火鱗佐々木
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
休日に友達と食べるふわふわのパンケーキもいいけれど、退勤後に食べるラーメンもまた格別だと知ったのは第四に配属されてからのことだった。
どん、と目の前にどんぶりが置かれる。へい、お待ち! と店主が良い笑顔で言うので、釣られて私も「ありがとうございます!」と満面の笑みで返した。隣からは鼻で笑う声が聞こえてきたけれど、それについては肘で小突いて黙らせておいた。
「うわー、おいしそう! ずっと食べてみたかったんだよね」
この店一番人気の赤坦々麺。辛さは三辛。名前通りの赤いスープに辛味の効いた挽肉、それらによく絡む極細ストレート麺に、たっぷりの白髪ねぎ。チーズトッピングもおすすめらしいけど、今日はひとまず小ライスのみ。
「いただきまーす」
まずはスープから……となるのがツウの食べ方なのかもしれない。でも今の私にそんな余裕は微塵もなかった。今日は出動こそなかったものの、その分訓練が厳しくてへろへろなのだ。この店特製辣油の食欲をそそる香りが漂ってきて、ぐうとお腹が鳴る。早く食べたい……! その一心でひと息に麺を啜る。
「「うっま!」」
声が重なって、思わず隣を見遣る。
「ちょっと、真似しないでよ火鱗」
「うるせー、お前が真似したんだろ」
しばらく睨み合って、お互いにプッと吹き出した。火鱗とこういうやり取りをするのも、もう何度目だろう。訓練校時代はほとんど話さなかったけど、第四に配属されてからはこうして勤務後に食事に行くほどの仲になった。
最初はオグンに誘われて、ついて行ったらそこに火鱗もいて。訓練校時代の火鱗は目つきが悪くてとっつきにくい印象だったけど、いざ話してみれば意外と馬が合い、私たちは割とすぐに打ち解けた。もちろん、オグンがあいだに入って会話を回してくれたのも大きい。
その後同期三人のご飯会は不定期で開催されるようになり、私たちはハンバーガーショップや焼肉店、町中華と今まで色んな店に足を運んできた。二人と行く店は女友達とは行ったことのない店ばかりで、私は毎回そのご飯会を楽しみにしていたのだけど。
「……オグンも来れたらよかったのに」
「は? 何でオグン?」
「だって最近三人で集まれてないじゃん。中華半島から帰ってきてからも忙しそうだし、仕方ないんだけどさ」
ここ最近、オグンはこのご飯会に顔を出していなかった。もちろん毎回全員が揃うというわけではないのだけど、こうも連続で欠席だと寂しくもなるもので。火鱗と二人でのご飯会が楽しくないなんてことは決してないのだけど、やっぱり前みたいに三人で集まれたらいいのにと思ってしまう。
そしてそう考えているのは私だけじゃないはず。きっと火鱗だって、私と同じ気持ちのはずでーー。けれど、火鱗から返ってきたのは思いもよらぬ言葉だった。
「お前、オグンのこと好きなわけ?」
「は……はあ?!」
素っ頓狂な声を上げた拍子に、口に運ぼうとしていた麺がつるりと箸先から零れ落ちる。赤いスープが跳ねて隊服の袖を汚したけれど、それに構っている余裕はなかった。
私が、オグンのことを好き? 今の会話で、何をどうしたらそういう返事になるのだろう。冗談ならたちが悪い。けど、頬杖をつきながらじっとこちらを見つめる火鱗にふざけている様子は微塵もなかった。彼は至って真剣で、それでいてすこぶる機嫌が悪い。
「なんでそうなるのよ。私はただ、前みたいに三人で集まれたらいいなって思っただけで」
「ふーん、お前はデートの時に他の男のこと考えんのか」
「ちが……え?」
火鱗の口から出た、私には縁遠い言葉を何度も反芻する。でーと。デート……って、あのデート?!
