椿野佑
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昔からバレンタインにチョコを渡す相手といえば、パパと幼馴染の男の子くらいだった。でもいつからか幼馴染の佑くんは「椿ちゃん」になって、バレンタインのチョコも一緒に作るようになった。
「チョコの作り方を教えてくれないかしら?」
あれは確か、高校生になる前くらいだったと思う。街が少しずつバレンタインムードに入り始めた頃、チョコレートが陳列された棚の前で立ち止まった椿ちゃんが意を決した様子で言ったのだ。
「いいよ」
私は二つ返事で頷いた。理由は特に聞かなかったけれど、その表情には見覚えがあったから。あれは恋する女の子の顔だった。
椿ちゃんが恋をしている。
幼馴染として、友達として、その恋を応援しない理由はない。
椿ちゃんが好きな人にバレンタインチョコを作るようになってからも、私は毎年彼女にチョコを渡し続けた。椿ちゃんも毎年私にチョコをくれる。いわゆる友チョコってやつだ。といっても一緒に作ってるわけだから、同じようなものを渡し合っているだけだけど。
今年はフォンダンショコラだった。椿ちゃんは年々チョコ作りが上手くなっていて、私が教えられることなんてもうほとんどない。
それでも一緒に作りましょうって誘ってくれるのは、私たちが友達だから。今日、久々にお茶しましょうって誘ってくれたのだって、そう。
「ん、おいしい」
私は出された紅茶をひとくち飲んで目を瞬かせた。少ししか飲んでいないのに、口の中いっぱいに茶葉の香りが広がっていく。
「でしょう! この前デパートで試飲した時にすっごく美味しくてつい買っちゃったわ」
椿ちゃんは嬉しそうに笑うと、テーブルにクッキーののったお皿を置いた。シンプルなアイスボックスクッキーで、美味しいけれど手作りだろうということはすぐにわかった。
「作ってみたの。どうかしら?」
「うん、おいしいよ」
「そう。ならよかったわ」
さくさくとクッキーを咀嚼して、紅茶を飲む。友達と過ごす楽しいお茶の時間。そのはずなのに、私の心臓は嫌にドキドキしていた。
「ねえ、椿ちゃん」
いつも通りを心がけたつもりだけど、声が微かに震えてしまった。
「これさ、バレンタインのお返しとかじゃないよね?」
子どもの頃、佑くんにバレンタインにチョコを渡すと、毎年欠かさずホワイトデーにお返しをくれていた。それがなくなったのは、椿ちゃんが好きな人にチョコを作るようになってから。友チョコを渡し合うからお返しはいいよねと、自然とそういう流れになってそれっきり。そして私も、それでいいと納得していた。
だからこれはホワイトデーの贈り物じゃない。そうであってはならない。きっと偶然が重なっただけだ。たまたまホワイトデーにお茶に誘われて、たまたま出されたお菓子がクッキーだっただけ。
そうでなければ、私はーー。
縋るように椿ちゃんを見つめると、その顔には苦しいような悲しいような表情が浮かんでいた。
「気づくのが遅くなってごめんなさい」
その言葉が決定打だった。
口の中が急激に乾いて仕方がなくて、でもカップを持つ手には力が入らなかった。下ろした視線の先、赤い水面に映る顔が今にも泣き出しそうで、私は堪えるように唇を噛んだ。
あーあ、何でバレちゃったんだろう。ずっと上手くやれてると、これからも上手くやっていけると思ってたのに。
「……いつから、気づいてたの?」
「一緒にチョコを作るようになってから何となくね。でも確信したのは最近。あんたのアタシを見る顔が、梅を見てる時のアタシの顔そっくりだったから」
どうやら上手く隠せていると思っていたのは私だけだったらしい。恋をしている椿ちゃんだからこそ気づいたのかもしれないけれど、まさか本人にバレるほど顔に出ていたとは思わなかった。
「そっか」
ふぅ、とひとつ息を吐く。
ホワイトデーにわざわざクッキーを用意するということは、椿ちゃんの中で答えは出ているのだろう。私ももう、取り繕う必要はない。
