相模屋紺炉
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深く息を吸うとい草の良い匂いがした。いつもなら落ち着くはずなのに、今日ばかりはどうにもそわそわしてしまう。
正座してぐるりと部屋を見渡したり、座卓の木目とにらめっこしてみたり。そうでもしていないと目線が自然と襖の方へといってしまう。
すこしだけ開いた襖の間から見えるのはたすき掛けをした大きな背中だ。
『ほわいとでー、何か欲しいもンはあるかい?』
『欲しいもの、ですか?』
第八で定期的に行われている情報交換会のあと、私と紺炉中隊長はこっそり甘味情報交換会をしている。そんな中でふと訊かれて、そういえばバレンタインはおかきをチョコレートでコーティングしたものを渡したなと思い返す。
今年のバレンタインは第八女子みんなでお世話になった人たちに感謝を伝えるべくチョコを作ることになったのだが、全員の女子力をかき集めて挑むも惨敗。既製品にチョコをかけただけでも立派な手作りチョコだとリサさん先生に背中を押され、その他第八女子はひたすら色々なものにチョコをかけた。それはもうありとあらゆるものに。第七に渡したチョコもその一つだ。
お返しを考えてくれるのは嬉しいけれど、あのチョコの、となると唸ってしまう。私一人では決められないというのもあるし、何を貰っても嬉しいとも思うからだ。それはきっと第八のみんなも同じで、だからといって何でもいいと答えるわけにもいかず。
うんうん唸っていると難しいこと訊いちまったなと紺炉中隊長を困らせてしまった。
『訊き方が悪かったな。お返しは食いもんにしようと思ってンだが、嬢ちゃんは何が食いたい』
私が食べたいもの。それならわかる。私が今一番食べたいものは、
『紺炉中隊長のお蕎麦が食べたいです‼︎』
思い出して、呻きながら座卓にうつ伏せる。ひんやりとした机が気持ちいい。
いつからこんなに自分本位なってしまったのだろう。みんなへのお返しだということをすっかり忘れて己の欲望を優先させてしまった。
紺炉中隊長も止めてくれればいいのに一瞬目をぱちくりさせただけで、非番の日を教えてくれと話を進めるものだから、私がそのことに気付いたのは彼が帰ってからのことだった。
せめてお菓子にしておくべきだった。でもヒカゲちゃんとヒナタちゃんに紺炉中隊長のお蕎麦がいかに美味しいか聞かされたら食べたくもなってしまう。話に聞いただけのお蕎麦は、火華大隊長が話していた美味しいケーキよりも、人気カフェの限定パフェよりも私には魅力的だったのだ。
耳を澄ますと、とくとくと脈打つ自分の心臓の音と、紺炉中隊長が台所で作業する音が聴こえてくる。
襖の向こうでちらちらと消えたり現れたりする背中を追いながら私はゆっくりと顔を上げた。
もうすこし近くで見たい。
四つん這いになってそろりと襖の隙間に近付いていく。襖の前まで来て覗き込むと、紺炉中隊長は小気味よい音を立てて手早く包丁を動かしていた。テレビでしか観たことがないけれどその時観た職人よりも早いかもしれない。
「すごい……」
思わず感嘆の声が漏れて慌てて両手で押さえる。小声だし、聞こえるはずもないだろうと背中を見守っていると、切り終えたらしい紺炉中隊長がこちらを振り向いた。
「えっ」
ふ、と表情を緩めてこちらに向かってくる。そのまま襖を大きく開かれて元の位置に戻る余裕のなかった私はころりと後ろにひっくり返った。
「くくっ、大丈夫か嬢ちゃん」
「大丈夫、です」
覗き見がバレた上にこんな醜態を晒してしまうなんて恥ずかし過ぎて穴があったら入りたい。けれど寝転がる私に紺炉中隊長が手を差し伸べてくれたので、ありがたくその手を借りて起き上がった。
