フラジャイル
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「え、今日森井さん誕生日だったんですか⁈」
「はあ、まあ」
壮望会第一総合病院病理部にて、私は淹れてもらったばかりのコーヒーを危うく落としそうになった。デスクの上には書類が山のように積まれていて、零したらさすがにあの子も怒るだろうなと同期であり友人でもある宮崎ちゃんの顔を思い浮かべる。うん、前言撤回。怒ってもあまり怖くなさそう。まあ何はともあれ零さなくてよかった。私はほこほこと白い湯気を立てるマグカップに口をつけ、
「で、森井さん今日誕生日なんですか?」
「いや何で二回言うんですか」
「大事なことだからに決まってるじゃないですか!」
そう、大事なことだからである。宮崎ちゃんが病理に移ってから、私はできれば極力行きたくなかった(岸先生が怖くて)病理部に顔を出すようになった。主に上司である細木先生のおつかいだったり、友人である宮崎ちゃんに会いに行ったりという理由だけれど、岸先生に「君また来たの?」と言われるくらいには通っている。森井さんとも余裕があればコーヒーを出してくれるくらいには仲良くなった。そんな相手の誕生日に何もしないなんて、ありえない。岸先生にだって誕生日にカップラーメンを献上したのに。
私は持ってきたビニール袋の中を漁った。最近忙しそうな宮崎ちゃんの差し入れにと売店で買ってきたものだから、残念ながら誕生日プレゼントになりそうなものは何もない。岸先生なら麺類を与えておけば喜んでくれるんだろうけど、そういえば森井さんは何が好きなんだろう。
「森井さんすみません。とりあえずこれでもいいですか? 貰い飽きてるかもなんですけど」
私が差し出した赤い箱を森井さんは軽く頭を下げて受け取った。十一月十一日といえば、なチョコレート菓子である。今日が誕生日の彼は今までも貰うことが多かったんじゃないだろうか。あーあ、別のお菓子も買っておくんだった。
「ありがとうございます。ってか宮崎先生への差し入れ、レトルトカレーなんですね」
「あの子お菓子よりこれのが喜んでくれるんで。あ、森井さんもこっちのがよければ……」
「いえこれで充分です」
森井さんはさっそく開封して細長いチョコレートプレッツェルを口に咥えていた。パキッと、良い音がする。
「あの、森井さん好きなものとか欲しいものってあります?」
「何ですか急に」
「いやー、来年こそはちゃんとお祝いしたいじゃないですか。さすがに売店のお菓子じゃ申し訳なくて」
「俺は別に気にしませんけど。欲しいものなら、まあ……」
いつも岸先生にずばずば物を言う森井さんが珍しく言い淀んでいる。お値段のするものなのか、手に入りにくいものなのか。私が用意できるかどうかは置いておいて、森井さんの欲しいものがどんなものなのかとても気になる。
「え、なになに? 勿体ぶらずに教えてくださいよ! 私と森井さんの仲じゃないですか」
教えて教えて、と食い気味に訊く私に、恐らく森井さんはうんざりしたのだろう。もう黙ってろとでもいうように目の前に食べかけのチョコレートプレッツェルが突き出される。馴れ馴れしくしすぎただろうか。森井さんはじっと私を見下ろしていて、沈黙が辛い。
「あの、えっと……ごめ、んぐ⁈」
謝ろうと開いた口に、突然目の前にあったお菓子がねじ込まれた。喉を傷つけてはいないだろうが、下手すれば耳鼻咽喉科のお世話になるところだ。外科医がお菓子で……笑えない。
お菓子を突っ込んだ張本人はむせる私を気遣うなんてことはせず、これでもかと眉間に皺を寄せてわざとらしく長い溜息を吐いていた。呆れを多分に含んだ溜息だ。
「今このタイミングで謝るのはやめてください。どうせわかってないんでしょうけど、それなりに傷つくんで」
「ええー、何でですか」
「……やっぱわかってねえじゃねえか」
「え?」
「いえ、何でも。あとさっきの話、やっぱいいです。俺、欲しいものは自力で手に入れるタチなんで」
だから覚悟しといてくださいね、といい笑顔で言い切った森井さんに何故か私は背筋がぞくりとしたのだけど、「あー! 来てくれてたんだ」とカンファ帰りでへろへろの宮崎ちゃんを抱き止めるのに必死で、彼の言葉の意味を深く考えもしなかった。
そしてこの時の私は知るよしもないのだけど「欲しいものは自力で手に入れるって言ったでしょ」と森井さんに甘く囁かれるのはそう遠くない未来だったりする。
