火鱗佐々木
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人気ラーメン店の店内は珍しくがらんとしていた。カウンターには一人で来ている男性客がぽつぽつと、間をあけて座っている。
「らっしゃい、何名様で?」
厨房から顔を覗かせた店員さんに向かってピースサイン。すると店員さんは「奥の席へどうぞ!」とにかっと笑った。一応メニュー表をめくるも、注文は店に入る前から決まっている。
「私味噌ラーメン。バターとコーンも追加しちゃお」
「俺もそれ。あとライス大盛りにする」
「うわ、めっちゃ食べるじゃん火鱗」
「いいだろ別に。腹減ってんだよ」
カウンター席の一番奥に二人並んで座り、店員さんに注文する。メニューには醤油や塩のラーメンも書かれているけれど、みんなが頼むのは一番人気の味噌ラーメンだ。濃いめのスープに中太の縮れ麺、たっぷりもやしにシャキシャキのネギ、歯応えのあるきくらげ、とろける大ぶりのチャーシュー。そこにバターとコーンを追加トッピングするのが私のお気に入りだ。カロリー? そんなの訓練の後だからゼロ!
程なくして「へい、おまち!」と店員さんが私たちの前にどんぶりを置いた。立ちのぼる湯気とともに漂う味噌の香りにごくりと喉が鳴る。
「いただきます!」
まずはスープから。うーん、これこれ! 訓練後の疲れた身体に味噌スープが沁み渡る。この濃い味噌味のスープが麺に絡んで美味しいんだ。ずずっと音を立てて麺を啜る。少しバターの溶けたところから麺を持ち上げて啜ると、味の違いに驚く。箸が止まらない。
ちらりと隣の火鱗を見ると、彼も夢中でラーメンを啜っていた。一口が大きいから私よりも食べるのが早い。大盛りのご飯にチャーシューと少しのスープをかけて、オリジナル丼まで作っていた。何それ美味しそう、一口欲しい。
ラーメンは伸びる前に食べるのが鉄則。それを私も火鱗も重々承知しているので、二人の間にはずずっと麺を啜る音だけが響ていた。麺を、具を、全て食べ終えるまでずっと無言。どんぶりを持ち上げて、スープを心ゆくまで堪能して、ほぅ、と息を吐いたところでフィニッシュだ。
満足して箸を置く。火鱗は替え玉までしていて、ちょうどそれを食べ終えたところだった。本当によく食べる。男の子の食べ盛りっていつまでなんだろう。
自身の空になったコップに水を注いで、ついでに火鱗のにも追加してやる。味の濃いものを食べた後は無性に喉が渇くものだ。ラーメンを食べ終えた彼はそれを受け取って、こくこくと喉を上下させつつぼんやりと外を眺めていた。火鱗の視線の先、店の外はいつにも増して眩い。
「気になる?」
「……別に」
本当に関心がない人間はそんな顔をしない。私は火鱗の視線を追うように外に顔を向け、街ゆく人々を目で追った。時刻は午後八時。それにしては人通りが多い。家族連れやカップル、恐らくケーキやチキンの入った箱を抱え帰路を急ぐサラリーマン。
当然と言えば当然かもしれない。今日は十二月二十四日。クリスマスイブ。
元々は、文献にもほとんど残っていない偉い人の誕生を祝う日だったという。しかし今では家族やカップルでご馳走を食べたり、プレゼントを交換する日になっていた。ああ、子どもたちにとっては、サンタクロースがプレゼントをくれる日か。
人気ラーメン店ががらがらだったのも、この影響があってだろう。クリスマスイブをラーメン屋で過ごすなんて話、そうそう聞かない。こんな日に店にいるのはきっと、クリスマスに縁遠い寂しい独り身か、洒落たディナーよりラーメンが好きな変わり者くらいだ。
「先輩は今頃、高級ホテルのディナーかな」
私の言葉にコップを置いた火鱗の指がぴくりと動く。
「それか最上階のバーで夜景を見てるか。あ、もしかしたら駅前のイルミネーション見てたりして」
コップの中でカラン、と氷が溶け落ちた。
「お前、何が言いてぇの?」
さっきまでぼんやりと外を眺めていた火鱗が急に顔を険しくして私を見る。
「別に」
その顔を見て、確信した。思わずにやけそうになるのを必死に堪える。
「私はただ、もし火鱗がフラれたなら慰めてやろうと思っただけだよ」
