優一郎黒野
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チクタクと時計の針が進んでいく。今日が終わるまで、あとーー。
「どうした?」
「へっ⁉︎」
「さっきから手が止まっている。疲れたか?」
隣から伸びてきた両手が私の頬を包む。そのままぐにぐにと引っ張られて「顔色が悪いな」と黒野先輩が呟いた。顔色は触らなくてもわかるのでは? という疑問は飲み込んで、私は大丈夫だと笑ってみせる。内心は黒野先輩の勘の良さにドキドキしていたのだけれど、まだ気付かれるわけにはいかない。
「部長が押し付けてきた仕事、全然終わらないなって思ってただけです。体はこの通り元気ですよ」
「いや、明らかにおかしい。休憩にしよう。ここで待っていろ、俺は缶コーヒーでも買ってくる」
「えっ、ちょっ……」
黒野先輩越しに時計を見る。零時まであと十、九……。
ここで先輩に離れられては全てが水の泡だ。それは困る。あと少しだけ、ほんの少しだけこのままーー。
私は頬から離れた黒野先輩の手に自分のを重ねて引き寄せた。再び先輩の手が頬に触れる。このまま数秒時間が稼げればいい。あと、三、二、一、
「黒野先輩、お誕生日おめでとうございます‼︎」
本当はクラッカーを鳴らして祝うつもりだったけれど仕方がない。零時ぴったりにお祝いすることは叶ったのだからそれだけでも良しとしよう。
と、目的を達成して一人満足していたのだけど一向に黒野先輩から反応がない。金色の目を大きく見開いて固まったままでいる。サプライズ成功、いや驚かせすぎてしまっただろうか。
「先輩? おーい、黒野先ぱ……」
不安になって声を掛けると何とも言えない色を湛えた瞳を向けられて、思わず息を飲む。先輩がぐっと身を屈めてきて再びぴたりと動きを止めた。そしてそのまま、ゴツっと鈍い音が響く。
「痛っ⁈」
おでこがじんじんする。誕生日を祝ったら頭突きが返ってきた。そんなことあるだろうか。怒らせてしまったのかと思いきや、離れていく黒野先輩を見るとそういうわけでもなさそうで。
「……ありがとう」
「ど、どういたしまして?」
昔飼ってた実家の猫も機嫌が良いとよく頭突きしてきたっけ。黒野先輩のも多分、そういうことなのだろう。
*
今のは危なかった。危うくめちゃくちゃにするところだった。
だが無理やりはよくない。そんなことで嫌われるわけにはいかない。多少時間がかかっても確実に彼女をものにできるならその方がいい。
とはいえ直前でキスを我慢した俺にちょっとくらいご褒美があってもいいんじゃないか。もう少しこの柔らかな頬を堪能してもーー。
そう楽しもうとした矢先、彼女はケーキを用意していたことを思い出したらしく、俺の手を引き剥がして給湯室に駆けていってしまった。
俺は『本日の主役』と書かれた襷を掛けられて彼女が戻るのを待っている。
それにしてもまさか彼女が俺の誕生日を知っているとは思わなかった。興味がなさすぎて本人すら忘れていたというのに。
「お待たせしました、先輩」
彼女が運んできたのは苺ののった小さなホールケーキだった。ロウソクの火が二つ揺らめいている。
「歳の数じゃないのか」
「キャンプファイヤーみたいで楽しそうですけど今回は数字のロウソクで我慢してくださいね。スプリンクラー発動しても困りますし」
促されるままひと息で吹き消すと彼女はパチパチと手を叩いてもう一度「おめでとうございます」と笑顔で言った。
「実はプレゼントも用意してまして」
前もって準備していたのだろう。机の引き出しから彼女が取り出したのはご丁寧に赤いリボンの巻かれた黒い箱だった。
礼を言って、早く中身を見たいのを我慢してそっとリボンを解く。思い出した。俺は与えられたものが本当の意味で自分のものになるこの瞬間が好きだった。
久しく忘れていた懐かしい高揚感に包まれながらなるべく包装紙を破らないようにして開けると、彼女がまじまじとそれを見つめてきた。
「黒野先輩のことだからびりびりに破くと思ってました」
「破れるか破れないかのギリギリを攻めている」
「あ、いつも通りだった」
包装紙を折り畳んで箱を開ける。「気に入ってもらえましたか?」と恐る恐る訊ねる彼女に頷くと、「よかった」とやわらかな笑みが返ってきた。
頼むからそんな風に笑わないでくれ。せっかく我慢しているのにそんな顔をされたら今すぐにでも自分のものにしたくなる。
俺は彼女に後ろを向くように指示し、一つに束ねられた髪にリボンを結んだ。これでいい。こうしておけばその時まで我慢できる。
