相模屋紺炉
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「……紺炉さん」
耳許で名を呼ばれる。好いた女に抱き寄せられて、冷静でいられる男などいるのだろうか。鼻を埋めた先の肌からは、花とも違う、甘い香りがした。
*
忙しなく過ぎていく師走の、とある昼下がり。
ヒカゲとヒナタの宿題を見てやってた時のことだ。
「三太ァ?」
「ちげーよコンロ、サンタクロースだ! サンタクロース!」
「誰だそいつは」
「ンなことも知らねェのかよ。勉強が足りねーんじゃねェか? どうしてもってならヒナたちが教えてやるよ!」
二人は得意げに森羅たちに聞いた『さんたくろーす』や『くりすます』について話し始めた。宿題はそっちのけだ。集中しろと言っても無理な話だろう。いつもは俺が教えているが今は逆。どうやらそれが嬉しいようで、得たばかりの知識を饒舌に語ってくる。
(本当は知ってるなんて、今更言えねェな)
さんたくろーすは勿論、皇国にくりすますという祭りがあることは第八の嬢ちゃんたちに聞いて知っていた。興味なんざなかったが、ガキ共が喜ぶ祭りと聞いちゃあ黙ってられねェ。ヒカゲとヒナタのために一丁さんたくろーすになってやるかと密かに考えていた。さぷらいず、ってやつだ。
なのにまさか、二人が知っちまってるとはなァ。
どうしたもんかと考えていると、左右から同時に耳を引っ張られた。
「おい聞いてンのかコンロ!」
「考え事とはヨユーじゃねェか!」
「いてて、聞いてる聞いてる。来るといいな、さんたくろーす」
「あひェひェひェ、来なかったらぜってーゆるさねェ!」
「うひェひェひェ、早く来ねェかな。サンタのクソジジィ!」
誰かさんに似て口は悪いが、年相応に目を輝かせる姿に頬が緩む。
「取っ捕まえて身ぐるみはがしてやんだよ。な、ヒナ!」
「そしたらプレゼントはぜんぶヒカとヒナのもんだからな!」
前言撤回だ。こいつはうかうかしてられねェ。本当に誰に似たんだか。
*
時は過ぎ、二十四日夜半。
すぅすぅと寝静まったのを確認してヒカゲとヒナタの部屋に入る。ここまでは良かった。だが入った途端に天井から金ダライが降ってきて(なんとか音なく受け止めた)、床にはまきびし、ねずみ捕り、トラバサミ、捕獲器。足の踏み場もない程罠で溢れていた。
ジジィ一人に張る罠の量じゃねェ。けどそれだけ二人も本気なんだろう。俺も本気でやらねェとな、と少しばかり張り切って忍び足で罠を潜り抜ける。
二人の枕元には靴下や足袋、火消し靴(恐らく若のだろう)まであって、多いなと苦笑しつつ二人分のぷれぜんとを置いてやる。
ヒカゲとヒナタは喜んでくれるだろうか。さんたが捕まらなかったと悔しがりもするかもしれない。どちらにせよ、明日の朝はいつも以上に賑やかになりそうだ。
起こさないよう部屋を後にして、ヒカゲとヒナタの隣の部屋に向かう。二人の姉御分である嬢ちゃんの部屋だ。
襖の前で年頃の娘の部屋に無断で入るのは如何なものかと立ち止まること数回。結果、彼女の喜ぶ顔が見たいという欲のが勝った。
何も寝込みを襲うわけじゃねェ。ただ枕元にぷれぜんとを置くだけだ。やましい事は何もないと、そう自分に言い聞かせる。
襖を開けて中に入ると部屋の真ん中に置かれた布団が規則正しく上下していた。ゆっくり近付いて枕元にぷれぜんとを置く。
前に一緒に町を歩いた時に、嬢ちゃんが迷いに迷って買うのをやめた練り香水だ。珍しい水仙の香りで、よく合っていたのに買わねェなんて勿体ねェと思っていた。気に入ってくれるといいんだが。
あどけない寝顔に目元を緩ませながら、顔に掛かった髪を払ってやる。
「んぅ……」
おっと、起こしちまう前に退散しねェと。よいせ、と足に力を入れて立ち上がろうとすると、
「こんろさん……?」
黒目がちな瞳がぼんやりと俺を映していた。何度か瞬きをして、へにゃりと口元を緩ませる。
「やっぱり、紺炉さんだぁ」
「お、おい……嬢ちゃん!」
細腕に抱き寄せられる。咄嗟に抵抗できなかったのは、夢見心地の嬢ちゃんが請うように手を伸ばしてきたからだ。好いた女にあんな顔で求められたら拒めるわけがない。
何とか敷布団に手をついてぎりぎり触れない距離を保っていると、嬢ちゃんはそれが不服だったようでムッと唇を尖らせて、躍起になって俺を引き寄せ始めた。
勘弁してくれ。付き合う前に手は出したくねェんだ。