「よかったらこっちで見るかい?」
「いいんですか?」
「ああ、でも折角の服が汚れちまうな。ちょっと待ってろ」
安物だから気にしなくてもいいのに紺炉中隊長はバタバタと奥に消えていき、大きな作務衣を持って戻って来た。よく知るそれは第七の人たちが着ている火消し服だ。
「うちには割烹着なんてもんなくてな。俺ので悪ィがこいつで我慢してくれ」
ふわりと掛けられた大きな作務衣からは石けんなのかお日様の匂いなのか、とても良い香りがした。腕を通してみると面白いくらい手が出てこなくて、余った袖を揺らすのが楽しくなってきてしまう。
しまった。これでは大人の服を着て喜ぶ子どもだ。こほんと咳払いをして、できる限り大人っぽく言ってみる。
「私には大きすぎるみたいです。もし他の方のがあったら借りてもいいですか?」
「いや、そのままでいい。確か今日は俺の以外全部洗濯しちまってンだ」
「え、今日午後から雨予報……」
「そんなことより、これをこうすりゃあ問題ねェだろ」
紺炉中隊長は慣れた手つきでたすき掛けをしてくれて、私の手は無事顔を出した。
「流石ですね、紺炉中隊長」
「毎日やってるからな。できる漢は違ェだろ」
「ふふ、お母さんみたい」
「そいつァ勘弁してくれ」
紺炉中隊長は丸まっていた生地を薄く伸ばして綺麗に折りたたんでいく。無駄のない動きは見ていて気持ちがいい。
「そんなに見つめなさんな。穴が開いちまいそうだ」
「す、すみません!」
冗談だと笑う紺炉中隊長は再び包丁でトントンと生地を切り始める。一定のリズムで均一の太さで、生地がお蕎麦になっていく。
「やってみるかい?」
「私でもできますかね」
「俺が教えてやるから安心しな」
簡単な説明を聞いて見様見真似でやってみる。同じものを切っているはずなのにごとん、ごととんとまな板が重い悲鳴を上げて、紺炉中隊長の音とはまるで違う。出来上がったのはお蕎麦には程遠くきしめんのようだった。
「ふ、太い」
「味があっていいじゃねェか。切るときのコツはな……」
背後に熱を感じて振り向くと眼前に逞しい胸板があって慌てて前を向く。近い。近すぎる。包丁を持つ手も木間板とやらを持つ手も大きな手に握り込まれてしまって身動きが取れないし、もはやどこを見ていればいいのかもわからない。
「こらこら、余所見してちゃ危ねェだろ。ちゃんと手元見てな」
そんなこと言われても……。紺炉中隊長にとっては何でもないことかもしれないが、恋人すらいたことのない私には男性への耐性なんてあるはずもなく、心臓が壊れそうなくらい脈打っている。
紺炉中隊長には大変申し訳ないけれど、手取り足取り丁寧に説明してもらっているのにお蕎麦を切るコツは何一つ入ってこなかった。
背中に感じる体温と借りた作務衣とは違うどこか薬っぽい匂い、重ねられた手の大きさと感触ばかりが頭に残る。
寒の戻りでキンと冷えた空気が火照った顔にちょうどいい。こんな顔見られたらきっと男慣れしてないのがバレてしまう。紺炉中隊長からは顔が見えないのが救いだ。
私が紺炉中隊長の体温を感じるくらいだから、彼にもまた私の熱が伝わってやしないだろうか。すこしでも距離を取ろうと身を縮めたら、あんま力むんじゃねェ、と節くれだった指に手に込めた力を緩められた。
紺炉中隊長に動かされる私の手はゆっくりではあるものの、お蕎麦らしい見た目のものを切り落としていく。
生地を切る瞬間に紺炉中隊長が握り込む力を強めるので、その都度心臓が跳ねて仕方がないのだけれど。
残りの生地はあとどれくらい? ああ、まだあんなにも残っている。