「私ね、ずっと好きだった。佑くんのことも、椿ちゃんのことも」
「うん」
「振り向いてほしいとかは思ってないの。椿ちゃんに好きな人がいるのは知ってるし。でも隣にはいたくて」
「うん」
「すぐには無理かもしれないけど、ちゃんとただの友達に戻るから。それまで好きでいていい?」
嗚咽まじりの私の言葉を椿ちゃんは最後まで聞いてくれた。それからまっすぐ私を見て、彼女なりの言葉を届けてくれる。
「当たり前でしょ! アタシはあんたの気持ちに応えてやれない。けど、だからって好きなのをやめろなんて言わない。あんたが苦しくて、早く手放したいなら話は別だけど」
あんたはアタシの大切な友達だから、と椿ちゃんが付け加える。友達としてどうすべきか、どうするのが正解なのか、彼女も迷っているみたいだった。
「っ、まだ……手放したくない」
友達として隣に立ち続けたいのなら、こんな気持ち早々に手放すべきだ。でも子どもの頃から抱き続けてきた恋心は、一日やそこらで捨てられるほど軽いものはなくなっていた。椿ちゃんが誰かに恋をするずっと前から、私は椿ちゃんに恋をしているのだ。捨てられるものなら、椿ちゃんに好きな人ができた時点でとっくに捨てている。
椿ちゃんは泣きじゃくる私にうんうん頷いた。
「アタシも一緒よ。たとえ梅が、好きな人が振り向いてくれなくても、好きで居続けると思う。傍にいたいと思う。叶わなくても、この気持ちは嘘じゃないもの。簡単に手放せないし、手放すつもりもないわ」
そう言い切る椿ちゃんが眩しくて、かっこよくて仕方がなかった。私はきっと、この気持ちが風化するのを待つことしかできない。
「強いなぁ」
私もいつか、椿ちゃんみたいになれるだろうか。今はまだ、涙が止まらなくて胸が苦しくてたまらないけど。いつか。
「あんたもなれるわよ」
私の心を見透かしたように椿ちゃんが言った。
「だって、恋する乙女は最強なんだから」
自信に溢れた笑顔に私は目を眇めた。
椿ちゃんの言葉に根拠なんてない。でも彼女は冗談や励ましのためだけに、そんなことを言ったりしない。それを知っているからこそ私は、椿ちゃんの言葉を信じられるのだった。
「チョコの作り方を教えてくれないかしら?」
あれは確か、高校生になる前くらいだったと思う。街が少しずつバレンタインムードに入り始めた頃、チョコレートが陳列された棚の前で立ち止まった椿ちゃんが意を決した様子で言ったのだ。
「いいよ」
私は二つ返事で頷いた。理由は特に聞かなかったけれど、その表情には見覚えがあったから。あれは恋する女の子の顔だった。
椿ちゃんが恋をしている。
幼馴染として、友達として、その恋を応援しない理由はない。
椿ちゃんが好きな人にバレンタインチョコを作るようになってからも、私は毎年彼女にチョコを渡し続けた。椿ちゃんも毎年私にチョコをくれる。いわゆる友チョコってやつだ。といっても一緒に作ってるわけだから、同じようなものを渡し合っているだけだけど。
今年はフォンダンショコラだった。椿ちゃんは年々チョコ作りが上手くなっていて、私が教えられることなんてもうほとんどない。
それでも一緒に作りましょうって誘ってくれるのは、私たちが友達だから。今日、久々にお茶しましょうって誘ってくれたのだって、そう。
「ん、おいしい」
私は出された紅茶をひとくち飲んで目を瞬かせた。少ししか飲んでいないのに、口の中いっぱいに茶葉の香りが広がっていく。
「でしょう! この前デパートで試飲した時にすっごく美味しくてつい買っちゃったわ」
椿ちゃんは嬉しそうに笑うと、テーブルにクッキーののったお皿を置いた。シンプルなアイスボックスクッキーで、美味しいけれど手作りだろうということはすぐにわかった。
「作ってみたの。どうかしら?」
「うん、おいしいよ」
「そう。ならよかったわ」
さくさくとクッキーを咀嚼して、紅茶を飲む。友達と過ごす楽しいお茶の時間。そのはずなのに、私の心臓は嫌にドキドキしていた。
「ねえ、椿ちゃん」
いつも通りを心がけたつもりだけど、声が微かに震えてしまった。
