荒船哲次
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初めてお店でお好み焼きを食べたのは小学生の頃。アツアツのふわふわ、じゅうっと鉄板で音を立てる甘いソースに踊るかつお節。家で作るのと全然違って、私は子どもながらにその美味しさに感動した。本当にすっごくおいしい。今すぐこの気持ちを伝えたくて、共感してほしくて、私ははしゃぎ気味に通路を挟んだ向かいの席へと顔を向けた。そこにいたのは一緒に来た幼馴染家族。端の通路側に座っているのが同い年の幼馴染だ。ちょうどお好み焼きをひとくち食べたところのようで、にんまりする。どう? おいしいでしょ。私のほうがほんの少しだけ先に美味しさを知った、ただそれだけのことで自慢げに言いたくなり、私はてつじくん、と彼の名前を呼ぼうとして、けれどできなかった。
お好み焼きを頬張った哲次くんがぱっと目を輝かせて、それからくしゃりと幸せそうに笑ってたから。今よりもっと小さい頃から一緒にいるのに、あんな顔一度だって見たことがない。
お好み焼きを食べながらゆらゆらと嬉しそうにテーブルの下で足を揺らしていた哲次くんが、私の視線に気づいたのはそれから割とすぐのことだった。
「なんだよ?」
「……なんでもない」
私がぷいと顔を背けるのと同時に、お母さんが何かを叫ぶのが聞こえた。ハッとして見れば右手が鉄板の端にあって、遅れてチリッとした痛みが走る。今になって思えば、大したことのないちょっとした火傷だった。お母さんはすぐにおしぼりで冷やしてくれたし、お店の人も慌てて冷やす用の水を持ってきてくれて、すごく痛かったのは一瞬だけ。ひりひりとした痛みはあったけど、泣くほどじゃなかった。なのになぜかポロポロと涙がこぼれてきて、止まらなくて、哲次くんやその家族にまで心配をかけてしまった。
どうしてあの時涙が止まらなかったのか、今ならわかる。でもお好み焼きに嫉妬しただなんて恥ずかしすぎるから、絶対に誰にも言わない。
「しくじんなよ」
にやりと笑ってお店の厨房を覗き込んできたカゲに、わかってるってと不満げに返す。ボーダーでフリーのオペレーターをする傍ら、ここ「お好み焼きかげうら」でバイトをすること数年、お客さんの前で焼くことだってある私の腕を舐めてもらっては困る。これでも結構評判はいいほうなのだ。……とはいえ、さすがに緊張はする。私は深呼吸を二回ほど繰り返し、注文されたお好み焼きの材料を持って客席へと向かった。
九月九日。今日は私の幼馴染、哲次くんの誕生日だ。聞けばたまたまその日防衛任務と被っていなかったとかで、仲の良いメンバーで集まって彼の誕生日会をすることになったらしい。場所はもちろんお好み焼きかげうら。少し前に、お前はどうする? とカゲが誘ってくれたけど、バイトの日だったので断った。家が近いからプレゼントはいつでも渡せるし、誕生日会に参加するために元々入れていたバイトの予定を変更するのはさすがに申し訳なかったからだ。
「別にいいだろ。お前が少しくらいいなくても問題ねーよ」
「いや私結構役に立ってるからね! たぶん。当日は男子たちで楽しみなよ。……あっ」
「あ?」
「ひとつだけお願いしていい?」
哲次くんが注文したお好み焼き、私が焼きたいんだけど。
そう言ったら、カゲはニヤニヤしながら「へえ」と呟いた。感情受信体質のサイドエフェクトを持つ彼に、私の恋心はとっくにバレている。私が哲次くんに長いこと片思いしてるのも、美味しいお好み焼きを焼けるようになりたいという下心でここでバイトしてるのも、全部知られてしまっている。その上で、まあ頑張れよとか、早く告ればいいだろと彼なりにアドバイス(?)をしてくれたりするので、もしかしたら女友達より相談してるかもしれない。
「やっと告る気になったのかよ」
「ち、違っ……誕生日祝いに焼いてあげようかなって思っただけ!」
かげうらではお好み焼きを店員に焼いてもらうことも、自分で焼くことも可能だ。長年ここに通っている哲次くんは自分で上手いこと焼いてしまうから、たくさん練習してもその腕を振るう機会が今までなかったのだ。だからこれは、やっと巡って来たチャンス。好きな人に私の焼いたお好み焼きを食べてもらえる、またとない機会なのだ。