このままだと切り終えるより先に私の心臓がどうにかなってしまいそうだ。
「こ、紺炉中隊長!」
「ん? どうした」
「もう十分なので、できれば紺炉中隊長が切るところを見ていたいです」
紺炉中隊長は私の手を握ったまますこしばかり考え込んでいた。
「そんなに好きかい?」
「はい、好きです!」
あの職人技はずっと見ていられる自信がある。胸を張って宣言すると、紺炉中隊長は嬉しそうに鼻を擦った。
「そうかいそうかい。そこまで言われたら仕方ねェ」
やっと自由になった私の両手はまだ握り込まれていたときの感触が残っているようで、顔の熱がなかなか引いていかない。
そんな私をよそに、よく見とけよと包丁を握った紺炉中隊長は残りの生地をあっという間に切り終えて、売り物みたいに綺麗なお蕎麦をたっぷりのお湯の中で泳がせ始めた。
「やっぱりお上手ですね。お店が開けそう」
「ありがとよ。若が立派になったのを見届けたら蕎麦屋はやってみてェな」
「それは素敵ですね!その時はぜひお手伝いさせてください」
湯がいたお蕎麦を冷水で締めていた紺炉中隊長の手が止まる。紺炉中隊長の夢を応援したいと思ったのだが、変なことでも口走ってしまったのかと不安になる。
「嬢ちゃんも一緒に店やってくれるのか」
「だめでしたか? あまりお役には立たないかもしれませんが」
お蕎麦は作れないけれど、注文や食器洗い、水や蕎麦粉を運ぶのもできると思う。
「伊達に消防官やってませんよ。力仕事もお任せください」
茉希さんには及ばないけれど私もそれなりに鍛えているつもりだ。力こぶを作ってぽんぽんと叩いてみせる。
「そうか。そいつは楽しみだなァ」
くしゃりと笑う紺炉中隊長は本当に嬉しそうで、こちらまでつられて笑顔になってしまった。
出来上がったかけ蕎麦はヒカゲちゃんとヒナタちゃんに聞いたとおり今まで食べたどのお蕎麦より美味しくて、紺炉中隊長のお蕎麦屋さんが賑わう様を早く見てみたい、とまだ先の未来を待ち遠しく思った。
正座してぐるりと部屋を見渡したり、座卓の木目とにらめっこしてみたり。そうでもしていないと目線が自然と襖の方へといってしまう。
すこしだけ開いた襖の間から見えるのはたすき掛けをした大きな背中だ。
『ほわいとでー、何か欲しいもンはあるかい?』
『欲しいもの、ですか?』
第八で定期的に行われている情報交換会のあと、私と紺炉中隊長はこっそり甘味情報交換会をしている。そんな中でふと訊かれて、そういえばバレンタインはおかきをチョコレートでコーティングしたものを渡したなと思い返す。
今年のバレンタインは第八女子みんなでお世話になった人たちに感謝を伝えるべくチョコを作ることになったのだが、全員の女子力をかき集めて挑むも惨敗。既製品にチョコをかけただけでも立派な手作りチョコだとリサさん先生に背中を押され、その他第八女子はひたすら色々なものにチョコをかけた。それはもうありとあらゆるものに。第七に渡したチョコもその一つだ。
お返しを考えてくれるのは嬉しいけれど、あのチョコの、となると唸ってしまう。私一人では決められないというのもあるし、何を貰っても嬉しいとも思うからだ。それはきっと第八のみんなも同じで、だからといって何でもいいと答えるわけにもいかず。
うんうん唸っていると難しいこと訊いちまったなと紺炉中隊長を困らせてしまった。
『訊き方が悪かったな。お返しは食いもんにしようと思ってンだが、嬢ちゃんは何が食いたい』
私が食べたいもの。それならわかる。私が今一番食べたいものは、
『紺炉中隊長のお蕎麦が食べたいです‼︎』
思い出して、呻きながら座卓にうつ伏せる。ひんやりとした机が気持ちいい。
