相模屋紺炉

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目の前に並ぶのは宝石みたいにみずみずしく輝くイチゴパフェと、ハートのチョコが飾られた可愛らしいチョコレートパフェ。

「本当にこれでいいんですか?」
「ああ、ずっと食ってみたかったんだ。ここのぱふぇ」

紺炉中隊長はくしゃりと子どもみたいな顔で笑った。喜んでもらえるならそれが一番だけれども。
五月六日。今日は紺炉中隊長のお誕生日だ。といっても知ったのはつい先ほどのことで、何も用意していなかった私は「何か奢らせてください!」と泣きついた。紺炉中隊長は気を遣わなくていいと言ってくれたが、それでは私の気が収まらず、半ば強引に聞き出した食べたいものがこのお店のパフェだった。
皇国の若い女の子たちに人気のカフェで、写真映えするパフェが有名なお店だ。可愛いらしいパフェがたくさんあり、一度は来てみたいと思っていたが、まさか紺炉中隊長も知っていたとは驚きだ。

「男ひとりだと入り辛くてよ。嬢ちゃんが一緒に来てくれて助かったぜ」
「いえいえとんでもないです。あっ、左側のアイスが溶けそうです!」
「おっといけねェ」

紺炉中隊長が慌てて溶けかけたバニラアイスと赤いハートのチョコレートをスプーンで掬って口に運ぶ。
自然と口元が綻んで幸せそうだ。聞くまでもないと思ったものの、念のため。

「お味はどうですか?」
「ああ、美味ェな」

よかった。安心して私も自分のパフェに手を付けられる。スプーンからこぼれ落ちそうなほどイチゴとソフトクリームを掬ってひとくちで頬張る。果肉の甘酸っぱさとソフトクリームの甘さがたまらない。
もごもごと口を動かしていると、こちらを見てにこにこと笑う紺炉中隊長と目が合った。

「美味ェかい?」
「はい、すごく美味しいです!」
「そりゃよかった。こっちのも食べてみねェか?」
「いいんですか!?」

チョコレートパフェも気になっていた私にはありがたい申し出だ。パフェを交換しようとテーブルの上を滑らせようとしたら、目の前にスプーンが差し出された。

「えっと……?」
「どうした? 早く口開けねェとあいすが溶けちまうぞ」

確かに紺炉中隊長のパフェも食べたいと言ったけれど、思ってたのと違う。隊の女の子たちとはよくやるけども、男の人にいわゆる『あーん』を、しかも、してもらうというのは生まれて初めてのことで、どうしたらいいのかわからない。
紺炉中隊長はヒカゲちゃんやヒナタちゃんにするのと同じ感覚でしているのかもしれないが、私の中では男女間で気軽にするものではなくて、やるとしたらカップルとか……。
色々考えて恥ずかしくなり自分で食べようと細長い柄を掴んだら「揺らすとこぼれちまう」と頑なに放してもらえなかった。
バニラアイスとチョコレートソースが溶けてこのままでは紺炉中隊長の包帯に染みを作ってしまう。ハートのチョコレートもバランスを崩して今にも転がり落ちそうだ。
ええい、ままよ。
私は半ばやけくそになりながら、スプーンを咥えた。

「どうだい?」
「おいひいれす」
「だろ!」

アイスはあっという間に口の中で溶けてハートのチョコレートだけがころりと残り、ラズベリーの甘酸っぱさに顎がきゅっとなる。
恥ずかしさからか顔の熱は引かないし、慣れないことに心臓は破裂しそうだ。
少しでも熱を冷まそうと自分のパフェを掬う。ソフトクリームを多めに、ザクザクのコーンフレークとみずみずしいイチゴも添えて。これだけ頬張れば顔の熱は収まるだろうと思ったのだが、

「そんなにもらっちまっていいのかい?」

忘れていた。うきうきとした瞳がこちらに向けられ、親鳥を待つ雛のように紺炉中隊長が口を開く。
彼のスプーンは紙ナプキンの上に置かれていて、ご自由にお食べくださいと言える状況でもない。私は口を開けて待つ紺炉中隊長とスプーン山盛りのパフェを交互に見つめて、心を決めた。こぼさないよう慎重にスプーンを運ぶ。

「ン、美味ェ」

ひとくちで食べるのは難しいかもしれないと思ったが杞憂に終わり、少しばかり口元に溢れたクリームも彼の親指に拭われて舐めとられる。
その仕草にどきりとして思わず目をそらした。

「多くもらいすぎたな。もうひとくちいるかい?」
「い、いえ。もう充分です!」

再びスプーンを差し出そうとする紺炉中隊長を慌てて止めた。これ以上は私の心臓が保ちそうにない。
コーンフレークに沈みかけたソフトクリームを掬い上げて口に運ぶ。お世話になっている人の誕生日を素直に祝いたいだけなのに、変に意識してしまう自分が嫌だ。間接キスくらいで騒ぐような年齢でもないだろうに。

「嬢ちゃん、今日はありがとよ」
「もっとちゃんと祝えたらよかったんですけど……」
「そんなこと言わねェでくれ。嬢ちゃんに祝ってもらえて、こんなに嬉しいことはねェよ。ただもし嬢ちゃんが納得いかねェってなら、もう一つだけ、俺のお願いを聞いちゃあくれねェか?」

私にできることだったら何でも叶えたい。そう思って頷くと、紺炉中隊長は照れ臭そうに鼻を擦った。

「俺のことを名前で呼んじゃあくれねェか」
「名前、ですか?」
「いやそのなんだ、中隊長ってのはよそよそしくてよ。俺としちゃあ二人きりのときはねェほうが……」
「やっぱり仕事とプライベートは分けたほうがいいですよね」
「いやそうじゃ……まぁそういうことにしといてくれ」

プライベートで『中隊長』と呼ばれれば嫌でも仕事を思い出してしまうに違いない。私も休日に役職で呼ばれたくはないなと反省する。

「わかりました。では改めて」

素敵な一年であるように、と大切な人の生まれた日を祝う。

「お誕生日おめでとうございます。紺炉さん」
「っ、ああ、ありがとよ」

こっそり私も名前で呼んでくださいねと付け加えれば、返事代わりに「ンンッ」と咳払いが聞こえた。コーンフレークが変なところに入ってしまったらしい。
店員さんにお冷をお願いしながら、私は来年もお祝いできたらいいな、なんてことを考えていた。



「チョコレートパフェ……いいなぁ」
「どうしたんですか、マキさん」

祈るようにうっとりとマキさんはテレビ画面を見つめていた。脳内花畑モードのマキさんだ。

「あ、ここ……」
テレビに映っていたのはつい最近紺炉さんと行ったばかりのカフェだった。

「ここのチョコレートパフェに乗ってる赤いハートのチョコをカップルで一つずつ食べると永遠に結ばれるんだって。ロマンチックよね」
「へー。……あれ?」

そういえば、あのときラズベリー味のチョコレートを食べた気がする。確か紺炉さんも食べて……。
いや、まさか。まさか、ね。

「どうしたの? 顔赤いよ」
「な、何でもないです。先にシャワー浴びてきますね!」

あれは若い子たちのあいだで流行っているただの迷信だ。頭では理解しているのに胸が騒がしい。これは一体何のドキドキなのか。このときの私はまだ知らなかった。
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