スキップとローファー
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今更気づいたんですかって? 志摩くん、知ってたなら教えてくれよ。こっちはモテたことなんてないんだから。
でもまぁ、そうだな。今になって思えば、思い当たることばかりだ。
***
今年の演劇部春期発表会も穏やかに幕を閉じた。いや、去年の今頃は良い脚本を書いてやると息巻いていたから、こんなに凪いだ気持ちではなかったかもしれない。もちろん今もその熱意がないわけではないけれど。三年になってこの引退公演の日を迎えて、やりきったんだという気持ちが大きく胸を占めていた。
今日で部活を引退する三年生が一人ずつ順に挨拶をしていく。それぞれ感謝であったり、次代へのエールであったり。部長の僕は一番最後。かっこよく決めてやろうとあれこれ考えてきたけれど、話してるうちに色々と込み上げてきて少しだけ視界が滲んだ。
三年の挨拶が終わった後は、新しい部長と副部長の発表だ。部長は岡野さん、副部長は志摩くん。二人が引っ張っていってくれるなら安心だ。
「私たちから先輩たちに贈り物があります」
新部長の岡野さんが高らかに告げた。それを合図に後輩たちがわらわらと集まってくる。僕たち三年生の前に一人ずつ立って、その手には花束と寄せ書きらしき色紙が見えた。
僕の前に立ったのは二年生の、主に衣装作りを担当している女子だった。てっきり志摩くんか岡野さんからもらうと思っていたから少し驚いた。
大人しくてあまり表情が変わらない彼女はきゅっと唇を引き結んで、難しい顔をしている。もしかして僕以外のやつに渡したかったとか? それは部長としてショックではあるけれど、最後だし渡したい相手に渡すのが一番だ。まだ誰も花束を渡していないからまだ間に合う。今からでも遅くはーー。
「か、兼近先輩!」
「は、はいぃ!」
彼女って、こんなに声大きかったっけ。何度か話したことはあるけれど、もっとぽつぽつと静かに話すイメージだった。こんな風に真っ直ぐ見つめられるのも初めてだ。僕が話しかけると彼女はいつもそっぽを向いてしまうから。
「その、今までありがとうございました。先輩と一緒に部活ができて楽しかったです」
微かに震える声でそう言ってから、彼女がふいと顔を逸らした。緊張していたのか顔が真っ赤になっている。そもそも彼女は人と話すのがあまり得意じゃないのかも。そんな彼女が最後に勇気を出して僕に感謝を伝えようとしてくれたのだとしたら、部長冥利に尽きる。
「ありがとう。僕も君と部活ができて楽しかったよ」
最後に俯いた彼女の視界に入るよう手を差し出す。すると彼女はハッとして、僕の手を握った。
これからも頑張ってくれ。握手をして、そうエールを伝えたかったのに、顔を上げた僕はギョッとして何も言えなくなってしまった。
感情が顔に出にくい彼女が、ぼろぼろと涙をながしていたから。
「え、ちょ、大丈夫か?!」
「うっ、くっ、だいじょぶじゃない、です。兼近先輩が、引退しちゃう、うぅっ」
彼女は必死に目元を擦っていたけれど、その双眸からはとめどなく涙が溢れていた。どうやら彼女は、僕のために泣いてくれいるらしい。
「こらこら、そんなに擦ったら明日大変だぞ」
「う、だって……」
「卒業ってわけじゃないし、受験勉強の間に顔出すから。ほら、泣き止んだ泣き止んだ。これじゃあ僕が泣かせたみたいだろ。ってこの場合、僕が泣かせたことになるのか」
人を泣かせる趣味はないけれど、ここまで別れを惜しんでくれる後輩がいることは素直に嬉しい。周囲から「あー、泣かせたー!」と声が飛んでくるのは納得いかないが。
「まさかこんなに愛されてたとはなぁ」
なかなか泣き止まない彼女を宥めながら、ぽつりと呟く。すると突然彼女が顔を上げ、わなわなと唇を震わせた。
