相模屋紺炉
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
座卓の上に置かれた涼しげな硝子の器。そこには山盛りのさくらんぼがのっているのだが、今日は一段と減りが遅い。
いつもなら双子たちが一瞬で平らげるのに、何やら黙ってもごもごと口を動かしていて。
「二人とも何してるの?」
「みひぇわはんえーのははふぇほ!」
「ひゃふひゃんほのふひふすんへんら!」
うーん、わからん! 双子は伝わらないことにぷんすこしつつ、もごもごと口を動かし続けていた。さくらんぼの実はとっくに食べ終えているだろうし、新しい遊びか何かだろうか。
「さくらんぼのヘタ結んでンだとよ」
「さくらんぼのヘタ……?」
座布団を枕にして寝ていた紅ちゃんがのそりと身体を起こす。どうやら少し前から目が覚めていたようで、私たちの会話も聞いていたらしい。「くだらねェ」と言いつつ起き抜けにさくらんぼを数個口に放り込んで、美味しかったのか再び器に手が伸びる。
それにしても何でまたさくらんぼのヘタ結びなんて。
双子はお互いに舌を出して「「うひェひェひェ、全然できてねー‼︎」」と笑い合っていた。楽しいのは何よりだけど、うーん。
「ヒカゲとヒナタはその遊び、誰に教わったの?」
「これか? これはオカマヤローが覚えといて損はねェって」
「オカマヤローは結べるンだぜ! わかのために練習してンだってよ。よかったな、わか!」
「……全然よくねェ」
低く唸った紅ちゃんはさっきまで眠そうだった癖に、今のですっかり目が覚めたらしい。ぶるりと身震いして「銭湯行ってくる」と出て行ってしまった。
「姉御もやるか?」
「いや私は……」
「あひェひェ、下手そうだもんな姉御!」
双子の言葉に私は思わず胸を押さえた。きっと意味はわかっていないのだろうけど、だからこそグサリと刺さるものがある。ネェさん子どもに何てこと教えてくれたんだ。
「どうせ私は下手ですよーだ」
やけ食いとばかりにさくらんぼを頬張る。さくらんぼをがなくなってしまえば双子たちも遊ばなくなるだろう。
「あー! ずりィぞ姉御!」
「ヒナたちの分取っとけよ!」
「ふふふ、君たちは早いもの勝ちという言葉を知らないのかね」
「「クソー‼︎」」
そこからは三人でさくらんぼの取り合いだった。双子たちの頭からさくらんぼのヘタ結びはすっかり抜け落ちたようで内心ホッとする。さくらんぼは残り僅か。もう器の底は見えている。このまま食べ終えてしまえば……。
「何してンだお前ら?」
「「こんろー‼︎」」
「紺炉さん、おかえりなさい」
ひょいと居間に顔を出した紺炉さんに双子が飛びつく。そういえば第八に行くって言ってたっけ。危ない危ない、全部食べてしまうところだった。
「お隣さんにさくらんぼを頂いたんです。紺炉さんもどうですか。あとちょっとしかないですけど」
残りは全部紺炉さんでいいだろう。そう思い、向かいに座った彼に器を差し出す。
「おう、ありがとよ」
赤く色づいた、さっぱりとした甘みのさくらんぼが大きな口に吸い込まれていく。たちまち紺炉さんの表情がパァッと輝き出し、どうやらお気に召したらしい。残り少ないさくらんぼを一粒一粒、噛み締めるように味わっている。
「なぁなぁこんろー」
「ン?」
「さくらんぼのヘタ、結べるか?」
ヒカゲもヒナタも珍しく大人しくしているなと思っていたが、そんなことはなかった。ヘタ結びの存在を思い出してしまったようで、黄金糖のような瞳をキラキラさせて、固まる紺炉さんにやってやってとせがんでいる。私はその様子を見守ることしかできない。その後もヒカゲとヒナタは紺炉さんの法被を引っ張って強請り続け、
「仕方ねェ。一回だけだぞ」
紺炉さんがため息を吐いて、さくらんぼのヘタを口に含む。もごもご。頬が動く様子は可愛らしかったが、何となく見続けるのは憚られた。
「ほらよ」
分厚い舌の上に綺麗に結ばれたヘタが現れたのは、割とすぐのことだった。
「こんろ早えー‼︎」
「オカマヤローよりずっと早えー‼︎」
「そうかい? 人と比べたこたァねェが」
ぴょんぴょんと跳ねる双子を優しい眼差しで見てから、ゆっくりと視線がこちらに向けられる。
「なあ、俺は上手ェかい?」
甘く、囁くような声ははしゃぐ双子の声にかき消されることなく私の耳に届いた。耳の奥に吹き込むような覚えのある声に、ぶわりと顔に熱が集まってくる。
「……何で私に聞くんですか」
「そりゃあお前さんが一番よく知ってるからなァ」
紺炉さんは意地悪だ。私が答えられないのを知ってて言ってくるのだから。
「知りません!」と顔を背けると、ヒカゲとヒナタが「「すねんなよー」」と長い袖でペチペチ叩いてきた。別に拗ねているわけではないのだけど、正直に言うことはできないのでそれでいい。
「悔しいのはわかるけどよ。姉御はヘタクソだし」
「そうだ! こんろに教えてもらえばいいじゃねーか! こんろ教えるの上手ェしよ」
無垢な子どもは時折とんでもないことを言う。恐る恐る顔を上げると、紺炉さんはとてもいい笑顔を浮かべながら私を見ていた。
