市川レノ
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「あんたたち、まだ続いてたんだ」
かつて通っていた高校の近くに新しくできたカフェ。そこで人気のタルトをフォークの先で突きながら友人が言った。
この後彼氏とデートとだという彼女に、私もと頷いたのが意外だったらしい。
「前に比べると会う頻度は減ったけどちゃんと付き合ってるよ」
「ふーん。もう二年くらい? 絶対別れると思ってた」
なかなか失礼なことを言う。けれど私と違って思ったことを包み隠さずに言う彼女の性格を好ましく思っているので、指摘はしなかった。彼女は中学時代からの友人で、昔からオブラートに包むということを一切しない子だ。そのせいで人と衝突することもあるけれど、そのきっかけは「誰かのため」であることが多い。彼女は友達思いなのだ。
さっきの言葉も私を思ってのこと。高校時代、私が今の彼、市川レノくんと付き合うことになったと告げた時は「あんなクールを通り越して冷たい男なんかやめときな!」と誰よりも反対したのは彼女だ。
当時のレノくんはどこか見えない壁があって、誰も寄せ付けない雰囲気をもつ人だった。友達がいないわけではないようだけど、バイトでもしてるのか放課後は遊びの誘いを断ってすぐに教室を後にする。あいつは付き合いが悪いと大声で話し、誘うことすらしなくなった男子がいたのも知っている。
一方でそのクールさと整った顔立ちが異性には人気で、入学当初から彼に告白する女子が後を絶たなかった。聞いた話によると、彼女たちはことごとく振られたらしいのだけど。
そんな話ばかりを耳にすれば、当然友人は心配になるわけで。早く別れたほうがいいと何度も言われた。私も噂しか知らなければ友人の言葉に従ったと思う。
でも私はたまたま、レノくんが冷たいひとじゃないと、とても優しいひとだと知ってしまった。そうしたら、もう知らない前に戻ることはできなくて。
私は心配してくれた友人に、レノくんはそんな人じゃないと猛抗議した。それこそ人生初のケンカに発展するくらいに。それから色々あって、何とか仲直りして。こんな自分勝手な私と今も友人でいてくれる彼女には感謝しかない。
「じゃあ私そろそろ行くわ。何かあったらすぐ言いなさいよ」
店先でそう告げた友人に私は苦笑しながら手を振った。もうレノくんに対して悪い印象は抱いていないようだけど、それでも何かあったらと心配してくれる友人はこの先なかなか得られるものじゃないだろう。
友人の背中が見えなくなってからくるりと向きを変えて、私もレノくんとの集合場所へと向かう。時間を確認しようと鞄から携帯端末を取り出すと、ちょうどメッセージを受信したところだった。
バナーに表示されたのは『ごめん、少し遅れる』と短い文章。送信相手はレノくんだ。
真面目な彼が時間に遅れることは滅多にないから、きっと仕事が長引いたのだろう。彼は長年の夢が叶い、この春から日本防衛隊の隊員となった。それを心から喜べないのは、もしもの時のことを考えてしまうようになったからだ。
もしもレノくんが怪我をしたら。
もしもレノくんが帰って来なかったらーー。
一度でもそう思ったら、どこか遠い世界の話だった防衛隊員殉職のニュースが一気に身近な話になった。ニュースを見るたびに怖くて不安で、押し潰されそうな日もある。でもそれをレノくんに伝えることはこの先ずっとないだろう。
私は安堵の息を吐いて、スタンプを送った。
生きて帰って来てくれるなら何でもいい。遅刻くらいならいくらだって待てる。
集合場所の駅前広場に着いてぼんやりと周りを眺める。私の他にも何人かいて、誰かと待ち合わせをしているのだろう。恋人だったり友人だったり、家族だったり。合流してはぽつぽつと人が減っていく。
「……さむ」
気づけば日が傾き始め、吐いた息が白くなっていた。マフラーはしてきたけれど、手袋を忘れたのは失敗だった。少しでも体温を上げようと両手を擦り合わせるもあまり効果は感じない。人影はすっかりなくなって、電車の音がどこか遠くに聞こえる。自分だけが取り残されたような気がして、ドクリと心臓が鳴る。
大丈夫。遅れるって連絡があったし、避難警報も鳴ってないし。まだ待てる。まだーー。
