図書館の大魔術師
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ラコタ族とはーー。
ホブニル地方の沿岸地域で栄えた交易民族。ラコタとは彼らの言葉で「家族」を表し、義理堅く血縁者や友人との繋がりを大切にする民族性があり……。
『ラコタ族の歴史』より
すっかり頭に入っている知識をなぞるようにページをめくる。一冊読み終えての感想は「わからない」、ただそれだけだった。
「どうした? 難しい顔をして」
掛けられた声に顔を上げると、そこには私がこの本を読もうと思ったきっかけであるその人が立っていた。
「ああ、お帰りなさい。いえ、私は結局ブラーク先輩のことがわからないということがわかりました」
「なるほど?」
すべての書物が集まるアフツァック中央圕(図書館)、その法務室所属のカズ=ブラークは私の直属の上司であり先輩だった。彼は大変仕事のできるカフナ(司書)で尊敬している部分はもちろんあるのだが、カフナの特徴であるベールをあまり身に付けず、また異民族を嫌うアシン教徒の他所者を見る目が好きという変態でもあった。
私を部下にした理由も両親が熱心なアシン教徒、それも過激思想のアキニ派だったかららしく、それを聞いた時はいよいよやばい人だなと思った。そんな両親に育てられたにも関わらず信仰よりも本にのめり込んでしまった私は、さぞ期待外れだったことだろう。
「で、何がわからないって」
「え、全部?」
「なら、教えようか」
ブラーク先輩はどこかから椅子を持ってきて、ずいと身体を寄せてきた。ラコタ族は身体が大きいということもあって、圧迫感がすごい。少し位置をずらそうとすれば、それじゃあ本が読めないだろと許してもらえなかった。
「えー、なになに。ラコタ族は長身でつり目で耳たぶが大きく……」
「そんな雑な」
「その通りだな。はい、次ー」
ブラーク先輩は大雑把に読んでペラペラとページをめくっていく。
「挨拶は手の甲で叩くのが一般的、と」
「先輩がやってるの見たことないですけど」
「ほら、これでいいだろ」
ゴンゴンと乱暴に甲で叩かれ睨めつけると、嬉しそうな表情をされたので私は本に集中することにした。
「家族や親しい友人に対して舌を出して見せ合う挨拶もあります。よし、やってみてくれ」
「いや、私先輩と親しくないですし」
「それはさすがに傷つくぞ。何年の付き合いだと思ってる」
珍しく眉を下げるものだから、悪いことをしてるみたいで何だか心苦しくなってくる。やりたくない。やりたくない、けども。仕方なく「んべ」と舌を出すと「そんなに出すと年寄りくさいぞ」と笑われてしまった。やっぱり、やらなければよかった。
「他にわからないことは?」
「もう十分です」
「十分わかったと?」
「はい。私は先輩が嫌いだなと改めて思いました」
ブラーク先輩がラコタ族だからとか私がヒューロン族だからとか関係なく、私はこの人が嫌いだ。いつも私を馬鹿にして楽しそうにしているこの人が。少しでも歩み寄れたらと思って本を読んでみたものの、心の安寧のためにも無理して歩み寄る必要はない。好き嫌い関係なく、仕事はしなければならないのだから。
ストレートな物言いに少しはショックを受けているかと思えば、先輩は嬉しそうに目を細めていた。
「そんなに嫌いなら転属届けを出せばいいじゃないか」
転属届けと聞いて、私は何故と首を傾げる。
「ブラーク先輩は嫌いですが、仕事ぶりは尊敬してますから。先輩から学べることがなくなったら、その時考えます」
「……へえ」
一瞬先輩の目が驚きに見開かれたように見えたが、多分気のせいだろう。すぐにニヤニヤ顔に戻っていたし。
「私、この本片付けてきますね」
そう言って席を立つと、強い力で腕を掴まれた。フッと影が落ちてきて、ブラーク先輩が身を屈めて私を覗きこんでいるのだと気づくまでに数瞬間。嫌いだと言ったことに対しての報復かと身構えれば、先輩はちろりと赤い下を覗かせた。
「君のそういうところ、とても好ましいな。もちろん記憶力、判断力、物怖じしないところなんかも好きだが」
催促するようにつつっと唇をなぞられる。舌を出すのはラコタ族の親しい者への挨拶だ。それも相当心を許した相手への。私は挨拶には挨拶で返すべきと思いつつ、拒否するように顔を背けた。
「フフ、残念」
ブラーク先輩はそれだけ言って、部屋を後にした。この後新人司書たちの授業があるらしい。
「やっぱ嫌い」
へたりと力なくその場に座り込み、私は胸を押さえた。ブラーク先輩は嫌いだし、わからない。一体何を思ってああしたのか、私を揶揄ってそんなに楽しいのか。
そして何より嫌いなのは、揶揄われているとわかっていながら心を乱してしまう私自身だった。
