜めしてるだろうし、あの中にはまだまだいろいろ詰まってそうだ。
「じゃあ、夕飯は僕が作りますね」
「マジでー。じゃ、ハンバーグ作ってよー」
冷蔵庫の中を見ないとなんとも言えないが、それくらいならミンチを買い足すくらいで済むかな。
「わかりました。ルカさん、ハンバーグお好きなんですか?」
「俺? 嫌いじゃないし、むしろ好きなほうだけど、ハンバーグはタモッちゃんの大好物なんだー」
ねぇ、タモッちゃん、とまたもや隣りの男に話しかけるルカさんに、ちょっとモヤモヤした。
というか、この保さんって人、さっきから一言も喋ってない気がするんだけど。
目線すら、一度も合ってないんじゃないか。
最初から存在感が薄かったけど、今では目の前に居ても存在を失念しそうなくらいだった。
はっきり言おう、陰気だ。
そもそも見た目からして、暗い。
艶のない黒髪ボサボサ頭に、なんの特徴もない顔とか、三回生まれ変わっても十人並を脱しきれなさそう。
目も当てられない不細工じゃないだけ、マシかな?
いやいや、無口で根暗な時点で、誰も相手にしないレベルだよ。
せめてもう少し容姿がよければ良かったのに、ホント冴えないというか、普通というか……あれ、まさかこれって、平凡?
まさか、いやいや、……これは平凡のカテゴリーじゃないよね?
敢えて分類するならば、『地味』かな?
そこでハッとする。
どうしようもなく地味な受けと美形攻めのカップリングは、僕のバイブル(BL小説)にもたくさんあるじゃないか。
やばい、やばいよ。
どう見たってルカさんは、保さんのことをそれなりに気に掛けている。
反応が薄いのを承知で話しかけるし、タモッちゃんなんて甘い声で囁いたりもしてる。
まさかのライバル像に、脳内が混乱した。
平凡のライバルは、いつだって可愛い子のはずでしょ。
同じくらい平凡、いや、保さんはどう見たって僕より格下だけど、そんな人が恋のライバルなんて、それってどうなんだよ。
あまりにも低レベルすぎない?
それだけならまだしも、僅かなり僕のほうが上ってことは、向こうの方が可愛いし人気あるしって、クヨクヨ悩む必要性がなくなっちゃうよ。
実に失礼でくだらないことを考えた。
よくよく考えたら、なんで悩まなきゃいけないのか。
ライバルありきじゃなくて、王道の一途展開の可能性が高いってのにね。
だってさ、保さんがライバルとか、ホントマジありえないから。
地味でやぼったくてコミュ障っぽい保さんと、まっとうな平凡の僕だったら勝負にならないはずでしょ。
どう見ても僕のほうが可愛いし、ルカさんに相応しい……という思考が、当て馬美少年そのものであることに、僕は敢えて目を瞑った……。
無事パニックから復帰し、おそるおそる昼食に手をつけた。
ダークマターは、想像よりもマシだった。
というか、どれもこれも味がしない。
魚に振り塩、野菜炒めに塩コショウという概念が、ルカさんの中になかったことが幸いしたらしい。
食事中は、ルカさんとの他愛ない会話で盛り上がった。
進展するうえで重要なイベントは、僕の語りが主体となり、両親のこと叔父さんの元に来た理由、通学する予定の高校のこととか、いろいろと話した。
ルカさんはどれにも適度な反応を示してくれたけど、やっぱり保さんは一言も喋らない。
でも無視してるわけでなく、話自体は聞いてるようではあった。
嫌われてる感じはしないし、単に極度の人見知りってことだろう。
まさか、喋れないってことはないよね……もしかして、本当に口が聞けなかったりして。
だからルカさんは、必死で構ってるのかもしれない。
だとしたら、僕はとんでもない思い違いをしてたことになる。
コミュ障なんて決め付けて、悪いことしちゃったな。
「そういえば、…下宿してる人って、お二人だけですか?」
「もう一人、サカモッちゃん、坂本てのが居るよ」
「坂本さん、ですか。その人も大学生なんですか?」
「うん、俺らと同じT大生。二年生になるから、一応先輩だねー」
「T大……T大って、あのT大ですか!?」
ルカさんと保さんが、この春から大学一年生というのはさっき聞いた。
僕と同じ新入生だと、盛り上がったし。
でもそのときは大学名まで出てなくて、今思えば、大学がどこかなんて既に知ってる前提でいたのかもしれない。
だって、ここ(青葉荘)はT大にめちゃくちゃ近いことから、昔からT大生ばかり受け入れてるんだもの。
つまり、ルカさんも保さんも、ついでにまだ見ぬ坂本さんも、国内最高レベルの大学生ってことなんだ。
外見や性格だけじゃなく、頭までいいなんて、マジでパーフェクトな王子様だ。
「やっぱ、見えないー? タモッちゃんと違って、俺ってバカっぽいもんねー」