悴んだ指先をギュッと爪が食い込むほど握り込んだ時だった。
名前を呼ぶ声が聞こえて、ハッとして顔を上げる。
「レノ、くん……」
「ごめん、遅くなった」
目の前には息を切らした恋人の姿。よかった、ちゃんと来てくれてた。けれど私が声をかけるより先に、レノくんが眉間に皺を寄せて口を開いた。
「何でここにいるんだよ! 電車遅延しててもっと遅れそうだからどっか店入っててってメッセージ送ったのに」
「えっ」
慌てて鞄から端末を取り出すとメッセージと電話が数件。ぼんやりしていて全然気づかなかった。
申し訳ないと思いつつ顔を上げると、レノくんはそんなことだろうと思ったと呆れたようにため息を吐いた。それから私に向かってすっと手を差し出してくる。
「とりあえず移動しよう」
「うん」
手を伸ばしかけて一瞬躊躇う。こんな冷え切った手で彼に触れるのは気が引ける。けれどレノくんはそんなこと気にもとめずに「ほら早く」とあっさり私の手を掴んで自分のほうへと引き寄せてしまった。
「つめたっ!? いつから待ってたんだよ」
「そんなには待ってない……はず」
「はず?」
迂闊な発言のせいでレノくんのお説教モードのスイッチを押してしまったみたいだ。こういう時は素直に謝るに限る。
「ごめん、これからはちゃんと屋内で待つようにします」
「それは本当にそうして。遅れた俺が悪いけど、風邪ひいたら大変だし」
心配そうな声音にもう一度ごめんと謝ると、繋がれた手にぎゅっと力がこもるのがわかった。
悴んだ指先がじわりとあたたまって、なんだか泣きそうになる。
「レノくんはあったかいね」
「あー、走ってきたからかも?」
訊けば電車が遅延していたのを見て、乗らずに走ってきたのだとか。
そんなことしなくても、全然待つのに。
でもその心遣いが彼らしくて、私のために走って来てくれたことが嬉しかった。
やっぱりレノくんは冷たいひとなんかじゃない。たまにお説教してくるけど優しくて、誰よりも、
「あったかい」
擦り寄るように彼のほうへと身体を寄せると、レノくんは困ったように笑って、熱の移り始めた私の手をもう一度握り込んでくれた。
かつて通っていた高校の近くに新しくできたカフェ。そこで人気のタルトをフォークの先で突きながら友人が言った。
この後彼氏とデートとだという彼女に、私もと頷いたのが意外だったらしい。
「前に比べると会う頻度は減ったけどちゃんと付き合ってるよ」
「ふーん。もう二年くらい? 絶対別れると思ってた」
なかなか失礼なことを言う。けれど私と違って思ったことを包み隠さずに言う彼女の性格を好ましく思っているので、指摘はしなかった。彼女は中学時代からの友人で、昔からオブラートに包むということを一切しない子だ。そのせいで人と衝突することもあるけれど、そのきっかけは「誰かのため」であることが多い。彼女は友達思いなのだ。
さっきの言葉も私を思ってのこと。高校時代、私が今の彼、市川レノくんと付き合うことになったと告げた時は「あんなクールを通り越して冷たい男なんかやめときな!」と誰よりも反対したのは彼女だ。
当時のレノくんはどこか見えない壁があって、誰も寄せ付けない雰囲気をもつ人だった。友達がいないわけではないようだけど、バイトでもしてるのか放課後は遊びの誘いを断ってすぐに教室を後にする。あいつは付き合いが悪いと大声で話し、誘うことすらしなくなった男子がいたのも知っている。
一方でそのクールさと整った顔立ちが異性には人気で、入学当初から彼に告白する女子が後を絶たなかった。聞いた話によると、彼女たちはことごとく振られたらしいのだけど。
そんな話ばかりを耳にすれば、当然友人は心配になるわけで。早く別れたほうがいいと何度も言われた。私も噂しか知らなければ友人の言葉に従ったと思う。
でも私はたまたま、レノくんが冷たいひとじゃないと、とても優しいひとだと知ってしまった。そうしたら、もう知らない前に戻ることはできなくて。
私は心配してくれた友人に、レノくんはそんな人じゃないと猛抗議した。それこそ人生初のケンカに発展するくらいに。それから色々あって、何とか仲直りして。こんな自分勝手な私と今も友人でいてくれる彼女には感謝しかない。
「じゃあ私そろそろ行くわ。何かあったらすぐ言いなさいよ」
