最近、彼女の様子がおかしい。
学校行事でまとめ役を任されたとは聞いていたが、そのせいなのは明らかだ。顔には疲労が滲んでいて、一緒にいる時もどこかぼんやりしている。
それに気づいて大丈夫かと声をかけるも、気丈な彼女は「大丈夫！」と笑顔を返すだけだった。見え透いた嘘だ。絶対にそんなことはないのに。
無理するなと言ったところでこいつは聞かない。それはわかっていた。なら、俺に何ができる？
悩んだ末に答えは出なくて、結局椿野先輩に相談した。先輩は「そんなの簡単よ！」と言い放ち、あることを俺に伝授する。

「は？」

意味がわからなくて思わず口にしていた飴を噛み砕きそうになる。本当にそんなんでいいのだろうか。とてもじゃないが解決策とは思えない。
けれど先輩はぱちんとウィンクして自信満々に言い切った。

「あんたがそう思うのも無理ないけど、乙女心ってそういうものよ。今度彼女ちゃんに会ったら騙されたと思ってやってみなさい」

＊＊＊

「梶くん？」

名前を呼ばれてはっとする。一週間ぶりに会った彼女は前回にも増して疲弊しているようだった。行事本番に向けて追い込みが始まっているらしい。俺が気にするから化粧で隠しているようだがバレバレだ。
正直言って先輩からのアドバイスに関してはまだ半信半疑だがーー何かが変わる可能性があるならと手を伸ばす。
そのままぽん、と小さい頭に手のひらを置けば、「え」と戸惑ったような声がした。それを無視して形の良い頭を輪郭に撫でる。
なるべく優しく大切にね、と先輩は言っていたが、これで合っているのかわからない。力加減はこれでいい、のか？　なぜかさっきより彼女の髪がぐしゃぐしゃになっているし。

「えと、その梶くん？？」
「痛かったか？」

撫でていた手を離そうとすれば、待ってと彼女の手がそれを制止した。

「痛くない！　から、もう少しこのままお願いします」

彼女の言葉に小さく頷く。再び撫で始めると彼女が嬉しそうに目を細めるものだから、何だか猫みたいだなと思った。今にもゴロゴロと喉を鳴らしそうだ。
だからつい癖で、髪から頬へ、頬から顎下へと手のひらを滑らせてしまって。

「んっ」
「わ、悪ぃ」

突然のことに真っ赤になって俺を見上げる彼女から慌てて手を引いた。けれど彼女の熱はすでにこっちにまで伝播していて、しばらく顔を見れそうにない。
何やってんだ、俺は。
奥歯で口にしていた飴を砕くと、隣からふふっと声がした。

「……何笑ってんだよ」
「ごめんごめん、梶くん私を励まそうとしてくれたんだよね？」

乱れた髪を手櫛で整えながら彼女が微笑む。
実際自分が何をしたかったのかよくわからない。ただ、無理をする彼女のために何かできることがあるならしたいと思っただけだ。
結果として、彼女がそう受け取ったならそれでいい。

「よーし、やる気出てきた！」

両手をぐっと握って彼女が立ち上がる。
優しく頭を撫でてあげなさい、という先輩のアドバイスは、どうやら効果抜群だったようだ。

「ありがとね、梶くん。私もうちょっと頑張るよ！」
「おう」
「でね、お願いがあるんだけど」

何やら言いにくそうに彼女が口をもごもごさせる。不思議に思って言葉の続きを待っていると、しばらくして意を結したらしい彼女が顔を上げた。

「行事が無事終わったら、今日みたいにまた頭撫でてもらっていい？」

その言葉に今すぐ手を伸ばしそうになって、ぐっと堪える。気が済むまでしてやりたい気持ちはもちろんあるが、今はまだだめだ。
それにしても、まさか普段あまり甘えてこない彼女のこんな一面が見れるとは。
頭を撫でる。
なるほど確かに、これは効果抜群だ。