第一章
貴女のお名前は?
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ベッドに横になり、二度寝を決め込んでいた三蔵を予定より早く覚醒に誘ったのは
バンっっ!!
けたたましい音を立てて開かれた部屋の扉だった。
「っるせぇ……今度は一体何だ…」
見知った気配に苛立ちを隠さず、舌打ち混じりに三蔵が身を起こす。
「……やべぇ」
真ん丸な目を見開いて悟空が呟いた。
引き攣った笑み、掛けることの三。
その後ろから、神妙な面持ちの優希が顔を出す。
訝る三蔵に、八戒が息を整え、話し始めた。
「実は―――」
「―――何だ?拾い食いはやめとけよ悟空」
「違ぇよ!」
悟空達の後を追い、足を踏み入れた路地裏。
しゃがみ込み何かを見詰める悟空を、優希が横から覗き込んでいる。
「あー……駄目か……」
肩を落とす悟空の手の中には、一匹の黒い猫がいた。
泥と黒ずんだ液体に濡れ、硬直した痩せ細った身体。
既に躯となっていることは、誰の目にも明らかだった。
「……埋めてやんなきゃな」
悟空がそう言って立ち上がろうとしたそのとき。
身を屈めた優希が悟空の手ごと、猫を両手で包み込んだ。
「大丈夫」
その瞬間―――
悟空の手に伝う淡い熱。そして、光。
悟空達の姿を覆い隠す程に広がった白銀の光に、八戒と悟浄が目を細める。
ほんの数秒のようにも、もっと長い時間にも感じる静寂の間に
その光は優希の手元へと収束し、そして消えた。
「!!?」
悟空の手の中で、温かいものが蠢いた。
「みゃ」
身動ぎ一つで悟空の手から逃れ、路地の奥に去っていく小さな黒い影が
短く一鳴きして視界から姿を隠した。
「良かった」
目を細め呟く優希と、その横で色を失くした三人。
「おい猿、死んでたんじゃねーのか……」
「いや、絶対死んでた…冷たかったし固くなってたし……」
「つまり…僕らの見間違いじゃなければ―――」
その言葉は、視線を伴って一人の元へ。
「「「生き返らせた……?」」」
どうしたのと言わんばかりの表情で、優希が首を傾げた。
「―――で、今に至ると」
「そゆこと……」
一通り話を聞き終えた頃、三蔵の眉間にはくっきりと深い皺が刻まれていた。
「……おい」
額に手を当て、心底から吐き出された息と声に、視線の先で優希の肩が跳ねる。
「…ごめんなさい」
消え入りそうな声が呟いた。
「…まだ何も言ってねぇだろ」
「でも……何か、間違えた…」
三蔵達の反応から察した事の重大さと、何より彼らの困惑を生んだ事実が優希の表情を沈ませる。
「ごめんなさい……」
成す術なく繰り返した言の葉が僅かに震える。
「……何もお前を責めてるわけじゃねぇ」
三蔵らしいぶっきらぼうな物言いに反し、その声に聞き慣れない穏やかな色合いが滲んでいたことに、そして、
「ただ、その力は二度と使うな」
「うん。わかった」
何を尋ねるでもなく、早々に話を切り上げたことにも、八戒は妙な違和感を覚えた。
「―――で」
三蔵が徐に八戒に向かい、掌を上に向けて差し出す。
その意味を判じかね、疑問符を付してオウム返すと、
「煙草は」
眉を上げ、短い一言。
「あ」
無意味な苦悩とその後の衝撃によって忘却の彼方だった目的を思い出す。
八戒の苦笑いと、誰一人として荷物を増やしていないことを確認すると、三蔵は深々と嘆息して立ち上がった。
「カード寄越せ」
「あ、はい」
殊勝にも自分で買いに出るつもりかと推察した八戒がカードを差し出す。
それを受け取り袂にしまうと、
「おい。お前も来い」
差し向けた視線はその後方へ。
目を丸くする優希、八戒、悟空を横目に、
「優希ちゃんご指名?一緒に行きたかったなら最初からそう言や良かったのに」
息を吹き返した悟浄が誂い口調で囃す。
ぴくり、眉を跳ねさせた三蔵だったが、わざとらしく溜息をぶつけ、
「……お前ら、何を買うっつって出て行った?」
低く、静かな声が放った問に、呼び起こされた記憶。
『 優希の着替えとか日用品も買い足さなきゃですし 』
何ならこちらが主目的だったはず。
「そーいやそーだった!」
「何もかもすっかり抜け落ちてましたねぇ」
「だな。だったら俺が優希ちゃんと―――って、おい!!」
悟浄の声に耳を貸すことなく、三蔵は呆れ顔で脇をすり抜け
「行くぞ」
「うん」
優希を伴って部屋を後にした。
「なんだろ…嫌な感じじゃないんだけど……何か調子狂う」
悟空が困り顔で首を傾げる。
「ちょっと色々、理解が追いつかないんですが…」
昨日から引き続きの情報過多に、困憊を滲ませ八戒が呟く。
「こりゃもしかすると、もしかしたりするか…?」
愉悦と当惑の入り混じった表情で悟浄が笑う。
三重の息が部屋に溶けた。
「……あのさー」
重力に任せベッドへと身を投げた悟空が、布団に顔を埋めたままくぐもった声で言う。
「気の所為かもなんだけど―――」
