相模屋紺炉
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ーーパンツが、ない。
これは比喩でもなんでもなく、そのままの意味で。
私は大判の手拭いを身体に巻き付けながら、脱衣かごをひっくり返した。けれど何度も見ても中身は浴衣と帯とブラだけ。大事なパンツはどこにも見当たらない。
……嘘、でしょ?
さぁっと一気に血の気が引いていく。せっかくお風呂で暖まったというのに、湯冷めする勢いだ。けれど湯船に戻る気にはなれなくて、私はあちこち探しながらお風呂に入るまでの記憶を必死に遡った。
自室で着替えの準備をした時は、当然あった。今日身につけようとしていた下着は最近買ったばかりのもので、直前まで着ようか着まいか、鏡の前で十分ほど迷っていたのだ。そして意を決した私は、その下着を浴衣の間に挟み込んだ。
では、お風呂場に来るまでの間はどうだっただろう。二階の自室を出てしばらくは誰とも会わなかった。人に会ったのは一階に降りてから。火消し数人とすれ違い、その後は賭場に行こうとする若とそれを止めようとする紺炉さんを見かけ……。ああ、そうだ。その時に一度、彼らから着替えの下着が見えてはいないかとひやひやしながら確認したのだ。気づかれぬようそっと着替えを抱えていた腕を緩めーー。そこから覗く鮮やかな赤色を、私ははっきりとこの目で確認した。
最後に会ったのはヒカゲとヒナタだ。ちょうど私と入れ違いになる形でお風呂場の脱衣所から出てきた二人は、石鹸のいい香りを纏わせながら「「遅ぇよ姉御‼︎」」と飛びついてきた。
「せっかく第八の機械バカとひょろモジャもやしのヤローにすげー水鉄砲作らせたってのに!」
「姉御がいなきゃ意味ねェじゃねーか!」
家計簿やら何やらと仕事が溜まっていたから今日は二人でお風呂に入ってね、と伝えておいたのだけど、どうやら湯船の中で私のことを待っていてくれたらしい。あちぃと口を揃えて言う双子の頬っぺたが茹で蛸みたいに赤くなっている。
「ごめんね、明日は一緒に入るから」
「約束だかんな姉御!」
「嘘ついたら承知しねェかんな!」
それから冷凍庫にリサちゃんにもらったアイスがあるよとこっそり教えると、二人は「「あいす!!」」と一目散に台所へと駆けて行った。遠ざかる二人の後ろ姿を見送ってから脱衣所に入り、着替えをかごに入れて……。だめだ。その時にあったかどうかはまでは確認していない。でも脱衣所内にはないから落としたとしたら多分、ヒカゲとヒナタが抱きついてきたあの時だ。
そうっと戸を開けて、周りの様子を窺う。幸い周囲に人の気配はない。私はなるべく音を立てないようにして、双子たちと話していた辺りに向かった。あるとしたら、多分この辺。しかしその場にしゃがんで隈なく探すも、それらしきものは見当たらなかった。
もしかして、もっと前に落としたとか? だとしたら若たちと別れ、ヒカゲとヒナタに出くわすまでの間だ。でもこの格好のまま探しに行くのはさすがにと、そう考えている時だった。「おい」と声をかけられ、心臓が止まりかける。
「お前さん、何て格好してやがンだ」
降ってきた声を追うように顔を上げれば、そこにいたのは紺炉さんだった。私を見下ろしていた彼は私と目が合うなり気まずそうに顔を逸らし、さっさと脱衣所に戻れと手で合図してくる。私は今の自分の姿を思い出し、羞恥に顔が赤くなるのを感じながら促されるままぴゃっと脱衣所に逃げ帰った。
「で、何でンな格好であそこにいた?」
脱衣所の扉越しに、紺炉さんの声が聞こえてくる。その声には呆れと怒りが混じっていて、私は無意識にその場に正座をしていた。すみませんと謝ると、返ってきたのは大きなため息だ。
「出くわしたのが俺だからよかったものの、他の奴だったらどうするつもりだったンだ。無防備にも程がある」
「ご、ごめんなさい。でも下着が……」
「ん?」
「その、どこかで落としちゃったみたいで、下着を探してたんです」
戸の向こうで、再び紺炉さんがため息をつく気配がした。どうやらさらに呆れさせてしまったらしい。
「ったく、お前さんなァ。それなら浴衣着てから探せばいいだろ」
「あっ」
下着を探すことばかりに気を取られて、そんなの思いつきもしなかった。確かに浴衣ならパンツを履いてなくてもバレないし、紺炉さんに恥ずかしい姿を見られるようなこともなかったのだ。お前さんは焦るとすぐ視野が狭くなると、紺炉さんに言われたことがあるけれど、全くその通りで泣けてくる。
「次からは気をつけろよ。あー、あとなんだ。お前さんの落とした下着ってェのは、こいつかい?」
