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■青葉狂荘曲(コンチェルト)■-腐男子による前奏-

暦の上では春なのに、まだまだ肌寒く感じる三月の某日。
僕は液晶画面のマップを頼りに、叔父の家へと向かっていた。
この辺りの土地勘はゼロ。
叔父さんに迎えに来てもらう予定だったけど、運の悪いことに盲腸で一昨日入院してしまった。
電話口で申し訳ないと謝罪しまくる叔父さんを、もう高校生だから一人でも大丈夫と言って宥めたのだ。

いくら初めての土地だからって、道に迷うなどそうそうない。
住所をいれたら、詳細なマップに目的地までのルートが表示される時代だもの。
ついでだからと、これからお世話になるだろう、ご近所のスーパーと母校となる高校の見学もしてきたくらいだし。
いまどきの高校生なら、これくらいどうってことないよね。
あ、まだ高校の入学式は終わってないけど。

四月になったら通うことになる高校は、地元にあった学校とそう変わり映えしない外観をしていた。
そりゃそっか。
いくら都会だからって、学校の外観なんて似たようなものだよね。
よほどでなければ設備に差がつくはずないんだもの。
ましてや滑り止めとして受けた高校は、なんの特色もない公立高だし……。

第一志望の某私立高は、残念ながら落ちてしまった。
担任と塾の講師に絶対無理の太鼓判を押されてただけに、あまりショックは受けていない。
ただ、夢が一つ叶わなかったというだけで……。
そう、夢。
僕には、夢があるのだ。
それは、いつかは現実のものになるだろう。
いや、絶対にしなければならない。
そう、美形×平凡を満喫し、尚且つ、ステキなイケメン執着攻めをゲットするという夢を!

全然不細工じゃないけど、これといって目を見張るもののない母と、雰囲気イケメンくらいは狙えそうなのに、凡庸さが際立つ父との間に生まれた僕は、純血種の『平凡』だった。

『平凡』

一見なんの変哲もない言葉には、萌えのすべてが凝縮されている。

美形×『平凡』
イケメン×『平凡』
チャラ男×『平凡』
ワンコ×『平凡』
不良×『平凡』

こうして並べていくだけで、鼻血が出そうだ!!

ネットが発達して良かったと思えるのは、大量のBLがいつでも拝読できるってことに尽きた。
そのおかげで、自分が腐男子だと自覚できたばかりか、夢を持つこともできたのだから。
数あるBL作品の中で僕を虜にしたのは、『平凡受け』がメインの作品たち。
あのドキドキ感とわくわく感は他作品と比べようがない。
なにより『平凡』の卑屈さが、堪らなく愛おしい。

美形に愛されることを怖れる『平凡』
美形に引け目を感じる『平凡』
美形に捨てられそうだとビクビクする『平凡』
美形に浮気されても仕方ないと納得する『平凡』

ああいけない。
鼻血どころでは、済まなくなりそうだ……。

僕にとって『平凡受け』は聖書(バイブル)に等しいものであり、人生の指針だった。
少女が白馬の王子様を待つように、『平凡』な僕も美形王子様を待ち続けている。

その第一歩のつもりで、駄目もとながらも某私立高を受験した。
この某私立高は、叔父の住む都内ではかなり有名な男子高だ。
だけど新幹線の距離にある僕の地元でも、相当有名だった。
いまどき山奥の全寮制男子高なんて古臭いと敬遠されそうなものだけど、生徒のほとんどが権威権力に溢れた家のご子息ときては、全国から入学者が詰め掛けるのも不思議じゃない。
しかも偏差値は抜群に高く、顔面偏差値までもが群を抜いている。

この"全寮制男子高"と"顔面偏差値"が重要だったわけだけど……。

全寮制の男子高というファクターは取り逃がしたけど、そんなことをいつまでも引き摺るような僕ではない。
『平凡』に受験を失敗したなんて、ツライ過去は必要ないのだ。
陰のあるヒロインなど、その辺のつまらない美少年に任せておけばいいこと。
それでも、あえて"陰"の演出が必要だというならば、それは過去"美形"に手酷く扱われた、もしくは振られたでなければならなかった。

僕は、最良にして最高の『平凡』を目指している。
そのために日々研究は怠らないし、努力だってしている。
『平凡』はあくまでも『平凡』でなければならず、その『平凡』に惹きつけられた美形こそが真の美形であり、それこそが、僕の求める美形×平凡ななのだ。



父が長期の海外勤務を命ぜられたのは、僕が中学三年生の夏の頃だった。
なんでこんな時期にと思いはしたが、母があっさりと仕事を辞め付いていくと言ったときには、運命だと感じた。
単身赴任ではなく両親揃っての赴任となれば、学生の僕は寮のある学校に行くしかなかったから。
これはもう、某私立高に行けとの神のお告げであろうと。

両親は、日本に残ると言う意見を尊重してくれた。
この二人はいつもそうだ。
いつだって、僕を個人として尊重してくれる。
そして、ラブラブ。
だからこそ、単身赴任など思いつきもしなかったのだろう。

結果は見ての通りとなったわけだけど、もともと落ちる前提だったので、ややこしくはなかった。
父の年の離れた弟、つまり僕の叔父さんが、某私立高のある都市で下宿屋を営んでいたことが奏功したわけだけど。
いまどき下宿って……。

その下宿屋、もとは父の祖父、つまりは僕の曽祖父夫婦がやってたものらしい。
確かに、その時代ならば利用者は多かったことだろう。
下宿から一番近い学校が、日本最高の大学として有名なT大だから、それはもう繁盛してたと思う。
しかしながら、現在では需要は限られている。
下宿なんて、いわば集団生活をしてるようなもので、快適さとは無縁の場所だもの。
いまどきの大学生なら学生向けマンションで、独り優雅に過ごすほうが遥かに快適だと判断するよね。

案の定、叔父さんが継いだ下宿屋も、既に新たな入居者を募ってはいなかった。
募集するだけ無駄だからと思っていたけど、実はそうじゃないんだって。
何件か打診されたけど、近いうちに辞めるつもりだからと断ったらしい。
まさかこの時代に、下宿を頼む人がいるなんて、いやはや驚きだよ。
でもさらに驚く事実があった。
現在この下宿には、数名の入居者がいるらしい。
この人たちが退去したら、下宿屋は閉めるんだってさ。

と、ここまでくれば、だいたい分かるよね。
両親がいない間、僕は叔父さんの下宿でお世話になるんだ。
もちろん生活費その他もろもろは両親から振り込まれるけど、あくまで身内を預るということで、決して入居者という扱いではない。
それつまり、今いる入居者が全員いなくなっても、僕の生活は変わらないってこと。
彼らがいようがいまいが、僕にはまったく無関係なんだ。

某私立高に受かろうが落ちようが、叔父の元に行くことは決定してたから、滑り止めはこの近辺の公立高を受けた。
偏差値がいたって普通の高校は、僕をいともあっさりと受け入れてくれたよ。
さすがに高校浪人なんてしたくなかったし、まぁこれはこれでいいだろう。
共学なのは引っかかるけど、BLにあるような『平凡受け』ライフを送れることを期待している。
不安要素としては、美形はいるのか。その一点に尽きるけどね。
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