第二章
貴女のお名前は?
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
一方その頃、隣の部屋では悟空と悟浄が二人並んで床に正座をさせられていた。
その前で仁王立ちの八戒が、その場に似つかわしくない爽やかな好青年の笑みで口を開く。
「さて―――二人共、僕が何を言いたいか、わかってますよね?」
二人の視線が左右へと逸れた。
「な、なんのこと??」
「いやぁあ??全っ然わかんねぇよ??な、なぁ悟空」
「お…おう…」
動揺を隠しきれないながらも口を閉ざす二人にやれやれと最後通牒を突き付ける。
「……自供した方が心象は良くなるって知ってました?」
「はい!!悟浄と三蔵に無理やり連れて行かれました!!」
間髪入れず片手を高々と挙げ、反旗を翻した悟空に悟浄が慌てる。
「なっ!?悟空てめっ!!俺を売るつもりか!」
「だって事実じゃん!俺はやめようって言ったのに!!」
「つって、結局着いて来たんだから同罪だろうがよ!!」
「二人共」
静かにも威圧感のある声が冷水を浴びせた。
「「……はい」」
「とりあえず悟空。座っていいですよ」
深々と息を吐き出し、椅子を差し出す。
「やっった!一抜け〜!」
「くっそ…」
飛び跳ね勢いよく椅子へと腰を下ろした悟空を睨み付け、歯噛みする悟浄へと改めて向き直り、
「で、悟浄?」
「……はい」
さっきまでとは打って変わって頭を垂れ、観念した様子の悟浄へと向き合った。
「気になるのはわかりますが、それなら堂々と着いて来れば良かったでしょう」
「いやだってよ…」
口籠る悟浄の気持ちはわからないでもない。
今でこそ復活を果たしているものの、朝一番で醜態を晒し名無子を直視できない程のダメージを負っていた悟浄としては、気軽に一緒に行くとは言い出し辛かっただろう。
しかしそれはそれ。
やましいことはなくとも、こそこそと跡をつけられ覗き見られては良い気はしない。
それ以上に、
「なぁ、名無子気付いてた??」
口を挟んだ悟空の言う通り、配慮すべきはそちらの方だ。
「いえ、多分気付いてなかったと思います」
名無子のことだ。例え気付いたとしても気分を害することなかっただろうが。
ほっと胸を撫で下ろすくらいなら最初からやらなければいいのにと悟浄を一瞥する。
「僕はまだしも、名無子に対して失礼ですよ。単純にその身を案じてのことなら兎も角、そうではないでしょう?」
諭すように言えば、悟浄がバツの悪そうな顔で
「……悪かった。すまん」
と、素直に謝罪を口にした。
はぁと一呼吸。
八戒は漸く椅子へと腰を落ち着ける。
「三蔵も、こんなときだけ結託するんですから…」
壁の向こうにいるはずのもう一人を思いつつぼやく。
お説教は済んだと足を崩し、胡座を組んで悟浄が苦笑いを浮かべた。
「まぁ、敵の敵は味方…みたいな?」
「勝手に敵認定しないでください。悟浄じゃあるまいし、そんな後ろ暗い真似するわけないじゃないですか」
悟空が無言で二度、首を縦に振った。
不名誉な例示も、悟浄も今回ばかりは否定できず、それでも滅気ずに食らい付く。
「いやでもよ?宝石店でのお前ら見てたら疑いたくもなるっつーもんでよ」
「そもそも覗き見するなって話です」
ぴしゃり。それはそう。しかし、
「―――ぶっちゃけ、マジでどうなのよ。表向き父親面してっけどよ」
気色を転じ真剣なトーンで問い詰めるが、八戒はまだ言うかと、完全に呆れ顔でコーヒーを入れ始めている。
「まるで裏があるかのような言い方ですね。僕のこと、そんなに信用できませんか?」