「とととととんでもない!」
「いいって、いいって、T大生つっても、たいしたことないよー。サカモッちゃんなんか、女子と合コンのことしか頭にないし」
ここで、ルカさんは? と尋ねたら地雷を踏みそうだし、止めとこう。
とりあえず坂本さんて人は、ごくありふれた大学生ってことでいいかな。
「その坂本さんは、今日はどうしてるんですか?」
「今日はバイト。夜は友達と会うから、夕食はいらないって言ってた」
そっか。大学生だもん、バイトくらいしてるよね。
今は春休みだし、稼ぎ時ってやつかな。
「じゃあ、坂本さんには、明日ご挨拶しよっと」
「あの人、あんま部屋に居ないんだよねー」
「そうなんですか。忙しいんですね」
「バイトもだけど、しょっちゅう友達のところに泊まってるからね。俺がここに来て10日ほど経つけど、その間ほとんど顔見てないし」
「へぇ……」
ってことは、ルカさんと二人きりになれる機会が多いってこと……違った、保さんもいれて三人で、叔父さんが退院したら、四人か。
叔父さん、このまま入院しててくれないかな……なんつって。
「ってことで、サカモッちゃんのことは気にしなくていいから。俺たちは俺たちで、仲良くしようねー」
「は、はい、ぜひっ」
辛うじて原型を留めている、煤だらけの焼き魚。
もやしと黒焦げキャベツいっぱいの、水気たっぷり野菜炒め。
茶碗の中の全粥が、唯一まともそうだった。
だけどこれは、水加減を間違えたで正解か?
ダークマター化した食べ物なんて、二次元にしか存在しないと思っていた。
美少女キャラのみの固有スキルだと、本気で信じていたんだ。
だと言うのに、まさか直接目にする機会に恵まれようとは。
しかも、実食する立場になるとは……さぁ、困ったぞ。
「やっぱ、マズイー? マズイよねー?」
察してくれたのは僕の王子様、もといルカさんだった。
マズイも何もまだ一口も食べてないけど、ピクとも動かない僕を気遣ってくれてるんだ。
「ごめんねー。俺もタモッちゃんも、料理ぜんぜん駄目でさー」
言われなくても、この惨状を見れば明らかだった。
だがしかし、そのようですね、とは言えないし、だからって他の言葉も見つからない。
「直ちゃん入院しちゃって、もうマジ死活問題なのよー」
食事付きの下宿だから、料理はすべて叔父さんだもんね。
僕も何度かご馳走になったけど、叔父さんの腕前はかなりのものだし。
「ちーちゃんが来てくれて、ホント良かったー」
ねぇ、タモッちゃんと、ルカさんがボサボサ髪の男――保さんに声を掛けた。
黙々とダークマターを食していた保さんは、小さく頷くことで同意を示した。
この二人は、僕が料理好きなことを予め知っていたらしい。
確かに僕は、料理が得意だ。
もともとは共働きの両親のために始めたけど、今となっては僕の趣味になっている。
それは身内ならば知ってることで、叔父さんが彼らに伝えていてもおかしくなかった。
そういえば、お待ちかねの甥っ子くんが来たとかなんとか言ってたような。
「叔父さんが入院してから、ルカさんたちで作ってるんですか?」
「うん、そだよ-。米はタモッちゃん担当ー」
「へぇ……」
いまどきの炊飯器で、何をどうやったら水加減を間違えられるんだろう?
逆に、教えてほしいくらいだよ。
「弁当でもいいんだけどさー、冷蔵庫のもの早く使わないとやばいとか直ちゃんが言うからー」
なるほど。
ここの冷蔵庫は、かなりの大きさがある。
買い溜めしてるだろうし、あの中にはまだまだいろいろ詰まってそうだ。
「じゃあ、夕飯は僕が作りますね」
「マジでー。じゃ、ハンバーグ作ってよー」
冷蔵庫の中を見ないとなんとも言えないが、それくらいならミンチを買い足すくらいで済むかな。
「わかりました。ルカさん、ハンバーグお好きなんですか?」
「俺? 嫌いじゃないし、むしろ好きなほうだけど、ハンバーグはタモッちゃんの大好物なんだー」
ねぇ、タモッちゃん、とまたもや隣りの男に話しかけるルカさんに、ちょっとモヤモヤした。
というか、この保さんって人、さっきから一言も喋ってない気がするんだけど。
目線すら、一度も合ってないんじゃないか。
最初から存在感が薄かったけど、今では目の前に居ても存在を失念しそうなくらいだった。
はっきり言おう、陰気だ。
そもそも見た目からして、暗い。
艶のない黒髪ボサボサ頭に、なんの特徴もない顔とか、三回生まれ変わっても十人並を脱しきれなさそう。
目も当てられない不細工じゃないだけ、マシかな?
いやいや、無口で根暗な時点で、誰も相手にしないレベルだよ。
せめてもう少し容姿がよければ良かったのに、ホント冴えないというか、普通というか……あれ、まさかこれって、平凡?
