優一郎黒野
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窓の外にははらはらと雪が舞い、このまま積もれば明日はホワイトクリスマスだ。でもそれを素直に喜べたのは子どもの頃だけ。
大人になった今では憂鬱でしかない。寒いし、仕事は休みにならないし、電車は遅れるし。恋人もいないからどうせ帰っても一人でコンビニのチキンとケーキを食べるくらいだし。
そもそも仕事が忙しくて家に帰れるかどうかもわからない。はあ。
「メリー苦しみます」
死んだ目をしてシャンシャンと鈴を鳴らしていると、子どもたちが数人不思議そうな顔で覗き込んできた。この施設にいながらもまだ汚れを知らない、純粋無垢な瞳だ。
「メリークリスマスだよ、おねえさん」
「おっと間違えちゃった。メリークリスマス!」
白い布地の袋から綺麗に包装されたプレゼントを取り出す。今日私に課せられたのは、このクリスマスパーティーで子どもたちを笑顔にすることだ。
「わあ! ありがとうトナカイのおねえさん」
うん、まあサンタじゃなくてトナカイなんだけどね。サンタ服が足りなくて。
どうせやるなら私もサンタがよかった。サンタの格好をしたい訳ではないけれど、間違いなく全身茶色のトナカイスーツよりはマシだ。
そして本来ならプレゼントはトナカイではなくサンタが配るもの。
「ちゃんと仕事してくださいよ、黒野先輩」
私はやる気なさげに壁にもたれる先輩に向かって言った。
似つかわしくないもふもふの白い髭を生やした彼は、プレゼントの詰まった袋を引っ提げて、クリスマスらしくサンタの帽子を被っていた。ただし色は赤ではなく黒。悪い子を懲らしめにやって来るブラックサンタである。
髭と帽子以外はいつも通りの黒野先輩なので、ワイシャツにネクタイと、どことなく漂う社畜感は否めない。
「弱い奴らがこんなに群れているのに、何故手を出したら駄目なんだ」
「クリスマスパーティーではそういうのはなしって上から言われたでしょう」
「俺が、はいそうですか、と納得するとでも?」
そう言うと思って午前はナタク君との実験に時間を割いたのに。どうやら黒野先輩的には全然足りなかったようだ。でも会社に勤めている以上は上の命令に従うしかない。
「別に納得しなくてもいいですけど、待ってるのは減給ですよ」
返事の代わりに黒い溜め息がぷかり、真っ白な部屋に浮かぶ。
相変わらずやる気なくぼんやりと遠くを見つめる黒野先輩だったが、その瞳が不意に私の方を向いた。じぃ、と無言のまま。この人の、弱いところを探して暴くような視線が正直苦手だ。
「何です?」
「お前はトナカイなんだな」
角カチューシャを掴みながら言うものだから首が痛い。
「はい。手違いで衣装が足りなくて」
「手違い? 衣装を用意させたのは大黒部長だぞ。……ああでもそうか、そういうことか」
黒野先輩の口端と目尻が綺麗な弧を描く。実験中に何度も見て、すっかり見慣れてしまった邪悪な笑みだ。見慣れて何も感じなくなったはずなのに、自分に向けられた途端にゾッと背中に悪寒が走る。これはだめだ。嫌な予感しかしない。
「ナタク」
先輩が貰ったばかりのカードゲームに夢中になっていたナタク君を呼んだ。ぱたぱたと軽い足音が近付いてくる。
「何ですか黒野さん?」
「君は悪い子だな」
「は、はい!」
急に何を言い出すんだ。唐突すぎてナタク君も困惑してるじゃないか。
「今日の実験、昨日より良いデータが得られたそうだ。あれ程強くなるなと言ったのに」
「……すみません」
それは黒野先輩の理論であって、灰島としてはこの上なく良いことである。ナタク君が謝る必要はどこにもない。
「言うことの聞けない悪い子にはこれをあげよう」
言い終わるなり先輩は持っていた袋の紐を緩め、あろうことかひっくり返した。中から音を立てて石炭やじゃがいも、ビニール袋に入ったらモツが大量にこぼれ落ちる。全部出し切った頃にはナタク君の目の前に嬉しくないプレゼントの山が出来上がっていた。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。来年はいい子にするんだよ。しにが……サンタのおじさんとの約束だ」
今日は子どもたちを楽しませるのが仕事と言ったのに、この人ときたら。でもナタク君も嫌がってないから、これはこれでアリなのだろうか。
と、呑気にそんなことを考えていた時だった。
ふっと視界が陰り、何だろうと顔を上げた瞬間、またあの笑みが見えた。
純粋に、ただただ愉しそうに歪む瞳と唇。そして空になった袋がまるで蛇のように大きく口を開けていた。
「っ⁈」
そのまま容赦なく頭からぱくりと飲み込まれ、勢いよくぐるりと向きを変えられる。お尻を強かに打って痛い。けれど泣き言を言ってる場合じゃない。逃げなければ……!
