蘇枋隼飛
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「昨日、好きな人に告白したんだ」
「えっ」
突然のカミングアウトに、箸からぽろりと卵焼きが落ちた。弁当箱の中に落ちればよかったのだけど、残念ながら卵焼きは床に着地して、これはもう食べられない。けれどお弁当のおかずが一品だめになってしまったことよりも友人の言葉の続きが気になって、それどころではなかった。
「どうだったの?」
食い気味にそう訊けば、友人はふるふると首を振った。彼女の恋は叶わなかったらしい。でもその表情は失恋したというには晴れやかなものだった。
「すっごく優しくフラれたの。イケメンってどこまでいってもイケメンなんだなって思った」
指を組んでぽーっと遠くを見つめてそう語る友人は、まさに恋する乙女そのものだった。告白を断ったにも関わらず、いまだ彼女の心を掴んで離さないお相手さんは一体どれほどのイケメンなんだろう。
「その人のことまだ好きなんだね。また告白するの?」
「まさか! 好きは好きだけどダメ元だったし、今は一ファンかな」
「そうなの?」
「そうそう。ほらうちの学校で流行ってるでしょ。風鈴の蘇枋くんに告白してフラれるやつ」
「あー」
風鈴高校にすごいイケメンがいるという噂は、私たちの通う学校が女子校ということもあってか瞬く間に広まった。しかもそのイケメンは不良らしくない甘くやわらかな風貌の持ち主で、一目で恋に落ちる女子多数。
そして誰が最初に始めたのか、私たちの学校ではそのイケメンこと蘇枋隼飛くんに告白し、優しく振ってもらって思い出作りをしよう! というのが流行っていた。
蘇枋くんからしたら迷惑な話だ。けれど彼は誰に告白されても嫌な顔ひとつせず、今まで告白してきた女の子全員を優しく振ってきたのだという。すごい人だ。
「蘇枋くんって誰ならOKするのかな」
「んー、どうだろ。三年のモデルやってる先輩もフラれたって」
「ええー、あの美人の先輩でもだめなんだ」
それはもう誰も付き合えないのでは。それか、恋人は作らないって決めてるとか。何にせよ私には縁遠い話だ。
「あんたも告れば?」
「へ?」
「あんたも好きでしょ。蘇枋くんのこと」
「それは……そうだけど」
ーー風鈴高校にすごいイケメンがいるらしいよ。
何度も何度もその噂を耳にした私は、ちょっとした好奇心から学校帰りに一人で風鈴高校に向かい、その道中で運悪く柄の悪い男数人に絡まれたことがある。どうやら巷でお嬢様学校と称される高校の制服のまま来てしまったのが良くなかったらしい。この辺りは治安が悪いと知っていたのに。まさに自業自得だ。
そして数人に囲まれ、震えて声も出せずにいた私を助けてくれたのが、噂のすごいイケメンこと蘇枋くんだった。
蘇枋くんは私たちの間に割って入ると、息も乱さず数人を相手取り、あっという間に彼らを蹴散らした。それから泣きべそをかく私の頭を「もう大丈夫だからね」と落ち着くまで撫でてくれた。あんな風に優しくされて、好きにならないほうが難しい。
でも私は恋人になりたいとか、そんなおこがましいことはとてもじゃないけど考えられなかった。蘇枋くんのことはもちろん好きだ。恋と名付けていいものだと思う。でも彼のような高嶺の花に手を伸ばそうとは微塵も思わなくて、たまに街で見かけられたら嬉しいな、くらいの。それこそ遠くからアイドルを眺めて満足するファンみたいな立ち位置でいい。だから、
「私はいいかなぁ」
「えー、もったいない。それにしても蘇枋くん本当に優しかったなー」
「ちなみに何て言ってフラれたの?」
「ふふ、内緒ー」
友人はにんまりと笑って、人差し指を唇に当てた。蘇枋くんに振られようとする女子が未だ絶えない理由がこれだった。
告白を断られた女の子たちはみんな口を揃えて優しく振られたと話し、しかし詳細については一切語ろうとしない。それぞれが自分だけの思い出だと胸にしまってしまうのだ。
けれど綺麗な思い出の一部分だけを聞かされたほうとしては、気にならないはずもなく。大抵の子が、告白してもしなくても結果が同じならせめて最後にいい思い出を、という結論に至る。
「ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん」