こんな日にラーメン屋に来るのは、寂しい独り身かラーメン好きの変わり者。そして私たちは二人とも、前者である。
「フラれてねえし」
フラれてねえ。火鱗は苦いものを吐き出すように繰り返した。
「今日空いてるか聞いたら、彼氏と出かけるって言われただけだ」
それはもうフラれたのでは。そう言ってしまいたかったけれど、火鱗はまだ認めたくないのだろう。告白したわけではないのだから。
「ふふ、ドンマイ火鱗。かわいそうにねえ」
「お前、全然思ってねえだろ」
「思ってる思ってる! だから今日は、傷心の火鱗くんのために私が奢ってしんぜよう」
「マジうぜー。さっきからずっと顔笑ってんだよお前」
「あはは、私が笑顔なのは生まれつきだからさ」
不貞腐れていつも以上に姿勢の悪い火鱗の背中をバシバシと叩くと、仕返しとばかりにデコピンされた。
火鱗の好きな人は、私たちの所属する第四の先輩だ。美人で強くて、何でもできるすごい人。ただ一点だけ欠点があるとすれば、男を見る目が致命的にないこと。ダメ男ばかり好きになって、恋に苦しんで、この前も休憩中に泣いていた。でも火鱗の誘いを断ったということは、元サヤに戻ったのだろう。
先輩は本当に男を見る目がない。そしてできれば、これからもそのままでいてほしい。
「てかお前はどうなんだよ。彼氏とか、好きなやつとかいねぇの?」
「私? 好きな人はいるよ」
「は⁈ マジかよ、誰?」
「内緒。火鱗には絶対言わない」
「何だよそれ、意味わかんねー」
わからなくていい。寧ろわかられては困る。これ以上この話題を続けたくなくて、私は伝票を持ってレジへと向かった。
「お会計が……と、お二人はカップルですか? 今日明日とクリスマスでカップル割してるんですけど」
そう言って店員さんが私たちを見た。にこにこと笑う彼に、私たちはどう見えているのだろう。
「いや、俺らは……」
「はい! カップルなんで割引お願いします!」
火鱗が否定するより先にそれっぽく腕を組む。それを見た店員さんは納得してくれたようで、ひとつ大きく頷くとレジを叩き始めた。
「おい!」
火鱗は不服そうだ。カップルのフリが、というより、嘘を吐くのが納得いかないらしい。彼の性格上そんな気はしていたが。
「払うのは私なんだし、安く済むならそれでいいでしょ」
今日は私の奢りだから、文句は言わせない。店員さんに聞こえないようこっそりそう耳打ちすると、火鱗はまだ何が言いたげだったが飲み込んでくれたようだ。
「あー、美味しかった!」
店を出ると、冬の寒さが一気に襲いかかってきた。店員さんに怪しまれぬよう、火鱗とは腕を組んだままだ。けれどそれももういいだろう。店から少し離れたところで手を離す。
「なあ」
「ん?」
「お前がフラれたら、今度は俺が奢ってやるから」
君がそれを言うか。
好きな人本人に真面目な顔でそんなことを言われると、さすがの私も胸が痛む。
「別にいい」
「何でだよ。人がせっかく……」
「火鱗にそんなこと求めてないから」
「はぁ⁈」
私が君に求めているのは傷の舐め合いなんかじゃなく君自身だと、今ここで言えたらどんなにいいだろう。でも言ったところで結果は見えている。今はまだ、私は彼の目に映っていない。
「らっしゃい、何名様で?」
厨房から顔を覗かせた店員さんに向かってピースサイン。すると店員さんは「奥の席へどうぞ!」とにかっと笑った。一応メニュー表をめくるも、注文は店に入る前から決まっている。
「私味噌ラーメン。バターとコーンも追加しちゃお」
「俺もそれ。あとライス大盛りにする」
「うわ、めっちゃ食べるじゃん火鱗」
「いいだろ別に。腹減ってんだよ」
カウンター席の一番奥に二人並んで座り、店員さんに注文する。メニューには醤油や塩のラーメンも書かれているけれど、みんなが頼むのは一番人気の味噌ラーメンだ。濃いめのスープに中太の縮れ麺、たっぷりもやしにシャキシャキのネギ、歯応えのあるきくらげ、とろける大ぶりのチャーシュー。そこにバターとコーンを追加トッピングするのが私のお気に入りだ。カロリー? そんなの訓練の後だからゼロ!