店先でそう告げた友人に私は苦笑しながら手を振った。もうレノくんに対して悪い印象は抱いていないようだけど、それでも何かあったらと心配してくれる友人はこの先なかなか得られるものじゃないだろう。
友人の背中が見えなくなってからくるりと向きを変えて、私もレノくんとの集合場所へと向かう。時間を確認しようと鞄から携帯端末を取り出すと、ちょうどメッセージを受信したところだった。
バナーに表示されたのは『ごめん、少し遅れる』と短い文章。送信相手はレノくんだ。
真面目な彼が時間に遅れることは滅多にないから、きっと仕事が長引いたのだろう。彼は長年の夢が叶い、この春から日本防衛隊の隊員となった。それを心から喜べないのは、もしもの時のことを考えてしまうようになったからだ。
もしもレノくんが怪我をしたら。
もしもレノくんが帰って来なかったらーー。
一度でもそう思ったら、どこか遠い世界の話だった防衛隊員殉職のニュースが一気に身近な話になった。ニュースを見るたびに怖くて不安で、押し潰されそうな日もある。でもそれをレノくんに伝えることはこの先ずっとないだろう。
私は安堵の息を吐いて、スタンプを送った。
生きて帰って来てくれるなら何でもいい。遅刻くらいならいくらだって待てる。
集合場所の駅前広場に着いてぼんやりと周りを眺める。私の他にも何人かいて、誰かと待ち合わせをしているのだろう。恋人だったり友人だったり、家族だったり。合流してはぽつぽつと人が減っていく。
「……さむ」
気づけば日が傾き始め、吐いた息が白くなっていた。マフラーはしてきたけれど、手袋を忘れたのは失敗だった。少しでも体温を上げようと両手を擦り合わせるもあまり効果は感じない。人影はすっかりなくなって、電車の音がどこか遠くに聞こえる。自分だけが取り残されたような気がして、ドクリと心臓が鳴る。
大丈夫。遅れるって連絡があったし、避難警報も鳴ってないし。まだ待てる。まだーー。
悴んだ指先をギュッと爪が食い込むほど握り込んだ時だった。
名前を呼ぶ声が聞こえて、ハッとして顔を上げる。
「レノ、くん……」
「ごめん、遅くなった」
目の前には息を切らした恋人の姿。よかった、ちゃんと来てくれてた。けれど私が声をかけるより先に、レノくんが眉間に皺を寄せて口を開いた。
「何でここにいるんだよ! 電車遅延しててもっと遅れそうだからどっか店入っててってメッセージ送ったのに」
「えっ」
慌てて鞄から端末を取り出すとメッセージと電話が数件。ぼんやりしていて全然気づかなかった。
申し訳ないと思いつつ顔を上げると、レノくんはそんなことだろうと思ったと呆れたようにため息を吐いた。それから私に向かってすっと手を差し出してくる。
「とりあえず移動しよう」
「うん」
手を伸ばしかけて一瞬躊躇う。こんな冷え切った手で彼に触れるのは気が引ける。けれどレノくんはそんなこと気にもとめずに「ほら早く」とあっさり私の手を掴んで自分のほうへと引き寄せてしまった。
「つめたっ!? いつから待ってたんだよ」
「そんなには待ってない……はず」
「はず?」
迂闊な発言のせいでレノくんのお説教モードのスイッチを押してしまったみたいだ。こういう時は素直に謝るに限る。
「ごめん、これからはちゃんと屋内で待つようにします」
「それは本当にそうして。遅れた俺が悪いけど、風邪ひいたら大変だし」
心配そうな声音にもう一度ごめんと謝ると、繋がれた手にぎゅっと力がこもるのがわかった。
悴んだ指先がじわりとあたたまって、なんだか泣きそうになる。
「レノくんはあったかいね」
「あー、走ってきたからかも?」
訊けば電車が遅延していたのを見て、乗らずに走ってきたのだとか。
そんなことしなくても、全然待つのに。
でもその心遣いが彼らしくて、私のために走って来てくれたことが嬉しかった。
やっぱりレノくんは冷たいひとなんかじゃない。たまにお説教してくるけど優しくて、誰よりも、
「あったかい」
擦り寄るように彼のほうへと身体を寄せると、レノくんは困ったように笑って、熱の移り始めた私の手をもう一度握り込んでくれた。
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