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隣に佇む彼がふぅー、と深く長く息を吐いた。
久方ぶりだけれど、変わらない紫煙の香り。私はそれから逃げるように「やめてよ」と顔を背けた。
「あれ、苦手でしたっけ?」
軽く首を傾けながら双奴くんが手にしていた煙管を揺らす。
「別に苦手じゃないけど、ここで吸わなくてもいいでしょ」
煙草の良さは私にはさっぱりわからないが、双奴くんの吸う煙管の香りは嫌いじゃない。けれどこんな真横で吸われては、煙が目に染みて仕方ないのだ。風向きもあってか、さっきからずっと全身に彼の吐く紫煙を浴びている。
「ああ、それは失礼しました」
「気をつけないとだめだよ。結命子さんにも言われない?」
私は双奴くんほどではないけれど、仕事でお世話になっている女性の姿を思い浮かべた。あの人ならきちんと彼を叱って……いや、彼女はそんなこと気にも留めないか。
「おかみさんといる時は、ちゃんと風下で吸うようにしてますから」
「そう。ならよかっ……ん?」
何だか聞き捨てならない台詞が聞こえた気がして思わず顔を顰める。それはつまり、私といる時はわざと煙がこちらに来るようにしているということでは。
「ちょっと、双奴くん!!」
ムッとして隣の彼を睨みつければ、双奴くんはもう我慢できないとばかりに吹き出した。
冷静沈着で仕事のできる霊能探偵として評価されているようだが、私からしてみれば彼は昔からイタズラ好きの悪ガキである。子どもの頃から何度くだらないことで揶揄われたことか。昔は二つ上の私のほうが上背もあったし力も強かったからやり返していたけれど、大人になった今では何をしても勝てないのが悔しい。
私の反撃がないのを知っている双奴くんはまだ微かに肩を震わせていた。結命子さんとともに伊勢での大仕事を終えたと聞いて労ってあげようと思ったけど、やめだ、やめやめ。私は足早に目的地に歩を進める。
「ちょ、待ってくださいよ」
「知ーらない! 人を揶揄って笑うような子には、せっかく教えてもらった美味しいレストランには連れてってあげません!」
「……それ、誰に教えてもらったんです?」
不意に腕を掴まれ、引き寄せられる。さっきとは打って変わって低く冷たい声音に、ごくりと喉が鳴った。
「誰って、お客さんだよ。昨日お祓いを頼んできたお偉いさん」
「どうせそいつ、海外の高そうな紙煙草を自慢げに吸うような若造でしょう。きっとまたすぐに色んなところで恨みを買ってきますよ」
双奴くんの言葉に私は目を丸くした。彼に透視能力はないはず。なのに依頼人の特徴をぴたりと言い当てたのだ。
起業したばかりの若社長である依頼人は女遊びが激しく、それが原因で命に関わるレベルの恨みを持った生霊を引き連れていた。お祓いを済ませた後に本人にそれを伝えても反省した様子はなく、むしろ煙草をふかしながら聞いてもいない女性関係の武勇伝とやらを語り続けたのだった。そして終いには「君ごときの給金では行けないような美味いレストランを知ってるんだ。この後どうだい?」と。
世はオカルトブーム、霊能力者の給金を舐めてもらっては困る。それなりに貯金はしているし、師匠からほんの二、三か月給料を前借りすればこの通り、私にだって行けないこともない。
というわけで、美味しいレストランの情報だけいただいて彼には丁重にお帰りいただいた。長時間話に付き合った代償として、いつも着ているお気に入りの外套は煙草臭くなってしまったけれど。
双奴くんが再び煙管に口を付けた。それから深く息を吸い、ふぅーとこちらに向かって煙を吐く。
「っ、けほっ、やめてってば!」
何でこんなことをするのかと涙目で訴えれば、双奴くんはうっすらと口元に笑みを浮かべて言った。
「さあ、何でだと思います?」
眉を下げ、困ったようなあきれたようなそんな表情。それが何を意味するのかわからなくて、私は首を傾げるばかりだった。
「そんなことより、行く予定のレストランこの先でしたよね」
「うん」
「早く行きましょう。お腹空きました」
全く、調子良いんだから。
私は肩をすくめて、双奴くんの隣に並んだ。歩くたびに揺れる外套にはすっかり煙草の匂いが染み付いていて、けれど昨日みたいに嫌な感じがしないのは、きっと慣れ親しんだ双奴くんのそれだからだろう。
