幼少期編
名前変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あれから数刻。
私が幾ら喚いても叫んでも叩いても、大男は何一つ気にも留めず歩き続けていた。
時折「はいはい」とか「うんうん」等、何度かそいつは相槌を打ってはいたが私を降ろす事は絶対にしなかった。
その内私も声が枯れた上に叩く事にも疲れ果ててしまって、気付けばそのままそいつの肩の上で意識を飛ばしてしまった。
…次に意識が戻ったのは、よいしょと言う掛け声と共に抱え直された時だった。
急に来た振動に驚きで目が覚める。見える範囲で周囲を見渡せば何処かの家の廊下…ではあるようだが、全く状況が飲み込めない。
「組頭、お戻りに…って、あの。その担いでる子供は…?」
私の後ろで誰かが来て困惑した声で大男に話し掛けている。
気になってもぞもぞと後ろを向こうと頑張ってみるがどう足搔いてもそっちを見る事が出来ない。
「ボロボロだった子猫ちゃん拾ってきちゃった。…と、起きたね。おはよう」
「お、おはよう…ってちがう!私は子猫じゃない!」
上手く出ない掠れた声で咽ながらも言い返せばそんな私を宥める様に背中を優しく叩く。
後ろにいる奴は「は、はい?」と明らかに困惑した声で聞き返していたが、大男はそんな事気にしてもいない様子だ。…というかこの大男、普段からこんな調子なのだろうか。
「とりあえず陣左はお風呂沸かして、子供用の服探してくれるかな。その間にこの子猫の怪我の様子を見てるから。あと尊奈門はいる?居れば汁物作らせて持ってきてくれないか」
「は、はっ。只今」
陣左と呼ばれた男…声しか分からないが多分男だ…は、そう言って離れて行く。
一体自分の身に何が起こっているのか、そして組頭と呼ばれたこいつは一体何者なのかさっぱり理解出来ないまま事態が進行しているのだけは分かる。
「さて、あともうちょっとだから我慢してね子猫ちゃん」
「子猫いうなあ!…げほっ、」
「ほらあんだけ叫んでたのにまた無理して叫ぶから。静かにしてようねえ」
そう言って廊下を進むのを止める事なんて出来ず、私は相変わらず肩の上でもぞもぞと動いて無駄な抵抗をする事しか出来なかった。
***
そこから先は流れる様な速さで事が進んでいった。
まず最初に着いた部屋で、大男は私を降ろすと砂利道を歩いて傷ついた私の両足と殴られた痕の処置をしてくれた。
ちなみに物凄く傷口に染みて痛かったが「我慢我慢」と言って強行された。
「包帯はお風呂入ってからだね、さっき沸いたって言っていたからお風呂に入ろう」
そう言って次は風呂場へと連れていかれた。一人で入れると言ったが結局一緒にお風呂に入る事になったし髪も体もそいつに洗われて、髪の毛の水気を拭くのもやられた。
この大男、本当に驚くぐらい私の話を聞いてくれない。何なら「はいはいジッとして。子猫ちゃん元気だねえ」なんて能天気に言われる始末だ。
そんなこんなで風呂から出た後は新しい小袖に着替えて怪我をした部分に包帯を巻かれた後、また部屋へと戻って来た私の目の前には湯気の立つ野菜の入った汁物のお椀がお膳に置いてあった。
大男はお膳を挟んで私の前に腰を下ろして長い息を吐く。
「さて、どうぞ。お腹空いたでしょ食べていいよ」
「……ぇ、と」
戸惑いながら汁物と男を交互に見る。お椀からは美味しそうな香りが漂っていてくぅ、と正直な私のお腹はそれを食べたいと訴えかけていた。
でも、此処で食べたらまたあの時と同じじゃないだろうか…。困った末に私は叫ぶ様に口を開く。
「ど……毒。料理に毒とか盛ってないだろうな!?」
「毒?盛ってないよ」
「う、嘘だ!信用できない…!」
両の手を握りしめて大男に言い返す。
頑なに食べない私に大男は何か考える様に自身の頬に手を添えていた。
「なんで信用出来ないのかな?君は私から持っているものを奪おうとしていた訳だから、渡す代わりにこうやって怪我の治療と料理を提供したのだけれど」
「それは!…それは、お前が…悪い大人かもしれないから…っ!」
「ふむ、君にとっての悪い大人ってどんな人だい?」
淡々と質問攻めにされて段々最初の勢いが萎んでいく。
私にとっての悪い大人…。昨日、私を騙したあの大人の凶悪な顔が脳裏に思い浮かぶ。
殴られた痛みが戻ってきた気がして誤魔化すように握った拳に親指で爪を立てる。
「わ…私のこと、騙して…父さんと母さんが残してくれたもの全部奪って!私を…貴族に売ろうとしたやつらみたいな…大人…」
「…ああ、だから青痣と腫れがあったのか」
呟かれて、唇を一文字にぎゅっと結んで俯く。これ以上口を開くとこいつの前で涙が零れてしまいそうだった。
もう話したくないのに、それなのにまだ大男からの質問は終わらない。
「じゃあ、どうやったら私は君にとっていい大人になれるかな?」
「いい大人…?ぇ…ぅ…そんなの、わかんない……」
尋ねられて目線が泳ぐ。私にとっていい大人…ってなんだろう。
父さん母さんのような人?優しい人?騙さない人?少なくとも私の事を売ろうなんて考えない奴だとは思うけれども…。
言葉が出てこない私を黙って見ていたが、暫くして大男は少しだけ笑ってみせた。
