生駒達人
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「先輩、なんやむつかしい顔してはりますねぇ」
頭上から降ってきた声に顔を上げると、そこには人当たりのいい笑顔を浮かべる隠岐くんがいた。その手には軽食ののったトレイを持っていて「ここいいですか?」と訊ねる彼に、私はひとつ頷いて、広げていたノートやら筆記用具やらを端に退けた。
「あー、やっと座れた。先輩おって助かりましたわ」
向かいに座り、ふぅとひと息吐いた隠岐くんが疲れた顔で肩を回す。
「いつの間にかこんなに人がいたんだね。全然気づかなかった」
時刻は十三時過ぎ。ランチ時ではないにもかかわらず、ラウンジはぱっと見空席が見つからないほど混んでいた。
「さっきまで迅さんと太刀川さんが対戦しとったみたいで人集まっとったから、それが終わってこっちに流れてきたみたいですね」
「へえ、迅くんもいたんだ。それは珍しい」
話しながらさっきまで弄っていたスマホを脇に置く。このまま何てことない雑談に持って行けたらよかったのだけど、隠岐くんの視線は私ではなく移動させたスマホに注がれたままだった。
「で、先輩は何してはったんです?」
元々柔らかな表情をしている彼の眦がさらに下がる。ニコニコというよりはニヤニヤに近い、ちょっと意地悪な笑みだ。きっと全部わかった上でわざとやっているのだろう。イコくんの隊は水上くんも隠岐くんも、歳下ながらなかなかいい性格をしている。
誤魔化しは無意味だろう。そもそも誤魔化すような内容でもない。そう自分に言い聞かせてスマホを手繰り寄せた。
「写真を見てたんだ」
「写真、ですか?」
「うん、イコくんの写真」
「え……ってことは先輩らやっとくっ付いたんですか?! お赤飯炊かな!」
「いや違うから! 私たちそういうのじゃなくて、ただの友達だからね」
きゃー、と恋バナに沸く女子みたいな反応をされて、慌てて否定する。私とイコくんは同時期にスカウトされて、たまたま高校三年間同じクラスだったから仲が良いだけで、それ以上でもそれ以下でもない。そう何度も言ってるのに隠岐くんや水上くんは、私とイコくんが一緒にいたりすると毎回茶化してくるのだ。私に威厳がないからか、歳下に完全に遊ばれている。イコくんも否定してくれればいいのに、「マジで? そう見える?」とノッてしまうし。
今日も揶揄ってくるのが目に見えていたから、できれば知られたくなかったんだけど。隠岐くんは早く早くと言わんばかりに、わくわくした表情でこちらに手を伸ばしてくる。そんな楽しい話でもないと思うのだけど、私はひとつため息を吐いてから諦めたように彼にスマホを手渡した。
「実は高校の時の写真見てたんだけど、イコくん見事にカメラ目線の写真ばっかでさ。ここまでカメラ目線ばかりだと逆に自然な写真を撮りたくなって。で、ここ何日かこっそり撮ってたんだけど、これだよ」
スマホのアルバムの中には一週間ほどかけて隠し撮りしたイコくんの写真が大量に入っている。我ながら頑張ったと思うのだけど、
「うわー、すごいな。さすがイコさん、全部カメラ目線」
「でしょ。結構遠くから撮ったのに、何でわかったんだろ。もう特殊なセンサーが付いてるとしか思えない」
隠岐くんが画面をスクロールして「あ、これも」「これもか」と笑っている。私も一応全部確認したけれど、どの写真も漏れなくカメラ目線だった。
「イコくんの自然な写真撮れる人、この世にいないんじゃないかな。間違いなく難易度★★★だね」
未来視のサイドエフェクトを持つ迅くんなら、もしかしたら楽勝かもしれない。でも友人とはいえさすがに忙しい彼をこんなことに付き合わせるのは気が引ける。揶揄いつつもノリノリで協力してきそうな気もしなくはないけれど。
「星三つが最高難易度ですか?」
「うん。星三が一番難しいの」
あまりにもイコくんの自然な写真が撮れなくて、私の中でもはやそういうゲームみたいな位置付けになっている。そして難しすぎて、正直クリアできる気がしない。そんな話をしていたら、じっと私のスマホを見つめていた隠岐くんが何やら思いついたようで、ぽつりと呟いた。
