狗巻棘
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ど、どうしよう。
両手首を掴んで私を見下ろすのは紫の瞳。拘束から逃れようと身を捩れば、許さないとでもいうように手首を掴む力が強くなる。
「おかか」
咎めるように棘くんが言う。耳元で囁かれてぴくりと肩を震わせると、彼が愉しげに目を細めるのが見えた。向けられる視線がやけに熱い。熱すぎて、気を抜いたら心ごと全部、溶かされてしまいそうだった。
***
「いくらぁー!」
聞こえてきたのはぱたぱたと弾む足音と私を呼び止める声。振り向くと棘くんがこちらに駆けて来るところだった。元気よく手を振って『待って〜』と向かってくる彼に、昨日観た動物番組(わんちゃんが木の棒を咥えて跳ねるように走るシーン)を思い出してしまったのは内緒だ。追いついた彼は上がった息を整えて、「こんぶ?」とある物を差し出す。可愛らしくラッピングされた長方形の箱だ。
「あ!」
見覚えのあるそれに私は慌てて持っていた紙袋の中を覗き込む。ギリギリ上まで詰めていたはずのそこにはちょうど棘くんの持っている箱が入りそうな空きが一つ。どうやら私は知らず知らずのうちに荷物を落としていたようで、それを棘くんが拾って追いかけて来てくれたらしい。
「ありがとー! 助かったよ」
「しゃけ。明太子?」
「これ? へへ、自分用。みんなには秘密ね」
紙袋の中身は全部チョコレートだった。それも贈り物ではなく自分用の。さすがにこんなにたくさん買っているのを知られるのは恥ずかしくて、シィーとジェスチャーすれば棘くんは「しゃけしゃけ」と頷いてくれた。
バレンタインが近いこの時期、大手百貨店ではチョコレートの特別催事が行われる。年に一度のこのお祭りはチョコレート好きの私にとって大変ありがたく、毎年限定品や新商品、気になるパッケージのものを手当たり次第買っているのだ。高専に入ってからは自由に使えるお金も増えて、年々紙袋が重たくなっている。幸せの重みだ。
「あ、棘くんたちの分は真希ちゃんと作るから安心してね」
「す、すじこ……」
何とも言えない表情をする棘くんからチョコレートの箱を受け取る。寮まであと少し。次は落とさないように気を付けなきゃと紙袋を持ち直すと、同時にビリッと嫌な音がした。
「高菜ー‼︎」
「ぎゃー‼︎」
無駄に広い校内に二人分の悲鳴がこだまする。けれど絶叫したところで状況は変わらない。
それなりにきちんとした作りになっている百貨店の紙袋の底が抜けた。私にとっては幸せの重みでも、紙袋からしたらそうではなかったらしい。もう無理と言わんばかりにカラフルな箱たちが地面に吐き出され、あまりのショックに私は膝から崩れ落ちた。うう、せっかく買ったのに。
「ツナツナ」
「え?」
慰めるようにぽんぽんと肩を叩かれて顔を上げる。目が合うと棘くんがにこりと笑って落ちた箱を拾い始めた。
「明太子」
「そっか、そうだよね」
落ちちゃったけど、箱はちょっと汚れちゃったけど、中身は大丈夫。そう棘くんに励まされ、ちょっとだけ元気が出る。二人で散らばった箱を拾い集め、そして棘くんは部屋に運ぶのまで付き合ってくれた。本当にいい人だなと思う。何かお礼をしたい、今の私にできることと言えば——。
「ねえ棘くん、よかったら一緒に食べない?」
両手に抱えたチョコレートの箱を軽く上げると、棘くんは何故だかすごく驚いた顔をしていた。
***
棘くんは部屋に入ってからずっとそわそわしていた。きょろきょろ辺りを見渡したり、どこに座ればいいの? と聞いてきたり。この前みんなでたこ焼きパーティーをしたばかりで、初めてじゃないはずなのに。好きに寛いでていいよと言うと「しゃけ」とテーブル近くにちょこんと腰を下ろしていた。こっちに向かって駆けてくるところは犬っぽいけど、こうして見ると借りてきた猫みたいだ。棘くんの意外な一面を知れたことを嬉しく思いながら二人分のカフェオレを淹れる。チョコレートに合う、甘さ控えめのカフェオレだ。ほこほこと湯気を立てるマグカップをテーブルに置き、今日の戦利品を二人で並べていく。棘くんは全部をテーブルにのせようと積み木みたいに頑張っていたけれど、「おかか〜」見事に崩していた。我ながらいっぱい買ったな。さてさて。
