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思いも寄らぬトラブルの連続に、終わらない仕事。今日こそは定時で帰るぞと意気込んでいたものの無理な話だった。
何とか、何とか日付が変わるまでには帰りたい。その一心でキーボードを叩くも、だんだん頭が回らなくなってくる。どうやら集中力の限界がきたらしい。ぐっと伸びをしてからガチガチに固まった肩を回す。
休憩がてらコーヒーでも淹れてこようか。そう思い立ち上がると「まいど! チリちゃんやで」と明るい声が部屋に響いた。
くるりと振り向くと、すらりとしたシルエットが目に入った。同僚であり友人でもあるチリだ。
「チリも残業?」
訊ねると、彼女は少しだけ疲れた表情を見せて言った。
「せやねん、視察で遅なってしもてなぁ。あとは報告書書くだけなんやけど、その前にこれ飲んで気合い入れよ思て」
ことり、とチリが私のデスクにマグカップを置いた。その途端にふんわりと甘い香りが漂ってきて、私はぱちりと目を瞬かせた。
「ホットチョコレート?」
「視察先で寄った店にあってん。疲れた時には甘いもんが一番ってな!」
「それはそうだけど。珍しいね、チリがブラック以外を飲むなんて」
私の知る限り、チリは紅茶よりコーヒー派。甘いものも嫌いではないと思うけど、飲んでいるのはいつもブラックコーヒーだった。そんな彼女が見るからに甘そうなホットチョコレートを飲むなんて……やっぱり意外だ。
「チリちゃんやって甘いもん飲みたなる時もありますー。それに今日バレンタインやし、ハッピーバレンタインってことで」
私の隣の空席に腰掛けたチリが、手にしていたマグカップをデスクに置いたマグカップに寄せて、カツンと音を立てた。乾杯のつもりらしいけど、ということは、これは。
「もしかして、私の分?」
「当たり前やん! さすがのチリちゃんもこれ二杯はキツイわ」
「それはそれは、ありがたく頂戴します」
私は置かれたマグカップを手に取って、チリのほうへと寄せた。もう一度カツンと乾杯の音をさせてから、甘い香りの漂うそれを口に運ぶ。
「ん、甘くておいしい」
疲れた身体にチョコレートの甘さとあたたかさがじわりと染みていく。濃厚で、けれどくどくなくて、ついもう一口飲みたくなる味だ。
「ほなよかった。買って正解やったわ」
チリも気に入ったのか、満足そうに目を細めている。
「お返しは三倍返しでええよ」
「えっ」
「ナッハッハ、冗談やって冗談」
「もう、チリったら」
お返しはするつもりだったものの、一瞬真剣にどう三倍返ししようか考えてしまった。騙されやすい私も私だけど、それを知ってて揶揄ってくるチリもチリだ。少しだけムッとしたのを悟られないようにマグカップに口付ける。
「私から三倍もらわなくてもたくさんもらってるでしょ。チリはモテるんだし」
「そんなことあらへんって。友チョコとか義理ばっかやで」
「嘘だぁ」
「ホンマやって。そもそも本命は受け取らんようにしてんねん。返せへんもんもらうわけにはいかんからな」
チリの声と表情が真剣なものになって、少しだけドキリとする。本命チョコを渡すということは、好きだと告白するのと同義だ。今のところ経験はないけれど、もし私が誰かから告白されたらーーそれが意識していない相手からだとしても浮かれるくらいはしてしまいそうだ。
「なんか、ちゃんとしててすごい、ね」
「何やねんその感想は」
「いや、チリってハーレムとか作ってそうだから」
「は……はぁ?! んなわけあるかい! チリちゃんこう見えてめっっちゃ一途なんやで! チョコだって本命にしか渡さへんって決めてんねん!」
突然すごい剣幕で肩を揺さぶられ、危うくホットチョコレートが溢れるところだった。早いペースで飲んでいて本当によかった。
「わ、わかったから。ごめんって、落ち着いてチリ」
「ホンマにわかったんか?」
ジトリ、と切れ長の目を細めてチリが問う。笑っている時はあまり感じないけれど、表情がないとなかなかに迫力がある顔だ。今のチリの面接は、友人の私でも受けたくないと思う。
「うん」
自由の利く首を小さく上下に動かす。しかし掴まれたままの肩は解放されず、それどころか念を押すようにぐっと力を強められてしまった。
「ついでに言うとくとなぁ。チリちゃんは嫉妬深いし、独占欲も強いし、諦めも……相当悪い」
「そう、なんだ?」
淡白そうに見えるのに、という感想は飲み込んだ。これ以上凄まれるのはできれば遠慮したい。
それにしても、チリにこんな一面があったなんて。恋バナの類いはほとんどしてこなかったから、付き合いが長いのに知らなかった。
意外にも一途で愛情深い友人。少しだけ、想う相手がいるチリも、こんなにも想われる相手も羨ましい。
「きっとチリに想われる相手は幸せ者だね」
とろりと甘いホットチョコレートに視線を落とし、ぽつりと呟く。いつか私にもそんな相手が現れるのだろうか。今のところ甘い季節の到来は気配すらないけれど。
「……せやったらええけど、気づいてくれななぁ」
「え?」
「何でも。ただこれからもっと気張ってくから覚悟しときや」
「へ、かくご……?」
首を傾げる私ににこりと良い笑顔を向けて、チリが空っぽになったマグカップを奪い去っていく。
「ほな、なるべく早よ帰りや」
「う、うん」
微かに甘い香りの漂う中、私は再びパソコンに向かった。糖分補給の甲斐あって、さっきより頭も回る。
が、チリの残した言葉の意味を深く考えるまでの余裕はなくて、全く『覚悟』していなかった私は、後日身をもってチリに理解させられるのだった。