頭上から差し込む光に手を伸ばすと、ニヤリと笑う黒野先輩と目が合って、唯一の出口をきつく紐で縛り上げられてしまった。
最悪だ。
出口があった場所を内側から開けようと試みるも、どれだけきつく縛ったのか、爪が痛むだけだった。安っぽいと侮っていた布袋は意外と頑丈で、中でいくら暴れても破れそうにない。流石は灰島製。でも今はそれが恨めしい。
「お姉さんをどうするんですか?」
微かに声が聞こえた。ナタク君の声だ。
「トナカイはサンタの所有物だ。どうしようが俺の自由だろう。俺は今サンタだからな」
「でも……」
「知らないのか。トナカイはただソリを引くだけじゃない。角も毛皮も肉も骨も、無駄なく使えるんだ。だが俺に言わせればまだ無駄がある」
ふわりと体が浮いたと思ったらすぐにお腹に衝撃が来て、思わず呻き声を上げた。じわじわと頭に血がのぼり、黒野先輩が布袋を担ぎ上げたのだとわかる。
「食べる前にいたぶらないなんて勿体ないだろう?」
私は袋の中でとっさに両耳を塞いだ。
大丈夫、今のはただの空耳で、私は何も聞いてない。
大人になった今では憂鬱でしかない。寒いし、仕事は休みにならないし、電車は遅れるし。恋人もいないからどうせ帰っても一人でコンビニのチキンとケーキを食べるくらいだし。
そもそも仕事が忙しくて家に帰れるかどうかもわからない。はあ。
「メリー苦しみます」
死んだ目をしてシャンシャンと鈴を鳴らしていると、子どもたちが数人不思議そうな顔で覗き込んできた。この施設にいながらもまだ汚れを知らない、純粋無垢な瞳だ。
「メリークリスマスだよ、おねえさん」
「おっと間違えちゃった。メリークリスマス!」
白い布地の袋から綺麗に包装されたプレゼントを取り出す。今日私に課せられたのは、このクリスマスパーティーで子どもたちを笑顔にすることだ。
「わあ! ありがとうトナカイのおねえさん」
うん、まあサンタじゃなくてトナカイなんだけどね。サンタ服が足りなくて。
どうせやるなら私もサンタがよかった。サンタの格好をしたい訳ではないけれど、間違いなく全身茶色のトナカイスーツよりはマシだ。
そして本来ならプレゼントはトナカイではなくサンタが配るもの。
「ちゃんと仕事してくださいよ、黒野先輩」
私はやる気なさげに壁にもたれる先輩に向かって言った。
似つかわしくないもふもふの白い髭を生やした彼は、プレゼントの詰まった袋を引っ提げて、クリスマスらしくサンタの帽子を被っていた。ただし色は赤ではなく黒。悪い子を懲らしめにやって来るブラックサンタである。
髭と帽子以外はいつも通りの黒野先輩なので、ワイシャツにネクタイと、どことなく漂う社畜感は否めない。
「弱い奴らがこんなに群れているのに、何故手を出したら駄目なんだ」
「クリスマスパーティーではそういうのはなしって上から言われたでしょう」
「俺が、はいそうですか、と納得するとでも?」
そう言うと思って午前はナタク君との実験に時間を割いたのに。どうやら黒野先輩的には全然足りなかったようだ。でも会社に勤めている以上は上の命令に従うしかない。
「別に納得しなくてもいいですけど、待ってるのは減給ですよ」
返事の代わりに黒い溜め息がぷかり、真っ白な部屋に浮かぶ。
相変わらずやる気なくぼんやりと遠くを見つめる黒野先輩だったが、その瞳が不意に私の方を向いた。じぃ、と無言のまま。この人の、弱いところを探して暴くような視線が正直苦手だ。