「では、開けますか!」
「しゃけ!」
お互いに気になった箱を手に取って開封する。私は買ってきたチョコレートの箱を開けるこの瞬間が堪らなく好きだ。子どもの頃の、クリスマスプレゼントを開けるのに似たあの感覚。中身がわかっていてもわくわくする。
「ん〜おいしい!」
私が最初に開けたのは有名店の生チョコだ。口に入れた瞬間にチョコレートがほどけるように溶けていき、頬っぺたが落ちるとはまさにこのことだ。棘くんのはフルーツにチョコを染み込ませたもののようで、お気に召したのか目がキラキラしている。喜んでもらえたみたいでよかった。幸せそうな顔を見ているとこっちまでにやけてしまう。
開けて食べて、交換しては次のを開けて。チョコの甘さはカフェオレが打ち消してくれるので、いくらでも食べられるなと次の箱に手を伸ばす。と、突然「おかか!」と棘くんがそれを制止した。
「どうしたの?」
「こんぶ、明太子」
ぐっと拳が突き出され、上下に揺れる。
「じゃんけん?」
「しゃーけ」
もしかしてこの箱、開けたかったのかな。譲ってもよかったのだけど、棘くんはじゃんけんする気満々のようで、私もそれに乗っかることにした。
「最初はグー、じゃんけん……」
「すじこ」
やった、私の勝ち! ついガッツポーズをすると棘くんはつまらなそうに眉根を寄せた。そして、
「待って待って、何で脱ぐの⁈」
「ツナマヨ?」
さも当然という顔で棘くんが上着を脱ぐものだから私がおかしいのかと思ったが、そんなはずはない。「部屋暑い?」「おかか」暖房の効きすぎでもない、と。じゃあどうして、と聞くより先に「明太子」と再び目の前で拳が揺れる。
「わかったからとりあえず先に服着て」
「おかか!」
「えぇー」
何を言っても棘くんは首を横に振るばかりで頑なに服を着てくれなかった。こうなると棘くんは本当に頑固だ。仕方なくじゃんけんに応じるとまた私が勝ってしまい、インナーを脱ごうとするので慌てて止めに入る。
「おーかーかー」
「さすがにダメだって……!」
止めようと頑張ったけど無理だった。かわいく見えても彼は高校生の男の子。力で敵うはずもなく、下手したら服が破れる可能性もあった。諦めて手を離すと妨害のなくなった棘くんはあっさり服を脱ぎ捨てて満足そうに「しゃけ」と無邪気に笑った。全然よくない。
「明太子」
「いや、む、無理!」
目の前に上半身裸の男の子がいて顔すら上げられないのに、じゃんけんなんて……。というか、今更気付いたけどこれはただのじゃんけんじゃなくて野球拳だ。どうしてこうなったかは一先ず置いておくとして、もし次も私が勝ってしまったら大変なことになる。五条先生に見つかりでもしたらそれはそれは恐ろしいことに——。最悪の未来にゾッとして、二人きりの状況だけでも打開しようとパンダくんたちを呼びに行こうとした時だった。
「おかか」
聞き慣れた棘くんの声には違いないのに、その声の低さに絡め取られるような心地がした。呪言じゃないのに時間が止まったみたいに動けなくなって、そのまま抵抗する間もなく押し倒される。
「っ、棘くん、離して」
「おかか」
耳元で否定の言葉が囁かれる。両手首を掴まれて思うように動けない。じっと私を見下ろす棘くんはいつもの彼とはまるで別人で、やさしい彼はどこに行ってしまったのだろう。少し潤んだ熱っぽい瞳に自分が映っているのが見えて反射的に目を逸らした。その先に転がっていたのは赤い箱。あれはかわいいパッケージに一目惚れして買ったチョコだ。開けた記憶はないけど空っぽで、ボンボン……ショコラ——?