いつからこんなに自分本位なってしまったのだろう。みんなへのお返しだということをすっかり忘れて己の欲望を優先させてしまった。
紺炉中隊長も止めてくれればいいのに一瞬目をぱちくりさせただけで、非番の日を教えてくれと話を進めるものだから、私がそのことに気付いたのは彼が帰ってからのことだった。
せめてお菓子にしておくべきだった。でもヒカゲちゃんとヒナタちゃんに紺炉中隊長のお蕎麦がいかに美味しいか聞かされたら食べたくもなってしまう。話に聞いただけのお蕎麦は、火華大隊長が話していた美味しいケーキよりも、人気カフェの限定パフェよりも私には魅力的だったのだ。
耳を澄ますと、とくとくと脈打つ自分の心臓の音と、紺炉中隊長が台所で作業する音が聴こえてくる。
襖の向こうでちらちらと消えたり現れたりする背中を追いながら私はゆっくりと顔を上げた。
もうすこし近くで見たい。
四つん這いになってそろりと襖の隙間に近付いていく。襖の前まで来て覗き込むと、紺炉中隊長は小気味よい音を立てて手早く包丁を動かしていた。テレビでしか観たことがないけれどその時観た職人よりも早いかもしれない。
「すごい……」
思わず感嘆の声が漏れて慌てて両手で押さえる。小声だし、聞こえるはずもないだろうと背中を見守っていると、切り終えたらしい紺炉中隊長がこちらを振り向いた。
「えっ」
ふ、と表情を緩めてこちらに向かってくる。そのまま襖を大きく開かれて元の位置に戻る余裕のなかった私はころりと後ろにひっくり返った。
「くくっ、大丈夫か嬢ちゃん」
「大丈夫、です」
覗き見がバレた上にこんな醜態を晒してしまうなんて恥ずかし過ぎて穴があったら入りたい。けれど寝転がる私に紺炉中隊長が手を差し伸べてくれたので、ありがたくその手を借りて起き上がった。
「よかったらこっちで見るかい?」
「いいんですか?」
「ああ、でも折角の服が汚れちまうな。ちょっと待ってろ」
安物だから気にしなくてもいいのに紺炉中隊長はバタバタと奥に消えていき、大きな作務衣を持って戻って来た。よく知るそれは第七の人たちが着ている火消し服だ。
「うちには割烹着なんてもんなくてな。俺ので悪ィがこいつで我慢してくれ」
ふわりと掛けられた大きな作務衣からは石けんなのかお日様の匂いなのか、とても良い香りがした。腕を通してみると面白いくらい手が出てこなくて、余った袖を揺らすのが楽しくなってきてしまう。
しまった。これでは大人の服を着て喜ぶ子どもだ。こほんと咳払いをして、できる限り大人っぽく言ってみる。
「私には大きすぎるみたいです。もし他の方のがあったら借りてもいいですか?」
「いや、そのままでいい。確か今日は俺の以外全部洗濯しちまってンだ」
「え、今日午後から雨予報……」
「そんなことより、これをこうすりゃあ問題ねェだろ」
紺炉中隊長は慣れた手つきでたすき掛けをしてくれて、私の手は無事顔を出した。
「流石ですね、紺炉中隊長」
「毎日やってるからな。できる漢は違ェだろ」
「ふふ、お母さんみたい」
「そいつァ勘弁してくれ」
紺炉中隊長は丸まっていた生地を薄く伸ばして綺麗に折りたたんでいく。無駄のない動きは見ていて気持ちがいい。
「そんなに見つめなさんな。穴が開いちまいそうだ」
「す、すみません!」
冗談だと笑う紺炉中隊長は再び包丁でトントンと生地を切り始める。一定のリズムで均一の太さで、生地がお蕎麦になっていく。
「やってみるかい?」
「私でもできますかね」
「俺が教えてやるから安心しな」
簡単な説明を聞いて見様見真似でやってみる。同じものを切っているはずなのにごとん、ごととんとまな板が重い悲鳴を上げて、紺炉中隊長の音とはまるで違う。出来上がったのはお蕎麦には程遠くきしめんのようだった。
