第一章
貴女のお名前は?
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日が沈みきる少し前、一行はジープを止め、手頃な洞窟で火を起こした。
焚き火の明かりに照らされた名無子の肢体は傷一つなく、まるで生気を感じさせない人形のようで、誰もがその存在を確かめるかの如く、吐息に耳を済ませていた。
何も、できなかった。
恐らく、名無子は一人戦っていた。
身を挺して守られたはずの八戒。
守ると啖呵を切りながらそれを果たせなかった悟浄。
その目に映っていなくとも、誰もが理解していた。
自分達を助けるため、名無子が身代わりに傷を負ったことを。
言いようのない無力感と苛立ちが四人を蝕んでいく。
「―――俺さ、見たんだ」
口を開いたのは、膝を抱え、焚き火を睨み付けていた悟空だった。
「結界の外で敵倒して戻ってきたら本当に街なんかなくて、名無子が一人で敵相手してて、なのに誰も敵なんか見えてないみたいで」
「……実際、見えてなかったんです。同時に現れた幻覚の敵の姿しか…」
目を伏せて言った八戒に悟空が慌てたように言葉を続ける。
「いや、悪い!別に責めてるとかじゃなくて!てか、そこじゃなくて…」
がしがしと頭を掻いて言葉を淀ませた悟空を、三蔵が睨めつける。
「何が言いたい」
「……名無子の周りで死んでた敵、見た?」
静かに深呼吸一つ。悟空が問う。
「……あぁ」
重く、紫煙と共に吐き出した三蔵の肯定に、八戒が首を傾げた。
「何を…ですか?」
問いつつ、何故か速度を増していく心音。
「名無子、敵に触っただけなんだよ」
宙を掴む。そしてまた次。
名無子が起こした行動は、ただそれだけだった。
名無子の周り、転がる死体には傷一つなく。
悟空の言葉に八戒の瞳が見開かれ、悟浄が顔を上げる。
「それはつまり…」
八戒の言葉のその先は、誰も紡がなかった。
「ん…」
静寂の向こう、微かに聞こえた音に視線が集まる。
「名無子!」
ゆるゆると瞼を開けた名無子の視線が悟浄を捉えた。
「悟浄」
目を細め名を呼ぶ。
それだけで、胸の奥に溜まった澱みが押し出されていくのがわかった。
「おはよ、名無子ちゃん」
滲む安堵に、目一杯の笑顔を貼り付け、言う。
身を起こそうとした名無子を支えようと伸ばした腕がほんの僅か、宙を泳いだ。
恐らく本人だけが気付いた、須臾の間。
「名無子、もう起きて平気ですか?」
「大丈夫か?名無子!」
「無理はするな」
「うん、全然平気。大丈夫」
声が、遠ざかっていく―――
「……悟浄?」
不意に名を呼んだ名無子に、心臓が軋んだ。
「……ごめんな、守れなくて」
歪な笑みと言葉は、精一杯の誤魔化しだった。
ぽん、とその頭に手を置くと、
「ちょっと雉撃ちに行ってくるわ」
と、席を立った悟浄。
その背に三蔵は一瞥と小さく舌打ちを送った。
「名無子、どっか痛いとこあるか?」
「ううん、大丈夫」
「無理させてしまって本当にすみませんでした。名無子のお陰で助かりました」
名無子は何事もなかったかのように微笑むと、居を正し、二人に向かい合った。
「八戒、悟空。ごめんなさい」
頭を下げ、そのままに言葉を続ける。
「怪我しても治るからとか、そんなこと思ってなかったよ?ただあの時、勝手に体が動いたっていうか、そうするのが一番いいって思って…
後悔はしてないけど、みんなに心配掛けたから……本当にごめんなさい」
まるで言い訳のような響きを帯びてはいるが、それが事実であることは悟空も八戒も、そして三蔵もまたわかっていた。
あの状況において、名無子が取った行動は最善手と言って差し支えないものだった。
もし名無子がいなかったら、若しくは名無子が自分達がそう願うように守られるだけに徹していたならば、被害はもっと大きなものになっていただろう。
しかし八戒達にとって、ただ大事にしたいと思える一人のか弱い女性――それが本当は何であれ――を守れなかったことに変わりはない。
晴らすことのできない悪感情に眉間を曇らせる二人を前に名無子は、でも、と言葉を続けた。
「こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど―――嬉しかったんだ。あんな状況でも、私にできることがあって」
どさくさに紛れて自身の悪戯を告白する子供のような、少しだけばつの悪そうな笑みを浮かべ
