ハズビンホテル
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膝の上でゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らすキーキーに目を細める。艶やかな毛並みを撫でる手を止めれば咎めるように長い尻尾が腕に絡みついてきて、つい笑ってしまった。
初めてここに来た頃はツンとつれない態度ばかりで姿を見せてくれることすら稀だったのに、随分と懐かれたものだ。まぁ、キーキーが懐くくらい、私がここに通い詰めているのもあるのだけれど。
『ねぇ、あなたもここで一緒に住まない?』
大きな瞳をキラキラさせて私の手を握る友人チャーリーの姿が目に浮かぶ。私はそんな彼女の懇願にも似た誘いを今まで何度も断ってきた。
ここは居心地が良くて好き。だけど、更生する資格なんて私にはないから、宿泊することは絶対にない。
私にはこの地獄がお似合いだ。痛いのも苦しいのもできれば味わいたくはないけれど、エクスターミネーションで死んでも仕方がないと思っている。後悔はしていないけれど、それだけのことを生前の私はしたのだ。そうだ、近々またエクスターミネーションがあると聞くし、いっそのことその時にーー。
そこまで考えてハッとする。気づけばさっきまでゴロゴロと喉を鳴らしていたキーキーがじっとこちらを見ていた。大きなひとつ目は心の奥底まで見透かすようで、思わずごくりと唾を飲む。
「キー……」
「みゃうん」
猫に何を言うつもりだったのか、それでも何か言わなければと思った私の言葉を遮るように、キーキーがひと鳴きする。それからするりと私の膝から降り立ってどこかへと行ってしまった。
さっきまでそこにあったぬくもりがなくなって、急に寂しくなる。ホテルにいつもより人がいないのもあるだろう。チャーリーたちに会いに来たのにタイミング悪く出かけていて、他のみんなも仕事だったり用事だったり。ニフティはさっきまでいたのだけど、ホテルに入り込んだ虫を追いかけて行ってそれきりだ。あの様子だと当分帰って来ないだろう。
(……私も、もう帰ろうかな)
誰もいないホテルにいたってつまらないし、意味はない。そう思ってため息を零した時だった。
ドン、と鈍い音が響いて、思わず顔を上げる。
そういえば、このひとがいたんだった。
ソファからちらりとバーカウンターに目を遣れば、酒瓶を傾けるハスクと目が合った。さっきの音は瓶を勢いよくカウンターに置いた音だったらしい。
誰もいない、は訂正しておこう。けれどだからどうしたという話だ。
ここに通うようになって随分経つけれど、ハスクとは面識がある程度。挨拶はすれど会話らしい会話はほとんどしたことがない。彼も彼でいつもお酒を飲んでいるだけだし、無愛想だし、何考えてるかよくわからないし。客でもない余所者の私といても楽しくはないだろう。
(よし、やっぱり帰ろう!)
そう決心してソファから立ち上がろうとした瞬間、視界にぬっと影が降ってきた。
「よぉ、嬢ちゃん。ちょっとそこ借りていいか」
「えっ」
伸びてきた影の正体はハスクだった。いつの間にこちらにやって来たのか、片手に酒瓶を持った彼は私に奥に行くよう促し、同じソファに腰を下ろす。向かいに一人用ソファもあるのにどうしてこっちに。私に用事でもあったのだろうか。
「えっと……」
「悪いな。柄にもなく酔っちまったみてぇだ」
そう言いながら酒を呷るひとを初めて見た。
「ああ、空になっちまったか」と残念そうに空瓶をテーブルに置く彼の横顔は、とてもじゃないけれど酔っているようには見えない。そもそもハスクはいつもお酒を飲んでいるけれど、羽目を外すような飲み方はしないひとだ。会話は成立するし、思考もちゃんとしている。そんな彼が「酔った」だなんて。あり得ない。けれど、わざわざそんな嘘をつく理由も見当たらない。
「……その、横になりたいんだが」
「ああ、どうぞ」
なんだ、そういうこと。恐らく彼は仕事をサボって(いつも仕事をしているとは言いがたいけれど)横になりたかっただけ。その理由に「酔った」を使いたかっただけなのだろう。ただ「寝たい」だと体裁が悪いから……いや「酔った」も大概か。
ハスクがソファで横になるのに私がいては足を伸ばせない。向かいの一人がけソファに移ってもいいけれど、特に話すこともないし、このまま帰るのが得策だろう。
そう思い腰を浮かしかけて、けれど不意に隣から伸びてきた手にそれを阻まれてしまった。突然のことに驚くより先に思いの外強い力に引っ張られ、ぽすんとソファに逆戻りする。
