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「あの野郎、全然捕まらなくてよ」
そう話すのは約半年振りの再会となる海藤さんだ。豪快に笑う姿に懐かしさを覚えながら、私は淹れたてのコーヒーを彼の前に置いた。
神室町で探偵業をしている八神さんと海藤さんは杉浦くんたちの頼みでしばらくの間、ここ伊勢佐木異人町で一緒に仕事をすることになったらしい。
彼らは昨日こちらに来たようで、出先で用事を済ませた後に直帰した私は挨拶が今日になってしまった。それを詫びると海藤さんは「気にすんな」と笑って、昨日の、杉浦くんたちと再会した時の出来事について話してくれたのだ。
なんでも、挨拶がてら杉浦くんの肩を掴もうとしたら避けられて、その後もちょこまかと避けるものだから全く捕まらなかったのだとか。
(杉浦くん、久々に八神さんと海藤さんに会えてよっぽど嬉しかったんだろうな)
その場にいなかったはずなのに、昨日の光景が目に浮かぶようで思わずふふっと笑ってしまう。
「相変わらずすばしっこい奴だよ、あいつは。そうだ、お前さんも試しにやってみてくんねえか」
「え?」
試しに、とは。こてんと首を傾げる私に、海藤さんがにやりと笑う。
「やられっぱなしは性に合わねえ。だが俺じゃあ杉浦を捕まえられねえ。てなわけで、一丁嬢ちゃんがやってみてくれよ」
「私が、ですか?」
そんなの無理に決まっている。八神さんや海藤さんならまだしも、私は運動もそこまで得意ではない一般人。この横浜九十九課に勤めているのも調査員としてではなく、一事務員としてだ。そんな私が杉浦くんを捕まえるだなんてできるはずがない。
ぶんぶんと大きく左右に首を振る私に、海藤さんが「案外いけると思うんだがなあ」と付け加える。
「むむむ、無理ですよ!」
「んなこたねえって。もっと自信持てよ」
「うん、俺もいけると思うよ」
「だよな、ター坊!」
さっきまでこの場にいなかったはずの人の声がして顔を上げると、いつからいたのか事務所の入口に調査に出ていたはずの八神さんがもたれるようにして立っていた。その顔は心なしか楽しそうで、彼は私たちの話に加わるべく海藤さんの座っているソファの隣に腰掛けた。
「なんで二人ともそんなに自信満々なんですか」
「だって……」
「なあ」
二人して顔を見合わせて、さも当然とでもいうように頷く。
「そうだ! せっかくだし、賭けねえか?」
「いいねぇ。じゃあ君が杉浦を捕まえられたら杉浦に何か奢ってもらう。捕まえられなかったら君に何か奢ってもらうってのはどうかな」
「それ、賭けになってなくないですか?」
そしてもはや最初から負け戦なのでは。私が杉浦くんを捕まえられることなんて万に一つもないだろう。
「……あまり高すぎるものはやめてくださいね」
諦めたように溜め息を吐くと、海藤さんが豪快に笑い飛ばした。
「ははっ、やる前から何言ってんだ! 俺は嬢ちゃんが杉浦を捕まえるほうに賭けるぜ!」
「俺も」
何を奢ってもらおうかと話し始める二人をながめながら、私は財布にいくら入っていただろうと遠い目をしながら思い出すのだった。
***
「ん? 何だこれ」
さっきからメッセージアプリがポコポコ鳴っている。見れば相手は八神さんと海藤さんで、異人町にある高級中華やらお高い酒ばかりを扱うバーやらのURLが次々と送られてきていた。
「歓迎会なら昨日やったじゃん」
そう送り返すも既読スルー。返事の代わりにまた高そうな店のURLが追加された。
ーーこれは何かあるな。
探偵の勘、というわけではなく、あからさまに様子がおかしい。九十九君も今さっき用事があるって出かけちゃったし。そんなのないはずなのに。
そして、様子がおかしいといえばもう一つ。
「ねえ、〇〇ちゃん」
「は、はいっ」
書類整理をしていた彼女の肩がびくりと震えた。声も上擦っている。何てわかりやすい。
「見てよこれ。八神さんたちから変なメッセージが来るんだけど、〇〇ちゃんどう思う?」
「え、えー。何だろう。普段こっちに来ないから行きたいお店がいっぱいあるのかなぁ」
うわ、すごい棒読み。目も合わないし。彼女はとことん、嘘のつけない人間らしい。