「だから二人共―――特に八戒。もう、そんな顔しないで?」
そう言ってそっと、八戒の頬に触れた。
一体どんな顔を晒していたのだろうかと八戒は思った。
仕方なかったと、理屈ではわかっている。
あの瞬間、名無子が前に出ていなければ貫かれていたのは自分だっただろうこと。
そしてそうなれば、他の面々が傷を負っても治癒に当たれず、最悪の状況すらあり得たこと。
わかっているだけに後悔と無力感を消化しきれず、それでも、身を挺して自分達を守ってくれた名無子に見せるべき感情ではないと、蟠った想いを得意の笑みで覆った。
悟浄と違い、悟られるような真似はしていなかったはずと。
なのに―――
「あー…もう……貴女という人は…」
らしくもない唸り声を上げ、八戒は腕を伸ばすと名無子の身体を抱き寄せた。
そのまま深々と嘆声を吐いた八戒に、悟空と名無子が目を丸くする。
「……決めました。もう誰にも嫁がせません」
「とつ…何??」
「八戒、どっかで頭でも打った??」
「うるさいです悟空。僕は至って正常ですよ」
「えっと……悟空も、はい」
「いやなんで!?」
八戒に抱き締められながら、悟空に向け両手を広げた名無子に悟空が狼狽する。
ふふっと笑って身を離した八戒の顔には、いつもの爽やかな晴れ間が覗いていた。
名無子の頭を一撫で、煌めく笑みを三蔵に差し向ける。
「―――そういうことなんで三蔵。よろしくお願いしますね」
「……意味がわからん。俺を巻き込むんじゃねぇ」
「わからないならいいです。わからないままでいれば」
「…あぁ?」
「悟浄と一緒にずっとそうやってヘタレてればいいですよ」
「何だと…?」
露骨なまでの挑発に、三蔵の米神に青筋が浮かび上がる。
急転直下、一触即発の空気に、悟空が名無子に耳打ちした。
「……なぁ名無子、何の話??」
「さぁ…」
二人、疑問符を交換していると、
「そんなことより。名無子、とりあえずその服着替えちゃいましょう。―――はい、これ」
色とベクトルを器用に変え、荷物を漁った八戒が名無子に差し出したのは修繕を終えた件の衣だった。
名無子が、ぱっと光が差し込んだかのように顔を綻ばせそれを受け取る。
「すみません、後身頃の上半分はもうどうしようもなかったので三蔵のお古の法衣の布地を継ぎ合せました。インナーも同じくですが、どちらも三蔵法師の正装なので見た目に違いはありませんよ」
その言葉に、三蔵の導火線に走っていた炎が、昨夜から燻っていた別の蟠りへと飛び火した。
さも嬉しそうに目を細め法衣を撫でる名無子の瞳に、映っているもの。
それを考えただけで反吐が出そうだった。
眉間に深く刻まれていく刻印に気付いた悟空が肩を跳ねさせる。
堪えきれず席を立ち、洞窟の入り口へと足を向けた三蔵を
「さん…っ―――」
呼び止めようとした名無子の声が半ばで途切れた。
三蔵の姿が視界から消え、薄暗い洞窟内に沈黙が落ちる。
「―――名無子。昨日、何があったんです?」
八戒が、長らく横に置いていた疑問を口にした。
「わからない…けど、たぶん私が悪いんだと思う」
痛みの滲む儚い微笑を浮かべ名無子が答える。
「名無子…」
「着替えるね。直してくれてありがとう」
立ち上がった名無子に慌てて二人、背を向けた。
「この服もまた穴空いちゃった。直せる?」
「ええ。それくらいならまだ繕うだけで済むと思いますよ」
「……」
「因みに、それくらいの"服の"傷ならという話で、貴女が負う怪我がセーフというわけじゃありませんからね?」
「…なんでわかったの」
「……名無子?」
「ごめんなさいもう怪我しません。―――たぶん」
本気なのか、それとも話を変えるための冗談なのか。
(どちらにせよ困ったものです…)
しかしそれは自身にも、そしてこの場から逃げ出した二人にも言えること、と。
岩壁をぼんやり見詰め、苦笑を滲ませる。
「悟空。頼みましたよ」
「え?何が??」
「もう貴方だけが頼りです」
「だから何が!??」
「頼りにしてます」
「名無子まで!?さっきから一体何の話だよ!!」
妙ににこやかな八戒と何となくで乗っかってきた名無子に、悟空の困惑の声が洞窟に響き渡った。
洞窟の外に出てきた三蔵はそのすぐ脇で腰を下ろした。
煙草に火を着け、一気にそれを吸い込む。
先端が小さく音を立て、赤が宵闇を朧に照らした。
『 三蔵 』
名無子がその名を呼ぶ度、胸が漣立つ。