「お待たせしました」
席にはカゲとゾエさん、村上くんにポカリ、それと本日の主役である哲次くんがいた。水上くんは遅れてくるらしい。
「なんだ、お前が焼いてくれるのか」
「そ、そうなの! 今日は特別大サービス」
哲次くんに訊かれて、慌てて答える。平常心と自身に言い聞かせるも、緊張で心臓がバクバクしていた。お客さんの前で初めて焼いた時みたいだ。
「火傷すんなよ」
「大丈夫、もう子どもじゃないし。美味しいの焼くからちょっと待ってね」
「おう、期待しとく」
もう数えきれないくらい焼いてきたのだから、いつもみたいにやれば大丈夫。とびきり美味しいのを焼こう。あの時みたいに哲次くんが思わず笑っちゃうような、美味しいお好み焼きを。
鉄板に油を引く。キャベツたっぷりの生地を軽く混ぜてから、鉄板に落とす。今日のはシンプルで王道の豚玉デラックス。大きいからひっくり返す時に注意しないと。
頭の中で順序立てていると、じゅうじゅうと美味しそうな音と匂いが漂ってきた。ひっくり返すのはこのタイミング。私はコテを生地の左右から差し込んで、一気にひっくり返した。それからすぐに、あっ、と思った。お好み焼きの生地が宙を舞うのは、ほんの一瞬。瞬きする間もあるかないか。なのに私の目には生地の落ちゆくさまがスローモーションみたいに映って、ああこれは失敗するなと瞬時に理解した。緊張していつもより力が入っていたからか、上手く焼かなきゃと気負っていたからか。再び鉄板に着地した生地は、端が型崩れしてしまっていた。
「ご、ごめん!」
いつもだったら絶対にしないミスに、さぁっと血の気が引いていく。知り合いとはいえ、お客さんに失敗したものを食べさせるわけにはいかない。すぐに作り直さなきゃと厨房に向かおうとすれば、「落ち着け」と手首を掴まれた。私を止めたのは哲次くんだった。
「これくらい気にしねぇよ。てかこうすりゃくっつくだろ」
哲次くんは生地の入っていたボウルを手に取って、底に余っていた生地を崩れた部分に流し込んだ。それから軽く形を整え直し、「ん」と私にコテを手渡してくる。でも私は失敗しちゃったし、哲次くんが焼いたほうがいいんじゃないだろうか。ちらりと哲次くんの様子を窺うと、彼は私の考えていることなどお見通しだったようで、ニッと悪戯っぽく笑って言った。
「今日はお前が焼いてくれんだろ」
背中を押されたような気分だった。それと同時にじわりと胸の奥があたたかくなって、やっぱり好きだなぁと改めて思う。
「うん!」
私は頷いて、哲次くんからコテを受け取った。落ち着いて、慎重にお好み焼きをひっくり返す。崩れていたところも綺麗にくっつき、いい焼き色だ。それから刷毛でかげうら自慢のソースを塗り、マヨネーズをかけ、青のり、鰹節を塗して。
「よし、完成!」
哲次くんの機転のおかげだけど、なかなか上手くできたと思う。テーブルからは「おお!」と感嘆の声が上がった。一仕事終え、ふぅとひと息ついていると、ポカリが「挿すか、ロウソク」と密かに用意していたらしい数字のロウソクを制服のポケットから取り出した。哲次くんは「挿さねえよ」と一蹴し、私が焼いた出来たてのお好み焼きをひとくち頬張る。
「ん、美味い」
「ほ、本当?」
「ああ、嘘なんかつくかよ」
ふっと、哲次くんの目元が緩む。幼い頃に見たあの幸せいっぱいのものとはだいぶ違う、けれど確かに嬉しそうな笑顔が、お好み焼きではなく私に向けられる。ああ、私はずっと哲次くんのこの顔が見たかったんだ。じわじわと嬉しさが込み上げてきて、へへっと気の緩んだ笑みが溢れる。
「誕生日おめでとう、哲次くん」
「ありがとよ。来年もよろしく頼むぜ」
来年? と首を傾げると、哲次くんはニヤリと口端を吊り上げた。
「俺はてっきり来年もお前が焼いてくれると思ったんだが」
違ったか? と問われ、ぶんぶんと首を横に振る。
「焼く! 来年は今日よりもっと美味しいのを焼くから!」
今よりもっと練習して、また美味いって笑ってもらえるように、たくさんたくさん頑張りたい。カゲには試食係として付き合ってもらうことになるかもしれないけど。そんな私の感情が刺さったのか、カゲはすごく嫌そうな顔をして無言のままふるふると首を振った。その間にポカリはお好み焼きにロウソクを挿していて、ゾエさんは止めたんだけどなぁと頬を掻き、それを見ていた鋼くんは涙目になって笑っていた。
