相模屋紺炉
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真新しいエプロンに袖を通す。
ふわふわの生地にとろけるバター、その上には黄金色のメープルシロップを好きなだけ。
うん、イメージトレーニングは完璧だ。
「おい、ちゃっちゃと作りやがれ」
「ゲロマズだったらぶっ飛ばすぞ」
周りを飛び跳ねる双子を制止したのは紺炉中隊長だ。
「危ねェからあっち行ってろ。悪ィな嬢ちゃん」
「いえ、大丈夫です」
くるりと振り返ると、そわそわと手元をのぞき込む紺炉中隊長と目が合った。
「非番の日に無理言っちまって悪かったな」
「いえいえ、簡単にできるものなので」
「まさかここで、ほっとけぇきが食えるなんてなァ」
きらきらとした笑顔が眩しくて、胸が痛む。胸を押さえてしゃがみ込みたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えて代わりに唇を噛んだ。
「どうした嬢ちゃん⁉︎」
「ナンデモナイデス」
調理器具と材料は揃っている。ホットケーキミックスもわざわざ混ぜて焼くだけと書かれているものを選んで買ってきた。
だから大丈夫。混ぜて焼くだけなのだから。きっと大丈夫。
「……じゃなかった」
作り方通りに作ったのに見事に焦げた。黒すぎて笑えない。消防官より炭職人のが向いてる気がする。
「どうしよう……」
作れど作れど焦がすか生焼けで、失敗作ばかりが積み上がっていく。材料ももうない。
私がいいというまで絶対に開けないでください、と鶴の恩返しよろしく紺炉中隊長たちを台所から追い出したのだが、この焦げ臭さにそろそろ集まってくるかもしれない。
嘘なんて吐くんじゃなかった。
ホットケーキを食べてみたいという紺炉中隊長の喜ぶ顔が見たいと思ったのは本当だけど、作ったこともないのに簡単に作れるなんて言って、こんなのを見たらきっと幻滅されるに違いない。
お店に食べに行くとか、火縄中隊長にお願いするとか他の方法もあったのに見栄を張って、自業自得だ。
「嬢ちゃん、ちょっといいかい?」
「紺炉中隊長、待ってーー」
閉じきっていた襖が開いて、冷たいくらいの新鮮な空気が入ってくる。
終わった。鶴みたいに飛び去ってしまえたらどんなにいいだろう。
そんな身勝手な願いは叶うはずもなく、私はただその場に立ち尽くすしかできなかった。
「こいつは……」
「ごめんなさい‼︎」
嘘を吐いて、期待をさせて、それを裏切るような真似をして。
紺炉中隊長の顔をまともに見る自信もなくて深く頭を下げた。
「何をそんなに謝る必要があるってんだ?」
「へ?」
ふわりと頭に温かいものが触れて顔を上げる。ぽんぽんと軽く撫でられて、それが紺炉中隊長の手だと気付いたのは離れてからだった。
「もう出来てたらどうしようかと思ってたんだがちょうどよかった。実は俺もほっとけぇきを作ってみたくてな。よかったら一緒に作ってくれねェか?」
照れ臭そうに頬を掻く紺炉中隊長の手にはビニール袋が握られていて、その中には私が使い切った材料がすべて揃っていた。
「……はい!」
*
「甘ェ匂いがするな」
「お帰りなせぇ、若」
「お邪魔してます、新門大隊長」
新門大隊長が居間に顔を出したのは、くぅとお腹が寂しがるおやつどき。
「うっめー! 若の分も食っちまうぞ‼︎」
「とまらねェ! もう一枚よこせ‼︎」
一足先に出来上がったホットケーキを食べていた双子は、初めて食べるそれがたいそう気に入ったようだ。
「俺は甘ェのは……」
「甘くねェのもありますぜ、かりかりべぇこんとぶらっくぺっぱー、ちーず入りだ。甘くはなるが、これにちょいとめいぷるしろっぷをかけても美味いぞ」
「長ェな。まァ甘くねェなら」
上手くできてよかった。賑やかに卓を囲みながら、ほっと胸をなでおろす。
「今日はありがとな、嬢ちゃん」
幸せそうな顔をして、大きな口でぱくり。メイプルシロップたっぷりのホットケーキを頬張りながら紺炉中隊長が言う。
私はこの顔が見たかったんだ。
「お礼を言うのは私のほうです! 紺炉中隊長にはご迷惑ばかりかけてしまって……むぐ」
謝ろうと口を開けばホットケーキが突っ込まれて、切ってあっても私には大きすぎるそれにもごもごと何も言えなくなる。
「美味ェだろ」
こくこくと頷けば、紺炉中隊長はくしゃりと嬉しそうに笑った。
「なァ、ほっとけぇきには他にも色んな食べ方があるんだろ?」
「はい、メイプルシロップの代わりに蜂蜜かけたり、チョコレートソース、アイスクリームもいいですね。生地にみりんを入れたりすると風味が変わるみたいで。私は作ったことないので母の受け売りですけど、ホットケーキの可能性は無限大です!」
興味深そうに話を聞く紺炉中隊長の目はわくわくを隠せていなくて、こちらまで微笑んでしまう。
「そいつァ全部試してみねェとな。嬢ちゃん今度はいつ来れる?」
「今度、ですか? 私がいないほうが手間がかからないと思いますけど」
「俺だけだと皇国のれしぴはよくわからねェんだ。嬢ちゃんがいてくれたほうが心強い」
不安げな顔でだめか、と聞かれたら断れない。