時に柔らかに心を撫で上げ、時に酷烈に切り裂いてくる。
そしてその瞳の奥、言葉の向こうに見え隠れする存在に募る苛立ち。
昨晩、名無子が零した言の葉が止めとなり、光明三蔵を失った穴を自身で埋め合わせられることへの嫌悪が頂点に達した。
その根底に、嫌悪を生む原因があることくらいわかっていた。
しかし敢えて目を逸し、意識から遠ざけることを選んだのは、その感情に名を付けてしまえばもう後には戻れない気がしていたから。
『 ずっとそうやってヘタれてればいいですよ 』
リフレインした八戒の笑顔に舌打ちが零れた。
(うぜェ……)
言いようのない嫌悪も、名無子が傷を負ったときの焦燥も、見知らぬ柔らかで温かなむず痒さも、全て一言で片付くと。
(―――わかってんだよ、そんなこと)
吐き出した白煙が宵闇に揺れた。
「くそダセェ…」
繰り返すのは何度目か。
洞窟の外、森の中。夜の帳に悟浄が呟く。
助けられた。守れなかった。
そのことだけでも自責の念に打ちのめされているというのに。
悟空のたった一言で、怯んだ右手。
『 触っただけなんだよ 』
死んだ猫を甦らせたのとは真逆の力。
その力を、名無子が自分に向けるはずもないのに。
死の恐怖なんて、これまで何度も味わってきたはずなのに。
わかっていても、反射的に反応した自身の身体に嘲りと怒りが止まない。
名無子は、気付いただろうか。
もし気付かれていたら―――
違う恐怖が悟浄の身を震わせる。
(あー……ダメだこりゃ…重症だわ…)
足元に溜まった吸い殻にまた一本を加え、赤い光を踏み潰した。
(らしくねーなぁ、全く……溜まってんのかね…)
巫山戯て嘆息してみても、酷く冷静なもう一人の自分が耳元で囁く。
「……へーへー、わかってるっつーの」
独り言ちて深く、息を吸い込む。
そして、止める。
パンッッ!!
力一杯、両の掌で打った頬がじわりと熱を持って痛んだ。
吐き出した息は、ほんの少し淀みを失くしたような気がして。
拳で二回、胸を叩く。
「―――っし。戻るか」
伸びをし、遠く微かに光の漏れる洞窟に向け歩き出した。
「―――うぉっ!ビビった…」
洞窟へと入る手前、視界の隅で煌めいた金糸に目を遣った悟浄が二度見して声を上げる。
「こんなとこでなぁにしてんのよ…」
岩を背に腰を下ろしていた三蔵が一瞥を投げてきた。
「一服しに出てきただけだ。中だと煙が籠もるからな」
その足元に転がる、一服どころではない吸い殻に視線を落とす。
「……もしかして、俺のこと待ってた?」
「なわけねーだろが。殺すぞ」
返される相変わらずの悪態に息を零しながら、何とはなしにその隣へと腰を下ろした。
「……おい」
「まぁいいじゃないの。――ほれ」
鬱陶しそうに眉を上げた三蔵に、煙草を差し出す。
怪訝な顔で、しかし黙って一本を引き抜くと、差し出された炎で火を着けた。
沈黙に二筋の煙が上って暫く。
「―――便所にしては随分長かったな」
含みのある物言いで三蔵が口を開いた。
悟浄がふうと煙を吐き出し答える。
「――最近どうにも便秘気味でねぇ…。おたくもでしょ」
「お前と一緒にするな」
「あら、三蔵サマは快便?今朝はとてもそうは見えなかったケド」
「貴様…」
三蔵が目に角を立てるも素知らぬ顔で煙を目で追う。
暫くして煙草を地面で揉み消し、立ち上がると
「―――渡す気、ねぇから」
まるで独り言のように呟いた。
「……あ?」
「お前にも、誰にもな」
いつになく真剣な眼差しが三蔵に突き刺さる。
三蔵が言葉を失くしている間に悟浄は洞窟内へと姿を消した。
虚空を睨み付ける三蔵の指から、静かに紫煙が立ち上っていた。
「あ、悟浄。おかえり」
洞窟内、声を掛けたのは仰向けでジープと戯れている悟空だった。
「おう―――って、なんでだよ…」
既に夜も更けた頃。起きて待っててほしいなどと過ぎた望みはなくとも、別の男の胸で眠る寝顔に出迎えられれば自然と漏れる溜息、落ちる肩。
がっくりと膝を着いた悟浄に、
「八戒が名無子に添い寝してって頼んだから?」
あっけらかんと悟空が答えた。
時は少し遡る―――
「二人共戻って来ねーなぁ」
空になった缶詰を前に、悟空が誰にともなく零した。
「放っておけばいいんですよ。今は頭を冷やす時間が必要なんでしょう」
「……大丈夫かな」
「ふふっ、名無子は優しいですね。大丈夫。その内けろっとして戻ってきますよ」
「二人共、何か変だったよな?八戒、何か知ってんの??」