「……え、えっ!?」
ようやく声が出たのは、ハスクが私の膝にごろんと頭をのせた時だった。
「耳元で大きな声出すんじゃねぇよ。俺はちゃんと横になるって言ったし、嬢ちゃんもどうぞって言っただろ」
ふわふわの大きな耳が不機嫌そうにぴくぴくと揺れる。思わずごめんと謝りかけて、あれ私、悪くなくない? と口を噤んだ。
「私はソファを譲ろうとしただけで、膝枕するとは言ってないんだけど」
「おっと、そうだったか? まぁいいじゃねぇか。あの猫に貸すなら俺にも貸してくれたってよ」
猫扱いされることが嫌いなくせに、こういう時は都合のいいことを言う。私はひとつため息をついてから「高いよ」とハスクに告げた。
「何だよ、金でも取るつもりか。猫はタダだったじゃねぇか」
「キーキーからはちゃんと対価を貰ってる」
「何を」
「私の気が済むまで撫で撫でさせてもらった」
正確には私の気が済んだ上でさらにキーキーが満足するまで、だけど。私の言葉にハスクは黙り込んだ。さすがにそこまで猫扱いされるのは彼のプライドが許さないのだろう。
しかし返ってきたのは予想と真逆の答えだった。
「いいぜ。俺もおんなじで」
「い、いいの?」
「ああ。嬢ちゃんの好きなようにしていい」
にやりと口角を上げたハスクはそれだけ言うと目を閉じた。程なくして規則正しい寝息が聞こえてくる。
本当にいいのだろうか。私は眠るハスクに恐る恐る手を伸ばした。そっと触れると指先にキーキーより少し硬めの毛並みの感触が伝わってくる。耳の近くに触れようとすれば、無意識かもしれないけれど、ぴくぴくと大きな三角が何度も揺れた。
「ふふ、かわいい」
体温は意外にも高め。キーキーよりもあたたかい。それとやっぱりというか何というか、ちょっとお酒臭い。
一通り撫で終えて満足して手を止めると、特徴的な尾がたしたしとソファを叩いた。
「ハスク、もしかして起きてる?」
「……」
「起きてるよね」
「…………」
頑なに返事は返ってこなくて、けれど尻尾はいつまでも不機嫌に揺れていた。私は苦笑して、猫のような彼が満足するまでそのまま撫で続けた。
初めてここに来た頃はツンとつれない態度ばかりで姿を見せてくれることすら稀だったのに、随分と懐かれたものだ。まぁ、キーキーが懐くくらい、私がここに通い詰めているのもあるのだけれど。
『ねぇ、あなたもここで一緒に住まない?』
大きな瞳をキラキラさせて私の手を握る友人チャーリーの姿が目に浮かぶ。私はそんな彼女の懇願にも似た誘いを今まで何度も断ってきた。
ここは居心地が良くて好き。だけど、更生する資格なんて私にはないから、宿泊することは絶対にない。
私にはこの地獄がお似合いだ。痛いのも苦しいのもできれば味わいたくはないけれど、エクスターミネーションで死んでも仕方がないと思っている。後悔はしていないけれど、それだけのことを生前の私はしたのだ。そうだ、近々またエクスターミネーションがあると聞くし、いっそのことその時にーー。
そこまで考えてハッとする。気づけばさっきまでゴロゴロと喉を鳴らしていたキーキーがじっとこちらを見ていた。大きなひとつ目は心の奥底まで見透かすようで、思わずごくりと唾を飲む。
「キー……」
「みゃうん」
猫に何を言うつもりだったのか、それでも何か言わなければと思った私の言葉を遮るように、キーキーがひと鳴きする。それからするりと私の膝から降り立ってどこかへと行ってしまった。
さっきまでそこにあったぬくもりがなくなって、急に寂しくなる。ホテルにいつもより人がいないのもあるだろう。チャーリーたちに会いに来たのにタイミング悪く出かけていて、他のみんなも仕事だったり用事だったり。ニフティはさっきまでいたのだけど、ホテルに入り込んだ虫を追いかけて行ってそれきりだ。あの様子だと当分帰って来ないだろう。
(……私も、もう帰ろうかな)
誰もいないホテルにいたってつまらないし、意味はない。そう思ってため息を零した時だった。
ドン、と鈍い音が響いて、思わず顔を上げる。
そういえば、このひとがいたんだった。
ソファからちらりとバーカウンターに目を遣れば、酒瓶を傾けるハスクと目が合った。さっきの音は瓶を勢いよくカウンターに置いた音だったらしい。
誰もいない、は訂正しておこう。けれどだからどうしたという話だ。
ここに通うようになって随分経つけれど、ハスクとは面識がある程度。挨拶はすれど会話らしい会話はほとんどしたことがない。彼も彼でいつもお酒を飲んでいるだけだし、無愛想だし、何考えてるかよくわからないし。客でもない余所者の私といても楽しくはないだろう。
(よし、やっぱり帰ろう!)