程なくして「へい、おまち!」と店員さんが私たちの前にどんぶりを置いた。立ちのぼる湯気とともに漂う味噌の香りにごくりと喉が鳴る。
「いただきます!」
まずはスープから。うーん、これこれ! 訓練後の疲れた身体に味噌スープが沁み渡る。この濃い味噌味のスープが麺に絡んで美味しいんだ。ずずっと音を立てて麺を啜る。少しバターの溶けたところから麺を持ち上げて啜ると、味の違いに驚く。箸が止まらない。
ちらりと隣の火鱗を見ると、彼も夢中でラーメンを啜っていた。一口が大きいから私よりも食べるのが早い。大盛りのご飯にチャーシューと少しのスープをかけて、オリジナル丼まで作っていた。何それ美味しそう、一口欲しい。
ラーメンは伸びる前に食べるのが鉄則。それを私も火鱗も重々承知しているので、二人の間にはずずっと麺を啜る音だけが響ていた。麺を、具を、全て食べ終えるまでずっと無言。どんぶりを持ち上げて、スープを心ゆくまで堪能して、ほぅ、と息を吐いたところでフィニッシュだ。
満足して箸を置く。火鱗は替え玉までしていて、ちょうどそれを食べ終えたところだった。本当によく食べる。男の子の食べ盛りっていつまでなんだろう。
自身の空になったコップに水を注いで、ついでに火鱗のにも追加してやる。味の濃いものを食べた後は無性に喉が渇くものだ。ラーメンを食べ終えた彼はそれを受け取って、こくこくと喉を上下させつつぼんやりと外を眺めていた。火鱗の視線の先、店の外はいつにも増して眩い。
「気になる?」
「……別に」
本当に関心がない人間はそんな顔をしない。私は火鱗の視線を追うように外に顔を向け、街ゆく人々を目で追った。時刻は午後八時。それにしては人通りが多い。家族連れやカップル、恐らくケーキやチキンの入った箱を抱え帰路を急ぐサラリーマン。
当然と言えば当然かもしれない。今日は十二月二十四日。クリスマスイブ。
元々は、文献にもほとんど残っていない偉い人の誕生を祝う日だったという。しかし今では家族やカップルでご馳走を食べたり、プレゼントを交換する日になっていた。ああ、子どもたちにとっては、サンタクロースがプレゼントをくれる日か。
人気ラーメン店ががらがらだったのも、この影響があってだろう。クリスマスイブをラーメン屋で過ごすなんて話、そうそう聞かない。こんな日に店にいるのはきっと、クリスマスに縁遠い寂しい独り身か、洒落たディナーよりラーメンが好きな変わり者くらいだ。
「先輩は今頃、高級ホテルのディナーかな」
私の言葉にコップを置いた火鱗の指がぴくりと動く。
「それか最上階のバーで夜景を見てるか。あ、もしかしたら駅前のイルミネーション見てたりして」
コップの中でカラン、と氷が溶け落ちた。
「お前、何が言いてぇの?」
さっきまでぼんやりと外を眺めていた火鱗が急に顔を険しくして私を見る。
「別に」
その顔を見て、確信した。思わずにやけそうになるのを必死に堪える。
「私はただ、もし火鱗がフラれたなら慰めてやろうと思っただけだよ」
こんな日にラーメン屋に来るのは、寂しい独り身かラーメン好きの変わり者。そして私たちは二人とも、前者である。