からりと少しだけ脱衣所の戸が開いて、中へと伸びてきた紺炉さんの拳。それがゆっくりと開かれて、見覚えのある赤が飛び込んでくる。
「そ、それです!」
ずっと探し求めていたパンツがそこにあった。
私は再会を喜ぶようにそれを受け取り、震える手で両端を掴んで頭上に掲げた。
下着として機能しているのかと疑いたくなるほど布面積が少なく且つ透けていて、あしらわれたレースは可愛いけれど、端の紐が解けたら全てが終わる防御力のなさ。皇国の百貨店で火代子さんと火華さんにばったり会って「いざって時のために一着くらいは持っておきなさい」と『らんじぇりーしょっぷ』に連れ込まれ、この下着を見た時は履く意味があるのだろうかと疑問に思ったものだけど、こんな下着でもあるとないとでは安心感が段違いだとあの時の私に教えてあげたい。
「本当によかったぁ……」
素早く身に着けて、両側の紐を結ぶ。布面積が少ない分いつもよりスースーするけれど、さっきまで何も身に着けていなかったのだから、それに比べれば気にするようなことでもないように思えた。
「なァ」
「っ、はい」
しばらく静かだったから、戸を隔てたそこにまだ紺炉さんがいたことに驚く。浴衣を羽織りながら言葉の続きを待っていると、躊躇いがちな声が聞こえてきた。
「お前さん、いつもそういうのを履いてンのか?」
「えっ」
そういうのというのは、紺炉さんが拾ってくれた、今まさに私が履いているパンツのことだろう。原国には売っていない際どい下着だから、もしかして破廉恥な女と思われてしまっただろうか。
「ち、違っ、いつもじゃないです! 今日はたまたま、男の人をその気にさせるには下着も大事って教えてもらったから、その……」
「ヘェ、その気にさせてェ男がいるってか」
返ってきた声は一段と低かった。嘘は言ってない、けど、これは多分勘違いされている。
私は自身を奮い立たせるように拳を握ってから口を開いた。
「……紺炉さんです」
「は?」
「紺炉さんが、恋人になったってのに手を出してくれないから」
直接顔を合わせていないのをいいことに、とんでもないことを口にしてしまった。でも、もう後戻りはできない。
紺炉さんは恋人である私をすごく大切にしてくれている。それこそ付き合ってしばらく経つのに嫌がることはしたくねェと、一切手も出して来ないほど。でも私はそれがどうにももどかしくて、けれど自分から積極的に行くこともできなくて。せめてその日が来た時のために準備だけしておこうと、火華さんたちに勧められた下着を買ったのだ。まさかこんな形で暴露することになるとは思いもしなかったけど。
「だから、他に好きな人ができたとかでは決してなくて……」
大人っぽい下着にしたのも、赤色を選んだのも、紺炉さんが好きかなと思ったからだ。決して他の人をその気にさせたかったからじゃない。それだけは伝えておきたくて言葉を続けようとするも、突然勢いよく開いた扉に驚いて何も言えなかった。
「え、ちょ、紺炉さんなんで入って?!」
慌てふためく私に返事をすることもなく、紺炉さんは脱衣所に乗り込んできて目の前にしゃがみ込んだ。それから浴衣を羽織っただけの私の脇腹をするりと撫で、まじまじと見下ろしてきた。じっとりとした視線が熱い。堪えられなくて顔を逸らすと、くつくつと彼が喉で笑った。
「そうかい。これァ全部俺のためか」
身体の輪郭をなぞっていた指先が、パンツの紐にかかる。そのままくいと下に引っ張られて私は慌ててそれを制止した。
「だ、だめ!」
「お前さんもそのつもりだったんだろ」
「でも……っくしゅん」
しばらく何も身に着けないままでいたせいで、すっかり湯冷めしてしまったらしい。寒さにふるりと身震いすると、私の身体を撫でていた手がぽんと頭に乗せられた。
「あーあー、すっかり冷え切っちまってるな。風邪ひく前にもう一回湯船に浸かり直してきな」
「は……はい」
「なんだ、一緒に入りてェのか?」
「だ、大丈夫です! 一人で入れます」
あたふたする私に、紺炉さんは優しく目を細めた。さっきの熱っぽい瞳は見間違いかと思うほど、いつもの彼だ。手を出されたいと望んでいたとはいえ正直怖気付いていた私は、その様子に内心ほっとしていたのだけれど。
「俺ァ部屋で待ってる」
紺炉さんが脱衣所を出る間際、ぽつりと残していった言葉に、もう逃げられないと悟ったのだった。
これは比喩でもなんでもなく、そのままの意味で。
私は大判の手拭いを身体に巻き付けながら、脱衣かごをひっくり返した。けれど何度も見ても中身は浴衣と帯とブラだけ。大事なパンツはどこにも見当たらない。
……嘘、でしょ?