「何です?」
「お前はトナカイなんだな」
角カチューシャを掴みながら言うものだから首が痛い。
「はい。手違いで衣装が足りなくて」
「手違い? 衣装を用意させたのは大黒部長だぞ。……ああでもそうか、そういうことか」
黒野先輩の口端と目尻が綺麗な弧を描く。実験中に何度も見て、すっかり見慣れてしまった邪悪な笑みだ。見慣れて何も感じなくなったはずなのに、自分に向けられた途端にゾッと背中に悪寒が走る。これはだめだ。嫌な予感しかしない。
「ナタク」
先輩が貰ったばかりのカードゲームに夢中になっていたナタク君を呼んだ。ぱたぱたと軽い足音が近付いてくる。
「何ですか黒野さん?」
「君は悪い子だな」
「は、はい!」
急に何を言い出すんだ。唐突すぎてナタク君も困惑してるじゃないか。
「今日の実験、昨日より良いデータが得られたそうだ。あれ程強くなるなと言ったのに」
「……すみません」
それは黒野先輩の理論であって、灰島としてはこの上なく良いことである。ナタク君が謝る必要はどこにもない。
「言うことの聞けない悪い子にはこれをあげよう」
言い終わるなり先輩は持っていた袋の紐を緩め、あろうことかひっくり返した。中から音を立てて石炭やじゃがいも、ビニール袋に入ったらモツが大量にこぼれ落ちる。全部出し切った頃にはナタク君の目の前に嬉しくないプレゼントの山が出来上がっていた。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。来年はいい子にするんだよ。しにが……サンタのおじさんとの約束だ」
今日は子どもたちを楽しませるのが仕事と言ったのに、この人ときたら。でもナタク君も嫌がってないから、これはこれでアリなのだろうか。
と、呑気にそんなことを考えていた時だった。
ふっと視界が陰り、何だろうと顔を上げた瞬間、またあの笑みが見えた。
純粋に、ただただ愉しそうに歪む瞳と唇。そして空になった袋がまるで蛇のように大きく口を開けていた。
「っ⁈」
そのまま容赦なく頭からぱくりと飲み込まれ、勢いよくぐるりと向きを変えられる。お尻を強かに打って痛い。けれど泣き言を言ってる場合じゃない。逃げなければ……!
頭上から差し込む光に手を伸ばすと、ニヤリと笑う黒野先輩と目が合って、唯一の出口をきつく紐で縛り上げられてしまった。
最悪だ。
出口があった場所を内側から開けようと試みるも、どれだけきつく縛ったのか、爪が痛むだけだった。安っぽいと侮っていた布袋は意外と頑丈で、中でいくら暴れても破れそうにない。流石は灰島製。でも今はそれが恨めしい。
「お姉さんをどうするんですか?」
微かに声が聞こえた。ナタク君の声だ。
「トナカイはサンタの所有物だ。どうしようが俺の自由だろう。俺は今サンタだからな」
「でも……」
「知らないのか。トナカイはただソリを引くだけじゃない。角も毛皮も肉も骨も、無駄なく使えるんだ。だが俺に言わせればまだ無駄がある」
ふわりと体が浮いたと思ったらすぐにお腹に衝撃が来て、思わず呻き声を上げた。じわじわと頭に血がのぼり、黒野先輩が布袋を担ぎ上げたのだとわかる。
「食べる前にいたぶらないなんて勿体ないだろう?」
私は袋の中でとっさに両耳を塞いだ。
大丈夫、今のはただの空耳で、私は何も聞いてない。