気付かれないようそっとその上からキスを落とすとくすぐったそうに彼女が身をよじった。
「これさっきのリボンですか? 首に当たってムズムズします」
「そのままずっと結んでいてくれ」
「ずっと? うーん、仕事の時なら」
「それでいい」
俺の目の前で赤いリボンがひらりと揺れる。
ああ、解く日が楽しみだ。
*
「はっはっはっ。なかなかイカしてるじゃないか、黒野」
「そりゃどうも」
上司が部下の新しいタイピンとバックルを褒めてやったというのにこの返事。全くもって可愛くない。まあ部下に可愛さなど求めていないんだが、勤務態度が悪い。とりあえず減給しとくか。
「で、そのドクロは誰に貰ったんだ? 誕生日プレゼントなんだろ?」
「ドクロじゃなくて死神らしいですよ。というか、わかってて聞くのやめてください。彼女をけしかけたのはアンタでしょう」
「おいおい、俺は何もしてないぞ。何も、な」
黒野はまだ疑いの目を向けていたが嘘は言ってない。
嘘は言ってないが、そういえば。この前ついうっかり黒野のバイタルデータを失くしたことがあった。だがそれもある部下が見つけてすぐに手元に戻ってきた。何でも俺が目を通しておけと渡した書類の中に挟まっていたらしい。俺だって人間だ。そういうこともある。
だからその後、部下がたまたま世話になってる先輩の生年月日を知りサプライズで誕生日を祝ったとしても、それは部下の意思であって俺がけしかけたわけじゃない。俺はただ、『うっかり』書類を紛れ込ませてしまっただけなのだから。
「でも良い誕生日だったんだろ。よかったじゃないか」
「癪ですけど今回は素直に礼を言っときますよ。おかげで解く楽しみができた」
「解く……?」
向かいから書類の束を持ったもう一人の部下が駆けてきた。
「大黒部長、至急これに印鑑をお願いします!」
一つに結んだ髪が揺れている。それが昨日までなかった赤いリボンに彩られていて、隣を見るときゅっと爬虫類のような目が細まっていた。
黒野がより扱いやすくなればそれに越したことはないが、これは思った以上に面白い結果になったようだ。
「ところで、新しい任務があるんだが。勿論やってくれるよな、黒野くん」
「……わかりましたよ」
いつもならぶつくさと小言を零すのに今日は気持ち悪いくらい素直じゃないか。たまには飴も与えてみるものだ。
だが今、溜息を吐いたな。査定を一つ下げるとしよう。
「どうした?」
「へっ⁉︎」
「さっきから手が止まっている。疲れたか?」
隣から伸びてきた両手が私の頬を包む。そのままぐにぐにと引っ張られて「顔色が悪いな」と黒野先輩が呟いた。顔色は触らなくてもわかるのでは? という疑問は飲み込んで、私は大丈夫だと笑ってみせる。内心は黒野先輩の勘の良さにドキドキしていたのだけれど、まだ気付かれるわけにはいかない。
「部長が押し付けてきた仕事、全然終わらないなって思ってただけです。体はこの通り元気ですよ」
「いや、明らかにおかしい。休憩にしよう。ここで待っていろ、俺は缶コーヒーでも買ってくる」
「えっ、ちょっ……」
黒野先輩越しに時計を見る。零時まであと十、九……。
ここで先輩に離れられては全てが水の泡だ。それは困る。あと少しだけ、ほんの少しだけこのままーー。
私は頬から離れた黒野先輩の手に自分のを重ねて引き寄せた。再び先輩の手が頬に触れる。このまま数秒時間が稼げればいい。あと、三、二、一、
「黒野先輩、お誕生日おめでとうございます‼︎」
本当はクラッカーを鳴らして祝うつもりだったけれど仕方がない。零時ぴったりにお祝いすることは叶ったのだからそれだけでも良しとしよう。
と、目的を達成して一人満足していたのだけど一向に黒野先輩から反応がない。金色の目を大きく見開いて固まったままでいる。サプライズ成功、いや驚かせすぎてしまっただろうか。
「先輩? おーい、黒野先ぱ……」
不安になって声を掛けると何とも言えない色を湛えた瞳を向けられて、思わず息を飲む。先輩がぐっと身を屈めてきて再びぴたりと動きを止めた。そしてそのまま、ゴツっと鈍い音が響く。
「痛っ⁈」
おでこがじんじんする。誕生日を祝ったら頭突きが返ってきた。そんなことあるだろうか。怒らせてしまったのかと思いきや、離れていく黒野先輩を見るとそういうわけでもなさそうで。
「……ありがとう」
「ど、どういたしまして?」
昔飼ってた実家の猫も機嫌が良いとよく頭突きしてきたっけ。黒野先輩のも多分、そういうことなのだろう。
*
今のは危なかった。危うくめちゃくちゃにするところだった。