三蔵の優希に対する妙な態度に、悟空すらも気付いたのかと思った八戒、悟浄だったが
「さっきの猫さ、なんかちっちゃくなってなかった?」
予見は見事に外れ、思い掛けない言葉に思考を凝らす。
「……生き返った猫のことですか?」
「そー」
「小さくなったって、死んでたときよりもってことか?」
「そー」
果たしてそうだっただろうか。
生き返ったことへの驚愕が先んじて、そこまで些細な記憶が残っていない。
「そう…だったか?…気の所為じゃね?」
「僕は気付かなかったですが…だとしたら―――どういうことなんでしょうね?」
「「………」」
再びの出口の見えない思考の迷路に足を踏み入れた気がして、疑問を投げた本人が嘆くように呻った。
宿を出て早々、最寄りの店で購入した煙草に三蔵が火を着ける。
店の前、置かれた灰皿の前で煙を燻らす三蔵。優希は何も言わずその隣。
いつもよりも早く、煙草が灰になっていく。
三蔵が吸い殻を灰皿に放り込んだのを見計らい、優希が口を開いた。
「服、買わなきゃだめ?」
三蔵が視線を落とす。
何処となく憂いを帯びた銀と瞳がかち合った。
「―――その法衣は、お師匠様のものか」
予想はしていたが、確認の意味で口にすれば、こくりと頷きが返る。
何故それを優希が着るに至ったのか、思わないわけではなかったがそれは聞かなかった。
「それを着るなとは言わん。が、替えがあって困るものでもないだろ」
その言葉に少しだけ安堵を滲ませ、再びこくり。
三蔵に目を逸らさせたのは、その微笑か、自身の胸のざわめきか。
三蔵は黙って足を踏み出した。
女性向けの服屋の向かい側、喫茶店の屋外テーブル席に三蔵は腰を下ろし、煙草を咥えている。
少し前、流石に店内へ同行する気にはなれず、数着好きなものを買ってこいとカードを渡し優希一人で店に入らせた。
道を挟んだガラス窓の向こう、店員と言葉を交わしているらしき優希を何とはなしに見詰める。
暫くすると、窓に小走りで走り寄った優希が、こちらに向け、両手を上げた。
その手には、其々雰囲気の違う服が掲げられている。
片方は、形としては今着ている法衣に比較的似た、曲裾の深衣。
銀糸で流水華紋が刺繍された白い裳から深紫の曲裾へのグラデーションが美しい。
もう片方は、ふわりとした絹紗の袖に、艶やかな緋の雲錦が目を引く齊胸襦裙。
大きく開いた胸元を金糸の帯が彩っている。
優希が左右を見比べ、両手を上げ下げする。
三蔵はその意味を判じ、思案すること数秒。
徐にその片方を指さした。
華やいだ表情で頷くと、店の奥に戻って行った優希が、暫くして小走りに出てきた。
「待たせてごめん。ありがとう」
言いながら抱えていた紙袋を椅子に置き、自らも空いた椅子に腰を下ろす。
「あぁ。―――何か食うか」
朝食を取って間もないが、悟空と同じ胃袋であれば問題なかろうと。
そして一人で頼むには少々憚られていたメニューの頁を開き、優希に差し出した。
「…いいの?」
「構わん。好きなものを選べ」
言われ、メニューを凝視する。
先に頼んでおいたコーヒーを啜りながら待つが、一向に顔を上げる気配がない。
「……何で悩んでやがる」
痺れを切らし三蔵が尋ねると
「これと、これ」
指さした、二種類のケーキ。
三蔵は黙って店員を呼ぶと、
「ガトーショコラとショートケーキを一つずつ。それと―――コーヒーでいいか」
「うん」
「コーヒーを」
速やかに注文を済ませた。
畏まりましたと一礼し、店員が去っていく。
優希の物言いたげな視線に、
「一口ずつ食ってみて好きな方を食え。余った方は俺が食う」
と、素っ気なく言葉を返した。
ふわり、優希の頬が笑みに染まる。
「ありがとう、三蔵」
妙な擽ったさに、三蔵は視線を逸しふんと鼻を鳴らした。
苺の乗ったショートケーキが優希の、一口分欠けたガトーショコラが三蔵の、それぞれ胃に収まった。
三蔵は食後の一服を燻らせながら、脇に置いていた疑問を口にした。
「猫を生き返らせた件だが、どういう理屈だ」
そもそも人知を超えた力を前に、理屈もクソもあるものかとも思いながら。
そして、
「……わかんない」
そう返されるだろうことはわかっていながら。
三蔵は重ねて問う。
「生き返らせるのに、何か条件はあるのか」
「条件?」
「あぁ。例えば生き物の種類や状況、死後の年数、あとはその代償、なんかだ」
目を伏せ思案に暮れる優希を待つこと数十秒、
「たぶん、ない?」
返された、曖昧な答え。
「ない…?」
「うん」
「…例えば、死後数年経っていてもできんのか」
「うん。たぶん」
『たぶん』が付くのは、実際にやったことがないからだろうかと考え、確認。
「今日までに何か生き返らせたことは」
「ないよ」
「なら何で―――いや、いい」
『 わからないけど、わかる 』
そんなことを優希が言っていたのを思い出し、問いを撤回する。
三蔵が次の言葉を発するよりも前に
「死後の経過はあまり関係ない、かな?
