相模屋紺炉
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「紺炉中隊長、何で知って……」
「俺は一度だって知らねェとは言ってねェよ」
「なァ、そうだろ?」と近付く瞳は見たことのない熱を伴っていた。
*
「こりゃ一体何の騒ぎだ?」
浅草の町をお菓子を持った子どもたちが駆けてゆく。聞き慣れた声に振り向けばそこには紺炉中隊長がいた。
「ハロウィンですよ、紺炉中隊長」
「はろうぃん」
私の言葉を噛み砕くように繰り返す姿が可愛くて、頬が緩みそうになるのを必死に耐える。紺炉中隊長が知らないのも無理はない。ハロウィンは皇国のお祭りで、ここ浅草では本来馴染みのないものだ。けれど今年は「菓子が食えンのか!」「イタズラしていいのか!」と、お祭りの存在を知った双子たちが町中に触れ回り、第八が慈善事業という名目で子どもたちにお菓子を配ることとなったのである。
「そういやァヒカゲとヒナタがはしゃいでたな。あいつら無理言ってねェか?」
「大丈夫ですよ。今はシンラたちと追いかけっこしてます」
ヒカゲちゃんとヒナタちゃんは森羅からお菓子を取り上げるだけ取り上げて、なくなったのを見計らってイタズラを仕掛けていた。おそらく今は全力鬼ごっこの真っ最中だろう。紺炉さんは森羅を案じるように遠くの空を見つめ「そうかい」と呟いた。
「はろうぃんはまだ忙しいかい?」
「いえ。私の分のお菓子は全部配り終えたので、あとは森羅とアーサーの帰りを待つだけです」
「それならうちで茶でも飲んで待ってな。どうせしばらく帰って来ねェだろ」
確かにもう少し日が傾かないと戻って来ない気がする。私は紺炉さんのお言葉に甘えて詰所にお邪魔することにした。
*
「あー、美味しい」
ふわりと金木犀の香る縁側で紺炉さんの淹れてくれた緑茶を啜る。疲れた体に染み渡るあたたかさだ。一緒に出してくれた栗羊羹も程よい甘さで緑茶によく合う。
「それにしても奇天烈な祭りだな、はろうぃんってのは。その頭に着けてンのは……」
「これは猫耳です! 一応仮装した方がいいかなと」
下はいつもの防火服なのでアンバランスではあるけれど、雰囲気は大切だ。「可愛いですか?」と冗談っぽく訊けば紺炉さんの手が伸びてきて猫耳に触れた。ふにふにと頭上で動く気配がする。そのままするりと滑り落ちてきた指先が本物の耳を掠め、
「っ⁈」
輪郭をなぞるような動きに思わず息を呑む。慌てて耳を両手で覆うと紺炉中隊長は愉しげにくつくつと笑っていた。
「あァ、可愛いなァ」
真っ赤になっちまって、と言う声が聞こえてくるようだった。完全に揶揄われている。
こういうことはままあって。頼れる大人である彼が時折見せる子どもっぽい一面は打ち解けてきた証拠かもしれないけれど、そういうことに慣れていない私には刺激が大きすぎて毎回ドキドキと心臓がうるさい。
「もう、揶揄わないでくださいよ!」
「いやァ嬢ちゃんの反応が面白くてつい、な」
必死に抗議するも紺炉中隊長は目を細めるだけだった。これは反省してないな。
私はもう知らないとそっぽを向いた。紺炉中隊長が「悪い悪い」と謝るまで振り向いてやるもんかと、決意して。
「とりっくおあとりーと」
「へ」
「聞こえなかったかい? とりっくおあとりーとって言ったンだ」
聞こえなかったわけじゃない。今日一日、嫌という程聞いた台詞だ。ただどうしてハロウィンを知らないはずの彼の口からその台詞が飛び出したのかと驚いただけで。いや、そんなことよりもーー。
隣に置いていた籠に目をやる。中は当然空っぽだ。食べていた栗羊羹ももうない。
「あの紺炉中隊長、」
恐る恐る視線を移す。右手を差し出しながらいつもと変わらない笑顔を浮かべているのが逆に怖い。言葉の意味を知らない、なんてことはないだろう。お菓子がないのも知っていたはずで。
だらだらと背中に嫌な汗が流れていく。しばらく黙っていると紺炉中隊長が籠を覗き込み、わざとらしく声を上げた。
「なんだ空っぽじゃねぇか。残念だが菓子がねェなら仕方ねェ」
本意ではないとでも言いたげな紺炉中隊長はその割に至極愉しそうで、唇があまりに綺麗な弧を描くものだから、私は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「本当に奇天烈で、いい祭りだなァ。はろうぃんってのは」
トリックオアトリート。