「これさ、バレンタインのお返しとかじゃないよね?」
子どもの頃、佑くんにバレンタインにチョコを渡すと、毎年欠かさずホワイトデーにお返しをくれていた。それがなくなったのは、椿ちゃんが好きな人にチョコを作るようになってから。友チョコを渡し合うからお返しはいいよねと、自然とそういう流れになってそれっきり。そして私も、それでいいと納得していた。
だからこれはホワイトデーの贈り物じゃない。そうであってはならない。きっと偶然が重なっただけだ。たまたまホワイトデーにお茶に誘われて、たまたま出されたお菓子がクッキーだっただけ。
そうでなければ、私はーー。
縋るように椿ちゃんを見つめると、その顔には苦しいような悲しいような表情が浮かんでいた。
「気づくのが遅くなってごめんなさい」
その言葉が決定打だった。
口の中が急激に乾いて仕方がなくて、でもカップを持つ手には力が入らなかった。下ろした視線の先、赤い水面に映る顔が今にも泣き出しそうで、私は堪えるように唇を噛んだ。
あーあ、何でバレちゃったんだろう。ずっと上手くやれてると、これからも上手くやっていけると思ってたのに。
「……いつから、気づいてたの?」
「一緒にチョコを作るようになってから何となくね。でも確信したのは最近。あんたのアタシを見る顔が、梅を見てる時のアタシの顔そっくりだったから」
どうやら上手く隠せていると思っていたのは私だけだったらしい。恋をしている椿ちゃんだからこそ気づいたのかもしれないけれど、まさか本人にバレるほど顔に出ていたとは思わなかった。
「そっか」
ふぅ、とひとつ息を吐く。
ホワイトデーにわざわざクッキーを用意するということは、椿ちゃんの中で答えは出ているのだろう。私ももう、取り繕う必要はない。
「私ね、ずっと好きだった。佑くんのことも、椿ちゃんのことも」
「うん」
「振り向いてほしいとかは思ってないの。椿ちゃんに好きな人がいるのは知ってるし。でも隣にはいたくて」
「うん」
「すぐには無理かもしれないけど、ちゃんとただの友達に戻るから。それまで好きでいていい?」
嗚咽まじりの私の言葉を椿ちゃんは最後まで聞いてくれた。それからまっすぐ私を見て、彼女なりの言葉を届けてくれる。
「当たり前でしょ! アタシはあんたの気持ちに応えてやれない。けど、だからって好きなのをやめろなんて言わない。あんたが苦しくて、早く手放したいなら話は別だけど」
あんたはアタシの大切な友達だから、と椿ちゃんが付け加える。友達としてどうすべきか、どうするのが正解なのか、彼女も迷っているみたいだった。
「っ、まだ……手放したくない」
友達として隣に立ち続けたいのなら、こんな気持ち早々に手放すべきだ。でも子どもの頃から抱き続けてきた恋心は、一日やそこらで捨てられるほど軽いものはなくなっていた。椿ちゃんが誰かに恋をするずっと前から、私は椿ちゃんに恋をしているのだ。捨てられるものなら、椿ちゃんに好きな人ができた時点でとっくに捨てている。
椿ちゃんは泣きじゃくる私にうんうん頷いた。
「アタシも一緒よ。たとえ梅が、好きな人が振り向いてくれなくても、好きで居続けると思う。傍にいたいと思う。叶わなくても、この気持ちは嘘じゃないもの。簡単に手放せないし、手放すつもりもないわ」
そう言い切る椿ちゃんが眩しくて、かっこよくて仕方がなかった。私はきっと、この気持ちが風化するのを待つことしかできない。
「強いなぁ」
私もいつか、椿ちゃんみたいになれるだろうか。今はまだ、涙が止まらなくて胸が苦しくてたまらないけど。いつか。
「あんたもなれるわよ」
私の心を見透かしたように椿ちゃんが言った。
「だって、恋する乙女は最強なんだから」
自信に溢れた笑顔に私は目を眇めた。
椿ちゃんの言葉に根拠なんてない。でも彼女は冗談や励ましのためだけに、そんなことを言ったりしない。それを知っているからこそ私は、椿ちゃんの言葉を信じられるのだった。
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