優一郎黒野
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「わあ……!」
黒野先輩から受け取った箱の中身はたくさんのドーナツ。しかも定番から期間限定のものまで揃っている。どれにしようか迷っていたら「好きなだけ食べていい」なんて言われてしまった。
「い、いいんですか⁉︎」
「お前に買って来たんだ。好きにすればいい」
「え、神様はここにいた……? はあ〜、もう黒野先輩ホント好き」
後輩思いの先輩に感謝しつつ、私はぴっちりとドーナツの詰められた箱を覗き込んだ。ひとつめはどれにしよう? シンプルな甘さのもいいし、たっぷりの砂糖でコーティングされたのも捨てがたい。もちもち食感のも好きだけど、今の気分的にはやっぱりあれだ。ホイップクリームのたっぷり詰まったやつ。
君に決めた、と私はウキウキしながら箱に手を伸ばした。けれどいつまで経ってもドーナツには届かない。それどころか押すことも引くことも不可能になってしまった。黒野先輩が、がしりと私の手首を掴んでいるせいで。
「あの、先ぱ……」
「さっきの、もう一回言ってくれ」
「さっき? ああ、先輩は神様……死神様のがよかったです?」
「違う。そのあとだ」
「えっと、好きです?」
そう言うと、ぎゅっと手首を掴む力が強まった気がした。痛くはないけれど掴まれた箇所が熱い。
「どのくらいだ」
「え?」
「どのくらい好きなんだ」
どのくらい、と言われると難しい。しょっちゅう差し入れを買って来てくれるし、仕事もできる人だからかなりお世話になっている。趣味嗜好は理解しかねるが信頼も尊敬もしていて、それなりに、いや、
「結構? 好きですよ」
思ったことをそのまま伝えた。けれど私の回答はお気に召さなかったようで「分かりにくい」とダメ出しが返ってきた。
「じゃあ、部長の数百倍好きです」
「それは元々の基準が低いだろう」
そんなことは、と考えて否定しきれない私がいる。大黒部長がこの場にいなくて本当に良かったと思う。下手したら二人して減給だ。
それにしても、黒野先輩はどんな回答をお望みなのだろう。そろそろ私のなけなしの表現も尽きてきた。あとはーー。
ちらりと掴まれた手首に目を向ける。「ちょっとだけ離してもらえますか」とお願いすると意外とすんなり離されて、黒野先輩自身掴みっぱなしなのを忘れていたみたいだった。久々に解放された手首が空気に触れて冷えていく。
私は自由になった両腕を目一杯横に広げ、
「このくらい好きです」
「……」
全身でどのくらい好きが表現してみたのだが、先輩からの反応がない。考えうる限り一番分かりやすいと思うのだけど。
「じゃあ、このくらい!」
めげずに二の腕が攣りそうなくらい伸ばしてみる。これ以上はもう無理だ。限界を訴えるように先輩を見上げると、ちょうど唇がきゅっと引き結ばれるところだった。何とも言えない顔をしている。これもダメかと諦めていたら、薄く開かれた唇から聞こえてきたのは予想外の台詞だった。
「俺にも聞いてくれ」
「同じ質問をですか?」
「ああ、そうだ」
その質問はされるよりする方がずっと気恥ずかしい。でもこの問答が終わらない限り私はドーナツにありつけない。しばらくお預けを食らっているせいで、ぐぅと腹の虫が鳴った。仕方ない。ドーナツのためなら一時の恥ずかしさくらい我慢してみせよう。
「わ、私のこと、どのくらい好きですか?」
たどたどしい質問に、黒野先輩がぐわりと両腕を伸ばす。
「う、わっ」
足が長いのは知っていたけれど、腕もこんなに長かったとは。もう一度両腕を広げて先輩と比べてみる。まるで大人と子どもだ。下手したら私の倍はあるんじゃないだろうか。
すごいなぁなんて呆けていたら、左右に伸ばされていた腕が一気にこちらに向かってきたことに気付けなかった。そのまま逃げる間もなく抱きすくめられて、浮いた足先が安定を求めるように床を探す。
「ちょ、先輩⁉︎」
「好きだ」
詰めていた息を吐くように囁かれた言葉が鼓膜を揺らす。身をよじったところでびくともしないのだけど、その動きさえ煩わしかったようで、一層強く抱きしめられた。苦しい。苦しくて、熱い。
「……俺は、このくらい好きだ。俺のがお前よりもずっと好きだ」
その言葉に強張っていた体からゆるゆると力が抜けていく。なんだ、そういうことか。
どうやら黒野先輩は、私などすっぽり包み込めるくらい私のことが好き、と全身で表現したかったようだ。しかも変に対抗意識まで燃やして。好きの大きさで意地でも私に負けたくないらしい。
相変わらず思考も行動も読めない人だ。急に抱きしめるだなんて他の人なら確実に『好き』の意味を勘違いしてしまうことだろう。黒野先輩の突拍子もない行動に慣れている私でさえ、うっかり勘違いしそうだったのだから。
「先輩、これ私以外の人にはやっちゃダメですよ」
「心配しなくとも、お前以外には絶対にしない」
ぎゅうと腕に力を込めて、自信満々に先輩が言う。心臓に悪いからできれば私にもしないでほしいのだけど。
「好きだ」
「はいはい。もう充分分かりましたから、そろそろ離してくださいね」
「嫌だ」
「ええ、ドーナツ……」