静電気のように走った苛立ちも、悟浄は慣れたものでやり過ごし言葉を続ける。
「信用してねぇっつーよりな、俺や三蔵に気ぃ使ってんじゃねぇかって話よ。
秘めた恋、みたいな?お前の性格からしてやりかねねぇだろ」
気遣い、気苦労を一人で背負い込みがちな八戒のこと。
尚且つ、自分を偽る強さも知っているからこそ、その可能性を完全には否定できず。
煙草に火を着け、立ち上る煙からちらりと視線を移し八戒を探り見る。
が、どうやらその心配は無用だったようだ。
先程迄と何ら変わらぬ呆れた顔つきでコーヒーを啜っている八戒に、答えを待たずして悟浄は安堵の息を零した。
「もし本当にそうだとしたら貴方方に遠慮なんてしませんよ。普通に口説きま―――あ。しまった」
不穏な言葉が聞こえたが一旦扠置き。
「あ?どした??」
口を空け固まった八戒を問い質す。
「マーガレットです」
「マーガレット?」
「マーガレットって何??」
「花の名前ですよ。黄色い花芯のまわりに、細長い花びらがたくさん付いた可愛らしい花です」
「へー。そんで?」
「名無子に上げたネックレス、首の後ろでチェーン繋ぐところにチャームが付いてたんですけど、それが白いマーガレットだったんです」
目にした光景から想像はついていたものの、名無子にネックレスを贈った事自体を追求したいところだがそれも今は置いておくことにして先を促す。
「…それがどしたよ」
「その時は何だったっけなーって思い出せなかったんですが―――白いマーガレットの花言葉、『心に秘めた愛』なんですよねぇ…」
「なっ!?」
あははと苦笑いしながら告げられたのは、正に今し方悟浄が邪推したものだった。
それを意図せず、名無子に贈ったとなれば―――
「おいおい……名無子ちゃん、割と真剣に思い悩みそうなんだけど?」
既に身をもってそれを経験した悟浄が八戒と同じ表情を浮かべる。
「名無子が気付かないか、花言葉を知らないことを祈りましょうか…
一応、『信頼』って花言葉もありますし誤魔化しは効くかと」
名無子のことだから知っていても不思議ではない。寧ろ知っている可能性の方が高そうだと贈る前に気付けなかった己を悔やんでいると、
「なぁなぁ、花って全部花言葉?だっけ?ついてるもん?」
純粋な興味を瞳に映した悟空が尋ねてきた。
「大体の花には付いてますねぇ。例えば―――コリウスの花言葉は『叶わぬ恋』、黄色のチューリップは『望みのない愛』、白だと『失われた愛』です」
「おい八戒。なんだその悪意のある例はよ」
「へぇ。色でも違うんだ〜」
「悟空もこれから女性に花をプレゼントすることがあるかもしれませんし、知っておいて損はないと思いますよ」
自分のようなことにならないようにと、八戒が、いつもの先生ぶりを発揮する。
ふと、悟浄はいつかの名無子の言葉を思い出した。
「……シオン」
「え?」
「シオンって花の花言葉、わかるか?」
「紫苑ですか?えっと確か……『追憶』と『君を忘れない』だったかと」
答えるも言葉は返らず、何やら神妙な面持ちで視線を伏せ考え込む様子の悟浄を前に、悟空と顔を見合わせ首を傾げ合う。
「どうしました?」
「………いや、何でもねぇ」
悟浄はふぅと息を吐き、輪郭の見えない痼を振り解いた。
「んで。名無子ちゃんは結局何買ったわけ」
顔を上げ、目下の疑問に話を戻す。
「ふふっ。あとで三蔵に注目してみればわかりますよ」
「野郎に注目する趣味はねぇんだけどな…」
それが何にせよ、惚れた女が恋人に贈り物をした事実が気に食わない。