あとたぶん、多少欠けてても大丈夫。一部分だけからだと……わかんない。
代償は……特にないよ?」
たぶん。と、胡乱ながらも必要十分な答えが返ってきた。
それが事実だとすれば、その力は何と称されるべきものだろうか―――
眉間に険相を刻んだ三蔵だったが
「もう、しないよ…?」
叱られた子供のような瞳がこちらを伺うのに気付くと不意に気抜けして、
「……お前は賢いのか馬鹿なのかわからんな」
唇に薄く笑みを滲ませた。
「賢くはないかもしれないけど馬鹿でもないよ」
不満げに言って、最後にたぶん、とまた付け加える。
「また『たぶん』か」
「だって、本当にわかんないんだもん」
「俺からすればお前がわかっていることの方がわからんがな」
鼻で笑われ、優希はいよいよむくれ顔でそっぽを向いた。
「本当に可愛げがない…優しいけど……可愛いは、どこ…?」
その誰にともない呟きを、聞き馴染みのない単語を、三蔵は聞き逃さなかった。
「何の話だ」
そう尋ねたことを、すぐに後悔することとなる。
「三蔵が、三蔵のこと可愛げなくて可愛いって」
同じ響きの名が違う色を帯びて三蔵の耳に届き、師が発したらしい言の葉がリフレインする。
飄々と、掴みどころのない笑みがそれを口にする光景が容易く想像できて。
「!!っっ―――あの人は……」
どこにもぶつけようがない憤りに肩を震わす三蔵を、
「……ちょっと可愛い」
その耳に届かないよう、小さく呟いた優希だったが
「!!」
「…誰が、何だと?」
やおら頭を鷲掴みにされ、迫る気迫にひぃと息を漏らした。
三蔵の手が、そのまま優希の頭を手荒く撫で回す。
一頻り銀糸を鳥の巣に変えると、溜息混じりに立ち上がった。
「……帰るぞ」
煙草と優希が買った服の入った袋を手に言えば、
「うん」
湖面に漣を立てる柔らかな光風を思わせる笑みが優希の頬に咲いた。
「おかえりなさい。早かったですね」
部屋に戻った三蔵と優希を出迎えた声に三蔵が眉を上げる。
「てめぇら…何故いる」
「することないし、帰ってくんの待ってた!」
「自分らの部屋があるだろうが」
「固いこと言うなって。優希ちゃん、デート楽しかった?」
「うん。楽しかった」
その遣り取りに思うところはあったものの、悟浄の言うに任せて捨て置けるくらいには三蔵の機嫌は悪くなかった。
一瞥をくれてやり、空いていた椅子に腰を下ろす。
三蔵のベッドの足元に腰を落ち着けていた悟浄が優希を手招いた。
「服、どんなの買ったの?見ーせて」
「ん」
最初に袋から取り出したのは、純白の何の変哲もない直裾深衣。
今着ている法衣と、サイズが合っている以外は大差はない。
続いて、
「こっちは三蔵が選んでくれた」
嬉しそうに優希が取り出したのは、白と深紫の階調が印象的な曲裾だった。
へぇ、と、悟浄が感嘆の声を漏らした。
三蔵が誰かの―――それも、女性の服を選ぶというだけでも異常気象を呼びそうなところに加え、
「三蔵のくせに洒落たことするじゃねーの」
その色に、悟浄は驚きを隠せなかった。
悟浄が投げて寄越した意味有りげな視線に三蔵の眉が跳ねる。
「あ?」
悟浄同様、一瞬瞳を驚愕に見開いていた八戒だったが、すぐに我に返ったように言葉を挟む。
「悟浄。三蔵が意図してやるわけないでしょう」
「……あー…ま、そりゃそーだ」
合点がいったように、そしてさもつまらなそうに悟浄が言う。
「おい。一体何だ」
三蔵の苛立ちが増していくのを余所に
「何何?何の話??」
「悟空。あのですね…」
興味津々の悟空に八戒が何かしら耳打ちする。
「……へー!じゃあこの服って…へぇ!!」
感嘆し、大きな金眼をきらきらと輝かせた悟空。
「いえ、残念ながらこれに深い意味はないようです」
「えー…なーんだ」
含みのある言葉の数々。
そして居並ぶ呆れ顔二つに添えられた、玩具を取り上げられた子供のような顔が三蔵の米神に血管を浮き上がらせる。
「貴様ら……さっきから何だってんだ!!」
怒髪天を衝こうとしたその時、
「三蔵あのね」
柔らかな声が割って入った。
「そうじゃないってわかってるけど、選んでくれて嬉しかったよ」
三人と違い、何の含みのない無垢な笑顔に意気が殺がれる。
が、それよりも
(こいつもわかってんのか……?)