さぁっと一気に血の気が引いていく。せっかくお風呂で暖まったというのに、湯冷めする勢いだ。けれど湯船に戻る気にはなれなくて、私はあちこち探しながらお風呂に入るまでの記憶を必死に遡った。
自室で着替えの準備をした時は、当然あった。今日身につけようとしていた下着は最近買ったばかりのもので、直前まで着ようか着まいか、鏡の前で十分ほど迷っていたのだ。そして意を決した私は、その下着を浴衣の間に挟み込んだ。
では、お風呂場に来るまでの間はどうだっただろう。二階の自室を出てしばらくは誰とも会わなかった。人に会ったのは一階に降りてから。火消し数人とすれ違い、その後は賭場に行こうとする若とそれを止めようとする紺炉さんを見かけ……。ああ、そうだ。その時に一度、彼らから着替えの下着が見えてはいないかとひやひやしながら確認したのだ。気づかれぬようそっと着替えを抱えていた腕を緩めーー。そこから覗く鮮やかな赤色を、私ははっきりとこの目で確認した。
最後に会ったのはヒカゲとヒナタだ。ちょうど私と入れ違いになる形でお風呂場の脱衣所から出てきた二人は、石鹸のいい香りを纏わせながら「「遅ぇよ姉御‼︎」」と飛びついてきた。
「せっかく第八の機械バカとひょろモジャもやしのヤローにすげー水鉄砲作らせたってのに!」
「姉御がいなきゃ意味ねェじゃねーか!」
家計簿やら何やらと仕事が溜まっていたから今日は二人でお風呂に入ってね、と伝えておいたのだけど、どうやら湯船の中で私のことを待っていてくれたらしい。あちぃと口を揃えて言う双子の頬っぺたが茹で蛸みたいに赤くなっている。
「ごめんね、明日は一緒に入るから」
「約束だかんな姉御!」
「嘘ついたら承知しねェかんな!」
それから冷凍庫にリサちゃんにもらったアイスがあるよとこっそり教えると、二人は「「あいす!!」」と一目散に台所へと駆けて行った。遠ざかる二人の後ろ姿を見送ってから脱衣所に入り、着替えをかごに入れて……。だめだ。その時にあったかどうかはまでは確認していない。でも脱衣所内にはないから落としたとしたら多分、ヒカゲとヒナタが抱きついてきたあの時だ。
そうっと戸を開けて、周りの様子を窺う。幸い周囲に人の気配はない。私はなるべく音を立てないようにして、双子たちと話していた辺りに向かった。あるとしたら、多分この辺。しかしその場にしゃがんで隈なく探すも、それらしきものは見当たらなかった。
もしかして、もっと前に落としたとか? だとしたら若たちと別れ、ヒカゲとヒナタに出くわすまでの間だ。でもこの格好のまま探しに行くのはさすがにと、そう考えている時だった。「おい」と声をかけられ、心臓が止まりかける。
「お前さん、何て格好してやがンだ」
降ってきた声を追うように顔を上げれば、そこにいたのは紺炉さんだった。私を見下ろしていた彼は私と目が合うなり気まずそうに顔を逸らし、さっさと脱衣所に戻れと手で合図してくる。私は今の自分の姿を思い出し、羞恥に顔が赤くなるのを感じながら促されるままぴゃっと脱衣所に逃げ帰った。
「で、何でンな格好であそこにいた?」
脱衣所の扉越しに、紺炉さんの声が聞こえてくる。その声には呆れと怒りが混じっていて、私は無意識にその場に正座をしていた。すみませんと謝ると、返ってきたのは大きなため息だ。
「出くわしたのが俺だからよかったものの、他の奴だったらどうするつもりだったンだ。無防備にも程がある」
「ご、ごめんなさい。でも下着が……」
「ん?」
「その、どこかで落としちゃったみたいで、下着を探してたんです」
戸の向こうで、再び紺炉さんがため息をつく気配がした。どうやらさらに呆れさせてしまったらしい。
「ったく、お前さんなァ。それなら浴衣着てから探せばいいだろ」
「あっ」
下着を探すことばかりに気を取られて、そんなの思いつきもしなかった。確かに浴衣ならパンツを履いてなくてもバレないし、紺炉さんに恥ずかしい姿を見られるようなこともなかったのだ。お前さんは焦るとすぐ視野が狭くなると、紺炉さんに言われたことがあるけれど、全くその通りで泣けてくる。
「次からは気をつけろよ。あー、あとなんだ。お前さんの落とした下着ってェのは、こいつかい?」
からりと少しだけ脱衣所の戸が開いて、中へと伸びてきた紺炉さんの拳。それがゆっくりと開かれて、見覚えのある赤が飛び込んでくる。