「だーめ。私だけの綺麗な思い出なの。気になるなら告ってみれば? フラれたけど、気持ちを伝えられてスッキリしたし、おすすめだよ」
「うーん。そういうものかなぁ」
仲のいい友人の言葉に少しだけ心が揺れる。振られるのが最初からわかっているなら、いざ振られてもショックは小さいだろう。気持ちを伝えるだけなら、それで蘇枋くんとの綺麗な思い出ができるならーー。
そんな考えがよぎったけれど、やっぱり私は蘇枋くんを遠くから見ているだけで充分だ。だから、告白はしない。
……と、思っていたのだけど。
***
「す、好き、です」
いつも遠くから眺めるだけだった蘇枋くんが目の前にいて、つい言う予定のなかったことを言ってしまった。
慌てて口を押さえるも今さら何の意味もなくて、ちらりと前に立つ蘇枋くんを見遣ると、彼は驚いたのか少しだけ目を大きくしていた。けれど、それもすぐににこにことやわらかい表情へと変わる。
いつもの笑顔の裏側で、蘇枋くんは何を思っているのだろう。もしかしたら告白をどうやって断るのか考えている最中かもしれない。
続く沈黙にどうしていいのかわからなくて、助けを求めるように友人のほうへと視線を向けると、さっきまで近くにいたはずの彼女はいつの間にか随分離れたところにいて、グッと親指を立てていた。頑張れ! じゃない。
そもそもあの子が「あ、蘇枋くんだ。あんたも当たって砕けといで!」と私を彼のほうへと突き飛ばさなければ、こんなことにはならなかったのに。
「君、俺のこと好きなの?」
しゃらとタッセルピアスを揺らして、蘇枋くんが私の顔を覗き込む。
「えっ、あ、ちが……はい」
「それだけ?」
「え?」
「いや、付き合いたいとか思わないのかなって」
噂では蘇枋くんは優しく振ってくれるのだと聞いていた。けれど、これはどちらかというと誘導尋問みたいだった。
蘇枋くんは優しげに笑いながら、私から言葉を引きずり出してくる。
「付き合いたいとかは……思わないわけじゃないけど、蘇枋くんは私には高嶺の花で」
「どうして? こんなに近くにいるじゃないか」
突然蘇枋くんが私の手を取った。そして意味が分からずあわあわするだけの私にくすりと笑みを零し、指を絡めてくる。
女の子とは全然違う大きな手だった。これが、男の人の手。意識したら途端に心臓が煩くなった。
「ほら、俺はちゃんと君の手の届くところにいるでしょ。だからさっきの、もう一度言ってくれるかな」
手を繋いだだけで心臓が壊れそうなのに、そんな風に甘い顔と声で追い討ちをかけられてはひとたまりもない。
振られて終わるはずの予定がとんでもなく狂ってしまった。それとも甘い夢を見せておいて、最後に振られるのだろうか。いっそそのほうが現実味がある。
「……蘇枋くんのことが、好きです」
「うん」
「わ、私と……付き合って、ください」
言い切った。この後、私は優しく振られる。蘇枋くんはみんなが言うように、優しく綺麗な思い出をくれる、はず……。しかし、
「うん。俺でよければ喜んで」
あまりにいい笑顔で蘇枋くんがそう言うから、自分に都合のいい幻覚でも見ているのかと思った。そう、夢。これはきっと白昼夢に違いない。
だって助けてもらった日以降、ろくに喋ったこともないのだ。蘇枋くんがそんな相手を、こんな平凡で、何の取り柄もない私の告白を受け入れるだなんて、とてもじゃないけれど信じられない。
けれどいつまで経っても蘇枋くんは私を振ってはくれなかった。それどころかきゅっと繋いだ手を握り直し、「不束者ですが、よろしくお願いします」ととてもいい笑顔で言い放った。
「本当は俺から言うつもりだったんだ。けど君から告白してくれたのが嬉しくて、つい意地悪しちゃった」
ごめんね、と目元を緩ませる彼の頬が赤く染まって見えたのは、夕日のせいだけだろうか。どうかそうであってほしい。じゃないと、自惚れてしまいそうだ。
その後いくつか会話を交わした。内容はよく覚えていない。確か連絡先を交換して、それから蘇枋くんは街の見回りがあるからと去っていった。
一人で立ち尽くすことしばらく。まだ夢を見ているのではと放心する私の元に「ぎゃー‼︎ おめでとー‼︎」と遠くで身を潜めていた友人が駆けてきた。自分のことのように喜ぶ彼女に痛いほど抱きしめられて、そこで初めて、私は蘇枋くんに告白をOKされて、彼の恋人になったのだとじわりじわりと実感したのだった。