ならばこちらの方が話が早そうだと、剣呑を解いた上で優希に矛先を向ける。
「言え」
「…怒らない?」
「怒るようなことなのか」
「……ううん。たぶん違う?」
疑問符が付いたような気がしたことは扠置き。
「ならいいだろ。何度も言わせるなさっさと言え」
悟浄の意味有りげなにやけ面と、八戒の質の悪い慈愛を纏った微笑と、悟空の可笑しみを噛み殺すような笑みが見詰める中、優希が口を開いた。
「どこかの国では、恋人とかに自分の瞳や髪と同じ色をした物を贈る風習があるんだって」
「……?」
未だ理解に至らぬ様子の三蔵に
「この服、三蔵の瞳と同じ色」
と、微笑を添えて補足を。
途端、訪れた理解が紫暗の瞳を見開かせ、堰を切ったように三人の笑い声が部屋に弾ける。
全くもって意図しなかった含意と自身の感情の騰落に打ちのめされ、三蔵は成す術なくテーブルに肘を付き組んだ両手に顔を沈めた。
三人に当たり散らそうにも他意なく嬉しそうな優希に牙を抜かれ、
「なっ――んだそりゃ……知ってたとしたら選ぶわけねぇだろが…」
悪態にしては弱々しい声で呻る。
「なんか…ごめんね?怒った?」
「うるせぇ…怒ってねぇ…」
萎れた眉で申し訳無さそうに言った優希に、そう返すのが精一杯だった。
流石に気の毒になったのか、一頻り笑い転げた後で八戒がフォローを入れる。
「女人禁制の世界で育った三蔵が知らなくても仕方ないですよ。僕も昔花喃に聞いて初めて知ったんで」
「こういう話、女は好きだからなー。安い小物でも赤いモン渡して耳元でこの話囁けばイチコロっつーね。
ま、チェリーちゃんには縁のない話だわな」
「気にすんなって三蔵。俺も知らなかったし!」
「……貴様ら、喧嘩売ってんのか。そうかそうなんだな」
チャキ
ドスの利いた声とハンマーが起こされた音に、笑いの尾を引きつつも条件反射で三人、ホールドアップの姿勢を取る。
「―――しかし、優希はどうしてそんなこと知ってるんでしょうね」
両手を挙げたまま、ふと湧いた疑問を八戒が口にした。
「わかんないけど、なんか知ってる」
答えははじめから期待していなかった。
「知識は普通にあるんですよね。常識も良識も三人より過分にありますし」
単に自身の経験に関する記憶だけ抜け落ちてる感じなんでしょうか、と、誰にともなく言って思案する。
流れ矢が刺さったがいつものことと捨て置き、
「まぁ何でもいいんじゃね?優希ちゃんがイイ子なのには変わりねーだろ。な?」
悟浄はそう言うと、隣りに座っていた優希に腕を回し引き寄せて、慣れた手付きで頭を撫でた。
「いい子?」
「おう。イイコイイコ。弟くんとは大違い」
「……なぁ、八戒。今俺のこと遠回しに馬鹿にした?」
「いえいえ、悟空は悟浄に比べればまだマシですよ」
「否定はしねーんだな…」
そんな光景を前に、胸を過った得も言われぬ不快感の根を探る気力は、三蔵には残されていなかった。
徐ろに立ち上がるとベッドへ向かい、肩の経文を外し、上半身だけ法衣を脱ぐ。
そして経文と小銃を枕の下に押し込むと、自らも頭を枕に放った。
「寝る。出て行け」
短く吐き捨てた三蔵に、四人、顔を見合わせると
「…ふて寝、ですね」
「ふて寝だな」
「ふて寝なの?」
「ふて寝だ!」
懲りもせず口々に。
再燃した心火が、三蔵に枕の下の小銃を握らせた。
「お前らも寝かしつけてやるから縦一列に並べ。一生目覚めんようにしてやる」
「もしかして三蔵サマ、一発でまとめて仕留めようとしてる?」
「はいはい。風穴空く前に皆さん行きましょう」
「じゃーな三蔵!おやすみー」
「おやすみ三蔵」
扉が閉まり、訪れた台風一過の静寂に三蔵の鉛色の溜息が沈んで消えた。
バンっっ!!