「フラれてねえし」
フラれてねえ。火鱗は苦いものを吐き出すように繰り返した。
「今日空いてるか聞いたら、彼氏と出かけるって言われただけだ」
それはもうフラれたのでは。そう言ってしまいたかったけれど、火鱗はまだ認めたくないのだろう。告白したわけではないのだから。
「ふふ、ドンマイ火鱗。かわいそうにねえ」
「お前、全然思ってねえだろ」
「思ってる思ってる! だから今日は、傷心の火鱗くんのために私が奢ってしんぜよう」
「マジうぜー。さっきからずっと顔笑ってんだよお前」
「あはは、私が笑顔なのは生まれつきだからさ」
不貞腐れていつも以上に姿勢の悪い火鱗の背中をバシバシと叩くと、仕返しとばかりにデコピンされた。
火鱗の好きな人は、私たちの所属する第四の先輩だ。美人で強くて、何でもできるすごい人。ただ一点だけ欠点があるとすれば、男を見る目が致命的にないこと。ダメ男ばかり好きになって、恋に苦しんで、この前も休憩中に泣いていた。でも火鱗の誘いを断ったということは、元サヤに戻ったのだろう。
先輩は本当に男を見る目がない。そしてできれば、これからもそのままでいてほしい。
「てかお前はどうなんだよ。彼氏とか、好きなやつとかいねぇの?」
「私? 好きな人はいるよ」
「は⁈ マジかよ、誰?」
「内緒。火鱗には絶対言わない」
「何だよそれ、意味わかんねー」
わからなくていい。寧ろわかられては困る。これ以上この話題を続けたくなくて、私は伝票を持ってレジへと向かった。
「お会計が……と、お二人はカップルですか? 今日明日とクリスマスでカップル割してるんですけど」
そう言って店員さんが私たちを見た。にこにこと笑う彼に、私たちはどう見えているのだろう。
「いや、俺らは……」
「はい! カップルなんで割引お願いします!」
火鱗が否定するより先にそれっぽく腕を組む。それを見た店員さんは納得してくれたようで、ひとつ大きく頷くとレジを叩き始めた。
「おい!」
火鱗は不服そうだ。カップルのフリが、というより、嘘を吐くのが納得いかないらしい。彼の性格上そんな気はしていたが。
「払うのは私なんだし、安く済むならそれでいいでしょ」
今日は私の奢りだから、文句は言わせない。店員さんに聞こえないようこっそりそう耳打ちすると、火鱗はまだ何が言いたげだったが飲み込んでくれたようだ。
「あー、美味しかった!」
店を出ると、冬の寒さが一気に襲いかかってきた。店員さんに怪しまれぬよう、火鱗とは腕を組んだままだ。けれどそれももういいだろう。店から少し離れたところで手を離す。
「なあ」
「ん?」
「お前がフラれたら、今度は俺が奢ってやるから」
君がそれを言うか。
好きな人本人に真面目な顔でそんなことを言われると、さすがの私も胸が痛む。
「別にいい」
「何でだよ。人がせっかく……」
「火鱗にそんなこと求めてないから」
「はぁ⁈」
私が君に求めているのは傷の舐め合いなんかじゃなく君自身だと、今ここで言えたらどんなにいいだろう。でも言ったところで結果は見えている。今はまだ、私は彼の目に映っていない。