相模屋紺炉
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「大丈夫か、お嬢」
そう言って涙を拭ってくれる貴方の手が大好きだった。
泣きじゃくりながら小さく頷くと「よく頑張ったな」と頭を撫でてくれて、擦りむいた膝の痛みもどこかに行ってしまう。
帰る時は決まっておんぶ。しゃがむ貴方の大きな背中に飛びつけば、ぐわりと高くなる視界。近くなる空。もう少しで届きそう、そう思って手を伸ばすと、「ちゃんと掴まってろよ」と苦笑する声。でも落ちないから大丈夫。貴方が絶対離さないことを私は知っている。
「こんろ、だーいすき!」
ぎゅうっと力一杯抱き締める。苦しいくらいに抱き締めたのに、平然としているのが少し悔しい。
「そいつァ嬉しいねェ。でも頭の前では言うなよ。俺がドヤされちまう」
からからと、貴方が笑う。子どもの戯言と思っただろうか。でも私はずっと貴方がーー。
***
冷たい感触に目を覚ます。そこは寝慣れた家のベッドではなく硬いコンクリートの床だった。
我ながらよくこんな所で眠れたものだと思う。しかも懐かしい夢まで見るなんてまるで走馬灯だ。
ここに閉じ込められてどのくらい経っただろう。後ろで縛られた手首に麻縄が食い込んでズキズキと痛む。
「よぉ、お目覚めかい。浅草組のお嬢ちゃん」
ギィと錆びついた音とともに扉が開く。現れたのは知らない男だった。でもあちらは私のことを知っているらしい。だとすれば何者かは大体想像がつく。
「あなたは皇国組ですか、それとも灰島組?」
浅草組組長の孫娘を攫ったのだ。敵対組織のどちらかだろう。
「まぁどちらにせよ、下っ端でしょうけど。このやり方はとても賢いとは言えませんから」
人質として浅草組を脅すつもりだったのだろうか。それにしてはやり方があまりにも杜撰だ。皇国組も灰島組も、大規模な抗争は望んでいないだろうに。
わざとらしく口端を歪めて笑ってみせると男はわかりやすく青筋を立てた。ずかずか近付いてきたかと思えば髪を鷲掴みにされ、頬を数度叩かれる。
「くそっ、舐めやがって」
図星だったらまだいいが、これが幹部クラスだったらその組に同情してしまう。可哀想に。組も、この男も。憐れみを込めて見つめると私の顔が気に食わなかったのか思い切り地面に叩きつけられた。口の中に血の味が広がっていく。痛い。でも泣くわけにはいかない。この男に見せる涙など一ミリたりとも持ち合わせていないのだ。何をしても無駄だと煽るように嗤ってみせる。
「てめェ……!」
「っ⁉︎」
激昂した男の手が私の首に掛かる。人質だということすら忘れてしまったらしい。締め上げるようにギリギリと力が強まり、息ができない。意識が遠のいていく。これが最期か。最期にもう一度あの人に会いたかったな。でも夢で会えたからもうーー。
「ぐっ、あ」
突然視界から男が消えた。咳き込みながら呼吸を整えていると、優しく抱き起こされて包み込むように上着を掛けられる。あたたかい。あたたかくて大好きな匂いだ。私はまた夢を見ているのかもしれない。
「遅くなってすまねェ。大丈夫か、お嬢」
「紺、炉……なんで」
大きな手のひらが頭を撫でてくる。ずるいなぁ、折角我慢してたのに。堰き止めていたものが全部、涙となってぽろぽろと零れ落ちてくる。
「よく頑張ったな」
両手で私の頬を包んだ紺炉がこつりと額を合わせてきた。近い距離に目をぱちくりさせていると、ふっと彼が笑う気配がした。
「あとは任せな」
私を背に紺炉が立ち上がる。呻いていた敵対組織の男の顔はさっきとは打って変わって青ざめていた。
「うっ、げほっ、何でてめェがここにいる⁉︎ それに外の奴らは……」
「ンなもん全部片して来たぜ。お前さん、うちのお嬢に随分ひでェことしてくれたみてェだが、ちゃあんと落とし前つけてくれるんだろうな。アァ?」
***
「帰るか、お嬢」
「うん」
私が麻縄から解放されるのに代わって、敵対組織の男たちはぐるぐるにきつく縛り上げられていた。死者が出なかったことに心底安堵する。紺炉は圧倒的な強さで主犯格の男を含めた全員を打ち倒したが、一応手加減はしたみたいだ。