けたたましい音を立てて開かれた部屋の扉だった。
「っるせぇ……今度は一体何だ…」
見知った気配に苛立ちを隠さず、舌打ち混じりに三蔵が身を起こす。
「……やべぇ」
真ん丸な目を見開いて悟空が呟いた。
引き攣った笑み、掛けることの三。
その後ろから、神妙な面持ちの優希が顔を出す。
訝る三蔵に、八戒が息を整え、話し始めた。
「実は―――」
「―――何だ?拾い食いはやめとけよ悟空」
「違ぇよ!」
悟空達の後を追い、足を踏み入れた路地裏。
しゃがみ込み何かを見詰める悟空を、優希が横から覗き込んでいる。
「あー……駄目か……」
肩を落とす悟空の手の中には、一匹の黒い猫がいた。
泥と黒ずんだ液体に濡れ、硬直した痩せ細った身体。
既に躯となっていることは、誰の目にも明らかだった。
「……埋めてやんなきゃな」
悟空がそう言って立ち上がろうとしたそのとき。
身を屈めた優希が悟空の手ごと、猫を両手で包み込んだ。
「大丈夫」
その瞬間―――
悟空の手に伝う淡い熱。そして、光。
悟空達の姿を覆い隠す程に広がった白銀の光に、八戒と悟浄が目を細める。
ほんの数秒のようにも、もっと長い時間にも感じる静寂の間に
その光は優希の手元へと収束し、そして消えた。
「!!?」
悟空の手の中で、温かいものが蠢いた。
「みゃ」
身動ぎ一つで悟空の手から逃れ、路地の奥に去っていく小さな黒い影が
短く一鳴きして視界から姿を隠した。
「良かった」
目を細め呟く優希と、その横で色を失くした三人。
「おい猿、死んでたんじゃねーのか……」
「いや、絶対死んでた…冷たかったし固くなってたし……」
「つまり…僕らの見間違いじゃなければ―――」
その言葉は、視線を伴って一人の元へ。
「「「生き返らせた……?」」」
どうしたのと言わんばかりの表情で、優希が首を傾げた。
「―――で、今に至ると」
「そゆこと……」
一通り話を聞き終えた頃、三蔵の眉間にはくっきりと深い皺が刻まれていた。
「……おい」
額に手を当て、心底から吐き出された息と声に、視線の先で優希の肩が跳ねる。
「…ごめんなさい」
消え入りそうな声が呟いた。
「…まだ何も言ってねぇだろ」
「でも……何か、間違えた…」
三蔵達の反応から察した事の重大さと、何より彼らの困惑を生んだ事実が優希の表情を沈ませる。
「ごめんなさい……」
成す術なく繰り返した言の葉が僅かに震える。
「……何もお前を責めてるわけじゃねぇ」
三蔵らしいぶっきらぼうな物言いに反し、その声に聞き慣れない穏やかな色合いが滲んでいたことに、そして、
「ただ、その力は二度と使うな」
「うん。わかった」
何を尋ねるでもなく、早々に話を切り上げたことにも、八戒は妙な違和感を覚えた。
「―――で」
三蔵が徐に八戒に向かい、掌を上に向けて差し出す。
その意味を判じかね、疑問符を付してオウム返すと、
「煙草は」
眉を上げ、短い一言。
「あ」
無意味な苦悩とその後の衝撃によって忘却の彼方だった目的を思い出す。
八戒の苦笑いと、誰一人として荷物を増やしていないことを確認すると、三蔵は深々と嘆息して立ち上がった。
「カード寄越せ」
「あ、はい」
殊勝にも自分で買いに出るつもりかと推察した八戒がカードを差し出す。
それを受け取り袂にしまうと、
「おい。お前も来い」
差し向けた視線はその後方へ。
目を丸くする優希、八戒、悟空を横目に、
「優希ちゃんご指名?一緒に行きたかったなら最初からそう言や良かったのに」
息を吹き返した悟浄が誂い口調で囃す。
ぴくり、眉を跳ねさせた三蔵だったが、わざとらしく溜息をぶつけ、
「……お前ら、何を買うっつって出て行った?」
低く、静かな声が放った問に、呼び起こされた記憶。
『 優希の着替えとか日用品も買い足さなきゃですし 』
何ならこちらが主目的だったはず。
「そーいやそーだった!」
「何もかもすっかり抜け落ちてましたねぇ」
「だな。だったら俺が優希ちゃんと―――って、おい!!」
悟浄の声に耳を貸すことなく、三蔵は呆れ顔で脇をすり抜け
「行くぞ」
「うん」
優希を伴って部屋を後にした。
「なんだろ…嫌な感じじゃないんだけど……何か調子狂う」
悟空が困り顔で首を傾げる。
「ちょっと色々、理解が追いつかないんですが…」
昨日から引き続きの情報過多に、困憊を滲ませ八戒が呟く。
「こりゃもしかすると、もしかしたりするか…?」
愉悦と当惑の入り混じった表情で悟浄が笑う。
三重の息が部屋に溶けた。
「……あのさー」
重力に任せベッドへと身を投げた悟空が、布団に顔を埋めたままくぐもった声で言う。
「気の所為かもなんだけど―――」
三蔵の優希に対する妙な態度に、悟空すらも気付いたのかと思った八戒、悟浄だったが
「さっきの猫さ、なんかちっちゃくなってなかった?」