この時はまだ、黒野先輩の『好き』と私の『好き』が全くの別物だとは考えもしなかった。
黒野先輩から受け取った箱の中身はたくさんのドーナツ。しかも定番から期間限定のものまで揃っている。どれにしようか迷っていたら「好きなだけ食べていい」なんて言われてしまった。
「い、いいんですか⁉︎」
「お前に買って来たんだ。好きにすればいい」
「え、神様はここにいた……? はあ〜、もう黒野先輩ホント好き」
後輩思いの先輩に感謝しつつ、私はぴっちりとドーナツの詰められた箱を覗き込んだ。ひとつめはどれにしよう? シンプルな甘さのもいいし、たっぷりの砂糖でコーティングされたのも捨てがたい。もちもち食感のも好きだけど、今の気分的にはやっぱりあれだ。ホイップクリームのたっぷり詰まったやつ。
君に決めた、と私はウキウキしながら箱に手を伸ばした。けれどいつまで経ってもドーナツには届かない。それどころか押すことも引くことも不可能になってしまった。黒野先輩が、がしりと私の手首を掴んでいるせいで。
「あの、先ぱ……」
「さっきの、もう一回言ってくれ」
「さっき? ああ、先輩は神様……死神様のがよかったです?」
「違う。そのあとだ」
「えっと、好きです?」
そう言うと、ぎゅっと手首を掴む力が強まった気がした。痛くはないけれど掴まれた箇所が熱い。
「どのくらいだ」
「え?」
「どのくらい好きなんだ」
どのくらい、と言われると難しい。しょっちゅう差し入れを買って来てくれるし、仕事もできる人だからかなりお世話になっている。趣味嗜好は理解しかねるが信頼も尊敬もしていて、それなりに、いや、
「結構? 好きですよ」
思ったことをそのまま伝えた。けれど私の回答はお気に召さなかったようで「分かりにくい」とダメ出しが返ってきた。
「じゃあ、部長の数百倍好きです」
「それは元々の基準が低いだろう」
そんなことは、と考えて否定しきれない私がいる。大黒部長がこの場にいなくて本当に良かったと思う。下手したら二人して減給だ。
それにしても、黒野先輩はどんな回答をお望みなのだろう。そろそろ私のなけなしの表現も尽きてきた。あとはーー。
ちらりと掴まれた手首に目を向ける。「ちょっとだけ離してもらえますか」とお願いすると意外とすんなり離されて、黒野先輩自身掴みっぱなしなのを忘れていたみたいだった。久々に解放された手首が空気に触れて冷えていく。
私は自由になった両腕を目一杯横に広げ、
「このくらい好きです」
「……」
全身でどのくらい好きが表現してみたのだが、先輩からの反応がない。考えうる限り一番分かりやすいと思うのだけど。
「じゃあ、このくらい!」
めげずに二の腕が攣りそうなくらい伸ばしてみる。これ以上はもう無理だ。限界を訴えるように先輩を見上げると、ちょうど唇がきゅっと引き結ばれるところだった。何とも言えない顔をしている。これもダメかと諦めていたら、薄く開かれた唇から聞こえてきたのは予想外の台詞だった。
「俺にも聞いてくれ」
「同じ質問をですか?」
「ああ、そうだ」
その質問はされるよりする方がずっと気恥ずかしい。でもこの問答が終わらない限り私はドーナツにありつけない。しばらくお預けを食らっているせいで、ぐぅと腹の虫が鳴った。仕方ない。ドーナツのためなら一時の恥ずかしさくらい我慢してみせよう。
「わ、私のこと、どのくらい好きですか?」
たどたどしい質問に、黒野先輩がぐわりと両腕を伸ばす。
「う、わっ」
足が長いのは知っていたけれど、腕もこんなに長かったとは。もう一度両腕を広げて先輩と比べてみる。まるで大人と子どもだ。下手したら私の倍はあるんじゃないだろうか。
すごいなぁなんて呆けていたら、左右に伸ばされていた腕が一気にこちらに向かってきたことに気付けなかった。そのまま逃げる間もなく抱きすくめられて、浮いた足先が安定を求めるように床を探す。
「ちょ、先輩⁉︎」
「好きだ」
詰めていた息を吐くように囁かれた言葉が鼓膜を揺らす。身をよじったところでびくともしないのだけど、その動きさえ煩わしかったようで、一層強く抱きしめられた。苦しい。苦しくて、熱い。
「……俺は、このくらい好きだ。俺のがお前よりもずっと好きだ」
その言葉に強張っていた体からゆるゆると力が抜けていく。なんだ、そういうことか。
どうやら黒野先輩は、私などすっぽり包み込めるくらい私のことが好き、と全身で表現したかったようだ。しかも変に対抗意識まで燃やして。好きの大きさで意地でも私に負けたくないらしい。
相変わらず思考も行動も読めない人だ。急に抱きしめるだなんて他の人なら確実に『好き』の意味を勘違いしてしまうことだろう。黒野先輩の突拍子もない行動に慣れている私でさえ、うっかり勘違いしそうだったのだから。
「先輩、これ私以外の人にはやっちゃダメですよ」
「心配しなくとも、お前以外には絶対にしない」
ぎゅうと腕に力を込めて、自信満々に先輩が言う。心臓に悪いからできれば私にもしないでほしいのだけど。
「好きだ」
「はいはい。もう充分分かりましたから、そろそろ離してくださいね」
「嫌だ」
「ええ、ドーナツ……」
この時はまだ、黒野先輩の『好き』と私の『好き』が全くの別物だとは考えもしなかった。