「さぁ、どうでしょうか。不治の病にでも罹ったのかもしれませんね」
「富士の病って??富士山??」
「治らないって意味ですよ、悟空」
そんなとりとめもない話を交わす中、八戒が名無子に向け言った。
「そうだ名無子、ちょっとお願いがあるんですけど」
「お願い?うん、いいよ」
中身を聞くまでもなく嬉しそうに承諾した名無子に苦笑い。
「名無子、こういう時は最後まで聞いてから答えた方がいいですよ?」
「そーだぞ名無子。全身に経書かせろとか言われるかもしんねーんだからな!」
「流石に名無子にはそんなお願いしませんよ…」
「八戒には服も直してもらったし、いつもお世話になってるからできることなら何でもするよ?何??」
どことなく期待に満ちた顔で問われ、少しだけ良心の呵責を覚えた八戒だったが構わず続けた。
「添い寝、してくれませんか?」
「……ん?」
にこやかな笑みが繰り出した予期せぬ願い事に名無子の瞳が瞬き、隣で悟空がお茶を吹き出した。
「うん、いいけど…どうしたの?悟浄みたい」
「あはは。かなり心外ですが致し方ないですねぇ。いえ、単にそうしたかっただけです。深い意味はありませんよ」
そう言って笑いながら、八戒はメモを取り出しペンを走らせると、その紙を二つに折って悟空へと手渡した。
「悟浄が戻ってきたら渡してください」
「う、うん…わかった…」
そして毛布を敷くと側臥位で腕を枕にし、もう片方の腕で傍らを叩く。
「柔らかいベッドじゃなくて恐縮ですが…はい、どうぞ」
「ん」
八戒の隣に名無子が仰向けで横になると毛布をかけ、その上に手を置いた。
「……これ、私が添い寝してもらってない?」
不思議そうな顔で疑問を呈した名無子に
「そうですか?まぁ気にしないでください。僕としては満足ですから」
眩しい程の笑みを浮かべ答える。
その圧力に返す言葉もなく、しかし八戒が良いと言うならばそれで良いかと切り替える。
「うん。じゃあ…おやすみ。悟空も。おやすみなさい」
「お、おう!おやすみ!」
「おやすみなさい」
「―――って感じで」
話を聞き終えた悟浄が拳を握り打ち震える。
「こんッッのやろ…人にはあんだけ言っておきながら……」
「で、これ、悟浄に渡せって預かったやつ」
「あぁ?見せろ!」
悟空の手から引っ手繰り、広げた紙切れには―――
『 つまらないことで落ち込んでいるからですよ 』
「っ!!?」
目を見開いた悟浄に
「何て書いてあったの?」
届けられた囁くような声は下方から。
「名無子!?」
「しーっ。八戒起きちゃう」
声を跳ねさせた悟浄に、名無子が人差し指を口元に当て諌めた。
脇から紙片を覗き込む悟空を掌で押し退けながら、
「いや、何も……悟空、お前も見てねぇよな!?」
「見てねーって。で、何て書いてあんの??」
「た、大したことじゃねーよ…それより名無子ちゃん、起きてたの?」
声を潜め、話を逸らす。
「うん。うとうと?はしてた。おかえり、悟浄」
柔らかな笑みに心は容易く解け、悔しいながらも八戒の言うとおりだと痛感する。
「あぁ、ただいま。俺がいなくて寂しかった?」
さっきまでとは打って変わってふやけた顔の悟浄に、悟空が横から茶々を入れてきた。
「ぜーんぜん。寧ろ静かで良かった」
「お前には聞いてねえわ!!」
「しーっ!」
再びの名無子からの警告に悟浄は両手で口を塞いだ。
その様子を笑って
「寂しかったよ、悟浄」
名無子が答える。
それだけで喜びに震える胸を、悟浄は抑えることはできなかった。
「―――名無子。やっぱ俺、名無子のこと好きだわ」
コップの縁から水が溢れるように、言葉が零れる。
少しだけ丸く見開かれた瞳はすぐに三日月を描き、
「うん。私も好きだよ」
何の躊躇いもなくそう返してきた。
穏やかな春陽に包まれたような感覚が全身に広がり、悟浄を満たしていく。
今日はこのまま誰にも邪魔されずに眠りたいと、悟浄は名無子の傍らに横たわった。
「―――俺も寝よ。名無子ちゃん、手貸して」
言って、八戒がいる側の名無子の手を取り、指を絡める。
素直に握り返してくる熱が悟浄の頬を一層綻ばせた。
「そこで寝んのかよ…てか名無子狭くね?」
呆れ顔で心配を口にする悟空に
「大丈夫。右も左もあったかい」
と答え、嬉しそうに笑って目を閉じる。
その笑顔を見ていると、悟空にも眠気が襲ってきて。
「んじゃいーや。おやすみ」