そんな俺の心など知らず、嬢ちゃんは駄々っ子のようにぐずり、ぐいぐいと引き寄せてくる。ああもう俺の負けだ。好きにしてくれ。
抵抗をやめて彼女の求めるまま、大人しく抱き寄せられる。彼女の首筋に顔を埋める形になり、柔肌から香る甘い香りにひどく目眩がした。甘くて空腹を誘うような、そんな香りだ。
このまま食っちまおうか。
そうとさえ思うのに、嬢ちゃんは呑気なもんで、
「ふふっ、紺炉さんだ紺炉さん」
ふにゃふにゃと俺の名前を呼び続けている。何が楽しいのかさっぱりわからねェが、惚れた弱みか、このまま幸せそうな顔を見ているのも悪くねェと思っちまう。
仕方ねェな、今回は我慢してやる。けど、次はねェ。
俺は嬢ちゃんの肩まで布団を掛けてやりながら、その隣で静かに目を閉じた。
*
「チクショー、サンタのヤロー捕まらなかった!」
「ジジィのくせにすばしっこいヤローだぜ。でもプレゼントはあったな!」
「うひェひェひェ、甘ェおかしがいっぱいだな。姉御のとこには来たかー?」
すぱぁんと勢いよく襖が開き、思わずびくりと肩が跳ねる。見つからねェうちに抜け出すつもりがうっかり寝すぎちまった。何て言い訳したもんか。
「「サ……サンタだー‼︎」」
「でかした姉御!」
「やるじゃねェか姉御!」
背中だけ見て勘違いしたヒカゲとヒナタが思い切り俺に激突してきた。
「ちが、俺だ俺!」
「なんだよコンロじゃねェか」
「あひェひェひェ。姉御、ニセモノつかまされてら!」
ヒカゲとヒナタは良いように勘違いしてくれたようだ。問題は、
「ふわぁ、おはよ。何のこと……? って、紺炉さん⁈」
「嬢ちゃん、これはだな」
「すみません、私夢を見てて。あれ、どこからが夢で……もしかして起こしに来てくれた時に寝ぼけて引っ張っちゃいました?」
「……ああ、そうだな」
今はまだ、そう思っててくれた方が俺にとっても都合がいい。謝る嬢ちゃんの頭を撫でて「俺も悪かったな」と言うと、きょとんとした眼差しが返ってきた。
「なぁなぁ姉御、首んとこ赤くなってんぞ」
「え、嘘! 蚊かなぁ。かゆくはないんだけど」
「うひェひェひェ、冬に刺されるなんてマヌケだなァ!」
一応これでも我慢はしたんだ。味見くれェは大目に見てくれ。
耳許で名を呼ばれる。好いた女に抱き寄せられて、冷静でいられる男などいるのだろうか。鼻を埋めた先の肌からは、花とも違う、甘い香りがした。
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忙しなく過ぎていく師走の、とある昼下がり。
ヒカゲとヒナタの宿題を見てやってた時のことだ。
「三太ァ?」
「ちげーよコンロ、サンタクロースだ! サンタクロース!」
「誰だそいつは」
「ンなことも知らねェのかよ。勉強が足りねーんじゃねェか? どうしてもってならヒナたちが教えてやるよ!」
二人は得意げに森羅たちに聞いた『さんたくろーす』や『くりすます』について話し始めた。宿題はそっちのけだ。集中しろと言っても無理な話だろう。いつもは俺が教えているが今は逆。どうやらそれが嬉しいようで、得たばかりの知識を饒舌に語ってくる。
(本当は知ってるなんて、今更言えねェな)
さんたくろーすは勿論、皇国にくりすますという祭りがあることは第八の嬢ちゃんたちに聞いて知っていた。興味なんざなかったが、ガキ共が喜ぶ祭りと聞いちゃあ黙ってられねェ。ヒカゲとヒナタのために一丁さんたくろーすになってやるかと密かに考えていた。さぷらいず、ってやつだ。
なのにまさか、二人が知っちまってるとはなァ。
どうしたもんかと考えていると、左右から同時に耳を引っ張られた。
「おい聞いてンのかコンロ!」
「考え事とはヨユーじゃねェか!」
「いてて、聞いてる聞いてる。来るといいな、さんたくろーす」
「あひェひェひェ、来なかったらぜってーゆるさねェ!」
「うひェひェひェ、早く来ねェかな。サンタのクソジジィ!」
誰かさんに似て口は悪いが、年相応に目を輝かせる姿に頬が緩む。
「取っ捕まえて身ぐるみはがしてやんだよ。な、ヒナ!」
「そしたらプレゼントはぜんぶヒカとヒナのもんだからな!」
前言撤回だ。こいつはうかうかしてられねェ。本当に誰に似たんだか。
*
時は過ぎ、二十四日夜半。
すぅすぅと寝静まったのを確認してヒカゲとヒナタの部屋に入る。ここまでは良かった。だが入った途端に天井から金ダライが降ってきて(なんとか音なく受け止めた)、床にはまきびし、ねずみ捕り、トラバサミ、捕獲器。足の踏み場もない程罠で溢れていた。
