ツイステッドワンダーランド
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「その願いなら叶えてやれるぞ」
どうする? と甘い蜂蜜みたいな瞳が私に微笑みかける。今思えば、この時すでに私の心は奪われていたのだ。
*
「ハッピーバースデー、監督生」
「ありがとうございます、トレイ先輩!」
目の前には夢にまで見たイチゴショートのホールケーキ。チョコレートのプレートにはちゃんと名前が書いてあって、年齢を表す数字のロウソクまで挿してある。揺らめく火を吹き消すとトレイ先輩に改めて「おめでとう」と言われ、嬉しくてついはにかんでしまった。
今日は私の誕生日だった。
朝からエースやデュース、グリム、たくさんの人たちが祝ってくれて、トレイ先輩もその内の一人だ。
先輩は唯一前もって「何か欲しいものはあるか?」と訊いてくれ、私は馬鹿正直に「誕生日ケーキをホールで食べたいです!」と答えた。だってそんな贅沢なことなかなかできないし、トレイ先輩なら叶えてくれると思ったから。
それを聞いた先輩は一瞬ぽかんとして、その後珍しく涙目になる程笑っていた。ひどい、何がいいか訊かれたから答えたのに。ムッとして文句を言えば「わかったわかった。誕生日の夜、食堂な」と子どもを宥めるように頭をぽんぽんと撫でられた。内緒だと言わんばかりに人差し指を唇に当てて。
そして私はグリムが寝静まったのを確認してベッドを抜け出した。軽く上着を羽織り、忍び足で校内に潜り込む。スリル満点、誰かに見つからないかドキドキだ。食堂に近付くにつれて甘い香りが漂ってきて、目的の場所からぼうっとあたたかな光が漏れ出ているのが見えた。
「ようこそ、深夜のお茶会へ」
広い食堂、その中の小さな明かりを灯された一角。待ち構えていたトレイ先輩が私を見るなり誘うように椅子を引く。テーブルには楽しみにしていたホールケーキと紅茶が準備されていて、「わぁ」と子どもみたいな声が出てしまったのは言うまでもない。
「本当にこんなのでよかったのか?」
頬杖をつきながらトレイ先輩がそんなことを訊いてきた。こんなのだなんてとんでもない。
「これが、よかったんです」
ぱくっと大きなひとくちを頬張って自信満々に言う。誕生日にホールケーキを独り占めなんて誰もが一度はやりたいことじゃないだろうか。ハーツラビュルのお茶会でケーキを見るたびにホールで食べてみたいと思っていたけれど、そんなことを口にしたら間違いなくリドル先輩に行儀が悪いと怒られてしまう。だから今まで誰にも言えなかった。
でもトレイ先輩が訊いてくれたから、当分叶わないと思っていた願いが、今、現在進行形で叶えられている。これが嬉しくないわけがない。
トレイ先輩お手製のケーキは深夜という背徳感も相まってその味は格別だ。艶々とした程よい酸味のイチゴに、甘すぎない生クリーム。デコレーションもレースのように繊細で正直食べるのが勿体ない。と思いつつあまりの美味しさにもう半分以上食べてしまったのだけど。
「お前はよくても俺がよくないんだ。他に何か欲しいものはないか。俺に叶えられるなら夢や願い事でもいいぞ。ハートの女王の法律では誕生日は何でもわがままを言っていいんだ」
ホールケーキがどれだけ嬉しいかを伝えたつもりだったのに、トレイ先輩はどうやら納得いかないらしい。夢や願いと聞いてまず思い浮かぶのは『家に帰りたい』だ。でもこれはプレゼントとして欲しいものとは言い難いし、本来なら学園長に頼むべきことだ。私はうんうん唸りながらケーキを口に運んだ。いざ欲しいものと言われるとなかなか思い浮かばない。普段は山程あるのに。ああでも、そういえばーー。
「ちっちゃい頃はケーキ屋さんになるのが夢でした」
お花屋さんだったり、ドーナツ屋さんだったり、毎年ころころ変わっていた気もするけれど。理由は毎日美味しいケーキが好きなだけ食べられるから、だったっけ。我ながら恐ろしいほど欲望に忠実だ。
「まあ、私には無理な話ですけどね」と苦笑しながら付け加える。朝早いのは苦手だし、料理をしようものなら出来上がるのはダークマター。試食するだけの仕事があれば大歓迎だけど、残念ながら世の中はケーキみたいに甘くない。だからケーキ屋さんはトレイ先輩みたいに上手に作れる人に任せて、私は将来稼いだお金でいっぱいケーキを買えるよう頑張りたい。
「ケーキ屋になりたかったのか」
「大昔の話ですけど」
「その願いなら叶えてやれるぞ。しかも簡単にだ」
「へ?」
「ケーキ屋と結婚すればいい」
じっくり大事に味わおうと思っていた最後のひとくちを思わず飲み込んでしまった。苦しくて慌てて紅茶を流し込む。トレイ先輩はむせる私の背を撫でながらいつもの人の良さそうな笑顔を浮かべていた。
そんな風に言われて気付かないほど私も馬鹿じゃない。この場合のケーキ屋さんは、将来的にだけども一人しかいなくて、つまり、
「どうする?」
眼鏡の奥で細められた金色がとろけそうに揺れている。ああ、いつもと全然違う、ずるい笑みだ。言葉では訊ねておきながらこちらに選択肢は与えない、そんな顔。
じっと見つめられて心臓が壊れそうなくらいドキドキしている。
きっとこの後に続くのは「なんてな」という台詞で、先輩が子どもみたいにくしゃって笑って、冗談だとわかるはず。