「な、ななな、なんで知って……」
「へ?」
「あっ」
口が滑った。そんな表情をした彼女の顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。
「何でもありません! お先に失礼します!」
脱兎の如くとはまさにこういう時に使うのだろう。数人の部員が追いかけて行ったが、彼女の後ろ姿はあっという間に見えなくなった。
「……志摩くん」
「はい」
「軽いジョークのつもりだったんだ」
「まあ、そうですよね」
「僕は今、君と出会った頃に言われたことを思い出したよ。やっぱり僕は察しが悪いかい?」
「正直、今更気づいたんだとは思いました。彼女結構わかりやすかったし、二年はみんな知ってましたよ」
これでも周りに目を向ける努力はしたつもりなんだが。なるほど、僕もまだまだ修行が足りない。
「で、どうするんですか?」
「どうするも何も……」
僕は今日で部活を引退して、受験勉強に入る。そうなれば彼女との接点もほとんどなくなるわけだけど。
もっと彼女の色んな表情が見たい、なんて。
「今更、だろ」
「んー。それは先輩次第じゃないですか」
志摩くんが目を細める。冷静に周りを見て機微に敏感な彼は、やっぱり部長に向いていると思う。
「さっき自分で言ってたじゃないですか。まだ卒業するわけじゃないって」
「……ああ、そうだな!」
最後の最後に、後輩に背中を押されてしまった。けれど、やれることはやろうと思う。とりあえず明日、目を腫らしているである彼女を捕まえるところから。
「彼女、ああ見えて運動神経すごくいいみたいですよ」
「だよなぁ。さっきのすごかったし」
真っ赤になって一目散に逃げていった彼女の姿を思い出す。まるでアリスに出てくる白ウサギみたいだった。果たして僕に捕まえられるだろうか。
「頑張ってくださいね」
志摩くんが言う。「彼女、部活には絶対来ますから」僕はそれに大きく頷いて、本当にいい後輩を持ったなと思った。
でもまぁ、そうだな。今になって思えば、思い当たることばかりだ。
***
今年の演劇部春期発表会も穏やかに幕を閉じた。いや、去年の今頃は良い脚本を書いてやると息巻いていたから、こんなに凪いだ気持ちではなかったかもしれない。もちろん今もその熱意がないわけではないけれど。三年になってこの引退公演の日を迎えて、やりきったんだという気持ちが大きく胸を占めていた。
今日で部活を引退する三年生が一人ずつ順に挨拶をしていく。それぞれ感謝であったり、次代へのエールであったり。部長の僕は一番最後。かっこよく決めてやろうとあれこれ考えてきたけれど、話してるうちに色々と込み上げてきて少しだけ視界が滲んだ。
三年の挨拶が終わった後は、新しい部長と副部長の発表だ。部長は岡野さん、副部長は志摩くん。二人が引っ張っていってくれるなら安心だ。
「私たちから先輩たちに贈り物があります」
新部長の岡野さんが高らかに告げた。それを合図に後輩たちがわらわらと集まってくる。僕たち三年生の前に一人ずつ立って、その手には花束と寄せ書きらしき色紙が見えた。
僕の前に立ったのは二年生の、主に衣装作りを担当している女子だった。てっきり志摩くんか岡野さんからもらうと思っていたから少し驚いた。
大人しくてあまり表情が変わらない彼女はきゅっと唇を引き結んで、難しい顔をしている。もしかして僕以外のやつに渡したかったとか? それは部長としてショックではあるけれど、最後だし渡したい相手に渡すのが一番だ。まだ誰も花束を渡していないからまだ間に合う。今からでも遅くはーー。
「か、兼近先輩!」
「は、はいぃ!」
彼女って、こんなに声大きかったっけ。何度か話したことはあるけれど、もっとぽつぽつと静かに話すイメージだった。こんな風に真っ直ぐ見つめられるのも初めてだ。僕が話しかけると彼女はいつもそっぽを向いてしまうから。