久方ぶりだけれど、変わらない紫煙の香り。私はそれから逃げるように「やめてよ」と顔を背けた。
「あれ、苦手でしたっけ?」
軽く首を傾けながら双奴くんが手にしていた煙管を揺らす。
「別に苦手じゃないけど、ここで吸わなくてもいいでしょ」
煙草の良さは私にはさっぱりわからないが、双奴くんの吸う煙管の香りは嫌いじゃない。けれどこんな真横で吸われては、煙が目に染みて仕方ないのだ。風向きもあってか、さっきからずっと全身に彼の吐く紫煙を浴びている。
「ああ、それは失礼しました」
「気をつけないとだめだよ。結命子さんにも言われない?」
私は双奴くんほどではないけれど、仕事でお世話になっている女性の姿を思い浮かべた。あの人ならきちんと彼を叱って……いや、彼女はそんなこと気にも留めないか。
「おかみさんといる時は、ちゃんと風下で吸うようにしてますから」
「そう。ならよかっ……ん?」
何だか聞き捨てならない台詞が聞こえた気がして思わず顔を顰める。それはつまり、私といる時はわざと煙がこちらに来るようにしているということでは。
「ちょっと、双奴くん!!」
ムッとして隣の彼を睨みつければ、双奴くんはもう我慢できないとばかりに吹き出した。
冷静沈着で仕事のできる霊能探偵として評価されているようだが、私からしてみれば彼は昔からイタズラ好きの悪ガキである。子どもの頃から何度くだらないことで揶揄われたことか。昔は二つ上の私のほうが上背もあったし力も強かったからやり返していたけれど、大人になった今では何をしても勝てないのが悔しい。
私の反撃がないのを知っている双奴くんはまだ微かに肩を震わせていた。結命子さんとともに伊勢での大仕事を終えたと聞いて労ってあげようと思ったけど、やめだ、やめやめ。私は足早に目的地に歩を進める。
「ちょ、待ってくださいよ」
「知ーらない! 人を揶揄って笑うような子には、せっかく教えてもらった美味しいレストランには連れてってあげません!」
「……それ、誰に教えてもらったんです?」
不意に腕を掴まれ、引き寄せられる。さっきとは打って変わって低く冷たい声音に、ごくりと喉が鳴った。
「誰って、お客さんだよ。昨日お祓いを頼んできたお偉いさん」
「どうせそいつ、海外の高そうな紙煙草を自慢げに吸うような若造でしょう。きっとまたすぐに色んなところで恨みを買ってきますよ」
双奴くんの言葉に私は目を丸くした。彼に透視能力はないはず。なのに依頼人の特徴をぴたりと言い当てたのだ。
起業したばかりの若社長である依頼人は女遊びが激しく、それが原因で命に関わるレベルの恨みを持った生霊を引き連れていた。お祓いを済ませた後に本人にそれを伝えても反省した様子はなく、むしろ煙草をふかしながら聞いてもいない女性関係の武勇伝とやらを語り続けたのだった。そして終いには「君ごときの給金では行けないような美味いレストランを知ってるんだ。この後どうだい?」と。
世はオカルトブーム、霊能力者の給金を舐めてもらっては困る。それなりに貯金はしているし、師匠からほんの二、三か月給料を前借りすればこの通り、私にだって行けないこともない。
というわけで、美味しいレストランの情報だけいただいて彼には丁重にお帰りいただいた。長時間話に付き合った代償として、いつも着ているお気に入りの外套は煙草臭くなってしまったけれど。
双奴くんが再び煙管に口を付けた。それから深く息を吸い、ふぅーとこちらに向かって煙を吐く。
「っ、けほっ、やめてってば!」
何でこんなことをするのかと涙目で訴えれば、双奴くんはうっすらと口元に笑みを浮かべて言った。
「さあ、何でだと思います?」
眉を下げ、困ったようなあきれたようなそんな表情。それが何を意味するのかわからなくて、私は首を傾げるばかりだった。
「そんなことより、行く予定のレストランこの先でしたよね」
「うん」
「早く行きましょう。お腹空きました」
全く、調子良いんだから。
私は肩をすくめて、双奴くんの隣に並んだ。歩くたびに揺れる外套にはすっかり煙草の匂いが染み付いていて、けれど昨日みたいに嫌な感じがしないのは、きっと慣れ親しんだ双奴くんのそれだからだろう。
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