料理下手な私はあまり力になれなさそうだけど、紺炉中隊長の笑顔をまた見られるのなら。
「私でよければ、ぜひ!」
ふわふわの生地にとろけるバター、その上には黄金色のメープルシロップを好きなだけ。
うん、イメージトレーニングは完璧だ。
「おい、ちゃっちゃと作りやがれ」
「ゲロマズだったらぶっ飛ばすぞ」
周りを飛び跳ねる双子を制止したのは紺炉中隊長だ。
「危ねェからあっち行ってろ。悪ィな嬢ちゃん」
「いえ、大丈夫です」
くるりと振り返ると、そわそわと手元をのぞき込む紺炉中隊長と目が合った。
「非番の日に無理言っちまって悪かったな」
「いえいえ、簡単にできるものなので」
「まさかここで、ほっとけぇきが食えるなんてなァ」
きらきらとした笑顔が眩しくて、胸が痛む。胸を押さえてしゃがみ込みたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えて代わりに唇を噛んだ。
「どうした嬢ちゃん⁉︎」
「ナンデモナイデス」
調理器具と材料は揃っている。ホットケーキミックスもわざわざ混ぜて焼くだけと書かれているものを選んで買ってきた。
だから大丈夫。混ぜて焼くだけなのだから。きっと大丈夫。
「……じゃなかった」
作り方通りに作ったのに見事に焦げた。黒すぎて笑えない。消防官より炭職人のが向いてる気がする。
「どうしよう……」
作れど作れど焦がすか生焼けで、失敗作ばかりが積み上がっていく。材料ももうない。
私がいいというまで絶対に開けないでください、と鶴の恩返しよろしく紺炉中隊長たちを台所から追い出したのだが、この焦げ臭さにそろそろ集まってくるかもしれない。
嘘なんて吐くんじゃなかった。
ホットケーキを食べてみたいという紺炉中隊長の喜ぶ顔が見たいと思ったのは本当だけど、作ったこともないのに簡単に作れるなんて言って、こんなのを見たらきっと幻滅されるに違いない。
お店に食べに行くとか、火縄中隊長にお願いするとか他の方法もあったのに見栄を張って、自業自得だ。
「嬢ちゃん、ちょっといいかい?」
「紺炉中隊長、待ってーー」
閉じきっていた襖が開いて、冷たいくらいの新鮮な空気が入ってくる。
終わった。鶴みたいに飛び去ってしまえたらどんなにいいだろう。
そんな身勝手な願いは叶うはずもなく、私はただその場に立ち尽くすしかできなかった。
「こいつは……」
「ごめんなさい‼︎」
嘘を吐いて、期待をさせて、それを裏切るような真似をして。
紺炉中隊長の顔をまともに見る自信もなくて深く頭を下げた。
「何をそんなに謝る必要があるってんだ?」
「へ?」
ふわりと頭に温かいものが触れて顔を上げる。ぽんぽんと軽く撫でられて、それが紺炉中隊長の手だと気付いたのは離れてからだった。
「もう出来てたらどうしようかと思ってたんだがちょうどよかった。実は俺もほっとけぇきを作ってみたくてな。よかったら一緒に作ってくれねェか?」
照れ臭そうに頬を掻く紺炉中隊長の手にはビニール袋が握られていて、その中には私が使い切った材料がすべて揃っていた。
「……はい!」
*
「甘ェ匂いがするな」
「お帰りなせぇ、若」
「お邪魔してます、新門大隊長」
新門大隊長が居間に顔を出したのは、くぅとお腹が寂しがるおやつどき。
「うっめー! 若の分も食っちまうぞ‼︎」
「とまらねェ! もう一枚よこせ‼︎」
一足先に出来上がったホットケーキを食べていた双子は、初めて食べるそれがたいそう気に入ったようだ。
「俺は甘ェのは……」
「甘くねェのもありますぜ、かりかりべぇこんとぶらっくぺっぱー、ちーず入りだ。甘くはなるが、これにちょいとめいぷるしろっぷをかけても美味いぞ」
「長ェな。まァ甘くねェなら」
上手くできてよかった。賑やかに卓を囲みながら、ほっと胸をなでおろす。
「今日はありがとな、嬢ちゃん」
幸せそうな顔をして、大きな口でぱくり。メイプルシロップたっぷりのホットケーキを頬張りながら紺炉中隊長が言う。
私はこの顔が見たかったんだ。
「お礼を言うのは私のほうです! 紺炉中隊長にはご迷惑ばかりかけてしまって……むぐ」
謝ろうと口を開けばホットケーキが突っ込まれて、切ってあっても私には大きすぎるそれにもごもごと何も言えなくなる。
「美味ェだろ」
こくこくと頷けば、紺炉中隊長はくしゃりと嬉しそうに笑った。
「なァ、ほっとけぇきには他にも色んな食べ方があるんだろ?」
「はい、メイプルシロップの代わりに蜂蜜かけたり、チョコレートソース、アイスクリームもいいですね。生地にみりんを入れたりすると風味が変わるみたいで。私は作ったことないので母の受け売りですけど、ホットケーキの可能性は無限大です!」
興味深そうに話を聞く紺炉中隊長の目はわくわくを隠せていなくて、こちらまで微笑んでしまう。
「そいつァ全部試してみねェとな。嬢ちゃん今度はいつ来れる?」
「今度、ですか? 私がいないほうが手間がかからないと思いますけど」
「俺だけだと皇国のれしぴはよくわからねェんだ。嬢ちゃんがいてくれたほうが心強い」
不安げな顔でだめか、と聞かれたら断れない。
料理下手な私はあまり力になれなさそうだけど、紺炉中隊長の笑顔をまた見られるのなら。
「私でよければ、ぜひ!」