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もし高杉晋作が高校の同級生だったら

 高杉晋作という男を一言で表すのなら何だろうか。

 自由奔放。

 闊達自在。

 面白いことが第一で、それ以外は二の次三の次。

 間違いなくあらゆる才能にあふれているはずなのに、面白くなければ気が乗らないので高校時代の成績はS判定かE判定の両極端。そもそもテストにすら参加していない時もあった。

 私はそんな彼の高校時代のクラスメイトだった。

 彼と深い接点があったわけではない。

 というか、彼はとにかく目立つタイプの男子で、私のような地味な性格をしている女子でも一度や二度は深く会話をしたことがあるような存在だった。そして、その地味な女子全員が彼との数少ない会話を特別な思い出として捉えている。

 そう、彼はそういう意味で勘違いをさせる天才なのだ。





「……とかいう噂が流れているようだが、君はどう思う!?」

 飲んでいたシェイクをダンッとカウンターに叩きつけながら叫んでいるのは高杉晋作27歳。高校を卒業後、進学を選ばずに姿を眩ませた謎多き自由人だ。

 私たちが座っているのはファストフード店の窓に面したカウンター席。私は憤慨する高杉に対し、同じくシェイクをすすりながら答える。

「まあ……事実なので」

「何が事実なものか! 僕がいつ、そんな無責任な種馬のような真似をしたっていうんだ!?」

「息をするようにしていた気が……」

「そんなわけな……いや、どうなんだ若き日の僕。やってたのか僕」

「あはは……」

 引いた笑いを浮かべるも、高杉は悶々と考え込むばかりだ。

 そもそも現在の私と高杉に接点はない。こうして顔を合わせるのも、高校卒業以来初めてのことだ。

 そんな私たちがなぜファストフード店で並んでシェイクをすすっているかというと――

「なんだなんだ、君が雨の中、傘も差さずにとぼとぼ歩いているから声をかけてやったというのに、こんな仕打ちはないんじゃないか?」

「それはまあ、はい、ありがとうございます……」

 学生時代の顔見知りが落ち込んで歩いているところを見つけた高杉が、気を回して声をかけてくれたという次第だ。

 そういうところが勘違いをさせる要因なのだが、きっと指摘しても彼は認めようとしないだろう。

「で、一体何があったんだ? 今日の僕は機嫌がいいからな。特別にことの成り行きだけは聞いてやろうじゃないか」

「そういうところが勘違いされると思うんだけど……」

「なんだとぉ? 人の善意をなんだと思ってるんだ! 不愉快だぞ!」

 一応指摘してみたが、案の定高杉は怒ってしまった。

 ぷんぷんと腹を立てる彼の仕草は、高校時代となんら変わっていない。遅めの成長期があったのかかなり背は伸びているが、髪型も昔と同じ黒のマッシュルームヘアのままだ。

「……なんだ、そんなに人の顔を見つめて? 確かに僕は長州一の色男だが、そこまで見つめられるとさすがに照れてしまうぞ」

 そう言いながら高杉は僅かに顔を上気させて、目をそらして唇を尖らせる。本人にその気はないのだろうが、好意を持つ人間が見たら間違いなく勘違いする表情だ。

 私はといえば彼に対しての感情はフラットなものだったので、見つめてしまったことへの申し訳なさに視線を落とすだけで済んだ。

「ごめんなさい。ただちょっと……変わらないなと思って」

「変わらない?」

「うん。昔から高杉くんってそうやって周りに気を回すのが上手だったじゃない? ほら、隣のクラスのSくんとかOくんとかが色々とやらかしたときもうまく取りなしてたし」

 誤魔化すように笑いながら言うと、高杉は目をぱちくりさせた後、自分の髪をいじりはじめた。

「ふーん、昔、ねえ」

「ご、ごめん、話したくないことでもあった?」

 私の問いかけに高杉はとんとんと耳の下あたりを指で叩いた後、ころりと笑顔になった。

「いや? ちょっと郷愁に浸っちゃっただけだよ。むしろ思い出話は大歓迎だね」

「そう? ならいいんだけど……」

「そんなことより僕が聞きたいのは君の現状だよ。結局、君はどうして雨の中泣きべそかきながら歩いていたんだ?」

「ああうん、そのことだよね……」

 私がうだうだと時間稼ぎをしていることは見え透いていたのだろう。不機嫌そうにむっとしながら高杉はカウンターに肘をつく。

「ちょっと恥ずかしい話なんだけど、聞いてくれる?」

「いいとも。弱った女性の話に耳を貸さないなんて長州男児の名が廃るね」

「あはは、何それ」

 妙な言い回しに笑ってしまったが、逆に緊張はそれでほぐれたようでずっと話すのをためらっていた事情を私は口にする。

「実は……今まで勤めていたところがなくなっちゃって」

「へえ。どんなところだったんだ?」

「ちょっと大きめの商社の子会社だよ。ほら、ニュースで見なかった?」

「ああ、M商事だっけ。たしか、不祥事が発覚して会社が傾いたとか」

「うん、よくは知らないんだけど、その原因の一端がうちの会社にあったみたいでね。会社都合で社員は総入れ替え。もう残ってるのは名前だけで、中身は別の会社になるみたい」

「ふーん、そりゃあ大変だ」

 真面目な話すぎてつまらなかったのか、興味なさそうに高杉は相づちを打つ。そして、耳の下をとんとんとまた叩いた後、にこりと私に笑いかけた。

「君はさ、その不祥事について本当に何も知らないのか? 知ってそうな同僚の心当たりとか」

「……野次馬ならやめておいたほうがいいよ。噂によると、ヤのつく方々が関係してるらしいし」

「なるほど、君はその噂を聞く伝手はあるんだな」

 うんうんと何かに納得したような顔をすると、高杉はにぃーっと悪巧みをする狐のように目を細めた。

「よし。君、うちの会社で働かない?」

「え?」

「どうせ行くところもないんだろう? ちょうど雑用が一人ほしかったんだよなー。よし、決まり! 君は今日からうちの社員だ!」

「ち、ちょっと、うちの社員って……どこの!?」

 トントン拍子に勝手に決まっていきそうな話をなんとか遮り、私は立ち上がる。高杉はきょとんと目を丸くした。

「君こそニュースを見ていないのか? 新進気鋭の名物社長が運営する大企業なんて、最近のニュースでは毎週のように流れているだろうに」

 そう言いながら高杉は窓の外を指さす。特大広告を貼り付けたバスがちょうど信号で止まったところだった。

 そこに笑顔で映ってピースをしている派手な男の顔は――今、目の前でシェイクのストローを噛みながら両手でピースをしている男と一致している。

「ま、まさか……高杉重工って……」

「うん。僕の会社」

「で、でも……」

 広告の彼と目の前の彼を見比べて、私は大声を上げる。

「髪型違うけど!?」

「ああ、あれはウィッグだよウィッグ。トップは派手なほうがいいからね」

 ひらひらと面倒そうに高杉は答える。

 そして、ずぞぞぞぞっとシェイクの残りを飲み干すと、開いた口がふさがらない私に高杉は名刺を手渡してきた。

「じゃあ明日からここに出勤してね。我が社の雑用くん?」
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