ジジィ一人に張る罠の量じゃねェ。けどそれだけ二人も本気なんだろう。俺も本気でやらねェとな、と少しばかり張り切って忍び足で罠を潜り抜ける。
二人の枕元には靴下や足袋、火消し靴(恐らく若のだろう)まであって、多いなと苦笑しつつ二人分のぷれぜんとを置いてやる。
ヒカゲとヒナタは喜んでくれるだろうか。さんたが捕まらなかったと悔しがりもするかもしれない。どちらにせよ、明日の朝はいつも以上に賑やかになりそうだ。
起こさないよう部屋を後にして、ヒカゲとヒナタの隣の部屋に向かう。二人の姉御分である嬢ちゃんの部屋だ。
襖の前で年頃の娘の部屋に無断で入るのは如何なものかと立ち止まること数回。結果、彼女の喜ぶ顔が見たいという欲のが勝った。
何も寝込みを襲うわけじゃねェ。ただ枕元にぷれぜんとを置くだけだ。やましい事は何もないと、そう自分に言い聞かせる。
襖を開けて中に入ると部屋の真ん中に置かれた布団が規則正しく上下していた。ゆっくり近付いて枕元にぷれぜんとを置く。
前に一緒に町を歩いた時に、嬢ちゃんが迷いに迷って買うのをやめた練り香水だ。珍しい水仙の香りで、よく合っていたのに買わねェなんて勿体ねェと思っていた。気に入ってくれるといいんだが。
あどけない寝顔に目元を緩ませながら、顔に掛かった髪を払ってやる。
「んぅ……」
おっと、起こしちまう前に退散しねェと。よいせ、と足に力を入れて立ち上がろうとすると、
「こんろさん……?」
黒目がちな瞳がぼんやりと俺を映していた。何度か瞬きをして、へにゃりと口元を緩ませる。
「やっぱり、紺炉さんだぁ」
「お、おい……嬢ちゃん!」
細腕に抱き寄せられる。咄嗟に抵抗できなかったのは、夢見心地の嬢ちゃんが請うように手を伸ばしてきたからだ。好いた女にあんな顔で求められたら拒めるわけがない。
何とか敷布団に手をついてぎりぎり触れない距離を保っていると、嬢ちゃんはそれが不服だったようでムッと唇を尖らせて、躍起になって俺を引き寄せ始めた。
勘弁してくれ。付き合う前に手は出したくねェんだ。
そんな俺の心など知らず、嬢ちゃんは駄々っ子のようにぐずり、ぐいぐいと引き寄せてくる。ああもう俺の負けだ。好きにしてくれ。
抵抗をやめて彼女の求めるまま、大人しく抱き寄せられる。彼女の首筋に顔を埋める形になり、柔肌から香る甘い香りにひどく目眩がした。甘くて空腹を誘うような、そんな香りだ。
このまま食っちまおうか。
そうとさえ思うのに、嬢ちゃんは呑気なもんで、
「ふふっ、紺炉さんだ紺炉さん」
ふにゃふにゃと俺の名前を呼び続けている。何が楽しいのかさっぱりわからねェが、惚れた弱みか、このまま幸せそうな顔を見ているのも悪くねェと思っちまう。
仕方ねェな、今回は我慢してやる。けど、次はねェ。
俺は嬢ちゃんの肩まで布団を掛けてやりながら、その隣で静かに目を閉じた。
*
「チクショー、サンタのヤロー捕まらなかった!」
「ジジィのくせにすばしっこいヤローだぜ。でもプレゼントはあったな!」
「うひェひェひェ、甘ェおかしがいっぱいだな。姉御のとこには来たかー?」
すぱぁんと勢いよく襖が開き、思わずびくりと肩が跳ねる。見つからねェうちに抜け出すつもりがうっかり寝すぎちまった。何て言い訳したもんか。
「「サ……サンタだー‼︎」」
「でかした姉御!」
「やるじゃねェか姉御!」
背中だけ見て勘違いしたヒカゲとヒナタが思い切り俺に激突してきた。
「ちが、俺だ俺!」
「なんだよコンロじゃねェか」
「あひェひェひェ。姉御、ニセモノつかまされてら!」
ヒカゲとヒナタは良いように勘違いしてくれたようだ。問題は、
「ふわぁ、おはよ。何のこと……? って、紺炉さん⁈」
「嬢ちゃん、これはだな」
「すみません、私夢を見てて。あれ、どこからが夢で……もしかして起こしに来てくれた時に寝ぼけて引っ張っちゃいました?」
「……ああ、そうだな」
今はまだ、そう思っててくれた方が俺にとっても都合がいい。謝る嬢ちゃんの頭を撫でて「俺も悪かったな」と言うと、きょとんとした眼差しが返ってきた。
「なぁなぁ姉御、首んとこ赤くなってんぞ」
「え、嘘! 蚊かなぁ。かゆくはないんだけど」
「うひェひェひェ、冬に刺されるなんてマヌケだなァ!」
一応これでも我慢はしたんだ。味見くれェは大目に見てくれ。