その様子が面白くてもう少し見ていたい気もしたけれど、そろそろ八神さんたちを問い詰めようか。メッセージの通知も鬱陶しいし。
携帯端末をタップして八神さんに電話をかける。何度かコール音が鳴り、出る様子がないなと電話を切ろうとした瞬間、ぽふっと背中に柔らかな感触がした。
驚いて振り向けば、〇〇ちゃんが「やった!」と嬉しそうに笑いながら僕にぎゅっと抱きついている。
「……やった、はこっちの台詞なんだけど」
「え?」
「何でもない。で、これはどういう状況?」
「へへ、実は八神さんたちと賭けをしてて……」
ーーなるほど、そういうこと。
彼女はしてやったりと言わんばかりに笑っているけれど、僕はまんまと海藤さんにしてやられたわけだ。自分じゃ捕まえられないからって彼女を使うだなんて。しかもそれに八神さんまで乗っかったら敵うわけがない。
僕は携帯端末をポケットにしまい、くるりと振り返った。それからきょとんとこちらを見上げてくる彼女を正面からぎゅっと抱きしめ返す。
「えっ、ちょ、杉浦くん!?」
もう賭けは終わったのにと腕の中で慌てふためく彼女を無視して、さらにぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「ここには僕たちしかいないけど、誰が〇〇ちゃんが僕を捕まえたって証明するの?」
彼女の視線が彷徨う。それからすぐにハッとした様子で「確かに」と呟いた。
「ね。だから誰か来るまでちゃんと捕まえておかないと」
「でも……」
あんなに大胆な行動をした癖に今さら恥ずかしくなったらしい。彼女の顔がみるみる赤くなっていく。冷静になればそうだろう。付き合ってもいないのに異性に抱きついたのだから。ーーだからもう一押し。
「いいの? 今離したら僕逃げちゃうよ。八神さんたちから送られてきたお店、どこも高そうだったなあ」
そう言えば、彼女が「うっ……」と呻いてから僕の背中に手を伸ばした。さっきと比べればかなり控えめだったけれど、それでも彼女が抱きしめてくれたことには変わりない。
僕はその事実に満足しつつ、ドローンで一部始終を見ているであろう八神さんたちにありがたく奢らせていただくことにした。
そう話すのは約半年振りの再会となる海藤さんだ。豪快に笑う姿に懐かしさを覚えながら、私は淹れたてのコーヒーを彼の前に置いた。
神室町で探偵業をしている八神さんと海藤さんは杉浦くんたちの頼みでしばらくの間、ここ伊勢佐木異人町で一緒に仕事をすることになったらしい。
彼らは昨日こちらに来たようで、出先で用事を済ませた後に直帰した私は挨拶が今日になってしまった。それを詫びると海藤さんは「気にすんな」と笑って、昨日の、杉浦くんたちと再会した時の出来事について話してくれたのだ。
なんでも、挨拶がてら杉浦くんの肩を掴もうとしたら避けられて、その後もちょこまかと避けるものだから全く捕まらなかったのだとか。
(杉浦くん、久々に八神さんと海藤さんに会えてよっぽど嬉しかったんだろうな)
その場にいなかったはずなのに、昨日の光景が目に浮かぶようで思わずふふっと笑ってしまう。
「相変わらずすばしっこい奴だよ、あいつは。そうだ、お前さんも試しにやってみてくんねえか」
「え?」
試しに、とは。こてんと首を傾げる私に、海藤さんがにやりと笑う。
「やられっぱなしは性に合わねえ。だが俺じゃあ杉浦を捕まえられねえ。てなわけで、一丁嬢ちゃんがやってみてくれよ」
「私が、ですか?」
そんなの無理に決まっている。八神さんや海藤さんならまだしも、私は運動もそこまで得意ではない一般人。この横浜九十九課に勤めているのも調査員としてではなく、一事務員としてだ。そんな私が杉浦くんを捕まえるだなんてできるはずがない。
ぶんぶんと大きく左右に首を振る私に、海藤さんが「案外いけると思うんだがなあ」と付け加える。
「むむむ、無理ですよ!」
「んなこたねえって。もっと自信持てよ」
「うん、俺もいけると思うよ」
「だよな、ター坊!」
さっきまでこの場にいなかったはずの人の声がして顔を上げると、いつからいたのか事務所の入口に調査に出ていたはずの八神さんがもたれるようにして立っていた。その顔は心なしか楽しそうで、彼は私たちの話に加わるべく海藤さんの座っているソファの隣に腰掛けた。