何を贈ったのか気にはなるものの、知りたいような知りたくないような、複雑な心境を灰皿で押し潰した。
一方、
「えー、気になる。俺ちょっと見てこよー」
興味本位の悟空が席を立ち、隣室へと駆けて行った。
その背を見送って、
「あーあ…片思いって辛ぇなぁ……」
天井を見上げながら悟浄が嘆声を零す。
「今更何言ってるんですか。諦める気もない癖に」
「そりゃそうだけどよ……辛いもんは辛いのよ?」
「でしょうねぇ」
「他人事だと思って…」
「他人事ですから」
そんな遣り取りを交わしていると、悟空が早々に戻ってきた。
早過ぎる帰還に首を傾げていると、
「なんか鍵掛かってて、後にしろって言われた」
きょとんとした眼差しが問わず語る。
「「………」」
徐に立ち上がった悟浄が、耳をそばだてて壁際へと移動する。
その首根っこを捕まえて八戒が制止した。
「やめなさい…。覗き見に続いて盗み聞きって…趣味が悪いですよ?」
「いや、だってよ!」
「悟浄?冷静になって考えてください。本当に、『聞きたい』ですか?」
爽やかな笑顔が放った問いを真面目に咀嚼してみる。
相反する二つの答えにたどり着いた悟浄は、
「……よし悟空。なんか歌え」
一先ず最悪の可能性を念頭に、それを邪魔しに掛かることにした。
「はぁ??」
「何でもいい。大声で何か……叫べ!」
「いや意味わかんねーし!なんでそんなことしなきゃなんねーんだよ!!」
悟浄の意図を汲みつつ、当然に呆れつつ、八戒があしらう。
「悟空、相手にしなくて良いですよ。そうだ、少し早いですけどご飯行きましょうご飯」
「飯!行く!!―――ってか三蔵達はどーすんの??」
「待ってたらいつになるかわかりませんし、終われば自分達で食べに行くでしょう」
その言葉に悟浄が頭を抱えた。
「終わればって言うな…頼むから……」
「まぁそうと決まったわけじゃないですけどね。でも、確かめる必要もないでしょう」
「確かめるって、何を??」
「俺、今初めて悟空のこと羨ましいと思った…」
「…なんで悟浄瀕死なん??」
「お子ちゃま猿は気楽でいいねぇ…」
「お子ちゃま猿って言うなエロ河童!!」
三者三様の足取りで、部屋を後にした。
明かりの消えた暗い部屋。
窓を少し開けると、冷たい夜風が火照った身体を冷ましていく。
三蔵は煙草に火を着け、傍らで眠る名無子の肌に貼り付いた銀糸をそっと漉いてやった。
このまま眠ってしまおうか、それとも名無子を起こし、遅めの夕食をとるか。そんなことを思案しながら、心地良い気怠さに身を任せ煙を燻らす。
先程部屋の外から声を掛けてきた悟空はどうせ腹減らしの合図だろう。
ならば八戒達が既に連れて行っているはず。
たまには二人きりで夕食を食べに出るのも悪くないと、一先ず汗を流しに風呂場へと向かうことにした。
その前に布団からはみ出た名無子の足に布団を掛けてやろうとして、ふとあるものが目に止まった。
名無子の左足の裏、薄っすらと丸い紋様があることに気が付き、目を凝らして見てみる。
中心から放射状に矢のような線が伸びた、車輪のような形。
それは、三蔵にとって見覚えのある紋様だった。
「まさか……千輻輪か…!?」
誰にともなく呟く。
そっと布団を捲り、掌を確認するが同じものは見当たらなかった。
ここに来て浮かび上がった、新たな可能性。
三蔵は動きを止め、思考を巡らす。
その予想が正しいとすれば、納得がいくことも確かにある。
しかし観音の話と辻褄が合わない。
(一体…どういうことだ…?)