そう決心してソファから立ち上がろうとした瞬間、視界にぬっと影が降ってきた。
「よぉ、嬢ちゃん。ちょっとそこ借りていいか」
「えっ」
伸びてきた影の正体はハスクだった。いつの間にこちらにやって来たのか、片手に酒瓶を持った彼は私に奥に行くよう促し、同じソファに腰を下ろす。向かいに一人用ソファもあるのにどうしてこっちに。私に用事でもあったのだろうか。
「えっと……」
「悪いな。柄にもなく酔っちまったみてぇだ」
そう言いながら酒を呷るひとを初めて見た。
「ああ、空になっちまったか」と残念そうに空瓶をテーブルに置く彼の横顔は、とてもじゃないけれど酔っているようには見えない。そもそもハスクはいつもお酒を飲んでいるけれど、羽目を外すような飲み方はしないひとだ。会話は成立するし、思考もちゃんとしている。そんな彼が「酔った」だなんて。あり得ない。けれど、わざわざそんな嘘をつく理由も見当たらない。
「……その、横になりたいんだが」
「ああ、どうぞ」
なんだ、そういうこと。恐らく彼は仕事をサボって(いつも仕事をしているとは言いがたいけれど)横になりたかっただけ。その理由に「酔った」を使いたかっただけなのだろう。ただ「寝たい」だと体裁が悪いから……いや「酔った」も大概か。
ハスクがソファで横になるのに私がいては足を伸ばせない。向かいの一人がけソファに移ってもいいけれど、特に話すこともないし、このまま帰るのが得策だろう。
そう思い腰を浮かしかけて、けれど不意に隣から伸びてきた手にそれを阻まれてしまった。突然のことに驚くより先に思いの外強い力に引っ張られ、ぽすんとソファに逆戻りする。
「……え、えっ!?」
ようやく声が出たのは、ハスクが私の膝にごろんと頭をのせた時だった。
「耳元で大きな声出すんじゃねぇよ。俺はちゃんと横になるって言ったし、嬢ちゃんもどうぞって言っただろ」
ふわふわの大きな耳が不機嫌そうにぴくぴくと揺れる。思わずごめんと謝りかけて、あれ私、悪くなくない? と口を噤んだ。
「私はソファを譲ろうとしただけで、膝枕するとは言ってないんだけど」
「おっと、そうだったか? まぁいいじゃねぇか。あの猫に貸すなら俺にも貸してくれたってよ」
猫扱いされることが嫌いなくせに、こういう時は都合のいいことを言う。私はひとつため息をついてから「高いよ」とハスクに告げた。
「何だよ、金でも取るつもりか。猫はタダだったじゃねぇか」
「キーキーからはちゃんと対価を貰ってる」
「何を」
「私の気が済むまで撫で撫でさせてもらった」
正確には私の気が済んだ上でさらにキーキーが満足するまで、だけど。私の言葉にハスクは黙り込んだ。さすがにそこまで猫扱いされるのは彼のプライドが許さないのだろう。
しかし返ってきたのは予想と真逆の答えだった。
「いいぜ。俺もおんなじで」
「い、いいの?」
「ああ。嬢ちゃんの好きなようにしていい」
にやりと口角を上げたハスクはそれだけ言うと目を閉じた。程なくして規則正しい寝息が聞こえてくる。
本当にいいのだろうか。私は眠るハスクに恐る恐る手を伸ばした。そっと触れると指先にキーキーより少し硬めの毛並みの感触が伝わってくる。耳の近くに触れようとすれば、無意識かもしれないけれど、ぴくぴくと大きな三角が何度も揺れた。
「ふふ、かわいい」
体温は意外にも高め。キーキーよりもあたたかい。それとやっぱりというか何というか、ちょっとお酒臭い。
一通り撫で終えて満足して手を止めると、特徴的な尾がたしたしとソファを叩いた。
「ハスク、もしかして起きてる?」
「……」
「起きてるよね」
「…………」
頑なに返事は返ってこなくて、けれど尻尾はいつまでも不機嫌に揺れていた。私は苦笑して、猫のような彼が満足するまでそのまま撫で続けた。
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