優一郎黒野
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ひゅるるると、寒空に大輪が咲く。
新しい年の始まりを祝う花火だ。知らぬ間に年を越していたらしい。
「意外と綺麗に見えるものですね」
「そうなのか」
「そうですよ。周りに人はいないし、遮るものもないし」
こんなに好条件で見える場所は皇国内でもなかなかないんじゃないだろうか。いつもなら窓に張り付いて写真でも撮るところだが、そんな気になれないのはここが会社だからだ。
入社して数年、今年初めて職場で年を越すことになった。終わらない仕事の合間に食べたのは年越し蕎麦ならぬ年越しカレー。もちろん黒野先輩のお手製で、この日のために気合を入れて煮込んだらしい。具だくさんカレーと聞いていたのに具が一つも見つからないそれは、見た目からは想像もできないほど美味しくて、ついおかわりしてしまった。そうこうしているうちに、年越しちゃったカレーになった訳だが。
「明けましておめでとう」
「おめでとうございます先輩。今年もよろしくお願いします」
「美味いか?」
「はい、とても」
「毎日食べたくなっただろ。なぁ、そうだろ」
「さすがに毎日はちょっと……」
職場で年を越したというのに黒野先輩は少しも苦じゃないみたいだ。カレーまで持ち込んでこの状況を楽しんでいる。後輩としてその姿勢を見習うべきなのはわかるが、やはり私は残業なんてしたくはなかった。この仕事量では今日どころか明日もきっと帰れない。
「本当だったら明日、友達と初詣に行く予定だったのに」
空になったお皿にスプーンを置く音がやけに大きく響いた。なんで私はこんな日にまで仕事をしてるんだろう。言葉にした途端に惨めさや悔しさが込み上げてきて視界が滲む。
黒野先輩の視線を感じたが顔は上げられなかった。きっと弱っている私を見て、至極愉しそうな顔をしているに違いない。
「そんなに楽しみだったのか。たかが初詣だろう」
「楽しいですよ! お参りして、おみくじ引いて、それから……」
「なら俺とすればいい」
「は?」
呆気に取られる私を無視して黒野先輩が何やら作業を始めた。裏紙を使って、切って、書いて、折り畳んで。
「好きなのを引け」
ずいっと黒野先輩が両手を突き出す。その手の中には席替えのくじみたいな四つ折りの紙がいくつも入っていた。
「あの、」
「引きたかったんじゃないのか? 早くしろ」
もしかしてこれは、おみくじ? 圧がすごくて引かないという選択肢はなさそうだ。
恐る恐る選んだ一つを手に取ると、黒野先輩も同じように一つを選ぶ。
「何だった?」
催促されて紙を広げる。手作りと言えどおみくじはおみくじ。できれば良いのを引きたい、が。
「最……凶……?」
これは一体。見間違いかと首を傾げていると「一番良いのを引いたな」と黒野先輩が目をらんらんと輝かせた。
「何ですかこれは」
「俺だ」
「それは知ってます」
「肌身離さず持ち歩くといい。でなければ、それはそれは酷い目に遭う」
どこが一番良いやつなのか。低いトーンで黒野先輩に言われると、本当になりそうで笑えない。
他に何があるのか気になって残りの紙を広げると、出るわ出るわ、凶に大凶、大大凶。おみくじをここまで禍々しい代物にできるのは黒野先輩くらいなものだろう。
「吉くらい入れておいてくださいよ。そういえば先輩は何だったんです?」
「俺か? 俺は大吉だ」
「うそ……」
本当だった。あれだけ色んな凶があった中で唯一の大吉を引くとは。いいな、先輩こそ凶が似合いそうなのに。
「どうやら今年の俺はツイてるらしい」
「きっと私と違って良いことがたくさんありますよ」
「そうか。そうだな。良いことならもうあった」
今年始まってまだ十五分も経っていないのに? という私の疑問は蜂蜜色に塗り潰された。唇にかさついた感触がして、満足そうに息を吐いた黒野先輩が離れて行く。
「たまには恋人と年越しを過ごすのも悪くない」
恋人? 誰が。誰の。
辺りを見渡してもこの部屋にいるのは私と黒野先輩の二人だけ。