「うん。おやすみ」
「おー。おやすみー」
重ねた挨拶。安らかな寝息はやがて洞窟内を満たしていった。
焚き火の明かりに照らされた名無子の肢体は傷一つなく、まるで生気を感じさせない人形のようで、誰もがその存在を確かめるかの如く、吐息に耳を済ませていた。
何も、できなかった。
恐らく、名無子は一人戦っていた。
身を挺して守られたはずの八戒。
守ると啖呵を切りながらそれを果たせなかった悟浄。
その目に映っていなくとも、誰もが理解していた。
自分達を助けるため、名無子が身代わりに傷を負ったことを。
言いようのない無力感と苛立ちが四人を蝕んでいく。
「―――俺さ、見たんだ」
口を開いたのは、膝を抱え、焚き火を睨み付けていた悟空だった。
「結界の外で敵倒して戻ってきたら本当に街なんかなくて、名無子が一人で敵相手してて、なのに誰も敵なんか見えてないみたいで」
「……実際、見えてなかったんです。同時に現れた幻覚の敵の姿しか…」
目を伏せて言った八戒に悟空が慌てたように言葉を続ける。
「いや、悪い!別に責めてるとかじゃなくて!てか、そこじゃなくて…」
がしがしと頭を掻いて言葉を淀ませた悟空を、三蔵が睨めつける。
「何が言いたい」
「……名無子の周りで死んでた敵、見た?」
静かに深呼吸一つ。悟空が問う。
「……あぁ」
重く、紫煙と共に吐き出した三蔵の肯定に、八戒が首を傾げた。
「何を…ですか?」
問いつつ、何故か速度を増していく心音。
「名無子、敵に触っただけなんだよ」
宙を掴む。そしてまた次。
名無子が起こした行動は、ただそれだけだった。
名無子の周り、転がる死体には傷一つなく。
悟空の言葉に八戒の瞳が見開かれ、悟浄が顔を上げる。
「それはつまり…」
八戒の言葉のその先は、誰も紡がなかった。
「ん…」
静寂の向こう、微かに聞こえた音に視線が集まる。
「名無子!」
ゆるゆると瞼を開けた名無子の視線が悟浄を捉えた。
「悟浄」
目を細め名を呼ぶ。
それだけで、胸の奥に溜まった澱みが押し出されていくのがわかった。
「おはよ、名無子ちゃん」
滲む安堵に、目一杯の笑顔を貼り付け、言う。
身を起こそうとした名無子を支えようと伸ばした腕がほんの僅か、宙を泳いだ。
恐らく本人だけが気付いた、須臾の間。
「名無子、もう起きて平気ですか?」
「大丈夫か?名無子!」
「無理はするな」
「うん、全然平気。大丈夫」
声が、遠ざかっていく―――
「……悟浄?」
不意に名を呼んだ名無子に、心臓が軋んだ。
「……ごめんな、守れなくて」
歪な笑みと言葉は、精一杯の誤魔化しだった。
ぽん、とその頭に手を置くと、
「ちょっと雉撃ちに行ってくるわ」
と、席を立った悟浄。
その背に三蔵は一瞥と小さく舌打ちを送った。
「名無子、どっか痛いとこあるか?」
「ううん、大丈夫」
「無理させてしまって本当にすみませんでした。名無子のお陰で助かりました」
名無子は何事もなかったかのように微笑むと、居を正し、二人に向かい合った。
「八戒、悟空。ごめんなさい」
頭を下げ、そのままに言葉を続ける。
「怪我しても治るからとか、そんなこと思ってなかったよ?ただあの時、勝手に体が動いたっていうか、そうするのが一番いいって思って…
後悔はしてないけど、みんなに心配掛けたから……本当にごめんなさい」
まるで言い訳のような響きを帯びてはいるが、それが事実であることは悟空も八戒も、そして三蔵もまたわかっていた。
あの状況において、名無子が取った行動は最善手と言って差し支えないものだった。
もし名無子がいなかったら、若しくは名無子が自分達がそう願うように守られるだけに徹していたならば、被害はもっと大きなものになっていただろう。
しかし八戒達にとって、ただ大事にしたいと思える一人のか弱い女性――それが本当は何であれ――を守れなかったことに変わりはない。
晴らすことのできない悪感情に眉間を曇らせる二人を前に名無子は、でも、と言葉を続けた。
「こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど―――嬉しかったんだ。あんな状況でも、私にできることがあって」
どさくさに紛れて自身の悪戯を告白する子供のような、少しだけばつの悪そうな笑みを浮かべ
「だから二人共―――特に八戒。もう、そんな顔しないで?」
そう言ってそっと、八戒の頬に触れた。