「お前らなぁ」
呆れたように言う哲次くんの声は、それでも嬉しそうだった。
「私そろそろ仕事に戻るね」
「ああ、引き止めて悪かったな」
今日という日が彼にとって幸せなものでありますように。そう願いながら、私は騒がしくも楽しいテーブルを後にした。
お好み焼きを頬張った哲次くんがぱっと目を輝かせて、それからくしゃりと幸せそうに笑ってたから。今よりもっと小さい頃から一緒にいるのに、あんな顔一度だって見たことがない。
お好み焼きを食べながらゆらゆらと嬉しそうにテーブルの下で足を揺らしていた哲次くんが、私の視線に気づいたのはそれから割とすぐのことだった。
「なんだよ?」
「……なんでもない」
私がぷいと顔を背けるのと同時に、お母さんが何かを叫ぶのが聞こえた。ハッとして見れば右手が鉄板の端にあって、遅れてチリッとした痛みが走る。今になって思えば、大したことのないちょっとした火傷だった。お母さんはすぐにおしぼりで冷やしてくれたし、お店の人も慌てて冷やす用の水を持ってきてくれて、すごく痛かったのは一瞬だけ。ひりひりとした痛みはあったけど、泣くほどじゃなかった。なのになぜかポロポロと涙がこぼれてきて、止まらなくて、哲次くんやその家族にまで心配をかけてしまった。
どうしてあの時涙が止まらなかったのか、今ならわかる。でもお好み焼きに嫉妬しただなんて恥ずかしすぎるから、絶対に誰にも言わない。
「しくじんなよ」
にやりと笑ってお店の厨房を覗き込んできたカゲに、わかってるってと不満げに返す。ボーダーでフリーのオペレーターをする傍ら、ここ「お好み焼きかげうら」でバイトをすること数年、お客さんの前で焼くことだってある私の腕を舐めてもらっては困る。これでも結構評判はいいほうなのだ。……とはいえ、さすがに緊張はする。私は深呼吸を二回ほど繰り返し、注文されたお好み焼きの材料を持って客席へと向かった。
九月九日。今日は私の幼馴染、哲次くんの誕生日だ。聞けばたまたまその日防衛任務と被っていなかったとかで、仲の良いメンバーで集まって彼の誕生日会をすることになったらしい。場所はもちろんお好み焼きかげうら。少し前に、お前はどうする? とカゲが誘ってくれたけど、バイトの日だったので断った。家が近いからプレゼントはいつでも渡せるし、誕生日会に参加するために元々入れていたバイトの予定を変更するのはさすがに申し訳なかったからだ。
「別にいいだろ。お前が少しくらいいなくても問題ねーよ」
「いや私結構役に立ってるからね! たぶん。当日は男子たちで楽しみなよ。……あっ」
「あ?」
「ひとつだけお願いしていい?」
哲次くんが注文したお好み焼き、私が焼きたいんだけど。
そう言ったら、カゲはニヤニヤしながら「へえ」と呟いた。感情受信体質のサイドエフェクトを持つ彼に、私の恋心はとっくにバレている。私が哲次くんに長いこと片思いしてるのも、美味しいお好み焼きを焼けるようになりたいという下心でここでバイトしてるのも、全部知られてしまっている。その上で、まあ頑張れよとか、早く告ればいいだろと彼なりにアドバイス(?)をしてくれたりするので、もしかしたら女友達より相談してるかもしれない。
「やっと告る気になったのかよ」
「ち、違っ……誕生日祝いに焼いてあげようかなって思っただけ!」
かげうらではお好み焼きを店員に焼いてもらうことも、自分で焼くことも可能だ。長年ここに通っている哲次くんは自分で上手いこと焼いてしまうから、たくさん練習してもその腕を振るう機会が今までなかったのだ。だからこれは、やっと巡って来たチャンス。好きな人に私の焼いたお好み焼きを食べてもらえる、またとない機会なのだ。
「お待たせしました」
席にはカゲとゾエさん、村上くんにポカリ、それと本日の主役である哲次くんがいた。水上くんは遅れてくるらしい。
「なんだ、お前が焼いてくれるのか」
「そ、そうなの! 今日は特別大サービス」
哲次くんに訊かれて、慌てて答える。平常心と自身に言い聞かせるも、緊張で心臓がバクバクしていた。お客さんの前で初めて焼いた時みたいだ。
「火傷すんなよ」
「大丈夫、もう子どもじゃないし。美味しいの焼くからちょっと待ってね」
