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■青葉狂荘曲(コンチェルト)■-腐男子による前奏-

地図通りに歩き辿り着いた場所には、大きな洋館が建っていた。
叔父さんの家を訪問するのは、これが初めてのこと。

「想像してたのより、イケてるかも……」

失礼だけど、ボロボロのアパートを想像していただけに、衝撃を受けている。
建物自体は古く時代は感じさせるけど、昭和の下宿屋にしてはお洒落でレトロな高級感が漂っているのだ。
二階建てで敷地面積がすごく広そうだし、建物が建ってる土地自体もかなり広めだった。
現に庭というか芝生というか、手入もされてない空間には、自動車が二台停まっても余裕あるし。
都内でこれだけの土地があるって、結構すごいことじゃないのかな?
もしかして、うちってお金持ち?
あまりにも違うイメージに戸惑ったが、出入口の上部に打ち付けられてる板に、墨字で『青葉荘』と書かれていたことで現実に引き戻された。
こういうところが、古めかしい……。

気を取り直して、大きめの扉の取っ手を握る。
ドアには鍵がかかっておらず、開いた先には広い空間があって、たくさんの靴が収容できる靴箱が設置されていた。
やっぱり、下宿なんだなぁ……。

「こ、こんにちは、あの、どなたかいませんか?」

叔父の話では、今現在の入居者は約三名とのことだった。
約って、なんだよ。
入居者の数が、どうしてアバウト扱いなんだよ。
まぁ、普段からボケッとしてる叔父だから、その辺りはツッコまなかったけどね。

一瞬誰もいないのかと思ったが、奥の方から人の声は聞こえていた。
気づかれてないのかと、今度はもう少し大声を出してみる。

「あのー、どなたかいませんかー?」

「はいはいはい、N○Kなら払いませんよー。ここ、アンテナないしねー」

ようやくいただけた反応にホッとしたものの、内容はかなりアレだ。
つか、テレビアンテナないのかよ。
どんだけレトロなの。

「あの、N○Kじゃないです。今日からお世話になる、甥の」

「じゃあ、セールス? ムダムダ、誰も何も買わないよー。つか、見て分かるでしょ」

「いや、そうじゃなくて、」

声と共に廊下を歩く足音がするけども、なかなか相手は現われない。
かなりゆっくりな歩行だと知れたけど、ここの廊下がそれだけ長いってのも一因だろう。

「じゃあ、なんですか? 言っときますが、大家は留守ですからねー」

「あ、だから、その大家の甥で、今日からこちらでお世話になる、甥の飯島千晴(いいじまちはる)で……す……」

「甥?」

「……」

あまりの光景に、言葉を失った。
僕をN○K扱いし、尚且つセールスだと追い返そうとした相手の姿に、呆然としてしまったせいだ。
呆然? いや、違う。
これは、陶然というのだ。

「あれ、もしかして、直(なお)ちゃんの甥っ子くん?」

何も言えず佇む僕に、奥から現われた住人が優しく言葉をかけてきた。
ああ、なんということだ……。

「来るの、今日だっけ?」

住人――おそらく大学生だろう――は、こんな古めかしい洋館に似つかわしくないほどの、イケメンだった。
身長は、たぶん185センチくらい。
細身だけど、きっと脱いだら筋肉質に違いない。
しかも、足が驚くほど長い。
絶対にパンツの寸法直しは、したことないはずだ。
そのうえセンスも抜きん出ている。
カジュアルでいながらも、完璧な計算のもとコーディネートされた服装は、ファッション誌からそのまま飛び出してきたようだし、ヘアスタイルも叫びたいほどキマッていた。

「あ、あの、あの、」

「たもっちゃーん、お待ちかねの、甥っ子くんが来たよー」

なんとか言葉を絞り出そうとする僕の目前で、超のつくイケメンが振り返り叫ぶ。
容姿服装話し方から、彼にはチャラ男のカテゴリーがよく似合っていた。
チャラ男×平凡。
それは、僕が最も好物としてる展開だ。
ああ、こんな所に、僕の王子様がいたなんて……。

「甥っ子くん」

「は、はいっ」

「とりあえず、上がったら? スリッパはその辺にあるの適当に使って」

「は、はいっ、喜んでっ」

「ちょうど、飯食っててさー。あ、甥っ子くん、食事は?」

「ままままだですっ」

「そう、良かったら一緒に食べる? まともな物ないけどねー」

「ははははいっ、喜んでっ」

なんて優しい人なのだろう。
でも、出会ってすぐに食事とか、早い、早すぎる展開だよ!
まずは自己紹介から……ああ、でも、そういう強引なところ、大好きです!
気遣いができて、強引で……。
チャラ男はこうでなくちゃね!

理想のチャラ男の後に付いて行くと、ダイニングと思われる広間に到着した。
長テーブルが二つ並んだ空間は、下宿の食堂として使われているのだろう。

「たもっちゃん、甥っ子くんに挨さ…つ。あれ、俺、名乗ったっけ?」

「まままままだですっ」

早く、早く名前を教えてくれ!
まずは、そこから始めないと!

「えっとー、日向琉夏(ひなたるか)でーす」

ルカとか、名前までイケメンか!
非の打ち所がなさすぎる。

「で、あっちが根岸保(ねぎしたもつ)ねー」

「あっち?」

ルカさんの指差す先には長テーブルがあり、ボサボサの髪をした人がボケッと座っていた。
あまりにも存在感がなさすぎて、気付かなかった。

「あの、い、飯島千晴と言います。今日から、お世話になります」

存在感が薄かろうが、挨拶は忘れない。
僕の理想とする『平凡』は、いつでも礼儀正しくが基本なのだ。
大きすぎず小さくもない声で、ハキハキしすぎでもなければ妙にオドオドもしていない、くどすぎない簡潔な挨拶は、どこをとっても『平凡』として完璧なものだった。
僕の好感度は、メキメキ上昇してることだろう。

「千晴か。じゃあ、ちーちゃんって呼んでいい?」

「は、はははいっ、どうぞどうぞっ」

いいも悪いも、それこそ望んでるんですよ!
すぐに相手をちゃん付けするとか、これぞチャラ男だ。

「じゃあ、三人揃ったところで、昼食にしよっか。ちーちゃんはそこに座って」

指示された席は、保さんという方の真ん前だった。
できればルカさんの横がよかったけど、そのルカさんはあろうことか保さんの横に座った。
ちょっと、しょんぼり。
だが、顔には決して出さないぞ。
平凡はどんなときでも、我慢を強いられるものなんだから。

誰にでも優しいチャラ男に、いつでも耐え忍ぶ平凡。
その姿にチャラ男はイラつき、それゆえに平凡を愛してると気付かされるのだ。
最初からラブいちゃ展開も好きだけど、僕が一番ドキドキするのはこっちの展開だった。
いいよ、いいよ、その調子で進めていこう。
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