「なんで二人ともそんなに自信満々なんですか」
「だって……」
「なあ」
二人して顔を見合わせて、さも当然とでもいうように頷く。
「そうだ! せっかくだし、賭けねえか?」
「いいねぇ。じゃあ君が杉浦を捕まえられたら杉浦に何か奢ってもらう。捕まえられなかったら君に何か奢ってもらうってのはどうかな」
「それ、賭けになってなくないですか?」
そしてもはや最初から負け戦なのでは。私が杉浦くんを捕まえられることなんて万に一つもないだろう。
「……あまり高すぎるものはやめてくださいね」
諦めたように溜め息を吐くと、海藤さんが豪快に笑い飛ばした。
「ははっ、やる前から何言ってんだ! 俺は嬢ちゃんが杉浦を捕まえるほうに賭けるぜ!」
「俺も」
何を奢ってもらおうかと話し始める二人をながめながら、私は財布にいくら入っていただろうと遠い目をしながら思い出すのだった。
***
「ん? 何だこれ」
さっきからメッセージアプリがポコポコ鳴っている。見れば相手は八神さんと海藤さんで、異人町にある高級中華やらお高い酒ばかりを扱うバーやらのURLが次々と送られてきていた。
「歓迎会なら昨日やったじゃん」
そう送り返すも既読スルー。返事の代わりにまた高そうな店のURLが追加された。
ーーこれは何かあるな。
探偵の勘、というわけではなく、あからさまに様子がおかしい。九十九君も今さっき用事があるって出かけちゃったし。そんなのないはずなのに。
そして、様子がおかしいといえばもう一つ。
「ねえ、〇〇ちゃん」
「は、はいっ」
書類整理をしていた彼女の肩がびくりと震えた。声も上擦っている。何てわかりやすい。
「見てよこれ。八神さんたちから変なメッセージが来るんだけど、〇〇ちゃんどう思う?」
「え、えー。何だろう。普段こっちに来ないから行きたいお店がいっぱいあるのかなぁ」
うわ、すごい棒読み。目も合わないし。彼女はとことん、嘘のつけない人間らしい。
その様子が面白くてもう少し見ていたい気もしたけれど、そろそろ八神さんたちを問い詰めようか。メッセージの通知も鬱陶しいし。
携帯端末をタップして八神さんに電話をかける。何度かコール音が鳴り、出る様子がないなと電話を切ろうとした瞬間、ぽふっと背中に柔らかな感触がした。
驚いて振り向けば、〇〇ちゃんが「やった!」と嬉しそうに笑いながら僕にぎゅっと抱きついている。
「……やった、はこっちの台詞なんだけど」
「え?」
「何でもない。で、これはどういう状況?」
「へへ、実は八神さんたちと賭けをしてて……」
ーーなるほど、そういうこと。
彼女はしてやったりと言わんばかりに笑っているけれど、僕はまんまと海藤さんにしてやられたわけだ。自分じゃ捕まえられないからって彼女を使うだなんて。しかもそれに八神さんまで乗っかったら敵うわけがない。
僕は携帯端末をポケットにしまい、くるりと振り返った。それからきょとんとこちらを見上げてくる彼女を正面からぎゅっと抱きしめ返す。
「えっ、ちょ、杉浦くん!?」
もう賭けは終わったのにと腕の中で慌てふためく彼女を無視して、さらにぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「ここには僕たちしかいないけど、誰が〇〇ちゃんが僕を捕まえたって証明するの?」
彼女の視線が彷徨う。それからすぐにハッとした様子で「確かに」と呟いた。
「ね。だから誰か来るまでちゃんと捕まえておかないと」
「でも……」
あんなに大胆な行動をした癖に今さら恥ずかしくなったらしい。彼女の顔がみるみる赤くなっていく。冷静になればそうだろう。付き合ってもいないのに異性に抱きついたのだから。ーーだからもう一押し。
「いいの? 今離したら僕逃げちゃうよ。八神さんたちから送られてきたお店、どこも高そうだったなあ」
そう言えば、彼女が「うっ……」と呻いてから僕の背中に手を伸ばした。さっきと比べればかなり控えめだったけれど、それでも彼女が抱きしめてくれたことには変わりない。
僕はその事実に満足しつつ、ドローンで一部始終を見ているであろう八神さんたちにありがたく奢らせていただくことにした。
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