一体どんな顔を晒していたのだろうかと八戒は思った。
仕方なかったと、理屈ではわかっている。
あの瞬間、名無子が前に出ていなければ貫かれていたのは自分だっただろうこと。
そしてそうなれば、他の面々が傷を負っても治癒に当たれず、最悪の状況すらあり得たこと。
わかっているだけに後悔と無力感を消化しきれず、それでも、身を挺して自分達を守ってくれた名無子に見せるべき感情ではないと、蟠った想いを得意の笑みで覆った。
悟浄と違い、悟られるような真似はしていなかったはずと。
なのに―――
「あー…もう……貴女という人は…」
らしくもない唸り声を上げ、八戒は腕を伸ばすと名無子の身体を抱き寄せた。
そのまま深々と嘆声を吐いた八戒に、悟空と名無子が目を丸くする。
「……決めました。もう誰にも嫁がせません」
「とつ…何??」
「八戒、どっかで頭でも打った??」
「うるさいです悟空。僕は至って正常ですよ」
「えっと……悟空も、はい」
「いやなんで!?」
八戒に抱き締められながら、悟空に向け両手を広げた名無子に悟空が狼狽する。
ふふっと笑って身を離した八戒の顔には、いつもの爽やかな晴れ間が覗いていた。
名無子の頭を一撫で、煌めく笑みを三蔵に差し向ける。
「―――そういうことなんで三蔵。よろしくお願いしますね」
「……意味がわからん。俺を巻き込むんじゃねぇ」
「わからないならいいです。わからないままでいれば」
「…あぁ?」
「悟浄と一緒にずっとそうやってヘタレてればいいですよ」
「何だと…?」
露骨なまでの挑発に、三蔵の米神に青筋が浮かび上がる。
急転直下、一触即発の空気に、悟空が名無子に耳打ちした。
「……なぁ名無子、何の話??」
「さぁ…」
二人、疑問符を交換していると、
「そんなことより。名無子、とりあえずその服着替えちゃいましょう。―――はい、これ」
色とベクトルを器用に変え、荷物を漁った八戒が名無子に差し出したのは修繕を終えた件の衣だった。
名無子が、ぱっと光が差し込んだかのように顔を綻ばせそれを受け取る。
「すみません、後身頃の上半分はもうどうしようもなかったので三蔵のお古の法衣の布地を継ぎ合せました。インナーも同じくですが、どちらも三蔵法師の正装なので見た目に違いはありませんよ」
その言葉に、三蔵の導火線に走っていた炎が、昨夜から燻っていた別の蟠りへと飛び火した。
さも嬉しそうに目を細め法衣を撫でる名無子の瞳に、映っているもの。
それを考えただけで反吐が出そうだった。
眉間に深く刻まれていく刻印に気付いた悟空が肩を跳ねさせる。
堪えきれず席を立ち、洞窟の入り口へと足を向けた三蔵を
「さん…っ―――」
呼び止めようとした名無子の声が半ばで途切れた。
三蔵の姿が視界から消え、薄暗い洞窟内に沈黙が落ちる。
「―――名無子。昨日、何があったんです?」
八戒が、長らく横に置いていた疑問を口にした。
「わからない…けど、たぶん私が悪いんだと思う」
痛みの滲む儚い微笑を浮かべ名無子が答える。
「名無子…」
「着替えるね。直してくれてありがとう」
立ち上がった名無子に慌てて二人、背を向けた。
「この服もまた穴空いちゃった。直せる?」
「ええ。それくらいならまだ繕うだけで済むと思いますよ」
「……」
「因みに、それくらいの"服の"傷ならという話で、貴女が負う怪我がセーフというわけじゃありませんからね?」
「…なんでわかったの」
「……名無子?」
「ごめんなさいもう怪我しません。―――たぶん」
本気なのか、それとも話を変えるための冗談なのか。
(どちらにせよ困ったものです…)
しかしそれは自身にも、そしてこの場から逃げ出した二人にも言えること、と。
岩壁をぼんやり見詰め、苦笑を滲ませる。
「悟空。頼みましたよ」
「え?何が??」
「もう貴方だけが頼りです」
「だから何が!??」
「頼りにしてます」
「名無子まで!?さっきから一体何の話だよ!!」
妙ににこやかな八戒と何となくで乗っかってきた名無子に、悟空の困惑の声が洞窟に響き渡った。
洞窟の外に出てきた三蔵はそのすぐ脇で腰を下ろした。
煙草に火を着け、一気にそれを吸い込む。
先端が小さく音を立て、赤が宵闇を朧に照らした。
『 三蔵 』
名無子がその名を呼ぶ度、胸が漣立つ。
時に柔らかに心を撫で上げ、時に酷烈に切り裂いてくる。
そしてその瞳の奥、言葉の向こうに見え隠れする存在に募る苛立ち。