「これって、いつものご飯会じゃ……」
「ちげーよ。ここ何回かはお前しか誘ってねえ」
照れと恥ずかしさからか、ふいと視線を逸らした火鱗の横顔が微かに赤い。それを見たら飛び火したみたいに自分の顔も熱くなってきて、私は慌てて正面に視線を戻した。視界に麺が少しだけ残ったどんぶりが映る。食べ終えたら替え玉しようと思ってたのに、それどころではなくなってしまった。
つまるところ、火鱗はここしばらくずっとデートに誘ってくれていたわけで、私はそれにこれっぽっちも気付きもしないで。でもはっきり言わない火鱗も悪いと思う。私の察しの悪さは彼も充分知っていたはずだ。ちゃんと言ってくれたら、私はーー。
「麺、伸びるぞ」
「あ、うん」
「おっちゃん、俺替え玉」
厨房からは「あいよー!」と店主の元気な声が聞こえてきた。火鱗のどんぶりに新しい麺が追加されるのを横目に、私は残っていた麺を口に運ぶ。
「なあ、俺と飯食うの嫌?」
「いっ……やじゃない、けど」
あからさまに声が裏返ってしまい、恥ずかしさでどうにかなりそうだった。こんなの意識してますと言っているようなものだ。きっと顔にも出ているはずで、私を見つめる火鱗の声が揶揄うようなものに変わる。
「けど?」
「……で、デートって言われると緊張する」
「ふーん。ま、意識してんならそれでいいや」
ふっと目元を緩ませた火鱗に、どきりと心臓が鳴る。ずるい。何でそんなに余裕そうなの。さっきまで私と同じように顔を赤くしてたくせに。
「嫌じゃねえなら、これからも誘うから」
新しく追加された麺を啜りながら火鱗が言った。こんなぶっきらぼうなデートのお誘い、そうだと気付くほうが難しい。でも知ってしまった今は、宣戦布告にしか聞こえなかった。
「……おいしいとこなら、行く」
「おー、期待しとけ」
この後帰りに店先でオグンとばったり会い、私たちの顔を見た彼に「うわ赤っ! そんなに辛かったのか?」と訊かれることになるのだけど、二人してうんうん頷いたのは言うまでもない。
どん、と目の前にどんぶりが置かれる。へい、お待ち! と店主が良い笑顔で言うので、釣られて私も「ありがとうございます!」と満面の笑みで返した。隣からは鼻で笑う声が聞こえてきたけれど、それについては肘で小突いて黙らせておいた。
「うわー、おいしそう! ずっと食べてみたかったんだよね」
この店一番人気の赤坦々麺。辛さは三辛。名前通りの赤いスープに辛味の効いた挽肉、それらによく絡む極細ストレート麺に、たっぷりの白髪ねぎ。チーズトッピングもおすすめらしいけど、今日はひとまず小ライスのみ。
「いただきまーす」
まずはスープから……となるのがツウの食べ方なのかもしれない。でも今の私にそんな余裕は微塵もなかった。今日は出動こそなかったものの、その分訓練が厳しくてへろへろなのだ。この店特製辣油の食欲をそそる香りが漂ってきて、ぐうとお腹が鳴る。早く食べたい……! その一心でひと息に麺を啜る。
「「うっま!」」
声が重なって、思わず隣を見遣る。
「ちょっと、真似しないでよ火鱗」
「うるせー、お前が真似したんだろ」
しばらく睨み合って、お互いにプッと吹き出した。火鱗とこういうやり取りをするのも、もう何度目だろう。訓練校時代はほとんど話さなかったけど、第四に配属されてからはこうして勤務後に食事に行くほどの仲になった。
最初はオグンに誘われて、ついて行ったらそこに火鱗もいて。訓練校時代の火鱗は目つきが悪くてとっつきにくい印象だったけど、いざ話してみれば意外と馬が合い、私たちは割とすぐに打ち解けた。もちろん、オグンがあいだに入って会話を回してくれたのも大きい。
