優一郎黒野
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
目の前にいるのはこっちを見上げてくる私。そこに鏡があるわけでもないのに、もしかしたらこれが噂のドッペルゲンガーだろうか。そうだ、そうに違いない。
じゃあしょうがないと納得しようとしていた私のネクタイを、もう一人の私がぐいと引っ張った。
「おい」
「……はい」
「目をそらすな。今のお前は俺だ」
現実を突きつけるように、私が言う。その言葉に思わず顔を歪ませると、私は「あぁ。いい顔だ」と恍惚とした表情を浮かべた。
見慣れた黒い瞳に映るのは、何とも情けない顔をした黒野先輩。認めなくはないが、これが今の私だった。
***
気を失うように眠りに落ちて目が覚めた時には、私はすでに黒野先輩の姿をしていた。先輩も眠っていたらしく、私を見るなりすごく嫌そうな顔をした。どうやら私たちは入れ替わってしまったらしい。
原因は間違いなく大黒部長の差し入れてくれたエナジードリンクだ。普段差し入れなんかしない部長がそんなことをするだけで怪しくて、私も黒野先輩も受け取らずにいたら「目の前で飲み干さないと減給だ」などと言われ、渋々飲んだあれ。絶対に何かあると思っていたが、まさかこんなことになるなんて。
すべての元凶である大黒部長の姿はここにはなかった。でもあの人のことだ、どこかで私たちの様子を観察しているのだろう。
「これからどうします? 今日の予定全部キャンセルして大人しくしておくのがいいと思うんですけど」
「何馬鹿なことを言っている」
「は?」
「これからナタクとの実験の時間だ。行くに決まってるだろう」
「私が行くんですか⁈ 無理ですよ!」
「当たり前だ。俺が行く」
何が当たり前なのか全くわからない。己を貫くにも程がある。黒野先輩が行くということは、つまり、私の身体で行くということで。
「私無能力者ですよ! 死んじゃいます」
「知らないのか。無能力者でも弱い奴をいたぶれるんだぞ」
先輩の表情は真剣そのもので、今にも実験棟に向かおうとしていた。だめだ、止めないと。私は慌てて黒野先輩の肩を掴んだ。幸い今のこの身体は黒野先輩のもの。脆弱な私の身体など意図も簡単に止められるだろう。しかしーー。
「痛っ⁈」
突然右腕が疼いた。ちょうど包帯の下、灰病に侵されている部分だ。
何で? さっきまで何ともなかったのに。
じわじわと内側から焼かれるような痛みに歯を食いしばる。次第に息も苦しくなって、呼吸した側から酸素を奪われていくようだった。立つこともままならなくてその場にしゃがみ込むと、それはそれは愉しげな声が降ってきた。
「そういえば言い忘れていた。そろそろ痛み止めが切れる時間だったな」
辛うじて頭を上げると、そこにはゾッとするような笑みを浮かべる私が立っていた。身体は黒野先輩自身のものだというのに、弱々しくあるのを見るのが愉しくて堪らないらしい。ああ、本当に狂ってる。
「痛み止め、は……どこですか……」
「丁度切らしていてな。医務室に行かないとない」
「そんな……」
絶対に嘘だ。けれどポケットを探ってもそれらしいものは見当たらなくて、先輩のデスクの中を探す時間も惜しい。
「実験棟に行くついでだ。送ってやろう。だが痛み止めを打つとしばらく安静にする必要がある。俺を止められなくなるが、どうする?」
そんなことはもうどうでもいい。一刻も早くこの痛みと熱から解放されたい。
息絶え絶えになりながら頷くと、黒野先輩は凶悪な笑みをより一層深くした。
***
目を開けると飛び込んできたのは真っ白な天井だった。ツンとした独特の消毒液の匂いに、ここが医務室なのだと理解する。