「えっ」
突然のカミングアウトに、箸からぽろりと卵焼きが落ちた。弁当箱の中に落ちればよかったのだけど、残念ながら卵焼きは床に着地して、これはもう食べられない。けれどお弁当のおかずが一品だめになってしまったことよりも友人の言葉の続きが気になって、それどころではなかった。
「どうだったの?」
食い気味にそう訊けば、友人はふるふると首を振った。彼女の恋は叶わなかったらしい。でもその表情は失恋したというには晴れやかなものだった。
「すっごく優しくフラれたの。イケメンってどこまでいってもイケメンなんだなって思った」
指を組んでぽーっと遠くを見つめてそう語る友人は、まさに恋する乙女そのものだった。告白を断ったにも関わらず、いまだ彼女の心を掴んで離さないお相手さんは一体どれほどのイケメンなんだろう。
「その人のことまだ好きなんだね。また告白するの?」
「まさか! 好きは好きだけどダメ元だったし、今は一ファンかな」
「そうなの?」
「そうそう。ほらうちの学校で流行ってるでしょ。風鈴の蘇枋くんに告白してフラれるやつ」
「あー」
風鈴高校にすごいイケメンがいるという噂は、私たちの通う学校が女子校ということもあってか瞬く間に広まった。しかもそのイケメンは不良らしくない甘くやわらかな風貌の持ち主で、一目で恋に落ちる女子多数。
そして誰が最初に始めたのか、私たちの学校ではそのイケメンこと蘇枋隼飛くんに告白し、優しく振ってもらって思い出作りをしよう! というのが流行っていた。
蘇枋くんからしたら迷惑な話だ。けれど彼は誰に告白されても嫌な顔ひとつせず、今まで告白してきた女の子全員を優しく振ってきたのだという。すごい人だ。
「蘇枋くんって誰ならOKするのかな」
「んー、どうだろ。三年のモデルやってる先輩もフラれたって」
「ええー、あの美人の先輩でもだめなんだ」
それはもう誰も付き合えないのでは。それか、恋人は作らないって決めてるとか。何にせよ私には縁遠い話だ。
「あんたも告れば?」
「へ?」
「あんたも好きでしょ。蘇枋くんのこと」
「それは……そうだけど」
ーー風鈴高校にすごいイケメンがいるらしいよ。
何度も何度もその噂を耳にした私は、ちょっとした好奇心から学校帰りに一人で風鈴高校に向かい、その道中で運悪く柄の悪い男数人に絡まれたことがある。どうやら巷でお嬢様学校と称される高校の制服のまま来てしまったのが良くなかったらしい。この辺りは治安が悪いと知っていたのに。まさに自業自得だ。
そして数人に囲まれ、震えて声も出せずにいた私を助けてくれたのが、噂のすごいイケメンこと蘇枋くんだった。
蘇枋くんは私たちの間に割って入ると、息も乱さず数人を相手取り、あっという間に彼らを蹴散らした。それから泣きべそをかく私の頭を「もう大丈夫だからね」と落ち着くまで撫でてくれた。あんな風に優しくされて、好きにならないほうが難しい。
でも私は恋人になりたいとか、そんなおこがましいことはとてもじゃないけど考えられなかった。蘇枋くんのことはもちろん好きだ。恋と名付けていいものだと思う。でも彼のような高嶺の花に手を伸ばそうとは微塵も思わなくて、たまに街で見かけられたら嬉しいな、くらいの。それこそ遠くからアイドルを眺めて満足するファンみたいな立ち位置でいい。だから、
「私はいいかなぁ」
「えー、もったいない。それにしても蘇枋くん本当に優しかったなー」
「ちなみに何て言ってフラれたの?」
「ふふ、内緒ー」
友人はにんまりと笑って、人差し指を唇に当てた。蘇枋くんに振られようとする女子が未だ絶えない理由がこれだった。
告白を断られた女の子たちはみんな口を揃えて優しく振られたと話し、しかし詳細については一切語ろうとしない。それぞれが自分だけの思い出だと胸にしまってしまうのだ。
けれど綺麗な思い出の一部分だけを聞かされたほうとしては、気にならないはずもなく。大抵の子が、告白してもしなくても結果が同じならせめて最後にいい思い出を、という結論に至る。
「ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん」
「だーめ。私だけの綺麗な思い出なの。気になるなら告ってみれば? フラれたけど、気持ちを伝えられてスッキリしたし、おすすめだよ」