何とか、何とか日付が変わるまでには帰りたい。その一心でキーボードを叩くも、だんだん頭が回らなくなってくる。どうやら集中力の限界がきたらしい。ぐっと伸びをしてからガチガチに固まった肩を回す。
休憩がてらコーヒーでも淹れてこようか。そう思い立ち上がると「まいど! チリちゃんやで」と明るい声が部屋に響いた。
くるりと振り向くと、すらりとしたシルエットが目に入った。同僚であり友人でもあるチリだ。
「チリも残業?」
訊ねると、彼女は少しだけ疲れた表情を見せて言った。
「せやねん、視察で遅なってしもてなぁ。あとは報告書書くだけなんやけど、その前にこれ飲んで気合い入れよ思て」
ことり、とチリが私のデスクにマグカップを置いた。その途端にふんわりと甘い香りが漂ってきて、私はぱちりと目を瞬かせた。
「ホットチョコレート?」
「視察先で寄った店にあってん。疲れた時には甘いもんが一番ってな!」
「それはそうだけど。珍しいね、チリがブラック以外を飲むなんて」
私の知る限り、チリは紅茶よりコーヒー派。甘いものも嫌いではないと思うけど、飲んでいるのはいつもブラックコーヒーだった。そんな彼女が見るからに甘そうなホットチョコレートを飲むなんて……やっぱり意外だ。
「チリちゃんやって甘いもん飲みたなる時もありますー。それに今日バレンタインやし、ハッピーバレンタインってことで」
私の隣の空席に腰掛けたチリが、手にしていたマグカップをデスクに置いたマグカップに寄せて、カツンと音を立てた。乾杯のつもりらしいけど、ということは、これは。
「もしかして、私の分?」
「当たり前やん! さすがのチリちゃんもこれ二杯はキツイわ」
「それはそれは、ありがたく頂戴します」
私は置かれたマグカップを手に取って、チリのほうへと寄せた。もう一度カツンと乾杯の音をさせてから、甘い香りの漂うそれを口に運ぶ。
「ん、甘くておいしい」
疲れた身体にチョコレートの甘さとあたたかさがじわりと染みていく。濃厚で、けれどくどくなくて、ついもう一口飲みたくなる味だ。
「ほなよかった。買って正解やったわ」
チリも気に入ったのか、満足そうに目を細めている。
「お返しは三倍返しでええよ」
「えっ」
「ナッハッハ、冗談やって冗談」
「もう、チリったら」
お返しはするつもりだったものの、一瞬真剣にどう三倍返ししようか考えてしまった。騙されやすい私も私だけど、それを知ってて揶揄ってくるチリもチリだ。少しだけムッとしたのを悟られないようにマグカップに口付ける。
「私から三倍もらわなくてもたくさんもらってるでしょ。チリはモテるんだし」
「そんなことあらへんって。友チョコとか義理ばっかやで」
「嘘だぁ」
「ホンマやって。そもそも本命は受け取らんようにしてんねん。返せへんもんもらうわけにはいかんからな」
チリの声と表情が真剣なものになって、少しだけドキリとする。本命チョコを渡すということは、好きだと告白するのと同義だ。今のところ経験はないけれど、もし私が誰かから告白されたらーーそれが意識していない相手からだとしても浮かれるくらいはしてしまいそうだ。
「なんか、ちゃんとしててすごい、ね」
「何やねんその感想は」
「いや、チリってハーレムとか作ってそうだから」
「は……はぁ?! んなわけあるかい! チリちゃんこう見えてめっっちゃ一途なんやで! チョコだって本命にしか渡さへんって決めてんねん!」
突然すごい剣幕で肩を揺さぶられ、危うくホットチョコレートが溢れるところだった。早いペースで飲んでいて本当によかった。
「わ、わかったから。ごめんって、落ち着いてチリ」
「ホンマにわかったんか?」
ジトリ、と切れ長の目を細めてチリが問う。笑っている時はあまり感じないけれど、表情がないとなかなかに迫力がある顔だ。今のチリの面接は、友人の私でも受けたくないと思う。
「うん」
自由の利く首を小さく上下に動かす。しかし掴まれたままの肩は解放されず、それどころか念を押すようにぐっと力を強められてしまった。
「ついでに言うとくとなぁ。チリちゃんは嫉妬深いし、独占欲も強いし、諦めも……相当悪い」
「そう、なんだ?」
淡白そうに見えるのに、という感想は飲み込んだ。これ以上凄まれるのはできれば遠慮したい。
それにしても、チリにこんな一面があったなんて。恋バナの類いはほとんどしてこなかったから、付き合いが長いのに知らなかった。
意外にも一途で愛情深い友人。少しだけ、想う相手がいるチリも、こんなにも想われる相手も羨ましい。
「きっとチリに想われる相手は幸せ者だね」
とろりと甘いホットチョコレートに視線を落とし、ぽつりと呟く。いつか私にもそんな相手が現れるのだろうか。今のところ甘い季節の到来は気配すらないけれど。
「……せやったらええけど、気づいてくれななぁ」
「え?」
「何でも。ただこれからもっと気張ってくから覚悟しときや」
「へ、かくご……?」
首を傾げる私ににこりと良い笑顔を向けて、チリが空っぽになったマグカップを奪い去っていく。
「ほな、なるべく早よ帰りや」
「う、うん」
微かに甘い香りの漂う中、私は再びパソコンに向かった。糖分補給の甲斐あって、さっきより頭も回る。
が、チリの残した言葉の意味を深く考えるまでの余裕はなくて、全く『覚悟』していなかった私は、後日身をもってチリに理解させられるのだった。
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