人間世界は異次元だった~河童修行譚~(仮)


 春には柔らかい新芽を食べて、夏にはキュウリ、秋はきのこ、山にはなんでもある。
 魚もいれば鳥もいる、小動物だっている。
 冬になればのんびりと水の奥底に潜って眠り、暖かくなれば人里へ。
 至極勝手気ままな生活だった。

 しかし、族の長であるじいちゃんはそうしておいらが堕落した日々を続けていることを許してはくれなかった。
 というより、おいらが退屈で暇を持て余しているのは誰の目にも明らかだったという方が正解だろう。
 そして我が一族には小さな決まりごとがあった。

「慎之介。わしらは人の尻子玉を喰うことで一人前と認められるのは知っておるな。ぼちぼちお前も見た目はおとなになった。しかし尻子玉も喰わずして他の族に一人前と認めては貰えんじゃろう。そして喰った尻子玉が多いほど、わしらの妖力は強くなる」

 じいちゃんは眉間にしわを寄せた気難しい貌で言った。
 もう百年以上も長の立場にいるというじいちゃんには左腕がない。若いころ無茶をやって人間に斬られたのだという。

「妖力が弱ければ、わしらとて人間ほどしか生きられぬ。よいか、尻子玉をたんまり喰って強うなって、立派なおとなになってくるのじゃ。それまでは戻ることまかりならん」

 かくしておいらは、にわか仕込みの知識とわずかばかりの餞別をおとなの兄貴たちから貰って、住み慣れた水底を旅立ったのだった。

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