相模屋紺炉
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時折ぱちっと火鉢の中で炭が爆ぜる音を聴きながら棒針を動かす。新しい趣味にと始めた編み物は冬が終わる頃になってようやく編み方を見ずともそれなりのものができるようになった。
ツンと毛糸を引っ張られる気配がして目をやるとそこには顔馴染みの姿があって、挨拶がてら顎を撫でてやる。
「春とはいえ今日は冷え込んだものね。でもそれを引っ張ったらだめよ。こっちにおいで」
いつだったか冬の特に寒い日にヒカゲとヒナタが詰所に連れ込んだ野良猫は、今もこうして暖を取りにやってくる。
座卓に転がる毛糸玉に興味津々なところ申し訳ないが、編んだ毛糸が解れかねないので私の膝上にご移動いただく。まだ片手で抱えられるくらい小さい黒猫は私の手を甘噛みしつつも大人しく収まってくれた。
双子に『おはぎ』や『あんころもち』と呼ばれるその仔猫は丸くなるとそうとしか思えなくて、見ていると甘いものが恋しくなってくる。
キリがついたら甘味でも食べよう。餡子の美味しいやつがいい。
ひと仕事終えた後の甘味はきっと格別だ。集中すれば編みかけのこれも八ツ半には完成するかもしれない。揺れる毛糸に戯れつく妨害と戦いながら私は作業を再開した。
今編んでいる襟巻の出番はおそらく次の冬。またその頃に作るのでもいいが、それまで編み方を覚えている自信はない。せっかく買った毛糸も全く使われないまましまわれるのは可哀想だ。
というのは建前で、次の冬までにちゃんとしたものを完成させておきたいというのが本音だ。
肌寒さを感じる頃に「よかったら使ってください」と自然に、大人っぽくあの人に手渡したい。
似つかわしくないとはわかっていても、大人な彼に釣り合うためには背伸びだって必要だ。
手芸屋で見た瞬間に彼に似合うだろうと直感した濃紺の毛糸は、作りはまだまだとはいえ思い描いた襟巻になりつつある。寒空の下、濃紺の襟巻を纏う彼を想像して、頬が緩むのを止められない。
受け取った彼はどんな顔をするだろう。寒がりには見えないけれど身に付けてくれたら嬉しい。
くい、と再び毛糸が引かれて「こら」と膝上を見た。まんまるの美味しそうなおはぎがすぅすぅと寝息を立てている。
じゃあ今毛糸を引っ張ったのは一体ーー?
恐る恐る顔を上げると肘をつきながらもう片方の手指に糸を絡めて目を細める紺炉さんがいた。
「こ、紺炉さんっ!?」
「邪魔して悪かったなァ。集中してるみてェだったから声は掛けねェどこうと思ったンだけどよ。全然こっち見ねェからつい引っ張っちまった」
座卓の上には紺炉さんが休憩にと持って来てくれたらしい温かい緑茶と、餡子団子の載った盆が置かれていた。ちょうど食べたかった餡子だ。
「何をせっせと作ってるンだ?」
「これはその、襟巻を」
「誰にやるンだ? お前さんがあんまりにこにこしながら作ってるから気になってよ。懸想人かい?」
「やだなぁ、自分用ですよ」
にやけていたことまでバレている。彼はいつからここにいたのだろう。
貴方用ですなんて口が裂けても言えなくて、無理があるとはわかっていても自分用だと貫き通すしかなかった。
「へぇ、それにしちゃあ随分と渋い色だなァ。長さもお前さんには長すぎるだろ」
「そんなことないですよ。色も長さも町娘のあいだではとれんどなんです」
紺炉さんはなおも口もとにうっすらと笑みを浮かべて濃紺の糸を弄っていた。
一際大きく火鉢の炭が爆ぜて、膝上の仔猫が飛び起きる。
「なァ、春の宵はまだまだ寒ィと思わねェか?特に首まわりが寒くていけねェ。ちょうどそんな色のそれくらいの長さの襟巻を探してたんだが、春先だからかどこにも売ってなくてな。お前さんさえ良ければそいつを俺にくれねェか」
「でも……」
「どうしてもそいつが欲しいンだ。だめかい?」
すこしだけ首を傾けて、駄々っ子のようにくいくいと毛糸を引っ張られてはお手上げだった。
小さく了承すると紺炉さんは「そいつは楽しみだ」と湯気のたたない緑茶を湯飲みに注いだ。