本人すらも知らないと言うその答えの一端を思い掛けず掴んでしまったが故に、思索の渦に飲み込まれた三蔵だったが
「さん…ぞ……」
それを引き戻したのは夢現に名を呼んだ名無子の声だった。
穏やかなその寝顔を目にしただけで、無意識に刻んでいた眉間の刻印が解ける。
(今更、か…)
三蔵の口の端に笑みが上った。
だったら何だと言うんだ。
名無子が何であろうと、どういう存在であろうと知ったことか。
腹はとっくに決まってる。
何があっても、名無子だけは手放さねぇと決めたんだ。
欲しいのは答えじゃねぇ。名無子自身だ―――
三蔵は布団に潜り込むと、名無子を胸に抱き寄せた。
深く息を吸い込み、甘美な残香で肺を満たす。
余韻を噛み締めながら、柔らかな睡魔に身を任せた。
二人きりの夕食は、またの機会に―――
その前で仁王立ちの八戒が、その場に似つかわしくない爽やかな好青年の笑みで口を開く。
「さて―――二人共、僕が何を言いたいか、わかってますよね?」
二人の視線が左右へと逸れた。
「な、なんのこと??」
「いやぁあ??全っ然わかんねぇよ??な、なぁ悟空」
「お…おう…」
動揺を隠しきれないながらも口を閉ざす二人にやれやれと最後通牒を突き付ける。
「……自供した方が心象は良くなるって知ってました?」
「はい!!悟浄と三蔵に無理やり連れて行かれました!!」
間髪入れず片手を高々と挙げ、反旗を翻した悟空に悟浄が慌てる。
「なっ!?悟空てめっ!!俺を売るつもりか!」
「だって事実じゃん!俺はやめようって言ったのに!!」
「つって、結局着いて来たんだから同罪だろうがよ!!」
「二人共」
静かにも威圧感のある声が冷水を浴びせた。
「「……はい」」
「とりあえず悟空。座っていいですよ」
深々と息を吐き出し、椅子を差し出す。
「やっった!一抜け〜!」
「くっそ…」
飛び跳ね勢いよく椅子へと腰を下ろした悟空を睨み付け、歯噛みする悟浄へと改めて向き直り、
「で、悟浄?」
「……はい」
さっきまでとは打って変わって頭を垂れ、観念した様子の悟浄へと向き合った。
「気になるのはわかりますが、それなら堂々と着いて来れば良かったでしょう」
「いやだってよ…」
口籠る悟浄の気持ちはわからないでもない。
今でこそ復活を果たしているものの、朝一番で醜態を晒し名無子を直視できない程のダメージを負っていた悟浄としては、気軽に一緒に行くとは言い出し辛かっただろう。
しかしそれはそれ。
やましいことはなくとも、こそこそと跡をつけられ覗き見られては良い気はしない。
それ以上に、
「なぁ、名無子気付いてた??」
口を挟んだ悟空の言う通り、配慮すべきはそちらの方だ。
「いえ、多分気付いてなかったと思います」
名無子のことだ。例え気付いたとしても気分を害することなかっただろうが。
ほっと胸を撫で下ろすくらいなら最初からやらなければいいのにと悟浄を一瞥する。
「僕はまだしも、名無子に対して失礼ですよ。単純にその身を案じてのことなら兎も角、そうではないでしょう?」
諭すように言えば、悟浄がバツの悪そうな顔で
「……悪かった。すまん」
と、素直に謝罪を口にした。
はぁと一呼吸。
八戒は漸く椅子へと腰を落ち着ける。
「三蔵も、こんなときだけ結託するんですから…」
壁の向こうにいるはずのもう一人を思いつつぼやく。
お説教は済んだと足を崩し、胡座を組んで悟浄が苦笑いを浮かべた。
「まぁ、敵の敵は味方…みたいな?」
「勝手に敵認定しないでください。悟浄じゃあるまいし、そんな後ろ暗い真似するわけないじゃないですか」
悟空が無言で二度、首を縦に振った。
不名誉な例示も、悟浄も今回ばかりは否定できず、それでも滅気ずに食らい付く。
「いやでもよ?宝石店でのお前ら見てたら疑いたくもなるっつーもんでよ」
「そもそも覗き見するなって話です」
ぴしゃり。それはそう。しかし、
「―――ぶっちゃけ、マジでどうなのよ。表向き父親面してっけどよ」
