市川レノ
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その日、基地近くのスーパーで同じ隊の先輩を見つけたのは偶然だった。
「何してるんですか、先輩」
こちらに気づいていない様子の彼女の隣に並び、肩越しに声をかける。すると先輩は「ひゃっ?!」と聞いたこともないような声を上げて、一気に後ずさった。
「ななな、何で市川くんがここに?!」
驚くだろうと予想はしていた。いや、正確には驚かせるつもりで全くこっちに気づいていない先輩に声をかけたのだけど、まさかここまでの反応をされるとは思わなかった。
やりすぎたかと内心反省したが、先輩の驚きようがきゅうりを見た猫にあまりにもそっくりで、吹き出しそうになるのを必死に堪える。
「俺は日用品の買い出しに」
笑いを押し殺した声は少し震えたが、先輩はそれに気づいていないようだった。何なら「そ、そうなんだ」と相槌を打った彼女の声のほうが不自然なほどに震えていて、いつもはそんなことないのに今日はどうしたのかと首を傾ける。様子を窺うようにじっと見つめると、先輩は気まずそうにふいと視線を逸らした。
そもそも先輩はどうしてここで立ち止まっていたんだろう。俺に気づかないほど集中してたみたいだけど。
(……あ)
何てことないスーパーの一角で視線を彷徨わせて、すぐに合点がいった。先輩がいたのはお菓子コーナー。それも板チョコなんかが置かれた場所で、ハートで縁取られた赤とピンクのPOPが目に飛び込んでくる。英語で書かれたハッピーバレンタイン。そういえばそんな時期なのか。
ちらりと先輩を見れば、彼女は恥ずかしそうに俯いていた。そして手に持った買い物かごの中には板チョコやバター、ラッピング用の包装らしきものが見える。
ああ、そういうことか。先輩は誰かに手作りチョコを贈るつもりなんだ。彼女の様子からして友チョコの類いではなく、恐らく本命。それを後輩に見られたとなれば、あの驚きようも頷ける。
「……あの、なんかすみません」
「ぜ、全然大丈夫! 市川くんが気にすることでは……。そもそもろくに料理も作れない私がチョコ作ろうなんて思い立ったのがおかしな話で」
「そんなことないと思いますけど」
板チョコを棚に戻そうとする先輩の手がぴたりと止まる。
「でも、絶対上手くいかないし、相手だっておいしくないもの貰っても嬉しくないだろうし」
「もちろん人によると思いますけど、既製品でも手作りでも、大事なのは気持ちだと思います。先輩は自分で作って相手に渡したいって思ったんでしょ?」
俺の言葉に先輩が小さく頷く。それでもやっぱり自信がないようで、そんな先輩に俺ができることは何かと考える。
「よかったら、俺が手伝いましょうか?」
「…………えっ」
「チョコは作ったことないですけど、料理はレシピ見ればだいたい作れるので、多分大丈夫だと思います!」
「それは助かるけど、あの、そうじゃなくて……」
「頑張って美味しいの作りましょうね、先輩!」
訓練でいつもお世話になっている先輩に、少しでも恩返しができたらいい。その時の俺は、それしか考えていなかった。
さすがに男子寮ではできないため、チョコレート作りは基地から少し離れたところにある先輩のマンションで行うことになった。女の人の家に上がるのは正直気が引けたが、すべては先輩のチョコレート作りを成功させるため。なるべく意識しないようにして、チョコレート作りに取りかかった。
作るのはチョコレートブラウニー。バレンタインといえばトリュフが生チョコが定番かもしれないが、チョコを作ったことのない先輩と俺が上手く作れるとは思えなかった。だから今回は簡単で失敗が少なく、且つ美味しいブラウニーに白羽の矢が立ったのだ。
最近はネットで調べればすぐレシピが見つかるのもありがたい。
「いいですか先輩。まずは材料をボウルに入れて電子レンジです」
「は、はい!」
チョコレートとバターが溶けたら、先輩に次の指示をして、その間にオーブンを予熱しておく。それから材料の混ざった生地を型に流し込んで、あとは焼くだけ。
「すごい、私にもできた!」
「まだ焼けてないですよ、先輩」
とはいえ、あとは焼き加減だけ気をつけていれば失敗することはないだろう。
「ありがとう市川くん。私一人だったら、絶対作れなかった」
焼き上がってすっかり冷めたブラウニーを用意していた箱に詰めながら先輩が言った。
「ほとんど先輩が自分でやってたじゃないですか。でも役に立てたならよかったです」
先輩が水色の箱にブルーのリボンをかけるの横目に、出されたコーヒーに口をつける。綺麗に丁寧に包装されたブラウニーは、先輩の想いとともに本命の相手の元へと届くのだろう。
その相手が誰なのか、気にならないといえば嘘になる。でも一後輩が、これ以上首を突っ込んでいいものでもないだろう。
知りたい気持ちを押し留めるようにもうひとくちコーヒーを飲むと、先輩が「はい」とあの綺麗にラッピングされた箱を差し出してきた。
何でこれが俺の目の前に?