「棘くん、あれ食べた?」
「しゃけ! すじこ?」
「全部食べたことは怒ってないよ。それより今酔ってたりする?」
「おかかぁ」
酔ってるなこれは。よく見ずに買ってしまったけど、まさかアルコール入りだったとは。度数はそんなに高くないはずだから、棘くんは酔いやすい体質なのかもしれない。顔には全く出てないけど。
「もう逃げないから大丈夫だよ」
「高菜?」
「ほんとほんと。だからそろそろ起こしてほしいな」
「明太子!」
「じゃんけんで勝ったら? いいよ、負けないから。でも私が勝っても脱ぐの禁止ね」
「おか……しゃけ」
渋々といった感じで棘くんが頷く。これで私が勝っても問題はない。今まで二戦二勝。次も勝って、それで終わり! のはずが。
「しゃけしゃけ」
「待った今のなし!」
「おかか〜。高菜こんぶいくら」
そんなこと言われても、この状況では往生際だって悪くなる。これはただのじゃんけんではなく野球拳。だから勝っても大丈夫なようにしておいたのに、負けた時のことまで考えていなかった。何とか逃れようと抵抗するも、床に縫いとめるよう押さえつけられてあまり意味がなく、逆にきゅっと手首を強く掴み直されてしまった。
「しゃけ」
「だめ、待って。あっ……」
服を脱がそうとするりと中に入ってきた棘くんの手がほんの少し身体に触れた。ただそれだけのことなのに信じられないような声が出て、一気に顔が熱くなる。お願い、もうやめて、とふるふる首を振るも、棘くんはうっそりと目を細めるだけで、
「おかか」
私の涙の訴えは彼の言葉にやさしく甘く、否定されるのだった。
両手首を掴んで私を見下ろすのは紫の瞳。拘束から逃れようと身を捩れば、許さないとでもいうように手首を掴む力が強くなる。
「おかか」
咎めるように棘くんが言う。耳元で囁かれてぴくりと肩を震わせると、彼が愉しげに目を細めるのが見えた。向けられる視線がやけに熱い。熱すぎて、気を抜いたら心ごと全部、溶かされてしまいそうだった。
***
「いくらぁー!」
聞こえてきたのはぱたぱたと弾む足音と私を呼び止める声。振り向くと棘くんがこちらに駆けて来るところだった。元気よく手を振って『待って〜』と向かってくる彼に、昨日観た動物番組(わんちゃんが木の棒を咥えて跳ねるように走るシーン)を思い出してしまったのは内緒だ。追いついた彼は上がった息を整えて、「こんぶ?」とある物を差し出す。可愛らしくラッピングされた長方形の箱だ。
「あ!」
見覚えのあるそれに私は慌てて持っていた紙袋の中を覗き込む。ギリギリ上まで詰めていたはずのそこにはちょうど棘くんの持っている箱が入りそうな空きが一つ。どうやら私は知らず知らずのうちに荷物を落としていたようで、それを棘くんが拾って追いかけて来てくれたらしい。
「ありがとー! 助かったよ」
「しゃけ。明太子?」
「これ? へへ、自分用。みんなには秘密ね」
紙袋の中身は全部チョコレートだった。それも贈り物ではなく自分用の。さすがにこんなにたくさん買っているのを知られるのは恥ずかしくて、シィーとジェスチャーすれば棘くんは「しゃけしゃけ」と頷いてくれた。
バレンタインが近いこの時期、大手百貨店ではチョコレートの特別催事が行われる。年に一度のこのお祭りはチョコレート好きの私にとって大変ありがたく、毎年限定品や新商品、気になるパッケージのものを手当たり次第買っているのだ。高専に入ってからは自由に使えるお金も増えて、年々紙袋が重たくなっている。幸せの重みだ。
「あ、棘くんたちの分は真希ちゃんと作るから安心してね」
「す、すじこ……」