お菓子がなければどうなるか? そんなもの昔から決まっているのだ。
「俺は一度だって知らねェとは言ってねェよ」
「なァ、そうだろ?」と近付く瞳は見たことのない熱を伴っていた。
*
「こりゃ一体何の騒ぎだ?」
浅草の町をお菓子を持った子どもたちが駆けてゆく。聞き慣れた声に振り向けばそこには紺炉中隊長がいた。
「ハロウィンですよ、紺炉中隊長」
「はろうぃん」
私の言葉を噛み砕くように繰り返す姿が可愛くて、頬が緩みそうになるのを必死に耐える。紺炉中隊長が知らないのも無理はない。ハロウィンは皇国のお祭りで、ここ浅草では本来馴染みのないものだ。けれど今年は「菓子が食えンのか!」「イタズラしていいのか!」と、お祭りの存在を知った双子たちが町中に触れ回り、第八が慈善事業という名目で子どもたちにお菓子を配ることとなったのである。
「そういやァヒカゲとヒナタがはしゃいでたな。あいつら無理言ってねェか?」
「大丈夫ですよ。今はシンラたちと追いかけっこしてます」
ヒカゲちゃんとヒナタちゃんは森羅からお菓子を取り上げるだけ取り上げて、なくなったのを見計らってイタズラを仕掛けていた。おそらく今は全力鬼ごっこの真っ最中だろう。紺炉さんは森羅を案じるように遠くの空を見つめ「そうかい」と呟いた。
「はろうぃんはまだ忙しいかい?」
「いえ。私の分のお菓子は全部配り終えたので、あとは森羅とアーサーの帰りを待つだけです」
「それならうちで茶でも飲んで待ってな。どうせしばらく帰って来ねェだろ」
確かにもう少し日が傾かないと戻って来ない気がする。私は紺炉さんのお言葉に甘えて詰所にお邪魔することにした。
*
「あー、美味しい」
ふわりと金木犀の香る縁側で紺炉さんの淹れてくれた緑茶を啜る。疲れた体に染み渡るあたたかさだ。一緒に出してくれた栗羊羹も程よい甘さで緑茶によく合う。
「それにしても奇天烈な祭りだな、はろうぃんってのは。その頭に着けてンのは……」
「これは猫耳です! 一応仮装した方がいいかなと」
下はいつもの防火服なのでアンバランスではあるけれど、雰囲気は大切だ。「可愛いですか?」と冗談っぽく訊けば紺炉さんの手が伸びてきて猫耳に触れた。ふにふにと頭上で動く気配がする。そのままするりと滑り落ちてきた指先が本物の耳を掠め、
「っ⁈」
輪郭をなぞるような動きに思わず息を呑む。慌てて耳を両手で覆うと紺炉中隊長は愉しげにくつくつと笑っていた。
「あァ、可愛いなァ」
真っ赤になっちまって、と言う声が聞こえてくるようだった。完全に揶揄われている。
こういうことはままあって。頼れる大人である彼が時折見せる子どもっぽい一面は打ち解けてきた証拠かもしれないけれど、そういうことに慣れていない私には刺激が大きすぎて毎回ドキドキと心臓がうるさい。
「もう、揶揄わないでくださいよ!」
「いやァ嬢ちゃんの反応が面白くてつい、な」
必死に抗議するも紺炉中隊長は目を細めるだけだった。これは反省してないな。
私はもう知らないとそっぽを向いた。紺炉中隊長が「悪い悪い」と謝るまで振り向いてやるもんかと、決意して。
「とりっくおあとりーと」
「へ」
「聞こえなかったかい? とりっくおあとりーとって言ったンだ」
聞こえなかったわけじゃない。今日一日、嫌という程聞いた台詞だ。ただどうしてハロウィンを知らないはずの彼の口からその台詞が飛び出したのかと驚いただけで。いや、そんなことよりもーー。
隣に置いていた籠に目をやる。中は当然空っぽだ。食べていた栗羊羹ももうない。
「あの紺炉中隊長、」
恐る恐る視線を移す。右手を差し出しながらいつもと変わらない笑顔を浮かべているのが逆に怖い。言葉の意味を知らない、なんてことはないだろう。お菓子がないのも知っていたはずで。
だらだらと背中に嫌な汗が流れていく。しばらく黙っていると紺炉中隊長が籠を覗き込み、わざとらしく声を上げた。
「なんだ空っぽじゃねぇか。残念だが菓子がねェなら仕方ねェ」
本意ではないとでも言いたげな紺炉中隊長はその割に至極愉しそうで、唇があまりに綺麗な弧を描くものだから、私は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「本当に奇天烈で、いい祭りだなァ。はろうぃんってのは」
トリックオアトリート。
お菓子がなければどうなるか? そんなもの昔から決まっているのだ。