昨晩、名無子が零した言の葉が止めとなり、光明三蔵を失った穴を自身で埋め合わせられることへの嫌悪が頂点に達した。
その根底に、嫌悪を生む原因があることくらいわかっていた。
しかし敢えて目を逸し、意識から遠ざけることを選んだのは、その感情に名を付けてしまえばもう後には戻れない気がしていたから。
『 ずっとそうやってヘタれてればいいですよ 』
リフレインした八戒の笑顔に舌打ちが零れた。
(うぜェ……)
言いようのない嫌悪も、名無子が傷を負ったときの焦燥も、見知らぬ柔らかで温かなむず痒さも、全て一言で片付くと。
(―――わかってんだよ、そんなこと)
吐き出した白煙が宵闇に揺れた。
「くそダセェ…」
繰り返すのは何度目か。
洞窟の外、森の中。夜の帳に悟浄が呟く。
助けられた。守れなかった。
そのことだけでも自責の念に打ちのめされているというのに。
悟空のたった一言で、怯んだ右手。
『 触っただけなんだよ 』
死んだ猫を甦らせたのとは真逆の力。
その力を、名無子が自分に向けるはずもないのに。
死の恐怖なんて、これまで何度も味わってきたはずなのに。
わかっていても、反射的に反応した自身の身体に嘲りと怒りが止まない。
名無子は、気付いただろうか。
もし気付かれていたら―――
違う恐怖が悟浄の身を震わせる。
(あー……ダメだこりゃ…重症だわ…)
足元に溜まった吸い殻にまた一本を加え、赤い光を踏み潰した。
(らしくねーなぁ、全く……溜まってんのかね…)
巫山戯て嘆息してみても、酷く冷静なもう一人の自分が耳元で囁く。
「……へーへー、わかってるっつーの」
独り言ちて深く、息を吸い込む。
そして、止める。
パンッッ!!
力一杯、両の掌で打った頬がじわりと熱を持って痛んだ。
吐き出した息は、ほんの少し淀みを失くしたような気がして。
拳で二回、胸を叩く。
「―――っし。戻るか」
伸びをし、遠く微かに光の漏れる洞窟に向け歩き出した。
「―――うぉっ!ビビった…」
洞窟へと入る手前、視界の隅で煌めいた金糸に目を遣った悟浄が二度見して声を上げる。
「こんなとこでなぁにしてんのよ…」
岩を背に腰を下ろしていた三蔵が一瞥を投げてきた。
「一服しに出てきただけだ。中だと煙が籠もるからな」
その足元に転がる、一服どころではない吸い殻に視線を落とす。
「……もしかして、俺のこと待ってた?」
「なわけねーだろが。殺すぞ」
返される相変わらずの悪態に息を零しながら、何とはなしにその隣へと腰を下ろした。
「……おい」
「まぁいいじゃないの。――ほれ」
鬱陶しそうに眉を上げた三蔵に、煙草を差し出す。
怪訝な顔で、しかし黙って一本を引き抜くと、差し出された炎で火を着けた。
沈黙に二筋の煙が上って暫く。
「―――便所にしては随分長かったな」
含みのある物言いで三蔵が口を開いた。
悟浄がふうと煙を吐き出し答える。
「――最近どうにも便秘気味でねぇ…。おたくもでしょ」
「お前と一緒にするな」
「あら、三蔵サマは快便?今朝はとてもそうは見えなかったケド」
「貴様…」
三蔵が目に角を立てるも素知らぬ顔で煙を目で追う。
暫くして煙草を地面で揉み消し、立ち上がると
「―――渡す気、ねぇから」
まるで独り言のように呟いた。
「……あ?」
「お前にも、誰にもな」
いつになく真剣な眼差しが三蔵に突き刺さる。
三蔵が言葉を失くしている間に悟浄は洞窟内へと姿を消した。
虚空を睨み付ける三蔵の指から、静かに紫煙が立ち上っていた。
「あ、悟浄。おかえり」
洞窟内、声を掛けたのは仰向けでジープと戯れている悟空だった。
「おう―――って、なんでだよ…」
既に夜も更けた頃。起きて待っててほしいなどと過ぎた望みはなくとも、別の男の胸で眠る寝顔に出迎えられれば自然と漏れる溜息、落ちる肩。
がっくりと膝を着いた悟浄に、
「八戒が名無子に添い寝してって頼んだから?」
あっけらかんと悟空が答えた。
時は少し遡る―――
「二人共戻って来ねーなぁ」
空になった缶詰を前に、悟空が誰にともなく零した。
「放っておけばいいんですよ。今は頭を冷やす時間が必要なんでしょう」
「……大丈夫かな」
「ふふっ、名無子は優しいですね。大丈夫。その内けろっとして戻ってきますよ」
「二人共、何か変だったよな?八戒、何か知ってんの??」
「さぁ、どうでしょうか。不治の病にでも罹ったのかもしれませんね」