「この人たちはどうなるの?」
「さぁな。組の指示ではなさそうだがこれだけのことをしたんだ。それなりの罰は受けるだろうよ。俺もな」
「え?」
「お嬢が居なくなって、頭が止めるのも聞かずに飛び出して来ちまった。雷が落ちるかもなァ」
そうだったんだ。組長の指示は絶対だ。紺炉の行動は組長を支える若頭として、決して褒められたものじゃない。それでも私のために助けに来てくれたことが嬉しくて胸がいっぱいになる。
「帰ったらおじいさまに紺炉を怒らないようお願いしてみるわ」
「はは、そいつは心強ェ。頭はお嬢に甘いからな。よっ、と」
ふいに体が浮いて「きゃっ」とみっともない声が出た。夜のような瞳に見つめられ息を呑む。強く抱き寄せられて心臓が口から飛び出しそうだった。一体何がどうしてこうなったのか、私は今、紺炉にお姫様抱っこをされている。
「ななな、何するの紺炉⁉︎」
「何って帰るンだろ」
「一人で歩けるから!」
「足も怪我してンじゃねェか。こっちのが早ェよ」
「だったら昔みたいにおんぶとかで……」
「お嬢はおんぶが好きだなァ。けど俺ァこっちのが好きだな。お嬢の顔がよく見えていい。ほら、しっかり掴まってねェと落ちちまうぞ」
どこまでが本気でどこからが冗談なのか。くつくつと愉しげに笑う紺炉の心の内が読めなくて困る。ゆっくりと彼の逞しい首に腕を回すと「いい子だ」と囁かれて心臓がますます早鐘を打った。
「紺炉のばか……」
「あの頃みたいに大好きって言ってくれねェのかい?」
「お、覚えてたの?」
「寂しいねェ。俺ァ今も変わらず好きだってのに」
さらりと紡がれた愛の言葉に私はぱくぱくと口を動かすしかできなかった。でも紺炉は私の言葉を待っているようで、
「……紺炉、大好き」
根負けして呟けば「俺もだ」と愛しむように頬擦りされた。嬉しい。嬉しいけれど、紺炉ばかりが上手で、ずるい気がする。
やっぱりおじいさまにはきっちりお灸を据えてもらおう。
紺炉に抱きかかえられながら、私は密かにずるい彼への仕返しを企てるのだった。
そう言って涙を拭ってくれる貴方の手が大好きだった。
泣きじゃくりながら小さく頷くと「よく頑張ったな」と頭を撫でてくれて、擦りむいた膝の痛みもどこかに行ってしまう。
帰る時は決まっておんぶ。しゃがむ貴方の大きな背中に飛びつけば、ぐわりと高くなる視界。近くなる空。もう少しで届きそう、そう思って手を伸ばすと、「ちゃんと掴まってろよ」と苦笑する声。でも落ちないから大丈夫。貴方が絶対離さないことを私は知っている。
「こんろ、だーいすき!」
ぎゅうっと力一杯抱き締める。苦しいくらいに抱き締めたのに、平然としているのが少し悔しい。
「そいつァ嬉しいねェ。でも頭の前では言うなよ。俺がドヤされちまう」
からからと、貴方が笑う。子どもの戯言と思っただろうか。でも私はずっと貴方がーー。
***
冷たい感触に目を覚ます。そこは寝慣れた家のベッドではなく硬いコンクリートの床だった。
我ながらよくこんな所で眠れたものだと思う。しかも懐かしい夢まで見るなんてまるで走馬灯だ。
ここに閉じ込められてどのくらい経っただろう。後ろで縛られた手首に麻縄が食い込んでズキズキと痛む。
「よぉ、お目覚めかい。浅草組のお嬢ちゃん」
ギィと錆びついた音とともに扉が開く。現れたのは知らない男だった。でもあちらは私のことを知っているらしい。だとすれば何者かは大体想像がつく。
「あなたは皇国組ですか、それとも灰島組?」
浅草組組長の孫娘を攫ったのだ。敵対組織のどちらかだろう。
「まぁどちらにせよ、下っ端でしょうけど。このやり方はとても賢いとは言えませんから」
人質として浅草組を脅すつもりだったのだろうか。それにしてはやり方があまりにも杜撰だ。皇国組も灰島組も、大規模な抗争は望んでいないだろうに。
わざとらしく口端を歪めて笑ってみせると男はわかりやすく青筋を立てた。ずかずか近付いてきたかと思えば髪を鷲掴みにされ、頬を数度叩かれる。
「くそっ、舐めやがって」
