優一郎黒野
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人と接するのが嫌いなわけじゃない。ただ他人といる時間よりも一人でいる時間のが好きだっただけで。そしてどうやら私はそういう空気を隠すのが下手だったらしい。
入社したばかりの頃、毎日のようにランチに誘ってくれていた同期の子たちは、いつしか私抜きで外に食べに行くようになった。一度も誘いを断ったことはないんだけどな。ちくりと胸が痛んだのはほんの一時。正直に言えば解放感のが大きくて、私らしいなと笑ってしまった。人付き合いは大切だけど無理にするものじゃない。
お昼休憩を告げるチャイムが鳴り、私は鞄を持って食堂へと向かった。自分の席で食べればいいのだけれど、まだ仕事をしている人もいるし気が引けるのだ。うちの食堂はランチを注文しなくても使えるし、水やお茶も自由に飲めるし、何より電子レンジがあるのがありがたい。学生の頃は冷たいお弁当が当たり前だったけど、やっぱり温かいお弁当は美味しさが段違いだ。
電子レンジで軽くお弁当を温めて、席を探す。テーブル席はすぐに埋まるけれど、窓際のカウンターは大抵空いている。こういう時、一人は楽だなと思う。私はカウンター席の一番端に座った。余程混まない限り隣に人が来ることはないし、ここだと来ても一人だし。左右を他人に挟まれるのはどうにも落ち着かない。これは電車でもそう。
お弁当を食べていると、カタンと隣のイスが引かれた。私はそっちを見ないようにしつつ、内心またかと溜息を吐く。カウンター席は余程混まない限り隣に人は来ない。が、いつからか毎日隣に人が座るようになった。他にも席はあるのに、何故か私の隣に。
しばらくして隣からプゥンとカレーの匂いが漂ってきた。今日もカレーか。そう思いながら私は黙々とお弁当を口に運んだ。
視界の端にぐるぐると包帯を巻かれた右手が映る。毎回私の隣に座るこの人は、別部署の黒野主任だ。よからぬ噂しか聞かないけれど、特に何をされるわけでもないのでそのままにしている。喋りかけてくるわけでもなく、暴力を振るってくるわけでもなく。毎日ただ隣で、カレーを食べている。あまりにも大人しくて、本当に噂の黒野主任かと疑いたくなるほどだ。何故私の隣に座るのかは、未だに謎だけれど。
私は黙ったままお弁当を食べ続け、最後に取っておいた卵焼きを口に入れた。今日のはだし巻き卵だ。うん、我ながら良い出来。一人で納得しつつ味わっていると、「美味いか」と声が聞こえた。男の人の声だ。思わずごくりと卵焼きを飲み込んでしまい、咳き込みながら隣を見る。
「美味いか」
金色の双眸がしっかりと私を捉えていた。恐る恐る頷くと「そうか」と黒野主任の唇が動く。初めて話しかけられた。でも何で今さら。
「黒野主任は……その、カレー美味しいですか?」
話を続ける必要はなかったのに気づけば聞き返していた。私の質問に黒野主任は一瞬目を丸くして、きゅっとその瞳を細くする。
「ああ。美味いぞ」
そう言ってカレーを掬い、私のほうへとスプーンを差し出してくる。
「あ、いや欲しいわけじゃなくて……むぐっ⁈」
断ったのに無理やり口にスプーンを突っ込まれた。口の中が一気にカレー味になる。どろりとしたそれはカレーには違いなかったけれど、具はなくて、でもーー。
「美味いだろう」
「はい、すごく美味しい」
黒野先輩の目が再びきゅうっと細くなる。もしかして喜んでる? もう一度スプーンをこちらに寄越そうとするので、それは丁重にお断りした。
カレーは黒野主任の手作りらしい。具がなくなるまで煮るのが美味しさの秘訣なんだとか。趣味がカレー作りとか意外すぎる。周りからヤバい人だと聞いていたけれど、思ってたより普通の人だ。今なら、気になっていたことを聞けるかもしれない。
「あの、ずっと聞きたかったんですけど」
「なんだ」
「どうしていつも私の隣に座るんですか?」
「初めて君の隣で食べた時に、いつもより美味く感じたからだが」
返ってきた答えに私は思わず「へ?」と間の抜けた声を上げてしまった。
「それだけ?」
「俺にとっては大事なことだ」
理由になっているような、なっていないような。そもそも、その日のカレーの出来が普段よりよかっただけではとも思ったけれど、黒野主任があまりにも真面目な顔で言うものだから、私は思わず吹き出してしまった。
「あっはは、そんなのたまたまでしょう」
「ちゃんと何度も試した」
黒野主任は思い込みが激しいタイプなのかもしれない。
「君は違うのか。俺の隣でいつもより美味しく感じたりしなかったか」
「特にないですけど」
断言すれば、黒野主任が何とも言えない顔をしたのでなかなか笑いが止まらなかった。でも味はいつも通りだから仕方がない。でも、