「そ、それです!」
ずっと探し求めていたパンツがそこにあった。
私は再会を喜ぶようにそれを受け取り、震える手で両端を掴んで頭上に掲げた。
下着として機能しているのかと疑いたくなるほど布面積が少なく且つ透けていて、あしらわれたレースは可愛いけれど、端の紐が解けたら全てが終わる防御力のなさ。皇国の百貨店で火代子さんと火華さんにばったり会って「いざって時のために一着くらいは持っておきなさい」と『らんじぇりーしょっぷ』に連れ込まれ、この下着を見た時は履く意味があるのだろうかと疑問に思ったものだけど、こんな下着でもあるとないとでは安心感が段違いだとあの時の私に教えてあげたい。
「本当によかったぁ……」
素早く身に着けて、両側の紐を結ぶ。布面積が少ない分いつもよりスースーするけれど、さっきまで何も身に着けていなかったのだから、それに比べれば気にするようなことでもないように思えた。
「なァ」
「っ、はい」
しばらく静かだったから、戸を隔てたそこにまだ紺炉さんがいたことに驚く。浴衣を羽織りながら言葉の続きを待っていると、躊躇いがちな声が聞こえてきた。
「お前さん、いつもそういうのを履いてンのか?」
「えっ」
そういうのというのは、紺炉さんが拾ってくれた、今まさに私が履いているパンツのことだろう。原国には売っていない際どい下着だから、もしかして破廉恥な女と思われてしまっただろうか。
「ち、違っ、いつもじゃないです! 今日はたまたま、男の人をその気にさせるには下着も大事って教えてもらったから、その……」
「ヘェ、その気にさせてェ男がいるってか」
返ってきた声は一段と低かった。嘘は言ってない、けど、これは多分勘違いされている。
私は自身を奮い立たせるように拳を握ってから口を開いた。
「……紺炉さんです」
「は?」
「紺炉さんが、恋人になったってのに手を出してくれないから」
直接顔を合わせていないのをいいことに、とんでもないことを口にしてしまった。でも、もう後戻りはできない。
紺炉さんは恋人である私をすごく大切にしてくれている。それこそ付き合ってしばらく経つのに嫌がることはしたくねェと、一切手も出して来ないほど。でも私はそれがどうにももどかしくて、けれど自分から積極的に行くこともできなくて。せめてその日が来た時のために準備だけしておこうと、火華さんたちに勧められた下着を買ったのだ。まさかこんな形で暴露することになるとは思いもしなかったけど。
「だから、他に好きな人ができたとかでは決してなくて……」
大人っぽい下着にしたのも、赤色を選んだのも、紺炉さんが好きかなと思ったからだ。決して他の人をその気にさせたかったからじゃない。それだけは伝えておきたくて言葉を続けようとするも、突然勢いよく開いた扉に驚いて何も言えなかった。
「え、ちょ、紺炉さんなんで入って?!」
慌てふためく私に返事をすることもなく、紺炉さんは脱衣所に乗り込んできて目の前にしゃがみ込んだ。それから浴衣を羽織っただけの私の脇腹をするりと撫で、まじまじと見下ろしてきた。じっとりとした視線が熱い。堪えられなくて顔を逸らすと、くつくつと彼が喉で笑った。
「そうかい。これァ全部俺のためか」
身体の輪郭をなぞっていた指先が、パンツの紐にかかる。そのままくいと下に引っ張られて私は慌ててそれを制止した。
「だ、だめ!」
「お前さんもそのつもりだったんだろ」
「でも……っくしゅん」
しばらく何も身に着けないままでいたせいで、すっかり湯冷めしてしまったらしい。寒さにふるりと身震いすると、私の身体を撫でていた手がぽんと頭に乗せられた。
「あーあー、すっかり冷え切っちまってるな。風邪ひく前にもう一回湯船に浸かり直してきな」
「は……はい」
「なんだ、一緒に入りてェのか?」
「だ、大丈夫です! 一人で入れます」
あたふたする私に、紺炉さんは優しく目を細めた。さっきの熱っぽい瞳は見間違いかと思うほど、いつもの彼だ。手を出されたいと望んでいたとはいえ正直怖気付いていた私は、その様子に内心ほっとしていたのだけれど。
「俺ァ部屋で待ってる」
紺炉さんが脱衣所を出る間際、ぽつりと残していった言葉に、もう逃げられないと悟ったのだった。