「あー。もしかしたら俺、撮れるかも」
「え、嘘?!」
「いやいやホンマですって。あ、撮れたらジュース奢ってくれます?」
「それくらい全然……。じゃあ撮れなかったら隠岐くんがジュース奢ってよ」
「もちろんええですよ。三日もあれば充分です。撮れたら連絡しますね」
軽食を食べ終えた隠岐くんは、そう言って席を立った。
イコくんのカメラ目線じゃない写真を撮るのは至難の業だ。それは生駒隊である隠岐くんもよくわかっているはず。なのにあの自信は一体どこから来るのだろう。私ですら一週間近く粘って一枚も撮れなかったのだから、三日で撮れるはずがない。
これはジュースは頂きだな、そう思っていたのに隠岐くんから「撮れました」と連絡があったのは、三日後ではなく次の日のことだった。
そんなまさか、ありえない。しかし隠岐くんが見せてくれたのは、正真正銘、イコくんのカメラ目線ではない写真で。場所は対戦ブース付近。合成を疑ったけれど、その写真には私の後ろ姿も一緒に写っている。そういえばさっきばったりイコくんに会って、最近どう? なんて話をしたんだっけ。あの時か! 確かに人と話している時なら意識は分散される。
「いやー、思ったより簡単でしたわ。俺には難易度★でしたね」
自販機コーナーでジュースを選びながら、隠岐くんはとてもご機嫌だった。それが無性に悔しくて、私はぐっと唇を噛む。
「私だって次こそ撮ってやるんだから!」
「それは無理やろなぁ。これは一生、先輩には難易度★★★ですよ」
この写真、先輩がおらな撮れませんでしたから。
「へ?」
「何でもないですー」
「嘘、絶対何か言って……」
「言うてませんて。あ、ご馳走様です」
ガコンと自販機からジュースが落ちてきて、隠岐くんは素早くそれを取り上げた。それから防衛任務があるとかでさっさと行ってしまい、彼が何を言ったのか、結局わからず終いだった。
頭上から降ってきた声に顔を上げると、そこには人当たりのいい笑顔を浮かべる隠岐くんがいた。その手には軽食ののったトレイを持っていて「ここいいですか?」と訊ねる彼に、私はひとつ頷いて、広げていたノートやら筆記用具やらを端に退けた。
「あー、やっと座れた。先輩おって助かりましたわ」
向かいに座り、ふぅとひと息吐いた隠岐くんが疲れた顔で肩を回す。
「いつの間にかこんなに人がいたんだね。全然気づかなかった」
時刻は十三時過ぎ。ランチ時ではないにもかかわらず、ラウンジはぱっと見空席が見つからないほど混んでいた。
「さっきまで迅さんと太刀川さんが対戦しとったみたいで人集まっとったから、それが終わってこっちに流れてきたみたいですね」
「へえ、迅くんもいたんだ。それは珍しい」
話しながらさっきまで弄っていたスマホを脇に置く。このまま何てことない雑談に持って行けたらよかったのだけど、隠岐くんの視線は私ではなく移動させたスマホに注がれたままだった。
「で、先輩は何してはったんです?」
元々柔らかな表情をしている彼の眦がさらに下がる。ニコニコというよりはニヤニヤに近い、ちょっと意地悪な笑みだ。きっと全部わかった上でわざとやっているのだろう。イコくんの隊は水上くんも隠岐くんも、歳下ながらなかなかいい性格をしている。
誤魔化しは無意味だろう。そもそも誤魔化すような内容でもない。そう自分に言い聞かせてスマホを手繰り寄せた。
「写真を見てたんだ」
「写真、ですか?」
「うん、イコくんの写真」
「え……ってことは先輩らやっとくっ付いたんですか?! お赤飯炊かな!」
「いや違うから! 私たちそういうのじゃなくて、ただの友達だからね」
きゃー、と恋バナに沸く女子みたいな反応をされて、慌てて否定する。私とイコくんは同時期にスカウトされて、たまたま高校三年間同じクラスだったから仲が良いだけで、それ以上でもそれ以下でもない。そう何度も言ってるのに隠岐くんや水上くんは、私とイコくんが一緒にいたりすると毎回茶化してくるのだ。私に威厳がないからか、歳下に完全に遊ばれている。イコくんも否定してくれればいいのに、「マジで? そう見える?」とノッてしまうし。