「富士の病って??富士山??」
「治らないって意味ですよ、悟空」
そんなとりとめもない話を交わす中、八戒が名無子に向け言った。
「そうだ名無子、ちょっとお願いがあるんですけど」
「お願い?うん、いいよ」
中身を聞くまでもなく嬉しそうに承諾した名無子に苦笑い。
「名無子、こういう時は最後まで聞いてから答えた方がいいですよ?」
「そーだぞ名無子。全身に経書かせろとか言われるかもしんねーんだからな!」
「流石に名無子にはそんなお願いしませんよ…」
「八戒には服も直してもらったし、いつもお世話になってるからできることなら何でもするよ?何??」
どことなく期待に満ちた顔で問われ、少しだけ良心の呵責を覚えた八戒だったが構わず続けた。
「添い寝、してくれませんか?」
「……ん?」
にこやかな笑みが繰り出した予期せぬ願い事に名無子の瞳が瞬き、隣で悟空がお茶を吹き出した。
「うん、いいけど…どうしたの?悟浄みたい」
「あはは。かなり心外ですが致し方ないですねぇ。いえ、単にそうしたかっただけです。深い意味はありませんよ」
そう言って笑いながら、八戒はメモを取り出しペンを走らせると、その紙を二つに折って悟空へと手渡した。
「悟浄が戻ってきたら渡してください」
「う、うん…わかった…」
そして毛布を敷くと側臥位で腕を枕にし、もう片方の腕で傍らを叩く。
「柔らかいベッドじゃなくて恐縮ですが…はい、どうぞ」
「ん」
八戒の隣に名無子が仰向けで横になると毛布をかけ、その上に手を置いた。
「……これ、私が添い寝してもらってない?」
不思議そうな顔で疑問を呈した名無子に
「そうですか?まぁ気にしないでください。僕としては満足ですから」
眩しい程の笑みを浮かべ答える。
その圧力に返す言葉もなく、しかし八戒が良いと言うならばそれで良いかと切り替える。
「うん。じゃあ…おやすみ。悟空も。おやすみなさい」
「お、おう!おやすみ!」
「おやすみなさい」
「―――って感じで」
話を聞き終えた悟浄が拳を握り打ち震える。
「こんッッのやろ…人にはあんだけ言っておきながら……」
「で、これ、悟浄に渡せって預かったやつ」
「あぁ?見せろ!」
悟空の手から引っ手繰り、広げた紙切れには―――
『 つまらないことで落ち込んでいるからですよ 』
「っ!!?」
目を見開いた悟浄に
「何て書いてあったの?」
届けられた囁くような声は下方から。
「名無子!?」
「しーっ。八戒起きちゃう」
声を跳ねさせた悟浄に、名無子が人差し指を口元に当て諌めた。
脇から紙片を覗き込む悟空を掌で押し退けながら、
「いや、何も……悟空、お前も見てねぇよな!?」
「見てねーって。で、何て書いてあんの??」
「た、大したことじゃねーよ…それより名無子ちゃん、起きてたの?」
声を潜め、話を逸らす。
「うん。うとうと?はしてた。おかえり、悟浄」
柔らかな笑みに心は容易く解け、悔しいながらも八戒の言うとおりだと痛感する。
「あぁ、ただいま。俺がいなくて寂しかった?」
さっきまでとは打って変わってふやけた顔の悟浄に、悟空が横から茶々を入れてきた。
「ぜーんぜん。寧ろ静かで良かった」
「お前には聞いてねえわ!!」
「しーっ!」
再びの名無子からの警告に悟浄は両手で口を塞いだ。
その様子を笑って
「寂しかったよ、悟浄」
名無子が答える。
それだけで喜びに震える胸を、悟浄は抑えることはできなかった。
「―――名無子。やっぱ俺、名無子のこと好きだわ」
コップの縁から水が溢れるように、言葉が零れる。
少しだけ丸く見開かれた瞳はすぐに三日月を描き、
「うん。私も好きだよ」
何の躊躇いもなくそう返してきた。
穏やかな春陽に包まれたような感覚が全身に広がり、悟浄を満たしていく。
今日はこのまま誰にも邪魔されずに眠りたいと、悟浄は名無子の傍らに横たわった。
「―――俺も寝よ。名無子ちゃん、手貸して」
言って、八戒がいる側の名無子の手を取り、指を絡める。
素直に握り返してくる熱が悟浄の頬を一層綻ばせた。
「そこで寝んのかよ…てか名無子狭くね?」
呆れ顔で心配を口にする悟空に
「大丈夫。右も左もあったかい」
と答え、嬉しそうに笑って目を閉じる。
その笑顔を見ていると、悟空にも眠気が襲ってきて。
「んじゃいーや。おやすみ」
「うん。おやすみ」
「おー。おやすみー」
重ねた挨拶。安らかな寝息はやがて洞窟内を満たしていった。