その後同期三人のご飯会は不定期で開催されるようになり、私たちはハンバーガーショップや焼肉店、町中華と今まで色んな店に足を運んできた。二人と行く店は女友達とは行ったことのない店ばかりで、私は毎回そのご飯会を楽しみにしていたのだけど。
「……オグンも来れたらよかったのに」
「は? 何でオグン?」
「だって最近三人で集まれてないじゃん。中華半島から帰ってきてからも忙しそうだし、仕方ないんだけどさ」
ここ最近、オグンはこのご飯会に顔を出していなかった。もちろん毎回全員が揃うというわけではないのだけど、こうも連続で欠席だと寂しくもなるもので。火鱗と二人でのご飯会が楽しくないなんてことは決してないのだけど、やっぱり前みたいに三人で集まれたらいいのにと思ってしまう。
そしてそう考えているのは私だけじゃないはず。きっと火鱗だって、私と同じ気持ちのはずでーー。けれど、火鱗から返ってきたのは思いもよらぬ言葉だった。
「お前、オグンのこと好きなわけ?」
「は……はあ?!」
素っ頓狂な声を上げた拍子に、口に運ぼうとしていた麺がつるりと箸先から零れ落ちる。赤いスープが跳ねて隊服の袖を汚したけれど、それに構っている余裕はなかった。
私が、オグンのことを好き? 今の会話で、何をどうしたらそういう返事になるのだろう。冗談ならたちが悪い。けど、頬杖をつきながらじっとこちらを見つめる火鱗にふざけている様子は微塵もなかった。彼は至って真剣で、それでいてすこぶる機嫌が悪い。
「なんでそうなるのよ。私はただ、前みたいに三人で集まれたらいいなって思っただけで」
「ふーん、お前はデートの時に他の男のこと考えんのか」
「ちが……え?」
火鱗の口から出た、私には縁遠い言葉を何度も反芻する。でーと。デート……って、あのデート?!
「これって、いつものご飯会じゃ……」
「ちげーよ。ここ何回かはお前しか誘ってねえ」
照れと恥ずかしさからか、ふいと視線を逸らした火鱗の横顔が微かに赤い。それを見たら飛び火したみたいに自分の顔も熱くなってきて、私は慌てて正面に視線を戻した。視界に麺が少しだけ残ったどんぶりが映る。食べ終えたら替え玉しようと思ってたのに、それどころではなくなってしまった。
つまるところ、火鱗はここしばらくずっとデートに誘ってくれていたわけで、私はそれにこれっぽっちも気付きもしないで。でもはっきり言わない火鱗も悪いと思う。私の察しの悪さは彼も充分知っていたはずだ。ちゃんと言ってくれたら、私はーー。
「麺、伸びるぞ」
「あ、うん」
「おっちゃん、俺替え玉」
厨房からは「あいよー!」と店主の元気な声が聞こえてきた。火鱗のどんぶりに新しい麺が追加されるのを横目に、私は残っていた麺を口に運ぶ。
「なあ、俺と飯食うの嫌?」
「いっ……やじゃない、けど」
あからさまに声が裏返ってしまい、恥ずかしさでどうにかなりそうだった。こんなの意識してますと言っているようなものだ。きっと顔にも出ているはずで、私を見つめる火鱗の声が揶揄うようなものに変わる。
「けど?」
「……で、デートって言われると緊張する」
「ふーん。ま、意識してんならそれでいいや」
ふっと目元を緩ませた火鱗に、どきりと心臓が鳴る。ずるい。何でそんなに余裕そうなの。さっきまで私と同じように顔を赤くしてたくせに。
「嫌じゃねえなら、これからも誘うから」
新しく追加された麺を啜りながら火鱗が言った。こんなぶっきらぼうなデートのお誘い、そうだと気付くほうが難しい。でも知ってしまった今は、宣戦布告にしか聞こえなかった。
「……おいしいとこなら、行く」
「おー、期待しとけ」
この後帰りに店先でオグンとばったり会い、私たちの顔を見た彼に「うわ赤っ! そんなに辛かったのか?」と訊かれることになるのだけど、二人してうんうん頷いたのは言うまでもない。