何とも言えない表情をする棘くんからチョコレートの箱を受け取る。寮まであと少し。次は落とさないように気を付けなきゃと紙袋を持ち直すと、同時にビリッと嫌な音がした。
「高菜ー‼︎」
「ぎゃー‼︎」
無駄に広い校内に二人分の悲鳴がこだまする。けれど絶叫したところで状況は変わらない。
それなりにきちんとした作りになっている百貨店の紙袋の底が抜けた。私にとっては幸せの重みでも、紙袋からしたらそうではなかったらしい。もう無理と言わんばかりにカラフルな箱たちが地面に吐き出され、あまりのショックに私は膝から崩れ落ちた。うう、せっかく買ったのに。
「ツナツナ」
「え?」
慰めるようにぽんぽんと肩を叩かれて顔を上げる。目が合うと棘くんがにこりと笑って落ちた箱を拾い始めた。
「明太子」
「そっか、そうだよね」
落ちちゃったけど、箱はちょっと汚れちゃったけど、中身は大丈夫。そう棘くんに励まされ、ちょっとだけ元気が出る。二人で散らばった箱を拾い集め、そして棘くんは部屋に運ぶのまで付き合ってくれた。本当にいい人だなと思う。何かお礼をしたい、今の私にできることと言えば——。
「ねえ棘くん、よかったら一緒に食べない?」
両手に抱えたチョコレートの箱を軽く上げると、棘くんは何故だかすごく驚いた顔をしていた。
***
棘くんは部屋に入ってからずっとそわそわしていた。きょろきょろ辺りを見渡したり、どこに座ればいいの? と聞いてきたり。この前みんなでたこ焼きパーティーをしたばかりで、初めてじゃないはずなのに。好きに寛いでていいよと言うと「しゃけ」とテーブル近くにちょこんと腰を下ろしていた。こっちに向かって駆けてくるところは犬っぽいけど、こうして見ると借りてきた猫みたいだ。棘くんの意外な一面を知れたことを嬉しく思いながら二人分のカフェオレを淹れる。チョコレートに合う、甘さ控えめのカフェオレだ。ほこほこと湯気を立てるマグカップをテーブルに置き、今日の戦利品を二人で並べていく。棘くんは全部をテーブルにのせようと積み木みたいに頑張っていたけれど、「おかか〜」見事に崩していた。我ながらいっぱい買ったな。さてさて。
「では、開けますか!」
「しゃけ!」
お互いに気になった箱を手に取って開封する。私は買ってきたチョコレートの箱を開けるこの瞬間が堪らなく好きだ。子どもの頃の、クリスマスプレゼントを開けるのに似たあの感覚。中身がわかっていてもわくわくする。
「ん〜おいしい!」
私が最初に開けたのは有名店の生チョコだ。口に入れた瞬間にチョコレートがほどけるように溶けていき、頬っぺたが落ちるとはまさにこのことだ。棘くんのはフルーツにチョコを染み込ませたもののようで、お気に召したのか目がキラキラしている。喜んでもらえたみたいでよかった。幸せそうな顔を見ているとこっちまでにやけてしまう。
開けて食べて、交換しては次のを開けて。チョコの甘さはカフェオレが打ち消してくれるので、いくらでも食べられるなと次の箱に手を伸ばす。と、突然「おかか!」と棘くんがそれを制止した。
「どうしたの?」
「こんぶ、明太子」
ぐっと拳が突き出され、上下に揺れる。
「じゃんけん?」
「しゃーけ」
もしかしてこの箱、開けたかったのかな。譲ってもよかったのだけど、棘くんはじゃんけんする気満々のようで、私もそれに乗っかることにした。
「最初はグー、じゃんけん……」
「すじこ」
やった、私の勝ち! ついガッツポーズをすると棘くんはつまらなそうに眉根を寄せた。そして、
「待って待って、何で脱ぐの⁈」
「ツナマヨ?」