図星だったらまだいいが、これが幹部クラスだったらその組に同情してしまう。可哀想に。組も、この男も。憐れみを込めて見つめると私の顔が気に食わなかったのか思い切り地面に叩きつけられた。口の中に血の味が広がっていく。痛い。でも泣くわけにはいかない。この男に見せる涙など一ミリたりとも持ち合わせていないのだ。何をしても無駄だと煽るように嗤ってみせる。
「てめェ……!」
「っ⁉︎」
激昂した男の手が私の首に掛かる。人質だということすら忘れてしまったらしい。締め上げるようにギリギリと力が強まり、息ができない。意識が遠のいていく。これが最期か。最期にもう一度あの人に会いたかったな。でも夢で会えたからもうーー。
「ぐっ、あ」
突然視界から男が消えた。咳き込みながら呼吸を整えていると、優しく抱き起こされて包み込むように上着を掛けられる。あたたかい。あたたかくて大好きな匂いだ。私はまた夢を見ているのかもしれない。
「遅くなってすまねェ。大丈夫か、お嬢」
「紺、炉……なんで」
大きな手のひらが頭を撫でてくる。ずるいなぁ、折角我慢してたのに。堰き止めていたものが全部、涙となってぽろぽろと零れ落ちてくる。
「よく頑張ったな」
両手で私の頬を包んだ紺炉がこつりと額を合わせてきた。近い距離に目をぱちくりさせていると、ふっと彼が笑う気配がした。
「あとは任せな」
私を背に紺炉が立ち上がる。呻いていた敵対組織の男の顔はさっきとは打って変わって青ざめていた。
「うっ、げほっ、何でてめェがここにいる⁉︎ それに外の奴らは……」
「ンなもん全部片して来たぜ。お前さん、うちのお嬢に随分ひでェことしてくれたみてェだが、ちゃあんと落とし前つけてくれるんだろうな。アァ?」
***
「帰るか、お嬢」
「うん」
私が麻縄から解放されるのに代わって、敵対組織の男たちはぐるぐるにきつく縛り上げられていた。死者が出なかったことに心底安堵する。紺炉は圧倒的な強さで主犯格の男を含めた全員を打ち倒したが、一応手加減はしたみたいだ。
「この人たちはどうなるの?」
「さぁな。組の指示ではなさそうだがこれだけのことをしたんだ。それなりの罰は受けるだろうよ。俺もな」
「え?」
「お嬢が居なくなって、頭が止めるのも聞かずに飛び出して来ちまった。雷が落ちるかもなァ」
そうだったんだ。組長の指示は絶対だ。紺炉の行動は組長を支える若頭として、決して褒められたものじゃない。それでも私のために助けに来てくれたことが嬉しくて胸がいっぱいになる。
「帰ったらおじいさまに紺炉を怒らないようお願いしてみるわ」
「はは、そいつは心強ェ。頭はお嬢に甘いからな。よっ、と」
ふいに体が浮いて「きゃっ」とみっともない声が出た。夜のような瞳に見つめられ息を呑む。強く抱き寄せられて心臓が口から飛び出しそうだった。一体何がどうしてこうなったのか、私は今、紺炉にお姫様抱っこをされている。
「ななな、何するの紺炉⁉︎」
「何って帰るンだろ」
「一人で歩けるから!」
「足も怪我してンじゃねェか。こっちのが早ェよ」
「だったら昔みたいにおんぶとかで……」
「お嬢はおんぶが好きだなァ。けど俺ァこっちのが好きだな。お嬢の顔がよく見えていい。ほら、しっかり掴まってねェと落ちちまうぞ」
どこまでが本気でどこからが冗談なのか。くつくつと愉しげに笑う紺炉の心の内が読めなくて困る。ゆっくりと彼の逞しい首に腕を回すと「いい子だ」と囁かれて心臓がますます早鐘を打った。
「紺炉のばか……」
「あの頃みたいに大好きって言ってくれねェのかい?」
「お、覚えてたの?」
「寂しいねェ。俺ァ今も変わらず好きだってのに」
さらりと紡がれた愛の言葉に私はぱくぱくと口を動かすしかできなかった。でも紺炉は私の言葉を待っているようで、
「……紺炉、大好き」
根負けして呟けば「俺もだ」と愛しむように頬擦りされた。嬉しい。嬉しいけれど、紺炉ばかりが上手で、ずるい気がする。
やっぱりおじいさまにはきっちりお灸を据えてもらおう。
紺炉に抱きかかえられながら、私は密かにずるい彼への仕返しを企てるのだった。