予見は見事に外れ、思い掛けない言葉に思考を凝らす。
「……生き返った猫のことですか?」
「そー」
「小さくなったって、死んでたときよりもってことか?」
「そー」
果たしてそうだっただろうか。
生き返ったことへの驚愕が先んじて、そこまで些細な記憶が残っていない。
「そう…だったか?…気の所為じゃね?」
「僕は気付かなかったですが…だとしたら―――どういうことなんでしょうね?」
「「………」」
再びの出口の見えない思考の迷路に足を踏み入れた気がして、疑問を投げた本人が嘆くように呻った。
宿を出て早々、最寄りの店で購入した煙草に三蔵が火を着ける。
店の前、置かれた灰皿の前で煙を燻らす三蔵。優希は何も言わずその隣。
いつもよりも早く、煙草が灰になっていく。
三蔵が吸い殻を灰皿に放り込んだのを見計らい、優希が口を開いた。
「服、買わなきゃだめ?」
三蔵が視線を落とす。
何処となく憂いを帯びた銀と瞳がかち合った。
「―――その法衣は、お師匠様のものか」
予想はしていたが、確認の意味で口にすれば、こくりと頷きが返る。
何故それを優希が着るに至ったのか、思わないわけではなかったがそれは聞かなかった。
「それを着るなとは言わん。が、替えがあって困るものでもないだろ」
その言葉に少しだけ安堵を滲ませ、再びこくり。
三蔵に目を逸らさせたのは、その微笑か、自身の胸のざわめきか。
三蔵は黙って足を踏み出した。
女性向けの服屋の向かい側、喫茶店の屋外テーブル席に三蔵は腰を下ろし、煙草を咥えている。
少し前、流石に店内へ同行する気にはなれず、数着好きなものを買ってこいとカードを渡し優希一人で店に入らせた。
道を挟んだガラス窓の向こう、店員と言葉を交わしているらしき優希を何とはなしに見詰める。
暫くすると、窓に小走りで走り寄った優希が、こちらに向け、両手を上げた。
その手には、其々雰囲気の違う服が掲げられている。
片方は、形としては今着ている法衣に比較的似た、曲裾の深衣。
銀糸で流水華紋が刺繍された白い裳から深紫の曲裾へのグラデーションが美しい。
もう片方は、ふわりとした絹紗の袖に、艶やかな緋の雲錦が目を引く齊胸襦裙。
大きく開いた胸元を金糸の帯が彩っている。
優希が左右を見比べ、両手を上げ下げする。
三蔵はその意味を判じ、思案すること数秒。
徐にその片方を指さした。
華やいだ表情で頷くと、店の奥に戻って行った優希が、暫くして小走りに出てきた。
「待たせてごめん。ありがとう」
言いながら抱えていた紙袋を椅子に置き、自らも空いた椅子に腰を下ろす。
「あぁ。―――何か食うか」
朝食を取って間もないが、悟空と同じ胃袋であれば問題なかろうと。
そして一人で頼むには少々憚られていたメニューの頁を開き、優希に差し出した。
「…いいの?」
「構わん。好きなものを選べ」
言われ、メニューを凝視する。
先に頼んでおいたコーヒーを啜りながら待つが、一向に顔を上げる気配がない。
「……何で悩んでやがる」
痺れを切らし三蔵が尋ねると
「これと、これ」
指さした、二種類のケーキ。
三蔵は黙って店員を呼ぶと、
「ガトーショコラとショートケーキを一つずつ。それと―――コーヒーでいいか」
「うん」
「コーヒーを」
速やかに注文を済ませた。
畏まりましたと一礼し、店員が去っていく。
優希の物言いたげな視線に、
「一口ずつ食ってみて好きな方を食え。余った方は俺が食う」
と、素っ気なく言葉を返した。
ふわり、優希の頬が笑みに染まる。
「ありがとう、三蔵」
妙な擽ったさに、三蔵は視線を逸しふんと鼻を鳴らした。
苺の乗ったショートケーキが優希の、一口分欠けたガトーショコラが三蔵の、それぞれ胃に収まった。
三蔵は食後の一服を燻らせながら、脇に置いていた疑問を口にした。
「猫を生き返らせた件だが、どういう理屈だ」
そもそも人知を超えた力を前に、理屈もクソもあるものかとも思いながら。
そして、
「……わかんない」
そう返されるだろうことはわかっていながら。
三蔵は重ねて問う。
「生き返らせるのに、何か条件はあるのか」
「条件?」
「あぁ。例えば生き物の種類や状況、死後の年数、あとはその代償、なんかだ」
目を伏せ思案に暮れる優希を待つこと数十秒、
「たぶん、ない?」
返された、曖昧な答え。
「ない…?」
「うん」
「…例えば、死後数年経っていてもできんのか」
「うん。たぶん」
『たぶん』が付くのは、実際にやったことがないからだろうかと考え、確認。
「今日までに何か生き返らせたことは」
「ないよ」
「なら何で―――いや、いい」
『 わからないけど、わかる 』
そんなことを優希が言っていたのを思い出し、問いを撤回する。
三蔵が次の言葉を発するよりも前に
「死後の経過はあまり関係ない、かな?