「困らせちゃったね。とりあえず、今は料理に毒を盛っていない事を証明して君に信用してもらうとしようか」
その言葉に顔をあげれば既に大男はこっちに近付いて来ていて、私の前に置いてあった椀を持ち上げる。
口の包帯を少しだけずらし、椀に口付けて中にあった汁物を一口飲み干す。
「…ほら、入ってないよ」
そうして優しい声色でにこりと微笑んだ顔を、私は半ば放心状態で見ていた。
なんでこの人はここまでしてくれるんだろうか。初対面の私に、一体どうして。
一先ず、この料理に毒は盛ってないと大男自身が証明してくれた。
お腹は空いているのは事実だし、害がないなら料理を無駄にするのは良くない事だ。そう言い聞かせて箸を手に取る。
「……ぃ…ただき、ます…」
「どうぞ召し上がれ」
ぎこちない動きで手を合わせてそう言えばそんな言葉が返ってくる。
椀の中の野菜を一口食べれば、美味しくて何故か優しい味がした気がした。
そこから先は無我夢中で汁物を食べた。男は黙ってそんな私を見ていたし、私も黙って汁物を平らげた。
「…ごちそうさまでした…」
「うん、綺麗に食べたね」
ちらり、と男を見つつ手を合わせて小声で言う。立ち上がった男はお膳を持って「後で運ぶか」なんて言いながらそれを部屋の隅に置いていた。
お腹も膨れて、お風呂で体も温まって…今度私に襲い掛かってきたのは耐えきれない睡魔だった。
碌に昨晩寝れてなかったせいだろうか。連れて行かれてからここに来る移動中だって途中から気絶と言うか眠っていたのに、今も頭が振り子の様に勝手に動くし寝ちゃ駄目だと思っても瞼が引っ付きそうだ。
「…眠いかい?寝てもいいよ」
「ゃ…ねない……」
辛うじて聞こえてきた言葉に首を横に振るが欠伸は止まらないし、限界が近い。
どんなに頑張ってもこれ以上起きていられない。でも、こいつの前で寝る訳には…。
「強情だねえ。よいしょ」
頭上から声がする。少し体が浮いたと思ったら赤ん坊みたいに抱えられる体勢になっていた。反抗しようと思っても疲れ切った体は動かせないし、寧ろ勝手に安らぎを感じている。
「ほら、おやすみ子猫ちゃん」
ぽんぽんと何度かあやす様にされて、意識が微睡んでいく。
明日…明日には自分は子猫じゃないと訂正させないと…。
それとこの人の事も…なんなら名前だってまだ知らない。だから、ちゃんと聞かなければ。
それだけ考えた後、私は目を閉じて眠りについてしまった。
***
「…組頭、今よろしいでしょうか」
「……いいよ。寝ているから静かにね」
「はっ、」
障子の向こうに居た陣左は許可を得て部屋の中へと入る。
風呂場であんなに暴れていた幼子は今はうってかわって大人しく組頭の腕の中で眠っていた。
「…その、つかぬ事をお聞きしますがその子供はどこから…拾ってきたと言ってましたが…」
「いやあ。道歩いてたら殺気出して潜んでるから、ワザと音出したら草刈り鎌持って飛び出してきて持ち物渡せって強盗されてね」
「ご、強盗!?」
「こら、大きな声出すと起きるだろう」
す、すみません。と謝罪しつつ組頭に頭を下げる。
相変わらず幼子は夢の中に居る様だ。…が、時折寝言で苦しそうな声を出して呻いている。あまり良くない夢を見てるのだろうか。
「…で、これからどうなさるのですか?」
「まあ、彼女の詳細をもう少し聞いてみようと思うけれど、なかなか警戒心の塊な子猫ちゃんだからねえ。時間が掛かりそうだ」
「いや、組頭そうではなく…その子供、此処に住まわせる気ですか?」
自分の言葉に組頭は少し悩む声を出す。
腕の中に居る子供に目線を落として口を開く。
「そうしようとは思うけど、こっちがああしなさいって強制させても言う事聞かないだろうしね」
「まあ…そうでしょうね。この調子じゃ」
お風呂場でのやり取りや夕餉の時など組の者でひっそりと数人で会話を聞いていたが、一筋縄ではいかない子供だというのはひしひしと伝わる。
なんというか、例えるならば一生懸命に威嚇する手負いの猫の様だ。
…とりあえず、組頭がこの子供を手放すという選択肢はなさそうだと己の勘が告げていた。
「尊奈門の手伝いと言いますか…炊事洗濯と女中の様な働き方を勧めるか…あるいは、忍びとして教育なさるおつもりで?」
「それはこの子自身に決めて貰おうか。どっちがいいかは、彼女に決めさせよう」
「分かりました。それだけ聞ければ充分です。…小頭も戻ってきているので話を通しておきます」
「頼んだよ。…このままじゃ動けなくてね」
多分この人なら子供を起こさず地面に降ろす事など朝飯前なのだろうが、きっと気に入っているのだろう。
特に意を唱えず、短く了承の返事をすれば小頭に報告する為に部屋を後にする。
さて尊奈門よりも年若い、小さい子が来た訳だが…果たして二人とも仲良くできるだろうか。
あの子が組頭に反抗する度に、横から口出しする尊奈門の姿が簡単に目に浮かぶ。
「不安だが…なるようにしかならないか」
呟いた声は闇夜に消え、そのまま自身も闇と紛れて気配を消す。
明日の朝もひと悶着起こるだろう予感を想像しつつ、小頭の元へと報告へ行く。
…なお話を聞いた小頭は眉間を押さえて天を仰いでおられたし、心中お察しする。