だが無理やりはよくない。そんなことで嫌われるわけにはいかない。多少時間がかかっても確実に彼女をものにできるならその方がいい。
とはいえ直前でキスを我慢した俺にちょっとくらいご褒美があってもいいんじゃないか。もう少しこの柔らかな頬を堪能してもーー。
そう楽しもうとした矢先、彼女はケーキを用意していたことを思い出したらしく、俺の手を引き剥がして給湯室に駆けていってしまった。
俺は『本日の主役』と書かれた襷を掛けられて彼女が戻るのを待っている。
それにしてもまさか彼女が俺の誕生日を知っているとは思わなかった。興味がなさすぎて本人すら忘れていたというのに。
「お待たせしました、先輩」
彼女が運んできたのは苺ののった小さなホールケーキだった。ロウソクの火が二つ揺らめいている。
「歳の数じゃないのか」
「キャンプファイヤーみたいで楽しそうですけど今回は数字のロウソクで我慢してくださいね。スプリンクラー発動しても困りますし」
促されるままひと息で吹き消すと彼女はパチパチと手を叩いてもう一度「おめでとうございます」と笑顔で言った。
「実はプレゼントも用意してまして」
前もって準備していたのだろう。机の引き出しから彼女が取り出したのはご丁寧に赤いリボンの巻かれた黒い箱だった。
礼を言って、早く中身を見たいのを我慢してそっとリボンを解く。思い出した。俺は与えられたものが本当の意味で自分のものになるこの瞬間が好きだった。
久しく忘れていた懐かしい高揚感に包まれながらなるべく包装紙を破らないようにして開けると、彼女がまじまじとそれを見つめてきた。
「黒野先輩のことだからびりびりに破くと思ってました」
「破れるか破れないかのギリギリを攻めている」
「あ、いつも通りだった」
包装紙を折り畳んで箱を開ける。「気に入ってもらえましたか?」と恐る恐る訊ねる彼女に頷くと、「よかった」とやわらかな笑みが返ってきた。
頼むからそんな風に笑わないでくれ。せっかく我慢しているのにそんな顔をされたら今すぐにでも自分のものにしたくなる。
俺は彼女に後ろを向くように指示し、一つに束ねられた髪にリボンを結んだ。これでいい。こうしておけばその時まで我慢できる。
気付かれないようそっとその上からキスを落とすとくすぐったそうに彼女が身をよじった。
「これさっきのリボンですか? 首に当たってムズムズします」
「そのままずっと結んでいてくれ」
「ずっと? うーん、仕事の時なら」
「それでいい」
俺の目の前で赤いリボンがひらりと揺れる。
ああ、解く日が楽しみだ。
*
「はっはっはっ。なかなかイカしてるじゃないか、黒野」
「そりゃどうも」
上司が部下の新しいタイピンとバックルを褒めてやったというのにこの返事。全くもって可愛くない。まあ部下に可愛さなど求めていないんだが、勤務態度が悪い。とりあえず減給しとくか。
「で、そのドクロは誰に貰ったんだ? 誕生日プレゼントなんだろ?」
「ドクロじゃなくて死神らしいですよ。というか、わかってて聞くのやめてください。彼女をけしかけたのはアンタでしょう」
「おいおい、俺は何もしてないぞ。何も、な」
黒野はまだ疑いの目を向けていたが嘘は言ってない。
嘘は言ってないが、そういえば。この前ついうっかり黒野のバイタルデータを失くしたことがあった。だがそれもある部下が見つけてすぐに手元に戻ってきた。何でも俺が目を通しておけと渡した書類の中に挟まっていたらしい。俺だって人間だ。そういうこともある。
だからその後、部下がたまたま世話になってる先輩の生年月日を知りサプライズで誕生日を祝ったとしても、それは部下の意思であって俺がけしかけたわけじゃない。俺はただ、『うっかり』書類を紛れ込ませてしまっただけなのだから。
「でも良い誕生日だったんだろ。よかったじゃないか」
「癪ですけど今回は素直に礼を言っときますよ。おかげで解く楽しみができた」
「解く……?」
向かいから書類の束を持ったもう一人の部下が駆けてきた。
「大黒部長、至急これに印鑑をお願いします!」
一つに結んだ髪が揺れている。それが昨日までなかった赤いリボンに彩られていて、隣を見るときゅっと爬虫類のような目が細まっていた。
黒野がより扱いやすくなればそれに越したことはないが、これは思った以上に面白い結果になったようだ。
「ところで、新しい任務があるんだが。勿論やってくれるよな、黒野くん」
「……わかりましたよ」
いつもならぶつくさと小言を零すのに今日は気持ち悪いくらい素直じゃないか。たまには飴も与えてみるものだ。
だが今、溜息を吐いたな。査定を一つ下げるとしよう。