「今日はちょっとだけ楽しかったです」
誰かと一緒にご飯を食べて、そう思えたのは本当に久しぶりだった。
入社したばかりの頃、毎日のようにランチに誘ってくれていた同期の子たちは、いつしか私抜きで外に食べに行くようになった。一度も誘いを断ったことはないんだけどな。ちくりと胸が痛んだのはほんの一時。正直に言えば解放感のが大きくて、私らしいなと笑ってしまった。人付き合いは大切だけど無理にするものじゃない。
お昼休憩を告げるチャイムが鳴り、私は鞄を持って食堂へと向かった。自分の席で食べればいいのだけれど、まだ仕事をしている人もいるし気が引けるのだ。うちの食堂はランチを注文しなくても使えるし、水やお茶も自由に飲めるし、何より電子レンジがあるのがありがたい。学生の頃は冷たいお弁当が当たり前だったけど、やっぱり温かいお弁当は美味しさが段違いだ。
電子レンジで軽くお弁当を温めて、席を探す。テーブル席はすぐに埋まるけれど、窓際のカウンターは大抵空いている。こういう時、一人は楽だなと思う。私はカウンター席の一番端に座った。余程混まない限り隣に人が来ることはないし、ここだと来ても一人だし。左右を他人に挟まれるのはどうにも落ち着かない。これは電車でもそう。
お弁当を食べていると、カタンと隣のイスが引かれた。私はそっちを見ないようにしつつ、内心またかと溜息を吐く。カウンター席は余程混まない限り隣に人は来ない。が、いつからか毎日隣に人が座るようになった。他にも席はあるのに、何故か私の隣に。
しばらくして隣からプゥンとカレーの匂いが漂ってきた。今日もカレーか。そう思いながら私は黙々とお弁当を口に運んだ。
視界の端にぐるぐると包帯を巻かれた右手が映る。毎回私の隣に座るこの人は、別部署の黒野主任だ。よからぬ噂しか聞かないけれど、特に何をされるわけでもないのでそのままにしている。喋りかけてくるわけでもなく、暴力を振るってくるわけでもなく。毎日ただ隣で、カレーを食べている。あまりにも大人しくて、本当に噂の黒野主任かと疑いたくなるほどだ。何故私の隣に座るのかは、未だに謎だけれど。
私は黙ったままお弁当を食べ続け、最後に取っておいた卵焼きを口に入れた。今日のはだし巻き卵だ。うん、我ながら良い出来。一人で納得しつつ味わっていると、「美味いか」と声が聞こえた。男の人の声だ。思わずごくりと卵焼きを飲み込んでしまい、咳き込みながら隣を見る。
「美味いか」
金色の双眸がしっかりと私を捉えていた。恐る恐る頷くと「そうか」と黒野主任の唇が動く。初めて話しかけられた。でも何で今さら。
「黒野主任は……その、カレー美味しいですか?」
話を続ける必要はなかったのに気づけば聞き返していた。私の質問に黒野主任は一瞬目を丸くして、きゅっとその瞳を細くする。
「ああ。美味いぞ」
そう言ってカレーを掬い、私のほうへとスプーンを差し出してくる。
「あ、いや欲しいわけじゃなくて……むぐっ⁈」
断ったのに無理やり口にスプーンを突っ込まれた。口の中が一気にカレー味になる。どろりとしたそれはカレーには違いなかったけれど、具はなくて、でもーー。
「美味いだろう」
「はい、すごく美味しい」
黒野先輩の目が再びきゅうっと細くなる。もしかして喜んでる? もう一度スプーンをこちらに寄越そうとするので、それは丁重にお断りした。
カレーは黒野主任の手作りらしい。具がなくなるまで煮るのが美味しさの秘訣なんだとか。趣味がカレー作りとか意外すぎる。周りからヤバい人だと聞いていたけれど、思ってたより普通の人だ。今なら、気になっていたことを聞けるかもしれない。
「あの、ずっと聞きたかったんですけど」
「なんだ」
「どうしていつも私の隣に座るんですか?」
「初めて君の隣で食べた時に、いつもより美味く感じたからだが」
返ってきた答えに私は思わず「へ?」と間の抜けた声を上げてしまった。
「それだけ?」
「俺にとっては大事なことだ」
理由になっているような、なっていないような。そもそも、その日のカレーの出来が普段よりよかっただけではとも思ったけれど、黒野主任があまりにも真面目な顔で言うものだから、私は思わず吹き出してしまった。
「あっはは、そんなのたまたまでしょう」
「ちゃんと何度も試した」
黒野主任は思い込みが激しいタイプなのかもしれない。
「君は違うのか。俺の隣でいつもより美味しく感じたりしなかったか」
「特にないですけど」
断言すれば、黒野主任が何とも言えない顔をしたのでなかなか笑いが止まらなかった。でも味はいつも通りだから仕方がない。でも、
「今日はちょっとだけ楽しかったです」
誰かと一緒にご飯を食べて、そう思えたのは本当に久しぶりだった。