優一郎黒野
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最近、太った気がする。体重計には怖くて乗れてないけど絶対そう。だってスカートとか、身に付けてるものがきついし。それもこれも全部、黒野先輩のせいだ。
社会人になって、ぐっと運動量が減った。外回りもそれなりにあるけれどデスクワークのが多いから当たり前だ。学生の時みたいに食べていたらあっという間に体重が増えてしまう。そう危惧した私は、学生の時より一回り小さなお弁当箱を買って、摂取カロリーには充分注意していた。だが。
「これをやろう」
今日も今日とて、黒野先輩が私の目の前にビニール袋を置いていく。今日は会社近くにあるパン屋の袋だった。中身は今流行りのマリトッツォ。美味しそう……じゃなくて! ブリオッシュ生地にたっぷりの生クリーム、まさにカロリーの塊である。こんなもの食べたら、お弁当の量を減らしている意味がない。
「あの、今日は遠慮しておきます」
意を決して袋を黒野先輩のほうへと押し返す。すると先輩はきょとっと瞬きをして、不思議そうに首を傾げた。
「熱でもあるのか? 食欲がないのか?」
「いえ、そういうわけではないんですけど」
黒野先輩の手が伸びてきて、問答無用で私の前髪を押し上げる。「熱はないな」だからないと言っているのに。なんなら包帯越しの先輩の手のひらのほうが私よりずっと熱かった。
ボサボサになった前髪を整えながら、ここ最近のおやつを思い浮かべる。昨日はコンビニの新作プリン、一昨日は有名洋菓子店の焼き菓子各種。期間限定、数量限定商品は出る度に。差し入れはありがたいのだけど、こうも毎日だと当然体重も増えていくわけで。
「しばらくこういうのはいらないので、買ってこないでもらえると……」
「そうか」
機嫌を損ねて無理やり口にマリトッツォを突っ込まれる可能性も考えていたのだが、案外あっさりとした返事が返ってきて拍子抜けする。
「これが噂のハンストか」
「へ、はん……?」
はん、なんだって?
「ハンガーストライキだ。見ろ」
隣でカチカチとマウスをクリックしていた黒野先輩に座っていた椅子ごと引き寄せられて、言われるままに彼のパソコンを覗き込む。
そこに映っていたのは、巷で死神と呼ばれる黒野先輩のパソコン画面には似つかわしくない可愛らしいウサギの姿だった。
「これは?」
「俺が参考にしているブログだ」
先輩はペットなんて飼っていなかったはずだけど。画面に映っていたのはどうやら動画らしい。飼い主が餌のペレットをウサギの口元に持っていくが、それを無視して家具をかじっている。
「このぴょんちゃんだが」
「ぴょんちゃん」
「病院に連れて行かれたのが気に食わなくて一週間もハンストしたらしい」
「はあ」
それが私と何の関係があるのか。そうですか、としか言えずにいると、黒野先輩は真面目な顔でこう続けた。
「今のお前の反応はこのぴょんちゃんによく似ている」
「は?」
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。心なしか頭も痛くなってきた気がする。
「えっと……先輩はこのブログを何の参考にしてるんですか?」
「後輩育成だ。小さくて弱々しいところがお前に似ているから参考になる。弱いくせにたまに見せるふてぶてしい顔もお前そっくりだ」
聞けば、私は黒野先輩にとって初めての三か月もった後輩なんだとか。今までに配属された後輩たちは先輩のハラスメントに堪え兼ねて、辞表や異動願を提出したり、消息不明になったり。そんな中、今も辞めずにいる私はとても貴重なようで、部長からも「絶対に辞めさせるな」と命令されているらしい。
先輩にペット感覚で扱われていたのは不本意だが、これで腑に落ちた。黒野先輩が毎日のように差し入れを買ってきたのは、私を辞めさせないため。つまりただのご機嫌取りだったのだ。
「私、別にハンストしてるわけじゃないですよ」
「そうなのか」
「はい。先輩がいっぱい差し入れくれるから太っちゃって。健康診断までにダイエットしないとやばいんです。差し入れがないからって仕事辞めたりしないので、しばらくは控えていただいて……ぐっ⁈」
突然、脇腹に衝撃が走った。痛くはない。痛くはないが、むにむにと黒野先輩に贅肉を摘まれている。
「なんだ、全然太ってないじゃないか」
これはセクハラに当たるのだろうか。あまりにも自然に、悪気なく触れてくるので、つい呆気にとられてしまった。その間に脇腹を摘まんでいた手は二の腕に移動して、一番柔らかい部位を揉んでくる。
「お前ならもっと柔らかくなれる」
だからそれが困るというのに!