あれから黒野先輩に肩を借りて医務室に行って、痛み止めを打ってもらって。何となく記憶はあるけれど、そこからの記憶はさっぱりだった。多分気を失ったのだろう。
身体を起こそうとしたら、全身に激痛が走った。うわ。痛み止め、全然効いてない。
どうすることもできずもうひと眠りしようかと思っていると、横からひょいと黒野先輩が覗き込んできた。私の姿をした先輩ではなく、正真正銘優一郎黒野の姿をした先輩だ。今度こそドッペルゲンガーかもしれない。ニタァとこちらを見て「弱っているな」と笑う様は、まさに先輩そのものだった。
「誰のせいだと思ってるんですか。痛み止め効かないし」
「効いてるぞ。俺は全然痛くない」
何を言って……と視線を移すと、金色の瞳の向こうから私が睨んでいた。
「あれ、戻った?」
「ああ、少し前にな」
「よかったぁ」
安堵とともに視界が滲む。へなへなと力の抜けた声と弱々しく泣く姿が気に入ったのか、黒野先輩はベッドに頬杖をつきながらそんな私の様子を眺めていた。
「調子はどうだ?」
ぽつりとかけられた言葉を反芻する。そうだ、やっと元の身体に戻れたというのにまだ全身が痛い。黒野先輩の身体で体験した灰病とは違う痛みだ。この痛みは知っている。でも私のよく知るそれの比じゃない。
「何、したんですか」
「何も。俺はいつも通りナタクと実験しただけだ」
黒野先輩とナタクくんの実験は今まで幾度となく目にしてきた。先輩は軽々と、それこそおもちゃで遊ぶようにやっていたけど、同じように私の身体でできるとは思えない。もしやったとしたらどうなるか。そんなの確実に運動不足の私の身体が壊れるに決まってる。
「最悪……!」
動かせない身体の代わりに全力で悪態を吐く。布団の下は見えないけれど、全身筋肉痛だけで済んでいると思いたい。
「そうか? 俺はなかなか楽しめた」
満足げにそう語る黒野先輩は、いらないと言っているのにいそいそと私の介護(という名のイジメ)の準備を始めるのだった。
じゃあしょうがないと納得しようとしていた私のネクタイを、もう一人の私がぐいと引っ張った。
「おい」
「……はい」
「目をそらすな。今のお前は俺だ」
現実を突きつけるように、私が言う。その言葉に思わず顔を歪ませると、私は「あぁ。いい顔だ」と恍惚とした表情を浮かべた。
見慣れた黒い瞳に映るのは、何とも情けない顔をした黒野先輩。認めなくはないが、これが今の私だった。
***
気を失うように眠りに落ちて目が覚めた時には、私はすでに黒野先輩の姿をしていた。先輩も眠っていたらしく、私を見るなりすごく嫌そうな顔をした。どうやら私たちは入れ替わってしまったらしい。
原因は間違いなく大黒部長の差し入れてくれたエナジードリンクだ。普段差し入れなんかしない部長がそんなことをするだけで怪しくて、私も黒野先輩も受け取らずにいたら「目の前で飲み干さないと減給だ」などと言われ、渋々飲んだあれ。絶対に何かあると思っていたが、まさかこんなことになるなんて。
すべての元凶である大黒部長の姿はここにはなかった。でもあの人のことだ、どこかで私たちの様子を観察しているのだろう。
「これからどうします? 今日の予定全部キャンセルして大人しくしておくのがいいと思うんですけど」
「何馬鹿なことを言っている」
「は?」
「これからナタクとの実験の時間だ。行くに決まってるだろう」
「私が行くんですか⁈ 無理ですよ!」
「当たり前だ。俺が行く」
何が当たり前なのか全くわからない。己を貫くにも程がある。黒野先輩が行くということは、つまり、私の身体で行くということで。
「私無能力者ですよ! 死んじゃいます」
「知らないのか。無能力者でも弱い奴をいたぶれるんだぞ」
