優一郎黒野
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年に二度、黒野先輩が機敏に動く時がある。今がまさにその時で、先輩は貰ったばかりの明細を睨みつけながら一心不乱に手元の電卓を打ち鳴らしていた。激しすぎて電卓が壊れないか心配になってくる。大丈夫かな、私の電卓。できればもう少し丁寧に扱ってほしいのだけど。
今日は賞与日、ボーナス支給日だった。黒野先輩は夏と冬にあるこの日を毎回とても心待ちにしているらしく、今朝も賞与明細を受け取るや否や私のデスクから勝手に電卓を引っ張り出し、何やら難しそうな計算を繰り返していた。基本給×数か月に評価がうんたら……と、以前一度だけ黒野先輩が計算方法を教えてくれたことがあったが、もう忘れてしまった。わざわざ計算するのは面倒だし、金額が増えていようが減っていようが私はボーナスが貰えればそれでいい。
ただ、黒野先輩のボーナス増減は私にとって結構重要事項だったりする。何故ならそれによって先輩の私への接し方が変わってくるからだ。賞与額が良ければランチを奢ってくれるなんてこともあるが、そんなのは稀。大抵は悪かったり先輩の納得いく金額ではなかったりで、その度に嫌と言うほどいじめ抜かれてきた。
果たして今回はどうか。期待はしてないけれど、できれば前々回よりはましであってほしい。去年の夏は部長に不服申し立てをするも即却下され、諦めきれなかった黒野先輩はその足で社長に直談判しに行き、不機嫌オーラ全開で帰ってきた。……その後のことは思い出したくもないが、よく辞めなかったなと自分でも思う。
「はあぁぁ」
けたたましい打音が止むと同時に、黒野先輩がいつにも増して重く長い溜め息を吐いた。どうやら芳しくなかったらしい。
「どうでした?」念のため聞くと、唸るような低い声が返ってきた。
「冬より少ない」
「まあ不景気ですからね」
黒野先輩は明細に視線を落としながら、まだぶつぶつと小言を言い続けていた。ここ最近は白装束や柱の件などで駆り出されることが多かったから特別手当の一つや二つ付いてそうなものだが、きっとそれ以上に査定を下げられていたのだろう。外出時は大抵大黒部長が一緒にいて、文句は全て筒抜けだったし。私も何度「減給」や「査定を下げる」といった単語を聞いたかわからない。
「部長に申し立てします?」
「いや、いい」
おや、と私は数度まばたきをした。珍しく黒野先輩が大人しい。まだ不満そうではあるものの、今回はそれを飲み込むことに決めたようだ。これはもしかすると、いじめられずに済むのでは? 抱いてしまった淡い期待。それを見透かしたように鋭い視線がこちらに向けられる。
「お前のも見せてみろ」
「え、嫌ですよ」
「遠慮はいらない。早くしろ」
遠慮ではなく本心だ。けれど抵抗に意味はなく、私の明細は破れる寸前に黒野先輩の手へと渡った。どうせ下がっているだろうし、面白いものでもないと思うけど。それを言ったところで黒野先輩は止まるような人じゃない。そして再び先輩がダカダカと電卓を打ち込むこと数回。
「……信じられない」
ぽつりと呟いた黒野先輩は本当に『信じられないものを見た』という顔をしていた。一体どうしたというのだろう。自分のボーナスの増減など気にならない、その気持ちに嘘はないけれど、黒野先輩のそんな表情を見てしまってはさすがに気になってくる訳で。私は恐る恐る先輩の手元にある明細を覗き込んだ。ぱっと見、支給額はそこまで変動してないようだけど。
「そんなに下がってます?」
「下がってなどいない。上がっているから驚いてるんだ」
「上がって、る……?」
あまりにも聞き慣れない言葉に思わず聞き返してしまった。そんなこと、あるんだ。じわじわと嬉しさが押し寄せてきて頬を緩ませていると、突然包帯だらけの手に顔面を鷲掴みされた。
「ぐっ、にゃにひゅるんれすか」
「調子に乗るなよ。どうせ行動評価あたりが良かっただけだろう。先輩である俺の教育あってことだ。それを忘れるな」
「そ、そうれすね」
黒野先輩は能力評価は高くとも行動評価は地の底だ。これ以上ない反面教師である。そういう意味では本当に感謝して……。
「いひゃい! いひゃいれす‼︎」
黒野先輩の指先が容赦なく頬に食い込む。まるで私の心を読んだかのようなタイミングだ。何度もやめてくれと懇願したところで漸く解放されたが、私の頬には痛々しい痕が残っているに違いない。
「奢れ」
「はい?」
「前に昼食を奢ってやっただろ」
「ああ、それくらいなら……」
「次の賞与まで毎日だ」
「何でそうなるんですか。私一回しか奢られてないのに。食後のデザートも奢るんでそれで勘弁してください」