今日も揶揄ってくるのが目に見えていたから、できれば知られたくなかったんだけど。隠岐くんは早く早くと言わんばかりに、わくわくした表情でこちらに手を伸ばしてくる。そんな楽しい話でもないと思うのだけど、私はひとつため息を吐いてから諦めたように彼にスマホを手渡した。
「実は高校の時の写真見てたんだけど、イコくん見事にカメラ目線の写真ばっかでさ。ここまでカメラ目線ばかりだと逆に自然な写真を撮りたくなって。で、ここ何日かこっそり撮ってたんだけど、これだよ」
スマホのアルバムの中には一週間ほどかけて隠し撮りしたイコくんの写真が大量に入っている。我ながら頑張ったと思うのだけど、
「うわー、すごいな。さすがイコさん、全部カメラ目線」
「でしょ。結構遠くから撮ったのに、何でわかったんだろ。もう特殊なセンサーが付いてるとしか思えない」
隠岐くんが画面をスクロールして「あ、これも」「これもか」と笑っている。私も一応全部確認したけれど、どの写真も漏れなくカメラ目線だった。
「イコくんの自然な写真撮れる人、この世にいないんじゃないかな。間違いなく難易度★★★だね」
未来視のサイドエフェクトを持つ迅くんなら、もしかしたら楽勝かもしれない。でも友人とはいえさすがに忙しい彼をこんなことに付き合わせるのは気が引ける。揶揄いつつもノリノリで協力してきそうな気もしなくはないけれど。
「星三つが最高難易度ですか?」
「うん。星三が一番難しいの」
あまりにもイコくんの自然な写真が撮れなくて、私の中でもはやそういうゲームみたいな位置付けになっている。そして難しすぎて、正直クリアできる気がしない。そんな話をしていたら、じっと私のスマホを見つめていた隠岐くんが何やら思いついたようで、ぽつりと呟いた。
「あー。もしかしたら俺、撮れるかも」
「え、嘘?!」
「いやいやホンマですって。あ、撮れたらジュース奢ってくれます?」
「それくらい全然……。じゃあ撮れなかったら隠岐くんがジュース奢ってよ」
「もちろんええですよ。三日もあれば充分です。撮れたら連絡しますね」
軽食を食べ終えた隠岐くんは、そう言って席を立った。
イコくんのカメラ目線じゃない写真を撮るのは至難の業だ。それは生駒隊である隠岐くんもよくわかっているはず。なのにあの自信は一体どこから来るのだろう。私ですら一週間近く粘って一枚も撮れなかったのだから、三日で撮れるはずがない。
これはジュースは頂きだな、そう思っていたのに隠岐くんから「撮れました」と連絡があったのは、三日後ではなく次の日のことだった。
そんなまさか、ありえない。しかし隠岐くんが見せてくれたのは、正真正銘、イコくんのカメラ目線ではない写真で。場所は対戦ブース付近。合成を疑ったけれど、その写真には私の後ろ姿も一緒に写っている。そういえばさっきばったりイコくんに会って、最近どう? なんて話をしたんだっけ。あの時か! 確かに人と話している時なら意識は分散される。
「いやー、思ったより簡単でしたわ。俺には難易度★でしたね」
自販機コーナーでジュースを選びながら、隠岐くんはとてもご機嫌だった。それが無性に悔しくて、私はぐっと唇を噛む。
「私だって次こそ撮ってやるんだから!」
「それは無理やろなぁ。これは一生、先輩には難易度★★★ですよ」
この写真、先輩がおらな撮れませんでしたから。
「へ?」
「何でもないですー」
「嘘、絶対何か言って……」
「言うてませんて。あ、ご馳走様です」
ガコンと自販機からジュースが落ちてきて、隠岐くんは素早くそれを取り上げた。それから防衛任務があるとかでさっさと行ってしまい、彼が何を言ったのか、結局わからず終いだった。
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