後日。夜の警らに向かう紺炉さんの首には濃紺の襟巻が巻かれていて想像どおりよく似合っていたのだが、自分用と言ってしまった私の首にも同じものが巻かれることになり、図らずも『ぺあるっく』で町を歩くことになってしまったのは想定外だった。
ツンと毛糸を引っ張られる気配がして目をやるとそこには顔馴染みの姿があって、挨拶がてら顎を撫でてやる。
「春とはいえ今日は冷え込んだものね。でもそれを引っ張ったらだめよ。こっちにおいで」
いつだったか冬の特に寒い日にヒカゲとヒナタが詰所に連れ込んだ野良猫は、今もこうして暖を取りにやってくる。
座卓に転がる毛糸玉に興味津々なところ申し訳ないが、編んだ毛糸が解れかねないので私の膝上にご移動いただく。まだ片手で抱えられるくらい小さい黒猫は私の手を甘噛みしつつも大人しく収まってくれた。
双子に『おはぎ』や『あんころもち』と呼ばれるその仔猫は丸くなるとそうとしか思えなくて、見ていると甘いものが恋しくなってくる。
キリがついたら甘味でも食べよう。餡子の美味しいやつがいい。
ひと仕事終えた後の甘味はきっと格別だ。集中すれば編みかけのこれも八ツ半には完成するかもしれない。揺れる毛糸に戯れつく妨害と戦いながら私は作業を再開した。
今編んでいる襟巻の出番はおそらく次の冬。またその頃に作るのでもいいが、それまで編み方を覚えている自信はない。せっかく買った毛糸も全く使われないまましまわれるのは可哀想だ。
というのは建前で、次の冬までにちゃんとしたものを完成させておきたいというのが本音だ。
肌寒さを感じる頃に「よかったら使ってください」と自然に、大人っぽくあの人に手渡したい。
似つかわしくないとはわかっていても、大人な彼に釣り合うためには背伸びだって必要だ。
手芸屋で見た瞬間に彼に似合うだろうと直感した濃紺の毛糸は、作りはまだまだとはいえ思い描いた襟巻になりつつある。寒空の下、濃紺の襟巻を纏う彼を想像して、頬が緩むのを止められない。
受け取った彼はどんな顔をするだろう。寒がりには見えないけれど身に付けてくれたら嬉しい。
くい、と再び毛糸が引かれて「こら」と膝上を見た。まんまるの美味しそうなおはぎがすぅすぅと寝息を立てている。
じゃあ今毛糸を引っ張ったのは一体ーー?
恐る恐る顔を上げると肘をつきながらもう片方の手指に糸を絡めて目を細める紺炉さんがいた。
「こ、紺炉さんっ!?」
「邪魔して悪かったなァ。集中してるみてェだったから声は掛けねェどこうと思ったンだけどよ。全然こっち見ねェからつい引っ張っちまった」
座卓の上には紺炉さんが休憩にと持って来てくれたらしい温かい緑茶と、餡子団子の載った盆が置かれていた。ちょうど食べたかった餡子だ。
「何をせっせと作ってるンだ?」
「これはその、襟巻を」
「誰にやるンだ? お前さんがあんまりにこにこしながら作ってるから気になってよ。懸想人かい?」
「やだなぁ、自分用ですよ」
にやけていたことまでバレている。彼はいつからここにいたのだろう。
貴方用ですなんて口が裂けても言えなくて、無理があるとはわかっていても自分用だと貫き通すしかなかった。
「へぇ、それにしちゃあ随分と渋い色だなァ。長さもお前さんには長すぎるだろ」
「そんなことないですよ。色も長さも町娘のあいだではとれんどなんです」
紺炉さんはなおも口もとにうっすらと笑みを浮かべて濃紺の糸を弄っていた。
一際大きく火鉢の炭が爆ぜて、膝上の仔猫が飛び起きる。
「なァ、春の宵はまだまだ寒ィと思わねェか?特に首まわりが寒くていけねェ。ちょうどそんな色のそれくらいの長さの襟巻を探してたんだが、春先だからかどこにも売ってなくてな。お前さんさえ良ければそいつを俺にくれねェか」
「でも……」
「どうしてもそいつが欲しいンだ。だめかい?」
すこしだけ首を傾けて、駄々っ子のようにくいくいと毛糸を引っ張られてはお手上げだった。
小さく了承すると紺炉さんは「そいつは楽しみだ」と湯気のたたない緑茶を湯飲みに注いだ。
後日。夜の警らに向かう紺炉さんの首には濃紺の襟巻が巻かれていて想像どおりよく似合っていたのだが、自分用と言ってしまった私の首にも同じものが巻かれることになり、図らずも『ぺあるっく』で町を歩くことになってしまったのは想定外だった。