結局私は三か月ほど黒野先輩にランチ(とデザート。お気に入りはプリンと求肥に包まれたアイス)を奢ることになり、査定プラス分などないようなものだった。
今日は賞与日、ボーナス支給日だった。黒野先輩は夏と冬にあるこの日を毎回とても心待ちにしているらしく、今朝も賞与明細を受け取るや否や私のデスクから勝手に電卓を引っ張り出し、何やら難しそうな計算を繰り返していた。基本給×数か月に評価がうんたら……と、以前一度だけ黒野先輩が計算方法を教えてくれたことがあったが、もう忘れてしまった。わざわざ計算するのは面倒だし、金額が増えていようが減っていようが私はボーナスが貰えればそれでいい。
ただ、黒野先輩のボーナス増減は私にとって結構重要事項だったりする。何故ならそれによって先輩の私への接し方が変わってくるからだ。賞与額が良ければランチを奢ってくれるなんてこともあるが、そんなのは稀。大抵は悪かったり先輩の納得いく金額ではなかったりで、その度に嫌と言うほどいじめ抜かれてきた。
果たして今回はどうか。期待はしてないけれど、できれば前々回よりはましであってほしい。去年の夏は部長に不服申し立てをするも即却下され、諦めきれなかった黒野先輩はその足で社長に直談判しに行き、不機嫌オーラ全開で帰ってきた。……その後のことは思い出したくもないが、よく辞めなかったなと自分でも思う。
「はあぁぁ」
けたたましい打音が止むと同時に、黒野先輩がいつにも増して重く長い溜め息を吐いた。どうやら芳しくなかったらしい。
「どうでした?」念のため聞くと、唸るような低い声が返ってきた。
「冬より少ない」
「まあ不景気ですからね」
黒野先輩は明細に視線を落としながら、まだぶつぶつと小言を言い続けていた。ここ最近は白装束や柱の件などで駆り出されることが多かったから特別手当の一つや二つ付いてそうなものだが、きっとそれ以上に査定を下げられていたのだろう。外出時は大抵大黒部長が一緒にいて、文句は全て筒抜けだったし。私も何度「減給」や「査定を下げる」といった単語を聞いたかわからない。
「部長に申し立てします?」
「いや、いい」
おや、と私は数度まばたきをした。珍しく黒野先輩が大人しい。まだ不満そうではあるものの、今回はそれを飲み込むことに決めたようだ。これはもしかすると、いじめられずに済むのでは? 抱いてしまった淡い期待。それを見透かしたように鋭い視線がこちらに向けられる。
「お前のも見せてみろ」
「え、嫌ですよ」
「遠慮はいらない。早くしろ」
遠慮ではなく本心だ。けれど抵抗に意味はなく、私の明細は破れる寸前に黒野先輩の手へと渡った。どうせ下がっているだろうし、面白いものでもないと思うけど。それを言ったところで黒野先輩は止まるような人じゃない。そして再び先輩がダカダカと電卓を打ち込むこと数回。
「……信じられない」
ぽつりと呟いた黒野先輩は本当に『信じられないものを見た』という顔をしていた。一体どうしたというのだろう。自分のボーナスの増減など気にならない、その気持ちに嘘はないけれど、黒野先輩のそんな表情を見てしまってはさすがに気になってくる訳で。私は恐る恐る先輩の手元にある明細を覗き込んだ。ぱっと見、支給額はそこまで変動してないようだけど。
「そんなに下がってます?」
「下がってなどいない。上がっているから驚いてるんだ」
「上がって、る……?」
あまりにも聞き慣れない言葉に思わず聞き返してしまった。そんなこと、あるんだ。じわじわと嬉しさが押し寄せてきて頬を緩ませていると、突然包帯だらけの手に顔面を鷲掴みされた。
「ぐっ、にゃにひゅるんれすか」
「調子に乗るなよ。どうせ行動評価あたりが良かっただけだろう。先輩である俺の教育あってことだ。それを忘れるな」
「そ、そうれすね」
黒野先輩は能力評価は高くとも行動評価は地の底だ。これ以上ない反面教師である。そういう意味では本当に感謝して……。
「いひゃい! いひゃいれす‼︎」
黒野先輩の指先が容赦なく頬に食い込む。まるで私の心を読んだかのようなタイミングだ。何度もやめてくれと懇願したところで漸く解放されたが、私の頬には痛々しい痕が残っているに違いない。
「奢れ」
「はい?」
「前に昼食を奢ってやっただろ」
「ああ、それくらいなら……」
「次の賞与まで毎日だ」
「何でそうなるんですか。私一回しか奢られてないのに。食後のデザートも奢るんでそれで勘弁してください」
結局私は三か月ほど黒野先輩にランチ(とデザート。お気に入りはプリンと求肥に包まれたアイス)を奢ることになり、査定プラス分などないようなものだった。