「はあ、まあ」
壮望会第一総合病院病理部にて、私は淹れてもらったばかりのコーヒーを危うく落としそうになった。デスクの上には書類が山のように積まれていて、零したらさすがにあの子も怒るだろうなと同期であり友人でもある宮崎ちゃんの顔を思い浮かべる。うん、前言撤回。怒ってもあまり怖くなさそう。まあ何はともあれ零さなくてよかった。私はほこほこと白い湯気を立てるマグカップに口をつけ、
「で、森井さん今日誕生日なんですか?」
「いや何で二回言うんですか」
「大事なことだからに決まってるじゃないですか!」
そう、大事なことだからである。宮崎ちゃんが病理に移ってから、私はできれば極力行きたくなかった(岸先生が怖くて)病理部に顔を出すようになった。主に上司である細木先生のおつかいだったり、友人である宮崎ちゃんに会いに行ったりという理由だけれど、岸先生に「君また来たの?」と言われるくらいには通っている。森井さんとも余裕があればコーヒーを出してくれるくらいには仲良くなった。そんな相手の誕生日に何もしないなんて、ありえない。岸先生にだって誕生日にカップラーメンを献上したのに。
私は持ってきたビニール袋の中を漁った。最近忙しそうな宮崎ちゃんの差し入れにと売店で買ってきたものだから、残念ながら誕生日プレゼントになりそうなものは何もない。岸先生なら麺類を与えておけば喜んでくれるんだろうけど、そういえば森井さんは何が好きなんだろう。
「森井さんすみません。とりあえずこれでもいいですか? 貰い飽きてるかもなんですけど」
私が差し出した赤い箱を森井さんは軽く頭を下げて受け取った。十一月十一日といえば、なチョコレート菓子である。今日が誕生日の彼は今までも貰うことが多かったんじゃないだろうか。あーあ、別のお菓子も買っておくんだった。
「ありがとうございます。ってか宮崎先生への差し入れ、レトルトカレーなんですね」
「あの子お菓子よりこれのが喜んでくれるんで。あ、森井さんもこっちのがよければ……」
「いえこれで充分です」
森井さんはさっそく開封して細長いチョコレートプレッツェルを口に咥えていた。パキッと、良い音がする。
「あの、森井さん好きなものとか欲しいものってあります?」
「何ですか急に」
「いやー、来年こそはちゃんとお祝いしたいじゃないですか。さすがに売店のお菓子じゃ申し訳なくて」
「俺は別に気にしませんけど。欲しいものなら、まあ……」
いつも岸先生にずばずば物を言う森井さんが珍しく言い淀んでいる。お値段のするものなのか、手に入りにくいものなのか。私が用意できるかどうかは置いておいて、森井さんの欲しいものがどんなものなのかとても気になる。
「え、なになに? 勿体ぶらずに教えてくださいよ! 私と森井さんの仲じゃないですか」
教えて教えて、と食い気味に訊く私に、恐らく森井さんはうんざりしたのだろう。もう黙ってろとでもいうように目の前に食べかけのチョコレートプレッツェルが突き出される。馴れ馴れしくしすぎただろうか。森井さんはじっと私を見下ろしていて、沈黙が辛い。
「あの、えっと……ごめ、んぐ⁈」
謝ろうと開いた口に、突然目の前にあったお菓子がねじ込まれた。喉を傷つけてはいないだろうが、下手すれば耳鼻咽喉科のお世話になるところだ。外科医がお菓子で……笑えない。
お菓子を突っ込んだ張本人はむせる私を気遣うなんてことはせず、これでもかと眉間に皺を寄せてわざとらしく長い溜息を吐いていた。呆れを多分に含んだ溜息だ。
「今このタイミングで謝るのはやめてください。どうせわかってないんでしょうけど、それなりに傷つくんで」
「ええー、何でですか」
「……やっぱわかってねえじゃねえか」
「え?」
「いえ、何でも。あとさっきの話、やっぱいいです。俺、欲しいものは自力で手に入れるタチなんで」
だから覚悟しといてくださいね、といい笑顔で言い切った森井さんに何故か私は背筋がぞくりとしたのだけど、「あー! 来てくれてたんだ」とカンファ帰りでへろへろの宮崎ちゃんを抱き止めるのに必死で、彼の言葉の意味を深く考えもしなかった。
そしてこの時の私は知るよしもないのだけど「欲しいものは自力で手に入れるって言ったでしょ」と森井さんに甘く囁かれるのはそう遠くない未来だったりする。
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