まさか、いやいや、……これは平凡のカテゴリーじゃないよね?
敢えて分類するならば、『地味』かな?
そこでハッとする。
どうしようもなく地味な受けと美形攻めのカップリングは、僕のバイブル(BL小説)にもたくさんあるじゃないか。
やばい、やばいよ。
どう見たってルカさんは、保さんのことをそれなりに気に掛けている。
反応が薄いのを承知で話しかけるし、タモッちゃんなんて甘い声で囁いたりもしてる。
まさかのライバル像に、脳内が混乱した。
平凡のライバルは、いつだって可愛い子のはずでしょ。
同じくらい平凡、いや、保さんはどう見たって僕より格下だけど、そんな人が恋のライバルなんて、それってどうなんだよ。
あまりにも低レベルすぎない?
それだけならまだしも、僅かなり僕のほうが上ってことは、向こうの方が可愛いし人気あるしって、クヨクヨ悩む必要性がなくなっちゃうよ。
実に失礼でくだらないことを考えた。
よくよく考えたら、なんで悩まなきゃいけないのか。
ライバルありきじゃなくて、王道の一途展開の可能性が高いってのにね。
だってさ、保さんがライバルとか、ホントマジありえないから。
地味でやぼったくてコミュ障っぽい保さんと、まっとうな平凡の僕だったら勝負にならないはずでしょ。
どう見ても僕のほうが可愛いし、ルカさんに相応しい……という思考が、当て馬美少年そのものであることに、僕は敢えて目を瞑った……。
無事パニックから復帰し、おそるおそる昼食に手をつけた。
ダークマターは、想像よりもマシだった。
というか、どれもこれも味がしない。
魚に振り塩、野菜炒めに塩コショウという概念が、ルカさんの中になかったことが幸いしたらしい。
食事中は、ルカさんとの他愛ない会話で盛り上がった。
進展するうえで重要なイベントは、僕の語りが主体となり、両親のこと叔父さんの元に来た理由、通学する予定の高校のこととか、いろいろと話した。
ルカさんはどれにも適度な反応を示してくれたけど、やっぱり保さんは一言も喋らない。
でも無視してるわけでなく、話自体は聞いてるようではあった。
嫌われてる感じはしないし、単に極度の人見知りってことだろう。
まさか、喋れないってことはないよね……もしかして、本当に口が聞けなかったりして。
だからルカさんは、必死で構ってるのかもしれない。
だとしたら、僕はとんでもない思い違いをしてたことになる。
コミュ障なんて決め付けて、悪いことしちゃったな。
「そういえば、…下宿してる人って、お二人だけですか?」
「もう一人、サカモッちゃん、坂本てのが居るよ」
「坂本さん、ですか。その人も大学生なんですか?」
「うん、俺らと同じT大生。二年生になるから、一応先輩だねー」
「T大……T大って、あのT大ですか!?」
ルカさんと保さんが、この春から大学一年生というのはさっき聞いた。
僕と同じ新入生だと、盛り上がったし。
でもそのときは大学名まで出てなくて、今思えば、大学がどこかなんて既に知ってる前提でいたのかもしれない。
だって、ここ(青葉荘)はT大にめちゃくちゃ近いことから、昔からT大生ばかり受け入れてるんだもの。
つまり、ルカさんも保さんも、ついでにまだ見ぬ坂本さんも、国内最高レベルの大学生ってことなんだ。
外見や性格だけじゃなく、頭までいいなんて、マジでパーフェクトな王子様だ。
「やっぱ、見えないー? タモッちゃんと違って、俺ってバカっぽいもんねー」
「とととととんでもない!」
「いいって、いいって、T大生つっても、たいしたことないよー。サカモッちゃんなんか、女子と合コンのことしか頭にないし」
ここで、ルカさんは? と尋ねたら地雷を踏みそうだし、止めとこう。
とりあえず坂本さんて人は、ごくありふれた大学生ってことでいいかな。
「その坂本さんは、今日はどうしてるんですか?」
「今日はバイト。夜は友達と会うから、夕食はいらないって言ってた」
そっか。大学生だもん、バイトくらいしてるよね。
今は春休みだし、稼ぎ時ってやつかな。
「じゃあ、坂本さんには、明日ご挨拶しよっと」
「あの人、あんま部屋に居ないんだよねー」
「そうなんですか。忙しいんですね」
「バイトもだけど、しょっちゅう友達のところに泊まってるからね。俺がここに来て10日ほど経つけど、その間ほとんど顔見てないし」
「へぇ……」
ってことは、ルカさんと二人きりになれる機会が多いってこと……違った、保さんもいれて三人で、叔父さんが退院したら、四人か。
叔父さん、このまま入院しててくれないかな……なんつって。
「ってことで、サカモッちゃんのことは気にしなくていいから。俺たちは俺たちで、仲良くしようねー」
「は、はい、ぜひっ」