「誰にやられた⁈ 」

私の顔を見るなり、梶くんが今にも殴りかかってきそうな剣幕で肩を掴んできた。

「何のこと？」

痛みに顔をしかめつつ訊ねると、彼は一瞬ハッとして肩を掴む力を緩めた。けれど顔は怖いままだ。

「とぼけんじゃねぇ！　お前、泣いただろ」

大声でそう言って、梶くんが指の腹で私の目の下をなぞる。同時に感じたひりりとした痛みは、そこの皮膚が薄いからでも、梶くんの指がかさついているからでもない。すでに何度も擦った後だからだ。

「ああ、これ？」

何で気づいちゃうかな。化粧で隠したのに、こういうことには目敏いんだから。リップは変えても気づかない癖に。でも、

「何でもないよ」

本当のことは言わないと決めていた。たとえ見え透いた嘘だとしても、真実を隠せるならそれでいい。

「お前……！」

梶くんは眉間にこれでもかと皺を寄せ、私に鋭い視線を向けた。すごく怒っている。けれどそれは私にではなく、見えない誰かに対してだ。

「梶くん」
「あ？」
「ありがとう」
「はぁ⁈」
「でも、本当に何でもないの」

私のために怒ってくれた梶くんに笑顔でそう告げる。
本当は泣いてしまうほど嫌なことがあった。でもよくよく考えれば誰が悪いとかじゃなくて、まあそういう日もあるかってくらいのことだ。わざわざ梶くんが手を下すまでもない、些細なこと。
だから彼が私のために心配して、怒ってくれただけでもう充分だ。
笑ってそれ以上何も言わない私に、梶くんも問いただすのは諦めてくれたらしい。彼は何か言いかけて、結局舌打ちだけが返ってきた。
ごめんね、素直な彼女じゃなくて。でもこんなことで君に甘えるのは嫌なんだ。

「……しろ」

ふいに梶くんが何やら呟いた。

「え？」
「泣くなら俺がいる時にしろ」

突然ぐいと引っ張られ、腕の中に閉じ込められる。

「じゃなきゃお前を慰めてやれねえだろうが」苦しいくらいに抱きしめられて、髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて。
「痛いよ、梶くん」

そう訴えても、梶くんは手を止めてくれなかった。
本当に痛い。涙が出るくらい、痛い。
我慢できなくてぽろぽろと涙が溢れても、梶くんは知ったことかとお構いなし。
慣れない手つきで不器用に、あまりにもやさしく頭を撫でてくるものだから、私はしばらく涙が止まらなかった。