「おう、期待しとく」
もう数えきれないくらい焼いてきたのだから、いつもみたいにやれば大丈夫。とびきり美味しいのを焼こう。あの時みたいに哲次くんが思わず笑っちゃうような、美味しいお好み焼きを。
鉄板に油を引く。キャベツたっぷりの生地を軽く混ぜてから、鉄板に落とす。今日のはシンプルで王道の豚玉デラックス。大きいからひっくり返す時に注意しないと。
頭の中で順序立てていると、じゅうじゅうと美味しそうな音と匂いが漂ってきた。ひっくり返すのはこのタイミング。私はコテを生地の左右から差し込んで、一気にひっくり返した。それからすぐに、あっ、と思った。お好み焼きの生地が宙を舞うのは、ほんの一瞬。瞬きする間もあるかないか。なのに私の目には生地の落ちゆくさまがスローモーションみたいに映って、ああこれは失敗するなと瞬時に理解した。緊張していつもより力が入っていたからか、上手く焼かなきゃと気負っていたからか。再び鉄板に着地した生地は、端が型崩れしてしまっていた。
「ご、ごめん!」
いつもだったら絶対にしないミスに、さぁっと血の気が引いていく。知り合いとはいえ、お客さんに失敗したものを食べさせるわけにはいかない。すぐに作り直さなきゃと厨房に向かおうとすれば、「落ち着け」と手首を掴まれた。私を止めたのは哲次くんだった。
「これくらい気にしねぇよ。てかこうすりゃくっつくだろ」
哲次くんは生地の入っていたボウルを手に取って、底に余っていた生地を崩れた部分に流し込んだ。それから軽く形を整え直し、「ん」と私にコテを手渡してくる。でも私は失敗しちゃったし、哲次くんが焼いたほうがいいんじゃないだろうか。ちらりと哲次くんの様子を窺うと、彼は私の考えていることなどお見通しだったようで、ニッと悪戯っぽく笑って言った。
「今日はお前が焼いてくれんだろ」
背中を押されたような気分だった。それと同時にじわりと胸の奥があたたかくなって、やっぱり好きだなぁと改めて思う。
「うん!」
私は頷いて、哲次くんからコテを受け取った。落ち着いて、慎重にお好み焼きをひっくり返す。崩れていたところも綺麗にくっつき、いい焼き色だ。それから刷毛でかげうら自慢のソースを塗り、マヨネーズをかけ、青のり、鰹節を塗して。
「よし、完成!」
哲次くんの機転のおかげだけど、なかなか上手くできたと思う。テーブルからは「おお!」と感嘆の声が上がった。一仕事終え、ふぅとひと息ついていると、ポカリが「挿すか、ロウソク」と密かに用意していたらしい数字のロウソクを制服のポケットから取り出した。哲次くんは「挿さねえよ」と一蹴し、私が焼いた出来たてのお好み焼きをひとくち頬張る。
「ん、美味い」
「ほ、本当?」
「ああ、嘘なんかつくかよ」
ふっと、哲次くんの目元が緩む。幼い頃に見たあの幸せいっぱいのものとはだいぶ違う、けれど確かに嬉しそうな笑顔が、お好み焼きではなく私に向けられる。ああ、私はずっと哲次くんのこの顔が見たかったんだ。じわじわと嬉しさが込み上げてきて、へへっと気の緩んだ笑みが溢れる。
「誕生日おめでとう、哲次くん」
「ありがとよ。来年もよろしく頼むぜ」
来年? と首を傾げると、哲次くんはニヤリと口端を吊り上げた。
「俺はてっきり来年もお前が焼いてくれると思ったんだが」
違ったか? と問われ、ぶんぶんと首を横に振る。
「焼く! 来年は今日よりもっと美味しいのを焼くから!」
今よりもっと練習して、また美味いって笑ってもらえるように、たくさんたくさん頑張りたい。カゲには試食係として付き合ってもらうことになるかもしれないけど。そんな私の感情が刺さったのか、カゲはすごく嫌そうな顔をして無言のままふるふると首を振った。その間にポカリはお好み焼きにロウソクを挿していて、ゾエさんは止めたんだけどなぁと頬を掻き、それを見ていた鋼くんは涙目になって笑っていた。
「お前らなぁ」
呆れたように言う哲次くんの声は、それでも嬉しそうだった。
「私そろそろ仕事に戻るね」
「ああ、引き止めて悪かったな」
今日という日が彼にとって幸せなものでありますように。そう願いながら、私は騒がしくも楽しいテーブルを後にした。
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