声を大にして伝えたかった私の訴えは、黒野先輩に届くことはなかった。代わりに口の中にとろけるような甘さと、これはオレンジピールだろうか、柑橘系の爽やかさが広がっていく。
ああ、これは。先輩が買ってきたマリトッツォだ。
「美味いか?」
無理やり押し付けながら黒野先輩が訊いてくる。ここで美味しくないと言えば、先輩は今後の差し入れをやめてくれたかもしれない。けれど本当に美味しいものに対して、私は嘘が吐けなかった。不服ながらも頷くと、とろりとした蜂蜜色の瞳がくっと細められる。
ダイエットしたかったのに、これでは太る一方だ。でも口をつけてしまった以上食べないわけにはいかない。
自身で持って食べ進めるとようやく押し付けていた先輩の手が離れていった。
「いい食べっぷりだ」
「食べ物に罪はないですから」
「明日は何を買って来ようか」
「だからいらないですって」
そうは言っても先輩は聞かないのだろう。触り心地が気に入ったのか、もくもくと咀嚼する私の二の腕を揉みながら、とうとう鼻歌まで歌い始めた。これは食事制限以外で痩せる方法を本気で考えなければ。
「まだ早いな。もう少し柔らかくなってから……」
この時の私はダイエットに考えを巡らせすぎてぽつりと零された言葉を聞き漏らしたのだが、黒野先輩の後輩育成の真の意味を知るのは、私が彼好みの柔らかさになってからのことだ。
社会人になって、ぐっと運動量が減った。外回りもそれなりにあるけれどデスクワークのが多いから当たり前だ。学生の時みたいに食べていたらあっという間に体重が増えてしまう。そう危惧した私は、学生の時より一回り小さなお弁当箱を買って、摂取カロリーには充分注意していた。だが。
「これをやろう」
今日も今日とて、黒野先輩が私の目の前にビニール袋を置いていく。今日は会社近くにあるパン屋の袋だった。中身は今流行りのマリトッツォ。美味しそう……じゃなくて! ブリオッシュ生地にたっぷりの生クリーム、まさにカロリーの塊である。こんなもの食べたら、お弁当の量を減らしている意味がない。
「あの、今日は遠慮しておきます」
意を決して袋を黒野先輩のほうへと押し返す。すると先輩はきょとっと瞬きをして、不思議そうに首を傾げた。
「熱でもあるのか? 食欲がないのか?」
「いえ、そういうわけではないんですけど」
黒野先輩の手が伸びてきて、問答無用で私の前髪を押し上げる。「熱はないな」だからないと言っているのに。なんなら包帯越しの先輩の手のひらのほうが私よりずっと熱かった。
ボサボサになった前髪を整えながら、ここ最近のおやつを思い浮かべる。昨日はコンビニの新作プリン、一昨日は有名洋菓子店の焼き菓子各種。期間限定、数量限定商品は出る度に。差し入れはありがたいのだけど、こうも毎日だと当然体重も増えていくわけで。
「しばらくこういうのはいらないので、買ってこないでもらえると……」
「そうか」
機嫌を損ねて無理やり口にマリトッツォを突っ込まれる可能性も考えていたのだが、案外あっさりとした返事が返ってきて拍子抜けする。
「これが噂のハンストか」
「へ、はん……?」
はん、なんだって?