あとたぶん、多少欠けてても大丈夫。一部分だけからだと……わかんない。
代償は……特にないよ?」
たぶん。と、胡乱ながらも必要十分な答えが返ってきた。
それが事実だとすれば、その力は何と称されるべきものだろうか―――
眉間に険相を刻んだ三蔵だったが
「もう、しないよ…?」
叱られた子供のような瞳がこちらを伺うのに気付くと不意に気抜けして、
「……お前は賢いのか馬鹿なのかわからんな」
唇に薄く笑みを滲ませた。
「賢くはないかもしれないけど馬鹿でもないよ」
不満げに言って、最後にたぶん、とまた付け加える。
「また『たぶん』か」
「だって、本当にわかんないんだもん」
「俺からすればお前がわかっていることの方がわからんがな」
鼻で笑われ、優希はいよいよむくれ顔でそっぽを向いた。
「本当に可愛げがない…優しいけど……可愛いは、どこ…?」
その誰にともない呟きを、聞き馴染みのない単語を、三蔵は聞き逃さなかった。
「何の話だ」
そう尋ねたことを、すぐに後悔することとなる。
「三蔵が、三蔵のこと可愛げなくて可愛いって」
同じ響きの名が違う色を帯びて三蔵の耳に届き、師が発したらしい言の葉がリフレインする。
飄々と、掴みどころのない笑みがそれを口にする光景が容易く想像できて。
「!!っっ―――あの人は……」
どこにもぶつけようがない憤りに肩を震わす三蔵を、
「……ちょっと可愛い」
その耳に届かないよう、小さく呟いた優希だったが
「!!」
「…誰が、何だと?」
やおら頭を鷲掴みにされ、迫る気迫にひぃと息を漏らした。
三蔵の手が、そのまま優希の頭を手荒く撫で回す。
一頻り銀糸を鳥の巣に変えると、溜息混じりに立ち上がった。
「……帰るぞ」
煙草と優希が買った服の入った袋を手に言えば、
「うん」
湖面に漣を立てる柔らかな光風を思わせる笑みが優希の頬に咲いた。
「おかえりなさい。早かったですね」
部屋に戻った三蔵と優希を出迎えた声に三蔵が眉を上げる。
「てめぇら…何故いる」
「することないし、帰ってくんの待ってた!」
「自分らの部屋があるだろうが」
「固いこと言うなって。優希ちゃん、デート楽しかった?」
「うん。楽しかった」
その遣り取りに思うところはあったものの、悟浄の言うに任せて捨て置けるくらいには三蔵の機嫌は悪くなかった。
一瞥をくれてやり、空いていた椅子に腰を下ろす。
三蔵のベッドの足元に腰を落ち着けていた悟浄が優希を手招いた。
「服、どんなの買ったの?見ーせて」
「ん」
最初に袋から取り出したのは、純白の何の変哲もない直裾深衣。
今着ている法衣と、サイズが合っている以外は大差はない。
続いて、
「こっちは三蔵が選んでくれた」
嬉しそうに優希が取り出したのは、白と深紫の階調が印象的な曲裾だった。
へぇ、と、悟浄が感嘆の声を漏らした。
三蔵が誰かの―――それも、女性の服を選ぶというだけでも異常気象を呼びそうなところに加え、
「三蔵のくせに洒落たことするじゃねーの」
その色に、悟浄は驚きを隠せなかった。
悟浄が投げて寄越した意味有りげな視線に三蔵の眉が跳ねる。
「あ?」
悟浄同様、一瞬瞳を驚愕に見開いていた八戒だったが、すぐに我に返ったように言葉を挟む。
「悟浄。三蔵が意図してやるわけないでしょう」
「……あー…ま、そりゃそーだ」
合点がいったように、そしてさもつまらなそうに悟浄が言う。
「おい。一体何だ」
三蔵の苛立ちが増していくのを余所に
「何何?何の話??」
「悟空。あのですね…」
興味津々の悟空に八戒が何かしら耳打ちする。
「……へー!じゃあこの服って…へぇ!!」
感嘆し、大きな金眼をきらきらと輝かせた悟空。
「いえ、残念ながらこれに深い意味はないようです」
「えー…なーんだ」
含みのある言葉の数々。
そして居並ぶ呆れ顔二つに添えられた、玩具を取り上げられた子供のような顔が三蔵の米神に血管を浮き上がらせる。
「貴様ら……さっきから何だってんだ!!」
怒髪天を衝こうとしたその時、
「三蔵あのね」
柔らかな声が割って入った。
「そうじゃないってわかってるけど、選んでくれて嬉しかったよ」
三人と違い、何の含みのない無垢な笑顔に意気が殺がれる。
が、それよりも
(こいつもわかってんのか……?)