もし。もし本当に黒野先輩の言う『恋人』が私だとしたら。今年、これ以上の衝撃は、きっともうない。
新しい年の始まりを祝う花火だ。知らぬ間に年を越していたらしい。
「意外と綺麗に見えるものですね」
「そうなのか」
「そうですよ。周りに人はいないし、遮るものもないし」
こんなに好条件で見える場所は皇国内でもなかなかないんじゃないだろうか。いつもなら窓に張り付いて写真でも撮るところだが、そんな気になれないのはここが会社だからだ。
入社して数年、今年初めて職場で年を越すことになった。終わらない仕事の合間に食べたのは年越し蕎麦ならぬ年越しカレー。もちろん黒野先輩のお手製で、この日のために気合を入れて煮込んだらしい。具だくさんカレーと聞いていたのに具が一つも見つからないそれは、見た目からは想像もできないほど美味しくて、ついおかわりしてしまった。そうこうしているうちに、年越しちゃったカレーになった訳だが。
「明けましておめでとう」
「おめでとうございます先輩。今年もよろしくお願いします」
「美味いか?」
「はい、とても」
「毎日食べたくなっただろ。なぁ、そうだろ」
「さすがに毎日はちょっと……」
職場で年を越したというのに黒野先輩は少しも苦じゃないみたいだ。カレーまで持ち込んでこの状況を楽しんでいる。後輩としてその姿勢を見習うべきなのはわかるが、やはり私は残業なんてしたくはなかった。この仕事量では今日どころか明日もきっと帰れない。
「本当だったら明日、友達と初詣に行く予定だったのに」
空になったお皿にスプーンを置く音がやけに大きく響いた。なんで私はこんな日にまで仕事をしてるんだろう。言葉にした途端に惨めさや悔しさが込み上げてきて視界が滲む。
黒野先輩の視線を感じたが顔は上げられなかった。きっと弱っている私を見て、至極愉しそうな顔をしているに違いない。
「そんなに楽しみだったのか。たかが初詣だろう」
「楽しいですよ! お参りして、おみくじ引いて、それから……」
「なら俺とすればいい」
「は?」
呆気に取られる私を無視して黒野先輩が何やら作業を始めた。裏紙を使って、切って、書いて、折り畳んで。
「好きなのを引け」
ずいっと黒野先輩が両手を突き出す。その手の中には席替えのくじみたいな四つ折りの紙がいくつも入っていた。
「あの、」
「引きたかったんじゃないのか? 早くしろ」
もしかしてこれは、おみくじ? 圧がすごくて引かないという選択肢はなさそうだ。
恐る恐る選んだ一つを手に取ると、黒野先輩も同じように一つを選ぶ。
「何だった?」
催促されて紙を広げる。手作りと言えどおみくじはおみくじ。できれば良いのを引きたい、が。
「最……凶……?」
これは一体。見間違いかと首を傾げていると「一番良いのを引いたな」と黒野先輩が目をらんらんと輝かせた。
「何ですかこれは」
「俺だ」
「それは知ってます」
「肌身離さず持ち歩くといい。でなければ、それはそれは酷い目に遭う」
どこが一番良いやつなのか。低いトーンで黒野先輩に言われると、本当になりそうで笑えない。
他に何があるのか気になって残りの紙を広げると、出るわ出るわ、凶に大凶、大大凶。おみくじをここまで禍々しい代物にできるのは黒野先輩くらいなものだろう。
「吉くらい入れておいてくださいよ。そういえば先輩は何だったんです?」
「俺か? 俺は大吉だ」
「うそ……」
本当だった。あれだけ色んな凶があった中で唯一の大吉を引くとは。いいな、先輩こそ凶が似合いそうなのに。
「どうやら今年の俺はツイてるらしい」
「きっと私と違って良いことがたくさんありますよ」
「そうか。そうだな。良いことならもうあった」
今年始まってまだ十五分も経っていないのに? という私の疑問は蜂蜜色に塗り潰された。唇にかさついた感触がして、満足そうに息を吐いた黒野先輩が離れて行く。
「たまには恋人と年越しを過ごすのも悪くない」
恋人? 誰が。誰の。
辺りを見渡してもこの部屋にいるのは私と黒野先輩の二人だけ。
もし。もし本当に黒野先輩の言う『恋人』が私だとしたら。今年、これ以上の衝撃は、きっともうない。