先輩の表情は真剣そのもので、今にも実験棟に向かおうとしていた。だめだ、止めないと。私は慌てて黒野先輩の肩を掴んだ。幸い今のこの身体は黒野先輩のもの。脆弱な私の身体など意図も簡単に止められるだろう。しかしーー。
「痛っ⁈」
突然右腕が疼いた。ちょうど包帯の下、灰病に侵されている部分だ。
何で? さっきまで何ともなかったのに。
じわじわと内側から焼かれるような痛みに歯を食いしばる。次第に息も苦しくなって、呼吸した側から酸素を奪われていくようだった。立つこともままならなくてその場にしゃがみ込むと、それはそれは愉しげな声が降ってきた。
「そういえば言い忘れていた。そろそろ痛み止めが切れる時間だったな」
辛うじて頭を上げると、そこにはゾッとするような笑みを浮かべる私が立っていた。身体は黒野先輩自身のものだというのに、弱々しくあるのを見るのが愉しくて堪らないらしい。ああ、本当に狂ってる。
「痛み止め、は……どこですか……」
「丁度切らしていてな。医務室に行かないとない」
「そんな……」
絶対に嘘だ。けれどポケットを探ってもそれらしいものは見当たらなくて、先輩のデスクの中を探す時間も惜しい。
「実験棟に行くついでだ。送ってやろう。だが痛み止めを打つとしばらく安静にする必要がある。俺を止められなくなるが、どうする?」
そんなことはもうどうでもいい。一刻も早くこの痛みと熱から解放されたい。
息絶え絶えになりながら頷くと、黒野先輩は凶悪な笑みをより一層深くした。
***
目を開けると飛び込んできたのは真っ白な天井だった。ツンとした独特の消毒液の匂いに、ここが医務室なのだと理解する。
あれから黒野先輩に肩を借りて医務室に行って、痛み止めを打ってもらって。何となく記憶はあるけれど、そこからの記憶はさっぱりだった。多分気を失ったのだろう。
身体を起こそうとしたら、全身に激痛が走った。うわ。痛み止め、全然効いてない。
どうすることもできずもうひと眠りしようかと思っていると、横からひょいと黒野先輩が覗き込んできた。私の姿をした先輩ではなく、正真正銘優一郎黒野の姿をした先輩だ。今度こそドッペルゲンガーかもしれない。ニタァとこちらを見て「弱っているな」と笑う様は、まさに先輩そのものだった。
「誰のせいだと思ってるんですか。痛み止め効かないし」
「効いてるぞ。俺は全然痛くない」
何を言って……と視線を移すと、金色の瞳の向こうから私が睨んでいた。
「あれ、戻った?」
「ああ、少し前にな」
「よかったぁ」
安堵とともに視界が滲む。へなへなと力の抜けた声と弱々しく泣く姿が気に入ったのか、黒野先輩はベッドに頬杖をつきながらそんな私の様子を眺めていた。
「調子はどうだ?」
ぽつりとかけられた言葉を反芻する。そうだ、やっと元の身体に戻れたというのにまだ全身が痛い。黒野先輩の身体で体験した灰病とは違う痛みだ。この痛みは知っている。でも私のよく知るそれの比じゃない。
「何、したんですか」
「何も。俺はいつも通りナタクと実験しただけだ」
黒野先輩とナタクくんの実験は今まで幾度となく目にしてきた。先輩は軽々と、それこそおもちゃで遊ぶようにやっていたけど、同じように私の身体でできるとは思えない。もしやったとしたらどうなるか。そんなの確実に運動不足の私の身体が壊れるに決まってる。
「最悪……!」
動かせない身体の代わりに全力で悪態を吐く。布団の下は見えないけれど、全身筋肉痛だけで済んでいると思いたい。
「そうか? 俺はなかなか楽しめた」
満足げにそう語る黒野先輩は、いらないと言っているのにいそいそと私の介護(という名のイジメ)の準備を始めるのだった。