「うーん。そういうものかなぁ」
仲のいい友人の言葉に少しだけ心が揺れる。振られるのが最初からわかっているなら、いざ振られてもショックは小さいだろう。気持ちを伝えるだけなら、それで蘇枋くんとの綺麗な思い出ができるならーー。
そんな考えがよぎったけれど、やっぱり私は蘇枋くんを遠くから見ているだけで充分だ。だから、告白はしない。
……と、思っていたのだけど。
***
「す、好き、です」
いつも遠くから眺めるだけだった蘇枋くんが目の前にいて、つい言う予定のなかったことを言ってしまった。
慌てて口を押さえるも今さら何の意味もなくて、ちらりと前に立つ蘇枋くんを見遣ると、彼は驚いたのか少しだけ目を大きくしていた。けれど、それもすぐににこにことやわらかい表情へと変わる。
いつもの笑顔の裏側で、蘇枋くんは何を思っているのだろう。もしかしたら告白をどうやって断るのか考えている最中かもしれない。
続く沈黙にどうしていいのかわからなくて、助けを求めるように友人のほうへと視線を向けると、さっきまで近くにいたはずの彼女はいつの間にか随分離れたところにいて、グッと親指を立てていた。頑張れ! じゃない。
そもそもあの子が「あ、蘇枋くんだ。あんたも当たって砕けといで!」と私を彼のほうへと突き飛ばさなければ、こんなことにはならなかったのに。
「君、俺のこと好きなの?」
しゃらとタッセルピアスを揺らして、蘇枋くんが私の顔を覗き込む。
「えっ、あ、ちが……はい」
「それだけ?」
「え?」
「いや、付き合いたいとか思わないのかなって」
噂では蘇枋くんは優しく振ってくれるのだと聞いていた。けれど、これはどちらかというと誘導尋問みたいだった。
蘇枋くんは優しげに笑いながら、私から言葉を引きずり出してくる。
「付き合いたいとかは……思わないわけじゃないけど、蘇枋くんは私には高嶺の花で」
「どうして? こんなに近くにいるじゃないか」
突然蘇枋くんが私の手を取った。そして意味が分からずあわあわするだけの私にくすりと笑みを零し、指を絡めてくる。
女の子とは全然違う大きな手だった。これが、男の人の手。意識したら途端に心臓が煩くなった。
「ほら、俺はちゃんと君の手の届くところにいるでしょ。だからさっきの、もう一度言ってくれるかな」
手を繋いだだけで心臓が壊れそうなのに、そんな風に甘い顔と声で追い討ちをかけられてはひとたまりもない。
振られて終わるはずの予定がとんでもなく狂ってしまった。それとも甘い夢を見せておいて、最後に振られるのだろうか。いっそそのほうが現実味がある。
「……蘇枋くんのことが、好きです」
「うん」
「わ、私と……付き合って、ください」
言い切った。この後、私は優しく振られる。蘇枋くんはみんなが言うように、優しく綺麗な思い出をくれる、はず……。しかし、
「うん。俺でよければ喜んで」
あまりにいい笑顔で蘇枋くんがそう言うから、自分に都合のいい幻覚でも見ているのかと思った。そう、夢。これはきっと白昼夢に違いない。
だって助けてもらった日以降、ろくに喋ったこともないのだ。蘇枋くんがそんな相手を、こんな平凡で、何の取り柄もない私の告白を受け入れるだなんて、とてもじゃないけれど信じられない。
けれどいつまで経っても蘇枋くんは私を振ってはくれなかった。それどころかきゅっと繋いだ手を握り直し、「不束者ですが、よろしくお願いします」ととてもいい笑顔で言い放った。
「本当は俺から言うつもりだったんだ。けど君から告白してくれたのが嬉しくて、つい意地悪しちゃった」
ごめんね、と目元を緩ませる彼の頬が赤く染まって見えたのは、夕日のせいだけだろうか。どうかそうであってほしい。じゃないと、自惚れてしまいそうだ。
その後いくつか会話を交わした。内容はよく覚えていない。確か連絡先を交換して、それから蘇枋くんは街の見回りがあるからと去っていった。
一人で立ち尽くすことしばらく。まだ夢を見ているのではと放心する私の元に「ぎゃー‼︎ おめでとー‼︎」と遠くで身を潜めていた友人が駆けてきた。自分のことのように喜ぶ彼女に痛いほど抱きしめられて、そこで初めて、私は蘇枋くんに告白をOKされて、彼の恋人になったのだとじわりじわりと実感したのだった。