ホブニル地方の沿岸地域で栄えた交易民族。ラコタとは彼らの言葉で「家族」を表し、義理堅く血縁者や友人との繋がりを大切にする民族性があり……。
『ラコタ族の歴史』より
すっかり頭に入っている知識をなぞるようにページをめくる。一冊読み終えての感想は「わからない」、ただそれだけだった。
「どうした? 難しい顔をして」
掛けられた声に顔を上げると、そこには私がこの本を読もうと思ったきっかけであるその人が立っていた。
「ああ、お帰りなさい。いえ、私は結局ブラーク先輩のことがわからないということがわかりました」
「なるほど?」
すべての書物が集まるアフツァック中央圕(図書館)、その法務室所属のカズ=ブラークは私の直属の上司であり先輩だった。彼は大変仕事のできるカフナ(司書)で尊敬している部分はもちろんあるのだが、カフナの特徴であるベールをあまり身に付けず、また異民族を嫌うアシン教徒の他所者を見る目が好きという変態でもあった。
私を部下にした理由も両親が熱心なアシン教徒、それも過激思想のアキニ派だったかららしく、それを聞いた時はいよいよやばい人だなと思った。そんな両親に育てられたにも関わらず信仰よりも本にのめり込んでしまった私は、さぞ期待外れだったことだろう。
「で、何がわからないって」
「え、全部?」
「なら、教えようか」
ブラーク先輩はどこかから椅子を持ってきて、ずいと身体を寄せてきた。ラコタ族は身体が大きいということもあって、圧迫感がすごい。少し位置をずらそうとすれば、それじゃあ本が読めないだろと許してもらえなかった。
「えー、なになに。ラコタ族は長身でつり目で耳たぶが大きく……」
「そんな雑な」
「その通りだな。はい、次ー」
ブラーク先輩は大雑把に読んでペラペラとページをめくっていく。
「挨拶は手の甲で叩くのが一般的、と」
「先輩がやってるの見たことないですけど」
「ほら、これでいいだろ」
ゴンゴンと乱暴に甲で叩かれ睨めつけると、嬉しそうな表情をされたので私は本に集中することにした。
「家族や親しい友人に対して舌を出して見せ合う挨拶もあります。よし、やってみてくれ」
「いや、私先輩と親しくないですし」
「それはさすがに傷つくぞ。何年の付き合いだと思ってる」
珍しく眉を下げるものだから、悪いことをしてるみたいで何だか心苦しくなってくる。やりたくない。やりたくない、けども。仕方なく「んべ」と舌を出すと「そんなに出すと年寄りくさいぞ」と笑われてしまった。やっぱり、やらなければよかった。
「他にわからないことは?」
「もう十分です」
「十分わかったと?」
「はい。私は先輩が嫌いだなと改めて思いました」
ブラーク先輩がラコタ族だからとか私がヒューロン族だからとか関係なく、私はこの人が嫌いだ。いつも私を馬鹿にして楽しそうにしているこの人が。少しでも歩み寄れたらと思って本を読んでみたものの、心の安寧のためにも無理して歩み寄る必要はない。好き嫌い関係なく、仕事はしなければならないのだから。
ストレートな物言いに少しはショックを受けているかと思えば、先輩は嬉しそうに目を細めていた。
「そんなに嫌いなら転属届けを出せばいいじゃないか」
転属届けと聞いて、私は何故と首を傾げる。
「ブラーク先輩は嫌いですが、仕事ぶりは尊敬してますから。先輩から学べることがなくなったら、その時考えます」
「……へえ」
一瞬先輩の目が驚きに見開かれたように見えたが、多分気のせいだろう。すぐにニヤニヤ顔に戻っていたし。
「私、この本片付けてきますね」
そう言って席を立つと、強い力で腕を掴まれた。フッと影が落ちてきて、ブラーク先輩が身を屈めて私を覗きこんでいるのだと気づくまでに数瞬間。嫌いだと言ったことに対しての報復かと身構えれば、先輩はちろりと赤い下を覗かせた。
「君のそういうところ、とても好ましいな。もちろん記憶力、判断力、物怖じしないところなんかも好きだが」
催促するようにつつっと唇をなぞられる。舌を出すのはラコタ族の親しい者への挨拶だ。それも相当心を許した相手への。私は挨拶には挨拶で返すべきと思いつつ、拒否するように顔を背けた。
「フフ、残念」
ブラーク先輩はそれだけ言って、部屋を後にした。この後新人司書たちの授業があるらしい。
「やっぱ嫌い」
へたりと力なくその場に座り込み、私は胸を押さえた。ブラーク先輩は嫌いだし、わからない。一体何を思ってああしたのか、私を揶揄ってそんなに楽しいのか。
そして何より嫌いなのは、揶揄われているとわかっていながら心を乱してしまう私自身だった。
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