気色を転じ真剣なトーンで問い詰めるが、八戒はまだ言うかと、完全に呆れ顔でコーヒーを入れ始めている。
「まるで裏があるかのような言い方ですね。僕のこと、そんなに信用できませんか?」
静電気のように走った苛立ちも、悟浄は慣れたものでやり過ごし言葉を続ける。
「信用してねぇっつーよりな、俺や三蔵に気ぃ使ってんじゃねぇかって話よ。
秘めた恋、みたいな?お前の性格からしてやりかねねぇだろ」
気遣い、気苦労を一人で背負い込みがちな八戒のこと。
尚且つ、自分を偽る強さも知っているからこそ、その可能性を完全には否定できず。
煙草に火を着け、立ち上る煙からちらりと視線を移し八戒を探り見る。
が、どうやらその心配は無用だったようだ。
先程迄と何ら変わらぬ呆れた顔つきでコーヒーを啜っている八戒に、答えを待たずして悟浄は安堵の息を零した。
「もし本当にそうだとしたら貴方方に遠慮なんてしませんよ。普通に口説きま―――あ。しまった」
不穏な言葉が聞こえたが一旦扠置き。
「あ?どした??」
口を空け固まった八戒を問い質す。
「マーガレットです」
「マーガレット?」
「マーガレットって何??」
「花の名前ですよ。黄色い花芯のまわりに、細長い花びらがたくさん付いた可愛らしい花です」
「へー。そんで?」
「名無子に上げたネックレス、首の後ろでチェーン繋ぐところにチャームが付いてたんですけど、それが白いマーガレットだったんです」
目にした光景から想像はついていたものの、名無子にネックレスを贈った事自体を追求したいところだがそれも今は置いておくことにして先を促す。
「…それがどしたよ」
「その時は何だったっけなーって思い出せなかったんですが―――白いマーガレットの花言葉、『心に秘めた愛』なんですよねぇ…」
「なっ!?」
あははと苦笑いしながら告げられたのは、正に今し方悟浄が邪推したものだった。
それを意図せず、名無子に贈ったとなれば―――
「おいおい……名無子ちゃん、割と真剣に思い悩みそうなんだけど?」
既に身をもってそれを経験した悟浄が八戒と同じ表情を浮かべる。
「名無子が気付かないか、花言葉を知らないことを祈りましょうか…
一応、『信頼』って花言葉もありますし誤魔化しは効くかと」
名無子のことだから知っていても不思議ではない。寧ろ知っている可能性の方が高そうだと贈る前に気付けなかった己を悔やんでいると、
「なぁなぁ、花って全部花言葉?だっけ?ついてるもん?」
純粋な興味を瞳に映した悟空が尋ねてきた。
「大体の花には付いてますねぇ。例えば―――コリウスの花言葉は『叶わぬ恋』、黄色のチューリップは『望みのない愛』、白だと『失われた愛』です」
「おい八戒。なんだその悪意のある例はよ」
「へぇ。色でも違うんだ〜」
「悟空もこれから女性に花をプレゼントすることがあるかもしれませんし、知っておいて損はないと思いますよ」
自分のようなことにならないようにと、八戒が、いつもの先生ぶりを発揮する。
ふと、悟浄はいつかの名無子の言葉を思い出した。
「……シオン」
「え?」
「シオンって花の花言葉、わかるか?」
「紫苑ですか?えっと確か……『追憶』と『君を忘れない』だったかと」
答えるも言葉は返らず、何やら神妙な面持ちで視線を伏せ考え込む様子の悟浄を前に、悟空と顔を見合わせ首を傾げ合う。
「どうしました?」
「………いや、何でもねぇ」
悟浄はふぅと息を吐き、輪郭の見えない痼を振り解いた。
「んで。名無子ちゃんは結局何買ったわけ」
顔を上げ、目下の疑問に話を戻す。
「ふふっ。あとで三蔵に注目してみればわかりますよ」
「野郎に注目する趣味はねぇんだけどな…」
それが何にせよ、惚れた女が恋人に贈り物をした事実が気に食わない。
何を贈ったのか気にはなるものの、知りたいような知りたくないような、複雑な心境を灰皿で押し潰した。
一方、
「えー、気になる。俺ちょっと見てこよー」
興味本位の悟空が席を立ち、隣室へと駆けて行った。
その背を見送って、
「あーあ…片思いって辛ぇなぁ……」