「俺でよければいくらでも教えるぜ」
私は必死に首を横に振ったけれど、こういう時、私の要求が通ったことは一度もないのだった。
いつもなら双子たちが一瞬で平らげるのに、何やら黙ってもごもごと口を動かしていて。
「二人とも何してるの?」
「みひぇわはんえーのははふぇほ!」
「ひゃふひゃんほのふひふすんへんら!」
うーん、わからん! 双子は伝わらないことにぷんすこしつつ、もごもごと口を動かし続けていた。さくらんぼの実はとっくに食べ終えているだろうし、新しい遊びか何かだろうか。
「さくらんぼのヘタ結んでンだとよ」
「さくらんぼのヘタ……?」
座布団を枕にして寝ていた紅ちゃんがのそりと身体を起こす。どうやら少し前から目が覚めていたようで、私たちの会話も聞いていたらしい。「くだらねェ」と言いつつ起き抜けにさくらんぼを数個口に放り込んで、美味しかったのか再び器に手が伸びる。
それにしても何でまたさくらんぼのヘタ結びなんて。
双子はお互いに舌を出して「「うひェひェひェ、全然できてねー‼︎」」と笑い合っていた。楽しいのは何よりだけど、うーん。
「ヒカゲとヒナタはその遊び、誰に教わったの?」
「これか? これはオカマヤローが覚えといて損はねェって」
「オカマヤローは結べるンだぜ! わかのために練習してンだってよ。よかったな、わか!」
「……全然よくねェ」
低く唸った紅ちゃんはさっきまで眠そうだった癖に、今のですっかり目が覚めたらしい。ぶるりと身震いして「銭湯行ってくる」と出て行ってしまった。
「姉御もやるか?」
「いや私は……」
「あひェひェ、下手そうだもんな姉御!」
双子の言葉に私は思わず胸を押さえた。きっと意味はわかっていないのだろうけど、だからこそグサリと刺さるものがある。ネェさん子どもに何てこと教えてくれたんだ。
「どうせ私は下手ですよーだ」
やけ食いとばかりにさくらんぼを頬張る。さくらんぼをがなくなってしまえば双子たちも遊ばなくなるだろう。
「あー! ずりィぞ姉御!」
「ヒナたちの分取っとけよ!」
「ふふふ、君たちは早いもの勝ちという言葉を知らないのかね」
「「クソー‼︎」」
そこからは三人でさくらんぼの取り合いだった。双子たちの頭からさくらんぼのヘタ結びはすっかり抜け落ちたようで内心ホッとする。さくらんぼは残り僅か。もう器の底は見えている。このまま食べ終えてしまえば……。
「何してンだお前ら?」
「「こんろー‼︎」」
「紺炉さん、おかえりなさい」
ひょいと居間に顔を出した紺炉さんに双子が飛びつく。そういえば第八に行くって言ってたっけ。危ない危ない、全部食べてしまうところだった。
「お隣さんにさくらんぼを頂いたんです。紺炉さんもどうですか。あとちょっとしかないですけど」
残りは全部紺炉さんでいいだろう。そう思い、向かいに座った彼に器を差し出す。
「おう、ありがとよ」
赤く色づいた、さっぱりとした甘みのさくらんぼが大きな口に吸い込まれていく。たちまち紺炉さんの表情がパァッと輝き出し、どうやらお気に召したらしい。残り少ないさくらんぼを一粒一粒、噛み締めるように味わっている。
「なぁなぁこんろー」
「ン?」
「さくらんぼのヘタ、結べるか?」
ヒカゲもヒナタも珍しく大人しくしているなと思っていたが、そんなことはなかった。ヘタ結びの存在を思い出してしまったようで、黄金糖のような瞳をキラキラさせて、固まる紺炉さんにやってやってとせがんでいる。私はその様子を見守ることしかできない。その後もヒカゲとヒナタは紺炉さんの法被を引っ張って強請り続け、
「仕方ねェ。一回だけだぞ」
紺炉さんがため息を吐いて、さくらんぼのヘタを口に含む。もごもご。頬が動く様子は可愛らしかったが、何となく見続けるのは憚られた。
「ほらよ」
分厚い舌の上に綺麗に結ばれたヘタが現れたのは、割とすぐのことだった。
「こんろ早えー‼︎」
「オカマヤローよりずっと早えー‼︎」
「そうかい? 人と比べたこたァねェが」
ぴょんぴょんと跳ねる双子を優しい眼差しで見てから、ゆっくりと視線がこちらに向けられる。
「なあ、俺は上手ェかい?」
甘く、囁くような声ははしゃぐ双子の声にかき消されることなく私の耳に届いた。耳の奥に吹き込むような覚えのある声に、ぶわりと顔に熱が集まってくる。
「……何で私に聞くんですか」
「そりゃあお前さんが一番よく知ってるからなァ」
紺炉さんは意地悪だ。私が答えられないのを知ってて言ってくるのだから。
「知りません!」と顔を背けると、ヒカゲとヒナタが「「すねんなよー」」と長い袖でペチペチ叩いてきた。別に拗ねているわけではないのだけど、正直に言うことはできないのでそれでいい。
「悔しいのはわかるけどよ。姉御はヘタクソだし」
「そうだ! こんろに教えてもらえばいいじゃねーか! こんろ教えるの上手ェしよ」
無垢な子どもは時折とんでもないことを言う。恐る恐る顔を上げると、紺炉さんはとてもいい笑顔を浮かべながら私を見ていた。
「俺でよければいくらでも教えるぜ」
私は必死に首を横に振ったけれど、こういう時、私の要求が通ったことは一度もないのだった。