「ふ、太い」
「味があっていいじゃねェか。切るときのコツはな……」
背後に熱を感じて振り向くと眼前に逞しい胸板があって慌てて前を向く。近い。近すぎる。包丁を持つ手も木間板とやらを持つ手も大きな手に握り込まれてしまって身動きが取れないし、もはやどこを見ていればいいのかもわからない。
「こらこら、余所見してちゃ危ねェだろ。ちゃんと手元見てな」
そんなこと言われても……。紺炉中隊長にとっては何でもないことかもしれないが、恋人すらいたことのない私には男性への耐性なんてあるはずもなく、心臓が壊れそうなくらい脈打っている。
紺炉中隊長には大変申し訳ないけれど、手取り足取り丁寧に説明してもらっているのにお蕎麦を切るコツは何一つ入ってこなかった。
背中に感じる体温と借りた作務衣とは違うどこか薬っぽい匂い、重ねられた手の大きさと感触ばかりが頭に残る。
寒の戻りでキンと冷えた空気が火照った顔にちょうどいい。こんな顔見られたらきっと男慣れしてないのがバレてしまう。紺炉中隊長からは顔が見えないのが救いだ。
私が紺炉中隊長の体温を感じるくらいだから、彼にもまた私の熱が伝わってやしないだろうか。すこしでも距離を取ろうと身を縮めたら、あんま力むんじゃねェ、と節くれだった指に手に込めた力を緩められた。
紺炉中隊長に動かされる私の手はゆっくりではあるものの、お蕎麦らしい見た目のものを切り落としていく。
生地を切る瞬間に紺炉中隊長が握り込む力を強めるので、その都度心臓が跳ねて仕方がないのだけれど。
残りの生地はあとどれくらい? ああ、まだあんなにも残っている。
このままだと切り終えるより先に私の心臓がどうにかなってしまいそうだ。
「こ、紺炉中隊長!」
「ん? どうした」
「もう十分なので、できれば紺炉中隊長が切るところを見ていたいです」
紺炉中隊長は私の手を握ったまますこしばかり考え込んでいた。
「そんなに好きかい?」
「はい、好きです!」
あの職人技はずっと見ていられる自信がある。胸を張って宣言すると、紺炉中隊長は嬉しそうに鼻を擦った。
「そうかいそうかい。そこまで言われたら仕方ねェ」
やっと自由になった私の両手はまだ握り込まれていたときの感触が残っているようで、顔の熱がなかなか引いていかない。
そんな私をよそに、よく見とけよと包丁を握った紺炉中隊長は残りの生地をあっという間に切り終えて、売り物みたいに綺麗なお蕎麦をたっぷりのお湯の中で泳がせ始めた。
「やっぱりお上手ですね。お店が開けそう」
「ありがとよ。若が立派になったのを見届けたら蕎麦屋はやってみてェな」
「それは素敵ですね!その時はぜひお手伝いさせてください」
湯がいたお蕎麦を冷水で締めていた紺炉中隊長の手が止まる。紺炉中隊長の夢を応援したいと思ったのだが、変なことでも口走ってしまったのかと不安になる。
「嬢ちゃんも一緒に店やってくれるのか」
「だめでしたか? あまりお役には立たないかもしれませんが」
お蕎麦は作れないけれど、注文や食器洗い、水や蕎麦粉を運ぶのもできると思う。
「伊達に消防官やってませんよ。力仕事もお任せください」
茉希さんには及ばないけれど私もそれなりに鍛えているつもりだ。力こぶを作ってぽんぽんと叩いてみせる。
「そうか。そいつは楽しみだなァ」
くしゃりと笑う紺炉中隊長は本当に嬉しそうで、こちらまでつられて笑顔になってしまった。
出来上がったかけ蕎麦はヒカゲちゃんとヒナタちゃんに聞いたとおり今まで食べたどのお蕎麦より美味しくて、紺炉中隊長のお蕎麦屋さんが賑わう様を早く見てみたい、とまだ先の未来を待ち遠しく思った。