ならばこちらの方が話が早そうだと、剣呑を解いた上で優希に矛先を向ける。
「言え」
「…怒らない?」
「怒るようなことなのか」
「……ううん。たぶん違う?」
疑問符が付いたような気がしたことは扠置き。
「ならいいだろ。何度も言わせるなさっさと言え」
悟浄の意味有りげなにやけ面と、八戒の質の悪い慈愛を纏った微笑と、悟空の可笑しみを噛み殺すような笑みが見詰める中、優希が口を開いた。
「どこかの国では、恋人とかに自分の瞳や髪と同じ色をした物を贈る風習があるんだって」
「……?」
未だ理解に至らぬ様子の三蔵に
「この服、三蔵の瞳と同じ色」
と、微笑を添えて補足を。
途端、訪れた理解が紫暗の瞳を見開かせ、堰を切ったように三人の笑い声が部屋に弾ける。
全くもって意図しなかった含意と自身の感情の騰落に打ちのめされ、三蔵は成す術なくテーブルに肘を付き組んだ両手に顔を沈めた。
三人に当たり散らそうにも他意なく嬉しそうな優希に牙を抜かれ、
「なっ――んだそりゃ……知ってたとしたら選ぶわけねぇだろが…」
悪態にしては弱々しい声で呻る。
「なんか…ごめんね?怒った?」
「うるせぇ…怒ってねぇ…」
萎れた眉で申し訳無さそうに言った優希に、そう返すのが精一杯だった。
流石に気の毒になったのか、一頻り笑い転げた後で八戒がフォローを入れる。
「女人禁制の世界で育った三蔵が知らなくても仕方ないですよ。僕も昔花喃に聞いて初めて知ったんで」
「こういう話、女は好きだからなー。安い小物でも赤いモン渡して耳元でこの話囁けばイチコロっつーね。
ま、チェリーちゃんには縁のない話だわな」
「気にすんなって三蔵。俺も知らなかったし!」
「……貴様ら、喧嘩売ってんのか。そうかそうなんだな」
チャキ
ドスの利いた声とハンマーが起こされた音に、笑いの尾を引きつつも条件反射で三人、ホールドアップの姿勢を取る。
「―――しかし、優希はどうしてそんなこと知ってるんでしょうね」
両手を挙げたまま、ふと湧いた疑問を八戒が口にした。
「わかんないけど、なんか知ってる」
答えははじめから期待していなかった。
「知識は普通にあるんですよね。常識も良識も三人より過分にありますし」
単に自身の経験に関する記憶だけ抜け落ちてる感じなんでしょうか、と、誰にともなく言って思案する。
流れ矢が刺さったがいつものことと捨て置き、
「まぁ何でもいいんじゃね?優希ちゃんがイイ子なのには変わりねーだろ。な?」
悟浄はそう言うと、隣りに座っていた優希に腕を回し引き寄せて、慣れた手付きで頭を撫でた。
「いい子?」
「おう。イイコイイコ。弟くんとは大違い」
「……なぁ、八戒。今俺のこと遠回しに馬鹿にした?」
「いえいえ、悟空は悟浄に比べればまだマシですよ」
「否定はしねーんだな…」
そんな光景を前に、胸を過った得も言われぬ不快感の根を探る気力は、三蔵には残されていなかった。
徐ろに立ち上がるとベッドへ向かい、肩の経文を外し、上半身だけ法衣を脱ぐ。
そして経文と小銃を枕の下に押し込むと、自らも頭を枕に放った。
「寝る。出て行け」
短く吐き捨てた三蔵に、四人、顔を見合わせると
「…ふて寝、ですね」
「ふて寝だな」
「ふて寝なの?」
「ふて寝だ!」
懲りもせず口々に。
再燃した心火が、三蔵に枕の下の小銃を握らせた。
「お前らも寝かしつけてやるから縦一列に並べ。一生目覚めんようにしてやる」
「もしかして三蔵サマ、一発でまとめて仕留めようとしてる?」
「はいはい。風穴空く前に皆さん行きましょう」
「じゃーな三蔵!おやすみー」
「おやすみ三蔵」
扉が閉まり、訪れた台風一過の静寂に三蔵の鉛色の溜息が沈んで消えた。