「その、今までありがとうございました。先輩と一緒に部活ができて楽しかったです」
微かに震える声でそう言ってから、彼女がふいと顔を逸らした。緊張していたのか顔が真っ赤になっている。そもそも彼女は人と話すのがあまり得意じゃないのかも。そんな彼女が最後に勇気を出して僕に感謝を伝えようとしてくれたのだとしたら、部長冥利に尽きる。
「ありがとう。僕も君と部活ができて楽しかったよ」
最後に俯いた彼女の視界に入るよう手を差し出す。すると彼女はハッとして、僕の手を握った。
これからも頑張ってくれ。握手をして、そうエールを伝えたかったのに、顔を上げた僕はギョッとして何も言えなくなってしまった。
感情が顔に出にくい彼女が、ぼろぼろと涙をながしていたから。
「え、ちょ、大丈夫か?!」
「うっ、くっ、だいじょぶじゃない、です。兼近先輩が、引退しちゃう、うぅっ」
彼女は必死に目元を擦っていたけれど、その双眸からはとめどなく涙が溢れていた。どうやら彼女は、僕のために泣いてくれいるらしい。
「こらこら、そんなに擦ったら明日大変だぞ」
「う、だって……」
「卒業ってわけじゃないし、受験勉強の間に顔出すから。ほら、泣き止んだ泣き止んだ。これじゃあ僕が泣かせたみたいだろ。ってこの場合、僕が泣かせたことになるのか」
人を泣かせる趣味はないけれど、ここまで別れを惜しんでくれる後輩がいることは素直に嬉しい。周囲から「あー、泣かせたー!」と声が飛んでくるのは納得いかないが。
「まさかこんなに愛されてたとはなぁ」
なかなか泣き止まない彼女を宥めながら、ぽつりと呟く。すると突然彼女が顔を上げ、わなわなと唇を震わせた。
「な、ななな、なんで知って……」
「へ?」
「あっ」
口が滑った。そんな表情をした彼女の顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。
「何でもありません! お先に失礼します!」
脱兎の如くとはまさにこういう時に使うのだろう。数人の部員が追いかけて行ったが、彼女の後ろ姿はあっという間に見えなくなった。
「……志摩くん」
「はい」
「軽いジョークのつもりだったんだ」
「まあ、そうですよね」
「僕は今、君と出会った頃に言われたことを思い出したよ。やっぱり僕は察しが悪いかい?」
「正直、今更気づいたんだとは思いました。彼女結構わかりやすかったし、二年はみんな知ってましたよ」
これでも周りに目を向ける努力はしたつもりなんだが。なるほど、僕もまだまだ修行が足りない。
「で、どうするんですか?」
「どうするも何も……」
僕は今日で部活を引退して、受験勉強に入る。そうなれば彼女との接点もほとんどなくなるわけだけど。
もっと彼女の色んな表情が見たい、なんて。
「今更、だろ」
「んー。それは先輩次第じゃないですか」
志摩くんが目を細める。冷静に周りを見て機微に敏感な彼は、やっぱり部長に向いていると思う。
「さっき自分で言ってたじゃないですか。まだ卒業するわけじゃないって」
「……ああ、そうだな!」
最後の最後に、後輩に背中を押されてしまった。けれど、やれることはやろうと思う。とりあえず明日、目を腫らしているである彼女を捕まえるところから。
「彼女、ああ見えて運動神経すごくいいみたいですよ」
「だよなぁ。さっきのすごかったし」
真っ赤になって一目散に逃げていった彼女の姿を思い出す。まるでアリスに出てくる白ウサギみたいだった。果たして僕に捕まえられるだろうか。
「頑張ってくださいね」
志摩くんが言う。「彼女、部活には絶対来ますから」僕はそれに大きく頷いて、本当にいい後輩を持ったなと思った。
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