だから早く、続きを言ってトレイ先輩。じゃないと私の心臓が持ちそうにない。
どうする? と甘い蜂蜜みたいな瞳が私に微笑みかける。今思えば、この時すでに私の心は奪われていたのだ。
*
「ハッピーバースデー、監督生」
「ありがとうございます、トレイ先輩!」
目の前には夢にまで見たイチゴショートのホールケーキ。チョコレートのプレートにはちゃんと名前が書いてあって、年齢を表す数字のロウソクまで挿してある。揺らめく火を吹き消すとトレイ先輩に改めて「おめでとう」と言われ、嬉しくてついはにかんでしまった。
今日は私の誕生日だった。
朝からエースやデュース、グリム、たくさんの人たちが祝ってくれて、トレイ先輩もその内の一人だ。
先輩は唯一前もって「何か欲しいものはあるか?」と訊いてくれ、私は馬鹿正直に「誕生日ケーキをホールで食べたいです!」と答えた。だってそんな贅沢なことなかなかできないし、トレイ先輩なら叶えてくれると思ったから。
それを聞いた先輩は一瞬ぽかんとして、その後珍しく涙目になる程笑っていた。ひどい、何がいいか訊かれたから答えたのに。ムッとして文句を言えば「わかったわかった。誕生日の夜、食堂な」と子どもを宥めるように頭をぽんぽんと撫でられた。内緒だと言わんばかりに人差し指を唇に当てて。
そして私はグリムが寝静まったのを確認してベッドを抜け出した。軽く上着を羽織り、忍び足で校内に潜り込む。スリル満点、誰かに見つからないかドキドキだ。食堂に近付くにつれて甘い香りが漂ってきて、目的の場所からぼうっとあたたかな光が漏れ出ているのが見えた。
「ようこそ、深夜のお茶会へ」
広い食堂、その中の小さな明かりを灯された一角。待ち構えていたトレイ先輩が私を見るなり誘うように椅子を引く。テーブルには楽しみにしていたホールケーキと紅茶が準備されていて、「わぁ」と子どもみたいな声が出てしまったのは言うまでもない。
「本当にこんなのでよかったのか?」
頬杖をつきながらトレイ先輩がそんなことを訊いてきた。こんなのだなんてとんでもない。
「これが、よかったんです」
ぱくっと大きなひとくちを頬張って自信満々に言う。誕生日にホールケーキを独り占めなんて誰もが一度はやりたいことじゃないだろうか。ハーツラビュルのお茶会でケーキを見るたびにホールで食べてみたいと思っていたけれど、そんなことを口にしたら間違いなくリドル先輩に行儀が悪いと怒られてしまう。だから今まで誰にも言えなかった。
でもトレイ先輩が訊いてくれたから、当分叶わないと思っていた願いが、今、現在進行形で叶えられている。これが嬉しくないわけがない。
トレイ先輩お手製のケーキは深夜という背徳感も相まってその味は格別だ。艶々とした程よい酸味のイチゴに、甘すぎない生クリーム。デコレーションもレースのように繊細で正直食べるのが勿体ない。と思いつつあまりの美味しさにもう半分以上食べてしまったのだけど。
「お前はよくても俺がよくないんだ。他に何か欲しいものはないか。俺に叶えられるなら夢や願い事でもいいぞ。ハートの女王の法律では誕生日は何でもわがままを言っていいんだ」
ホールケーキがどれだけ嬉しいかを伝えたつもりだったのに、トレイ先輩はどうやら納得いかないらしい。夢や願いと聞いてまず思い浮かぶのは『家に帰りたい』だ。でもこれはプレゼントとして欲しいものとは言い難いし、本来なら学園長に頼むべきことだ。私はうんうん唸りながらケーキを口に運んだ。いざ欲しいものと言われるとなかなか思い浮かばない。普段は山程あるのに。ああでも、そういえばーー。
「ちっちゃい頃はケーキ屋さんになるのが夢でした」
お花屋さんだったり、ドーナツ屋さんだったり、毎年ころころ変わっていた気もするけれど。理由は毎日美味しいケーキが好きなだけ食べられるから、だったっけ。我ながら恐ろしいほど欲望に忠実だ。
「まあ、私には無理な話ですけどね」と苦笑しながら付け加える。朝早いのは苦手だし、料理をしようものなら出来上がるのはダークマター。試食するだけの仕事があれば大歓迎だけど、残念ながら世の中はケーキみたいに甘くない。だからケーキ屋さんはトレイ先輩みたいに上手に作れる人に任せて、私は将来稼いだお金でいっぱいケーキを買えるよう頑張りたい。
「ケーキ屋になりたかったのか」
「大昔の話ですけど」
「その願いなら叶えてやれるぞ。しかも簡単にだ」
「へ?」
「ケーキ屋と結婚すればいい」
じっくり大事に味わおうと思っていた最後のひとくちを思わず飲み込んでしまった。苦しくて慌てて紅茶を流し込む。トレイ先輩はむせる私の背を撫でながらいつもの人の良さそうな笑顔を浮かべていた。
そんな風に言われて気付かないほど私も馬鹿じゃない。この場合のケーキ屋さんは、将来的にだけども一人しかいなくて、つまり、
「どうする?」
眼鏡の奥で細められた金色がとろけそうに揺れている。ああ、いつもと全然違う、ずるい笑みだ。言葉では訊ねておきながらこちらに選択肢は与えない、そんな顔。
じっと見つめられて心臓が壊れそうなくらいドキドキしている。
きっとこの後に続くのは「なんてな」という台詞で、先輩が子どもみたいにくしゃって笑って、冗談だとわかるはず。
だから早く、続きを言ってトレイ先輩。じゃないと私の心臓が持ちそうにない。