「ハンガーストライキだ。見ろ」
隣でカチカチとマウスをクリックしていた黒野先輩に座っていた椅子ごと引き寄せられて、言われるままに彼のパソコンを覗き込む。
そこに映っていたのは、巷で死神と呼ばれる黒野先輩のパソコン画面には似つかわしくない可愛らしいウサギの姿だった。
「これは?」
「俺が参考にしているブログだ」
先輩はペットなんて飼っていなかったはずだけど。画面に映っていたのはどうやら動画らしい。飼い主が餌のペレットをウサギの口元に持っていくが、それを無視して家具をかじっている。
「このぴょんちゃんだが」
「ぴょんちゃん」
「病院に連れて行かれたのが気に食わなくて一週間もハンストしたらしい」
「はあ」
それが私と何の関係があるのか。そうですか、としか言えずにいると、黒野先輩は真面目な顔でこう続けた。
「今のお前の反応はこのぴょんちゃんによく似ている」
「は?」
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。心なしか頭も痛くなってきた気がする。
「えっと……先輩はこのブログを何の参考にしてるんですか?」
「後輩育成だ。小さくて弱々しいところがお前に似ているから参考になる。弱いくせにたまに見せるふてぶてしい顔もお前そっくりだ」
聞けば、私は黒野先輩にとって初めての三か月もった後輩なんだとか。今までに配属された後輩たちは先輩のハラスメントに堪え兼ねて、辞表や異動願を提出したり、消息不明になったり。そんな中、今も辞めずにいる私はとても貴重なようで、部長からも「絶対に辞めさせるな」と命令されているらしい。
先輩にペット感覚で扱われていたのは不本意だが、これで腑に落ちた。黒野先輩が毎日のように差し入れを買ってきたのは、私を辞めさせないため。つまりただのご機嫌取りだったのだ。
「私、別にハンストしてるわけじゃないですよ」
「そうなのか」
「はい。先輩がいっぱい差し入れくれるから太っちゃって。健康診断までにダイエットしないとやばいんです。差し入れがないからって仕事辞めたりしないので、しばらくは控えていただいて……ぐっ⁈」
突然、脇腹に衝撃が走った。痛くはない。痛くはないが、むにむにと黒野先輩に贅肉を摘まれている。
「なんだ、全然太ってないじゃないか」
これはセクハラに当たるのだろうか。あまりにも自然に、悪気なく触れてくるので、つい呆気にとられてしまった。その間に脇腹を摘まんでいた手は二の腕に移動して、一番柔らかい部位を揉んでくる。
「お前ならもっと柔らかくなれる」
だからそれが困るというのに!
声を大にして伝えたかった私の訴えは、黒野先輩に届くことはなかった。代わりに口の中にとろけるような甘さと、これはオレンジピールだろうか、柑橘系の爽やかさが広がっていく。
ああ、これは。先輩が買ってきたマリトッツォだ。
「美味いか?」
無理やり押し付けながら黒野先輩が訊いてくる。ここで美味しくないと言えば、先輩は今後の差し入れをやめてくれたかもしれない。けれど本当に美味しいものに対して、私は嘘が吐けなかった。不服ながらも頷くと、とろりとした蜂蜜色の瞳がくっと細められる。
ダイエットしたかったのに、これでは太る一方だ。でも口をつけてしまった以上食べないわけにはいかない。
自身で持って食べ進めるとようやく押し付けていた先輩の手が離れていった。
「いい食べっぷりだ」
「食べ物に罪はないですから」
「明日は何を買って来ようか」
「だからいらないですって」
そうは言っても先輩は聞かないのだろう。触り心地が気に入ったのか、もくもくと咀嚼する私の二の腕を揉みながら、とうとう鼻歌まで歌い始めた。これは食事制限以外で痩せる方法を本気で考えなければ。
「まだ早いな。もう少し柔らかくなってから……」
この時の私はダイエットに考えを巡らせすぎてぽつりと零された言葉を聞き漏らしたのだが、黒野先輩の後輩育成の真の意味を知るのは、私が彼好みの柔らかさになってからのことだ。