状況が飲み込めず、箱から先輩へと視線を移すと、彼女はスーパーで会った時以上に真っ赤になっていた。
「あの、だからね。最初から市川くんに渡そうと思ってたの」
どうやら俺はものすごい勘違いをしていたらしい。スーパーからの一連の出来事を思い出し、もうどこから謝ればいいのやら。でも今、言うべきはーー。
「あ、ありがとうございます!」
箱を受け取って、ブラウニーにしておいて本当によかったと思う。トリュフや生チョコだったら、下手したら溶けていたかもしれない。
そう思うくらいには、自身の顔が熱を持っている自覚はあった。
「何してるんですか、先輩」
こちらに気づいていない様子の彼女の隣に並び、肩越しに声をかける。すると先輩は「ひゃっ?!」と聞いたこともないような声を上げて、一気に後ずさった。
「ななな、何で市川くんがここに?!」
驚くだろうと予想はしていた。いや、正確には驚かせるつもりで全くこっちに気づいていない先輩に声をかけたのだけど、まさかここまでの反応をされるとは思わなかった。
やりすぎたかと内心反省したが、先輩の驚きようがきゅうりを見た猫にあまりにもそっくりで、吹き出しそうになるのを必死に堪える。
「俺は日用品の買い出しに」
笑いを押し殺した声は少し震えたが、先輩はそれに気づいていないようだった。何なら「そ、そうなんだ」と相槌を打った彼女の声のほうが不自然なほどに震えていて、いつもはそんなことないのに今日はどうしたのかと首を傾ける。様子を窺うようにじっと見つめると、先輩は気まずそうにふいと視線を逸らした。
そもそも先輩はどうしてここで立ち止まっていたんだろう。俺に気づかないほど集中してたみたいだけど。
(……あ)
何てことないスーパーの一角で視線を彷徨わせて、すぐに合点がいった。先輩がいたのはお菓子コーナー。それも板チョコなんかが置かれた場所で、ハートで縁取られた赤とピンクのPOPが目に飛び込んでくる。英語で書かれたハッピーバレンタイン。そういえばそんな時期なのか。
ちらりと先輩を見れば、彼女は恥ずかしそうに俯いていた。そして手に持った買い物かごの中には板チョコやバター、ラッピング用の包装らしきものが見える。
ああ、そういうことか。先輩は誰かに手作りチョコを贈るつもりなんだ。彼女の様子からして友チョコの類いではなく、恐らく本命。それを後輩に見られたとなれば、あの驚きようも頷ける。
「……あの、なんかすみません」
「ぜ、全然大丈夫! 市川くんが気にすることでは……。そもそもろくに料理も作れない私がチョコ作ろうなんて思い立ったのがおかしな話で」
「そんなことないと思いますけど」
板チョコを棚に戻そうとする先輩の手がぴたりと止まる。
「でも、絶対上手くいかないし、相手だっておいしくないもの貰っても嬉しくないだろうし」
「もちろん人によると思いますけど、既製品でも手作りでも、大事なのは気持ちだと思います。先輩は自分で作って相手に渡したいって思ったんでしょ?」
俺の言葉に先輩が小さく頷く。それでもやっぱり自信がないようで、そんな先輩に俺ができることは何かと考える。
「よかったら、俺が手伝いましょうか?」
「…………えっ」
「チョコは作ったことないですけど、料理はレシピ見ればだいたい作れるので、多分大丈夫だと思います!」
「それは助かるけど、あの、そうじゃなくて……」
「頑張って美味しいの作りましょうね、先輩!」
訓練でいつもお世話になっている先輩に、少しでも恩返しができたらいい。その時の俺は、それしか考えていなかった。
さすがに男子寮ではできないため、チョコレート作りは基地から少し離れたところにある先輩のマンションで行うことになった。女の人の家に上がるのは正直気が引けたが、すべては先輩のチョコレート作りを成功させるため。なるべく意識しないようにして、チョコレート作りに取りかかった。
作るのはチョコレートブラウニー。バレンタインといえばトリュフが生チョコが定番かもしれないが、チョコを作ったことのない先輩と俺が上手く作れるとは思えなかった。だから今回は簡単で失敗が少なく、且つ美味しいブラウニーに白羽の矢が立ったのだ。
最近はネットで調べればすぐレシピが見つかるのもありがたい。
「いいですか先輩。まずは材料をボウルに入れて電子レンジです」
「は、はい!」
チョコレートとバターが溶けたら、先輩に次の指示をして、その間にオーブンを予熱しておく。それから材料の混ざった生地を型に流し込んで、あとは焼くだけ。
「すごい、私にもできた!」
「まだ焼けてないですよ、先輩」
とはいえ、あとは焼き加減だけ気をつけていれば失敗することはないだろう。
「ありがとう市川くん。私一人だったら、絶対作れなかった」
焼き上がってすっかり冷めたブラウニーを用意していた箱に詰めながら先輩が言った。
「ほとんど先輩が自分でやってたじゃないですか。でも役に立てたならよかったです」
先輩が水色の箱にブルーのリボンをかけるの横目に、出されたコーヒーに口をつける。綺麗に丁寧に包装されたブラウニーは、先輩の想いとともに本命の相手の元へと届くのだろう。
その相手が誰なのか、気にならないといえば嘘になる。でも一後輩が、これ以上首を突っ込んでいいものでもないだろう。
知りたい気持ちを押し留めるようにもうひとくちコーヒーを飲むと、先輩が「はい」とあの綺麗にラッピングされた箱を差し出してきた。
何でこれが俺の目の前に?
状況が飲み込めず、箱から先輩へと視線を移すと、彼女はスーパーで会った時以上に真っ赤になっていた。
「あの、だからね。最初から市川くんに渡そうと思ってたの」
どうやら俺はものすごい勘違いをしていたらしい。スーパーからの一連の出来事を思い出し、もうどこから謝ればいいのやら。でも今、言うべきはーー。
「あ、ありがとうございます!」
箱を受け取って、ブラウニーにしておいて本当によかったと思う。トリュフや生チョコだったら、下手したら溶けていたかもしれない。
そう思うくらいには、自身の顔が熱を持っている自覚はあった。
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