天井を見上げながら悟浄が嘆声を零す。
「今更何言ってるんですか。諦める気もない癖に」
「そりゃそうだけどよ……辛いもんは辛いのよ?」
「でしょうねぇ」
「他人事だと思って…」
「他人事ですから」
そんな遣り取りを交わしていると、悟空が早々に戻ってきた。
早過ぎる帰還に首を傾げていると、
「なんか鍵掛かってて、後にしろって言われた」
きょとんとした眼差しが問わず語る。
「「………」」
徐に立ち上がった悟浄が、耳をそばだてて壁際へと移動する。
その首根っこを捕まえて八戒が制止した。
「やめなさい…。覗き見に続いて盗み聞きって…趣味が悪いですよ?」
「いや、だってよ!」
「悟浄?冷静になって考えてください。本当に、『聞きたい』ですか?」
爽やかな笑顔が放った問いを真面目に咀嚼してみる。
相反する二つの答えにたどり着いた悟浄は、
「……よし悟空。なんか歌え」
一先ず最悪の可能性を念頭に、それを邪魔しに掛かることにした。
「はぁ??」
「何でもいい。大声で何か……叫べ!」
「いや意味わかんねーし!なんでそんなことしなきゃなんねーんだよ!!」
悟浄の意図を汲みつつ、当然に呆れつつ、八戒があしらう。
「悟空、相手にしなくて良いですよ。そうだ、少し早いですけどご飯行きましょうご飯」
「飯!行く!!―――ってか三蔵達はどーすんの??」
「待ってたらいつになるかわかりませんし、終われば自分達で食べに行くでしょう」
その言葉に悟浄が頭を抱えた。
「終わればって言うな…頼むから……」
「まぁそうと決まったわけじゃないですけどね。でも、確かめる必要もないでしょう」
「確かめるって、何を??」
「俺、今初めて悟空のこと羨ましいと思った…」
「…なんで悟浄瀕死なん??」
「お子ちゃま猿は気楽でいいねぇ…」
「お子ちゃま猿って言うなエロ河童!!」
三者三様の足取りで、部屋を後にした。
明かりの消えた暗い部屋。
窓を少し開けると、冷たい夜風が火照った身体を冷ましていく。
三蔵は煙草に火を着け、傍らで眠る名無子の肌に貼り付いた銀糸をそっと漉いてやった。
このまま眠ってしまおうか、それとも名無子を起こし、遅めの夕食をとるか。そんなことを思案しながら、心地良い気怠さに身を任せ煙を燻らす。
先程部屋の外から声を掛けてきた悟空はどうせ腹減らしの合図だろう。
ならば八戒達が既に連れて行っているはず。
たまには二人きりで夕食を食べに出るのも悪くないと、一先ず汗を流しに風呂場へと向かうことにした。
その前に布団からはみ出た名無子の足に布団を掛けてやろうとして、ふとあるものが目に止まった。
名無子の左足の裏、薄っすらと丸い紋様があることに気が付き、目を凝らして見てみる。
中心から放射状に矢のような線が伸びた、車輪のような形。
それは、三蔵にとって見覚えのある紋様だった。
「まさか……千輻輪か…!?」
誰にともなく呟く。
そっと布団を捲り、掌を確認するが同じものは見当たらなかった。
ここに来て浮かび上がった、新たな可能性。
三蔵は動きを止め、思考を巡らす。
その予想が正しいとすれば、納得がいくことも確かにある。
しかし観音の話と辻褄が合わない。
(一体…どういうことだ…?)
本人すらも知らないと言うその答えの一端を思い掛けず掴んでしまったが故に、思索の渦に飲み込まれた三蔵だったが
「さん…ぞ……」
それを引き戻したのは夢現に名を呼んだ名無子の声だった。
穏やかなその寝顔を目にしただけで、無意識に刻んでいた眉間の刻印が解ける。
(今更、か…)
三蔵の口の端に笑みが上った。
だったら何だと言うんだ。
名無子が何であろうと、どういう存在であろうと知ったことか。
腹はとっくに決まってる。
何があっても、名無子だけは手放さねぇと決めたんだ。
欲しいのは答えじゃねぇ。名無子自身だ―――
三蔵は布団に潜り込むと、名無子を胸に抱き寄せた。
深く息を吸い込み、甘美な残香で肺を満たす。
余韻を噛み締めながら、柔らかな睡魔に身を任せた。
二人きりの夕食は、またの機会に―――