さも当然という顔で棘くんが上着を脱ぐものだから私がおかしいのかと思ったが、そんなはずはない。「部屋暑い?」「おかか」暖房の効きすぎでもない、と。じゃあどうして、と聞くより先に「明太子」と再び目の前で拳が揺れる。
「わかったからとりあえず先に服着て」
「おかか!」
「えぇー」
何を言っても棘くんは首を横に振るばかりで頑なに服を着てくれなかった。こうなると棘くんは本当に頑固だ。仕方なくじゃんけんに応じるとまた私が勝ってしまい、インナーを脱ごうとするので慌てて止めに入る。
「おーかーかー」
「さすがにダメだって……!」
止めようと頑張ったけど無理だった。かわいく見えても彼は高校生の男の子。力で敵うはずもなく、下手したら服が破れる可能性もあった。諦めて手を離すと妨害のなくなった棘くんはあっさり服を脱ぎ捨てて満足そうに「しゃけ」と無邪気に笑った。全然よくない。
「明太子」
「いや、む、無理!」
目の前に上半身裸の男の子がいて顔すら上げられないのに、じゃんけんなんて……。というか、今更気付いたけどこれはただのじゃんけんじゃなくて野球拳だ。どうしてこうなったかは一先ず置いておくとして、もし次も私が勝ってしまったら大変なことになる。五条先生に見つかりでもしたらそれはそれは恐ろしいことに——。最悪の未来にゾッとして、二人きりの状況だけでも打開しようとパンダくんたちを呼びに行こうとした時だった。
「おかか」
聞き慣れた棘くんの声には違いないのに、その声の低さに絡め取られるような心地がした。呪言じゃないのに時間が止まったみたいに動けなくなって、そのまま抵抗する間もなく押し倒される。
「っ、棘くん、離して」
「おかか」
耳元で否定の言葉が囁かれる。両手首を掴まれて思うように動けない。じっと私を見下ろす棘くんはいつもの彼とはまるで別人で、やさしい彼はどこに行ってしまったのだろう。少し潤んだ熱っぽい瞳に自分が映っているのが見えて反射的に目を逸らした。その先に転がっていたのは赤い箱。あれはかわいいパッケージに一目惚れして買ったチョコだ。開けた記憶はないけど空っぽで、ボンボン……ショコラ——?
「棘くん、あれ食べた?」
「しゃけ! すじこ?」
「全部食べたことは怒ってないよ。それより今酔ってたりする?」
「おかかぁ」
酔ってるなこれは。よく見ずに買ってしまったけど、まさかアルコール入りだったとは。度数はそんなに高くないはずだから、棘くんは酔いやすい体質なのかもしれない。顔には全く出てないけど。
「もう逃げないから大丈夫だよ」
「高菜?」
「ほんとほんと。だからそろそろ起こしてほしいな」
「明太子!」
「じゃんけんで勝ったら? いいよ、負けないから。でも私が勝っても脱ぐの禁止ね」
「おか……しゃけ」
渋々といった感じで棘くんが頷く。これで私が勝っても問題はない。今まで二戦二勝。次も勝って、それで終わり! のはずが。
「しゃけしゃけ」
「待った今のなし!」
「おかか〜。高菜こんぶいくら」
そんなこと言われても、この状況では往生際だって悪くなる。これはただのじゃんけんではなく野球拳。だから勝っても大丈夫なようにしておいたのに、負けた時のことまで考えていなかった。何とか逃れようと抵抗するも、床に縫いとめるよう押さえつけられてあまり意味がなく、逆にきゅっと手首を強く掴み直されてしまった。
「しゃけ」
「だめ、待って。あっ……」
服を脱がそうとするりと中に入ってきた棘くんの手がほんの少し身体に触れた。ただそれだけのことなのに信じられないような声が出て、一気に顔が熱くなる。お願い、もうやめて、とふるふる首を振るも、棘くんはうっそりと目を細めるだけで、
「おかか」
私の涙の訴えは彼の言葉にやさしく甘く、否定されるのだった。