夢喰い夢売り夢造り。
後日。
脳内シミュレーションしたとおりに、電車でホームセンターに行き、テーブル兼デスクになりそうな机と椅子、キャスター付きのスチールラックなどを見繕って、予定通り借りた軽トラックに積んで帰った。
それなりの大きさも重さもあり、気をつけて運んでいたつもりだったが、階段で手すりなどにがこんがこんとぶつけていたようだ。左隣の中年男性がドアを開けてじっとこちらを見ていた。
「あ、すみません、先日越してきた見崎と申します。荷物運ぶあいだ、うるさくしちゃうと思いますが……」
「……ああ、私は矢取です。そんなに畏まらなくてもいいですよ。ただ、なんだろうと思って見ていただけです。引っ越されたのですね。面倒くさいのは嫌いですから、適当によろしくしますよ」
お互いに、どうもどうもと頭を下げ合うあたりが、とっても日本らしいと思う。矢取さんも事情がわかって興味をなくしたようで、すっと静かに部屋に戻った。
もしかしなくても、隣近所、いや多くて六世帯だし、挨拶回りした方がいいのだろうか。最近はそういうのを疎ましく感じる人も少なくないというし、自分だったらどうでもいいと思うだろうが、失礼な不審者と思われるより、今どき堅苦しくて面倒くさいヤツと思われる方がマシだろう。なんたってもう独立した社会人なのだ、社会生活の一員としてしっかりしなくては。
明日にでも無難な菓子でも見繕って、挨拶回りしてみよう。
やるコトがまたひとつ、と軽トラックを返しに行きがてら、スーパーに寄って小さなまんじゅうがいくつか入ったセットを念の為に六つ買う。もしも矢取さんしか住んでいなくても、自分で食べきれるようなサイズにした。
帰宅すると窓を開け、とんてんかんてん家具を作る。窓の外は見ない。
最近の組み立て家具は簡単でわかりやすいし、便利になってきているなぁと大きなプラモデル感覚であっさり組み上げる。
板間のシャワー室近くにキャスター付きのラックを置き、タオルやら洗剤やらを並べてカーテンを垂らす。机と椅子も板間のキッチン近くに。そしてちゃぶ台は六畳間に。
おおすごい、なんかいっぱしの普通の部屋っぽくなってきたじゃん、と浮かれていたらスマートフォンが軽快なデジタルチャイム音を鳴らした。
画面にあるのは記憶にない番号だ。
「はい、見崎です」
「ああ、見崎……守之さまですか? こちら……」
会社からだ。登録した番号とは違ったからわからなかったのか。
まだあと三日あるがもしや明日からとか言われるのではないだろうか、もちろんそれくらい対処できるさ、社会人になるんだからな。
それでもなぜか心臓がばくばくするのを止められない。
「ええっと、四月二日からと連絡したと思うんだけど、それ、変更になったから」
いきなり口調がぞんざいになった。ええ?入る前からブラック?などと眉を寄せて耳を澄ます。
「変更って、どのようになったんですか?」
「えっとね、見崎くん、来なくてよくなったんだわ」
「……え?…………え?」
意味が飲み込めず、二回も聞き返してしまった。しまった、こういう受け答えはしちゃいけないんだった。面接の参考書の記事を思い出す。
「ごめんねぇ、新規社員雇えない状況にれなっちゃってね、当日来たら差し押さえの札とか見ちゃうよりもいいかと思って、親切に電話かけてんの。じゃ、そういうことで」
ぷつり。
通話が切られたコトに気付かないほどオレの意識はぶっ飛んだ。
そしてどれくらい経ったのか、開け放した窓から入る冷たい風がその意識を呼び戻してくれた。
辺りはすっかり暗くなり、窓を開けておくには四月直前の空気はまだ冷たすぎる。
なにが起きたんだっけ……?と握り締めたままだったスマホに視線を落とす。
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